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救国の乙女と塔の上の王子様(4)

 エルガー公爵家を後にして、レオンは馬車に乗り込むと、深く背もたれに身を委ねてため息を吐いた。

 ブライアンはレオンの意味深長な発言に口を挟まなかった。だが、不容易にソフィアの事を話題にしてしまったことを激しく後悔していた。


(・・・・・・ギルにも言われてたな、『兄さんは敵に回したくない』って。)


 今日はその気持ちがよく分かった。ボイル公爵の動揺を見抜いた程のブライアンだ。きっと自分の胸の内のことも悟られてしまったのではないかと思う。


「はあ・・・・・・。」


 自分の迂闊さに嫌気がさす。


『逃げてくればいい。』


 あの時は、彼女を何とか引き留めたくて、そう口にしてしまったものの、ルーカスとブライアンの話を聞いた後だと「王太子妃候補なんて降りてしまえばいい」だなんて軽々しく言うべきではなかったと身につまされる。


『愛しても愛される保証などないわ。』


 思い起こすのは辛そうな声で話すソフィアの姿で、レオンはチリチリと胸を焦がすような疼痛に顔を顰めた。


『お父様もお兄様も『王太子妃候補』だからこそ、私を大事にしているけれど、それを辞めたいなんて言えば邸に閉じ込められかねないわ。』


 けれどルーカス達の話を聞いたあとだと、『愛娘だから』こそ、ボイル公爵はソフィアを邸に閉じ込めておこうとするだろうと思われた。


「こんな時、ギルがいてくれたら・・・・・・。」


 そしたら、何かいい知恵を貸してくれただろうに――。


 思わず漏れた独り言は「いや、でも、その結果が『駆け落ち』だったか」と苦笑する。


『ひとつ間違えれば、伯爵位も騎士の称号も剥奪されかねないお話よ?』


 長年、女性に靡かないことが有名で、お仕事第一、『真面目』が服を着ているように思われていたギルバートが、爵位も称号剥奪も恐れずに一人の女性を選んだことを今更ながら考えさせられる。


「白百合姫か・・・・・・。」


 ブライアンもそう評していたように、ギルバートは『石橋を叩いて叩き割ってしまうような慎重な性格』だったから、こんな危ない橋を渡っているだなんて思わなかった。


『我が白百合姫を貶めるような事は言わないで頂きたい。』


 サラを牽制し怒りを露わにした婚約式のギルバートの姿は、夜会の度に寄ってくる女性たちに素っ気ない態度をとっていた彼からは想像もつかないほど感情的だった。


「ダンス、誰とも踊らないつもりか? もしかして下手くそとか?」


 あれはいつの夜会だったか、まだ出会ってまもない頃、壁の花の男性バージョンをしているギルバートに話しかけたら、苦笑混じりに「下手くそなのもありますが」と濁して、「それよりも家訓のせいですね」と返された。


 清廉であれ、高潔であれ、公正であれ。白百合の如く、ただ己の正義と無垢なる愛のみに従え。

 清廉であれ、高潔であれ、公正であれ。そして、ただ自ら定めた白百合姫に恥じぬ振る舞いをせよ。


 ギルバートは何かの呪文のようにして、そう話し、そして「いつか自分だけの白百合姫が現れる、そんな幻想が信じられないだけです」と話した。

 花が咲くようにしてダンスをするレディたちのドレスが入り乱れる。ギルバートはその様子をぼんやりと眺め見ながら、「レオンは信じられるかい? 自分の命を賭してもいいほど大切な存在が出来るだなんて」と話す。


「美を競い、踊り狂い、蹴落とし合い、それを愛せるだなんてとても人間だなんて思えない。」


 そんなことを言っていたギルバートが、たった一人、エリザベスを選び、愛する者と定めた。だとしたら、その覚悟はいかほどのものだろうか。


(俺の覚悟はそれに比べたら、柔らかいプディングのようなもの。)


