救国の乙女と塔の上の王子様(5)
ブライアンが出した手紙がギルバートの手元に届いたのは、ヴェールズ公国大公家の邸を訪れた三日ほど後だった。
ギルバートは中身を読み終えると、今度も渋い顔をして「また、次から次へと」と毒吐く。
(何だろう、このデジャブ。)
窓から漏れいる光で、伏し目がちに手紙を読んでいるギルバートの姿は、絵になりそうなくらいで見とれていたら、みるみる険しい表情になるギルバートの様子にエリザベスは身の引き締まる思いがした。
「どうかしたの? 目が三角になっているけれど。何かあった?」
ギルバートは声を掛けられて、自分が彼を見ていた事に気が付いたのだろう。少し言うのを躊躇って、それから諦めたように口を開く。
「殿下が幽閉塔に入れられたらしい。」
「へ?」
「うちとボイル公爵家が出しゃばってくるのを、陛下がよく思ってなかったのは知っていたんだけれどね。サラどころか、両家にも殿下に干渉されないよう、殿下を閉じ込めたんだそうだ。伯母様はカンカンだろうし、陛下に愛想を尽かした父さんは、母さんを連れて、エラルドに逃げ出すことに決めたって書いてある。」
自分自身、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっていると思う。
「殿下って、王太子で、弟のオリバー?」
「ああ。しかも、兄さんは王城の仕事を事務次官に丸投げしてストライキ中らしい。残された行政官達は不憫だな。」
そう言って、ギルバートは読み終えた手紙を畳むこともせず投げやりに置き、表情を強ばらせたままで自分の隣に腰を下ろした。
「・・・・・・大丈夫?」
浮かない表情のギルバートを心配して声を掛ければ、ギルバートは、一度、肩を竦めた。
「・・・・・・大丈夫じゃない、かな。しばらく危険だから、王都には帰ってくるなって書いてある。」
彼の心中は如何ばかりだろう。
見えない文字で「心配」、「不安」、「苛立ち」と言った頬に書いてあるかのような表情のまま、重々しくため息を漏らす。
エリザベスは、先日、祖父のエドガーまで邸を出てしまったと知った時の、急に梯子を外されたような気持ちを思い返してしまった。
「こんなにあっさり帰る場所がなくなるとは考えてなかったから・・・・・・。『糸の切れた凧』の気分だ。」
邸で冷遇されていた自分でさえ、思い出のある場所へ戻れなくなったことはショックを受けたのだ。家族と仲の良いギルバートはどれほど心細いだろう。
エリザベスは、昔、自分がアンにそうしてもらって安心したのを思い出しながら、ギルバートの手にそっと自分の手を重ねた。
「私がそばにいるわ。」
そばにいる――。
自分は何度この言葉に救われてきただろうか。
父なし子と陰口を叩かれた時もあったし、穀潰しだの、男爵家の面汚しだの言われた時もあった。終いには心に蓋をして、余りに酷い状態にアンやキャロルに抱き締められて号泣されたこともある。それでも、何とか今日までやってこられたのは、数は少ないながら味方がいて「独りじゃない」と自分自身を奮い立たせてきたからだ。
「私はあなたの白百合姫だもの。」
ギルバートは少し驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに「そうだね、僕には君がいる」と話す。そして、「もう『帰れ』とは言わないでくれると嬉しいな」と笑う。
エリザベスはその言葉に、ここ数週間、ギルに帰れと言い続けていた自分が「そばにいる」と口にしている事に気がついて、少しバツが悪い気持ちになる。
「・・・・・・殿下は、何故、幽閉塔に?」
誤魔化すようにして訊ねれば、ギルバートは少し気が緩んだのか、柔らかな表情になる。
「殿下がこれ以上、『しでかさない』ように篭められたらしい。」
「しでかさない、ように?」
「ああ、あの巫女様がソフィア嬢と殿下に近づいた話をフィリップの奴がいたろう?」
「ええ。」
「結果、『王太子妃候補の拡充』を言い出したそうだ。」
「え・・・・・・、ちょ・・・・・・ッ、ええ?」
エリザベスが、大袈裟なくらいに驚いたところで、ギルバートはふふっと笑い「そんなに驚くとは思わなかった」と面白がった。
「驚くわよ! そんなエルガー公爵家もボイル公爵家も敵に回すような事を! しかも、二十歳の成婚間近になってから言い出すだなんて! あのバカ王子何を考えているの? 今から選出し直すなんて、そんなの出来っ子ないじゃない!?」
「ああ、だから、子爵位以上はエントリーをオーケーにしたらしい。」
「子爵位・・・・・・。」
そこまで聞かされればどんなに鈍い人でもオリバーの言い出した事の重大さが分かるだろう。
「まさか、サラを王太子妃に?」
恐る恐るエリザベスが訊ねれば、「そう考える輩も多いだろうね」とギルバートが苦笑いをする。
「だから、陛下は体良くオリーを閉じ込めたってわけさ。」
全てをエルガー公爵家、ボイル公爵家の要請として――。
「殿下はどうなるの?」