 ソフィアを助けたいと思っていても、手立ても思いつかないし、だからといって、彼女を連れて逃げ出す勇気も足りない。


 情けない――。

 国一番の騎士だの、白銀の騎士だの、持て囃されても、彼女一人救け出すことが出来ないなんて。


 馬車は街中を抜けて、自分が借りているタウンハウスのすぐ近くまで戻ってくる。レオンはエルガー公爵家に行く前よりも憔悴した表情で帰途に着いた。


 ◇


「父さん、ランスロット卿の話の件、やはり陛下の動向を調べさせていただけませんか?」


 レオンが帰った後も、不機嫌なルーカスにブライアンは地雷を踏み抜かないように気をつけて訊ねた。


「まだ早いと言ったはずだが?」


 そうは言っても、このまま黙認すべきことではない。


「火種が大きくなってしまってからでは抑え込めなくなりましょう?」


 ブライアンは頑なな時の父に逆らうのが得策ではないとは分かっていても、王家であるデーン家と、これ以上、ことを荒立てたくない一心で「陛下の動向を探らせてください」と話した。


「ダメだ。まだ動くのには早過ぎる。」

「何が早いのです? こうしている合間にも敵勢力と陛下が近付いたら、我らの分が悪くなりましょう?」


 ルーカスは焦った口調のブライアンに「少し落ち着け」と言うと「私はデーン家と袂を分かつつもりだ」と話した。


「な・・・・・・ッ、父上?!」

「ランスロット卿も言っていたではないか。『昨夜、殿下は『陛下はエリザベス嬢の台頭を許さない』と仰せでした』と。それならば陛下はリジーを見殺しにするおつもりなんだろう。」


 何なら全ての罪をエルガー公爵家に擦り付けて。


「デーン家と宥和政策を取ろうだなんて思わない事だ。陛下はそのような事を望んでいない。今はまだこちらの手のひらの内を見せるべきではない。このタウンハウスも危うかろう。風邪でも引いたことにして、一旦、領地に引き上げる。お前は知らぬ存ぜぬを通せ。」


 そして、話は終わりだと言わんばかりに書斎を後にして部屋を出ていくから、ブライアンは縋るようにしてルーカスのあとを追いかけた。


「ジェニー、今から帰ろう。」

「あら、そのお顔。ようやくお決めになったの?」

「ああ、あの愚王のやりように今回ばかりは堪忍袋の緒がブチ切れた。」


 ブライアンは止めてくれると思った母が、あっさりと「お姉様にお手紙を送っておきますわね」と受け入れる。


「オリーのことも心配しなくてもいい。それよりも私たちが王都にいることの方がまずい。午後には出られるだろうか?」


 ルーカスが早口で言うと、ジェニファーは「ブライアンとオリー以外はなんとでもなるでしょう」と話す。


「事態は刻一刻を争う。あいつの事だ、そう遠くない日にハミルトン伯爵を味方につけて難癖をつけてくるだろう。」

「分かったわ。オリーの命は狙われないかしら?」

「ああ、ランスロット卿がこちらの味方についている。すぐには狙えまい。」


 ジェニファーは「そう」と言いながらも、「緊急プランAで」と指示出しをし、俄に邸の中が騒がしくなる。


「ちょっとッ! 母さん、待ってください。」

「なあに? 事態は刻一刻を争うのだけれど?」

「いや、『なあに?』ではないですよ。父さんを止めてください。」

「あら、何で?」

「何でって!!」


 騒がしくなってきたところで、今度はステファニーが階段上から降りてきて、「どうかしたの?」と訊ねてきた。


「ステフ、良いところに。父さんと母さんが領地に引き上げるって言うんだ。」

「そう。」

「いや、『そう』じゃないだろう? 下手すると王家と戦争になるぞ?」

「まあ、致し方ないでしょうね。喧嘩を大安売りで売ってきているのはあっちだもの。あ、もしかして兄さん、一家全員の命がかかってるのに、まだ陛下に仕えようとか思っている口?」