「ボイル公爵家はソフィア嬢のことで手一杯だろうし、うちはエラルド公国に避難。君のお祖父様は辺境伯領となると、中央の守りは甘い状態だ。リジーは冷たいというかとしれないが、僕は一旦、静観の姿勢がいいと思う。」
ギルバートは「少しお灸を据えておかないとね」と肩を竦めた。
「このままだとどうなるかしら?」
「それは、伯母様次第かな。伯母様が陛下の手網を握って、しっかり締め上げてくだされば比較的簡単にことは収まるのだけれど、彼女まで陛下の不興を買ってオリバーと同じように幽閉塔に篭められてしまうと非常にまずいことになる。」
そして「そこまで至ったら、陛下を諌められるのは懐刀でもあるグロースター辺境伯ぐらいだろう」と話す。
「グロースター辺境伯は、先の戦いでエラルド公国の助力を取り付けた方だ。第一王妃に伯母様を据えて、父と母の仲を取り持ったのも彼だと聞いている。政治でエルガー公爵家の肩を持つことはしないと仰って、南西の僻地の自治を求めたものの、今回の陛下のなさりようを知ったら、動かざるを得ないだろう。」
「じゃあ、私たちが行けば少しは追い風になる?」
「どうだろう、追い風だと思って船を出したら、急変して難破することもあるからね。」
互いに難しい読み合いをしながら、今後は立ち回ることになるだろう、とギルバートは答えた。
「それに遅かれ早かれ、どちらに転んだとしても衝突は起こる。」
「衝突・・・・・・。」
「ああ、大規模な戦争になるか、一部の貴族の小競り合いで終わるかは、分からないけれどね。」
ギルバートがそう言い切るから、エリザベスは憂い顔になる。
「リジー、そんなに思い詰めた顔をしないで。たとえ争いごとが起こっても、それは君のせいじゃない。時代の潮流みたいなものだ。」
魚が一匹が生き死にしたところで、海の流れが変わらぬように――。
ギルバートはそう説明して、エリザベスを宥めようとしたが、エリザベスはそれでも憂い顔をしたままだった。
「武力衝突が起これば、傷付くのは民だわ。」
戦争になり、働き手である男性達が徴兵されたら、村に残された女性や高齢者たちだけで農作業をこなさなくてはならなくなる。
「ましてや、一昨年、昨年の水害の被害の影響が出ている地域や、先日、ノーランドが攻め入ってきた地域の民にとっては冬の厳しい時期を乗り越えられるかどうかの死活問題に繋がることなのに。」
国政に素人な自分だって分かることだというのに、血の繋がった弟は内政の基盤を揺るがすようなことをしでかすし、婚約式の時にちらりと見ただけの父親は、これ幸いと自らの権力を磐石にすることだけに意識が向いている。
「殿下がポカをやって幽閉塔に閉じ込められるのは『自業自得』と思えても、関係ない人達が巻き込まれて傷付くような事態になるのは嫌だわ。」
収穫間近で全滅してしまった畑で泣き崩れる農夫。
すきま風が入り放題のバラックに横たえられた老婆。
ボロボロの服を着て暮らし、具のあまり入ってないスープなのに「ありがたい」と言って子供に分け与えていた母親。
エリザベスは、そんなかつての領民達の姿を知っているからこそ、ようやく立ち直りかけている彼らが再び苦しみ、悲しむような事態には絶対にしたくなかった。
「ねえ、ギル。何か、手立てはないの? 私ができる何か。」
思い詰めたような表情になっていたのだろう。ギルバートは「リジー」と声を掛けると、エリザベスのことを引き寄せる。そして、こめかみに唇を寄せると、愛しげに抱き締めてきた。
「リジー、僕は君のそういうところが大好きだ。」
少し声を詰まらせるような声に「急に何? 茶化さないで」と言い咎める。
「茶化してなんかないよ。本心から言っている。」
そして、少し辛そうに微笑むと「君が女王になりたいと望むなら、僕は君を支える王配になろう」と言い出すから、エリザベスは顔色を変えて、二人きりしかいない部屋だと言うのに辺りを見回した。
「ギル、何を言い出すの? そんなことをしたら、ますます世が荒れるわ。」
「ああ、でも、悲しいかな。それが一番、世が荒れない方法になるよ、リジー。」
芝居がかった口調でギルバートはそう言うと、「君は既に僕達、エルガー公爵家の他に、ボイル公爵家の次期当主とウィンザー伯爵家の次期当主を従えた」と話す。
「『今更、王女だの、なんだのと、リジーを王家のごたごたに巻き込ませる気が毛頭ない』って言ったのは僕の本心だ。だけど、民のことを思うと、君こそ、王に一番相応しく思えてきてしまう。」
エリザベスは思わず「買い被り過ぎだわ」と呟き、「私はそんな器じゃない」と反論したが、ギルバートはゆっくりと首を横に振るだけだった。
「僕だって、君には僕だけの白百合姫でいて欲しいんだけれどね。リジーも気が付いているんだろう? グ二シアは遅かれ早かれ、他国に攻め込まれる。」
それがノーランドなのか、ヴェールズなのか、エラルドなのか、はたまたスパニアなのか。
「先日のノーランドからの侵攻は辛うじて防いだものの、次が防げるかは怪しい。本来なら、一刻も早く国防力を上げないといけないんだが・・・・・・。」
しかし、それに対しても、争いごとを厭う国王陛下は慎重だった。