 そして「ブライアン兄さん、ちょっと平和ボケが過ぎない?」と呆れた表情になった。


「夜会の日に兄さんは陛下に、事の顛末を伝えたでしょう? その結果がオリーの幽閉塔送り。父様はそれでも『殿下が本気で操られている可能性もあるし、陛下が他にも何かの対策を講じるなら』とランスロット卿に会うまで我慢していらしたのよ?」


 ステファニーが話している合間にも、ジェニファーは次々と采配し、「ステフ、ブライアンに事情説明してくれるのはいいけど、そこは邪魔になるから、あちらで話して」とサロンを指さす。こうなるとブライアンは「止められないのだ」と悟り、母に急き立てられるようにして場所を開けた。


「オリーの幽閉塔送りの件、陛下はきっと我が家の進言だと話すと思うわ。」

「殿下の幽閉塔送りを我が家の進言だと?」


 ステファニーの言葉にブライアンも神妙な面持ちになる。


「そう、そしたら、第一王妃と母様は仲違い、上手くすれば・・・・・・。」

「伯母様が陛下に泣きつけば、一家全員、反逆罪で刑場送り、根絶やしに出来るし、その後で伯母様をも幽閉塔送りにしてしまえばあとはやりたい放題だな。」

「そういう事。事態の深刻さ、分かった?」

「ああ、よく分かった。」


 顔付きの変わったブライアンは「エラルド公国の叔父上にも連絡を取る」と言い、ステファニーも「私はギルにオリーを何とかしてって伝えに行くわ」と動き出す。


「全く、塔の上の王子様を助けるのには骨が折れるわね。」

「それ、丸投げしようとしている、ステフのセリフじゃないだろ。『丸投げされても』って頭抱えるのはギルの方だ。」

「あら、口出ししたら口出ししたで、『姉さんは黙ってて』って言うのがオチよ。それに、何だかんだ言っても、ギルは私の手紙を無碍にはしないの。」

「ステフ、ほどほどにしないと、本当に嫁の貰い手がなくなるぞ?」

「あら、まだ私をどこかに嫁がせようと思っていたの? だとしたら、これくらいのこと、剛毅に笑い飛ばしてくださるところにしてくださいね。」


 とても切迫しているとは思えない雰囲気で、軽口を叩きながらも、各々、着々と準備をしていく。そして、ルーカスが「ジェニー、今から帰ろう」と言ったその日の夕方には、タウンハウスの中は引き払われていた。


「あとは頼んだぞ。ブライアン。」

「承知しました。王城を引き払ったら、エリントン子爵領の邸に身を寄せておきます。」

「ギルからきた返信によれば、大公家に戦闘服で乗り込み、アルバートを撃破予定って書いてあったけど。リジーも小伯爵もいるから、まあ、()()()やってるでしょう。頃合いを見て追い立てるわ。」


 ブライアンは苦笑いをし、それから「あ、そうだ」とステファニーが「もうひとつ伝える事が」と言うと「何だい?」と身構えた。


「エリントン子爵領の邸にエイダという女性が来るかもって。その頃には戻るつもりだけど、長引くようなら応対して欲しいですって。」


 ヴェールズ公国であった薬師の人らしいわ、と話を続ける。


「その方の旅費と滞在費、つけておいてですって。」

「分かった。」

「あとは当面の旅費だけど、ラファエルが向こうに大使としているらしいの。」

「そうか、ならば話は早そうだな。」


 そして、ブライアンを残して、ルーカス、ジェニファー、ステファニーは、各々、ハグをしてから馬車に乗り込む。


「ブライアン、気をつけるのよ? 私はオリーだけが可愛い訳じゃないんだから。」

「分かってますよ。子供のときならいざ知らず、もういい歳ですから。」

「あら、言うようになったわね。」


 いってきます、と、いってらっしゃい、を交わして、三人を見送る。ブライアンは馬車がカーブを曲がり、建物の影に姿が見えなくなっても、しばらく見送っていた。

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