救国の乙女と塔の上の王子様(3)
日付が変わって、レオンはエルガー公爵家が借りているタウンハウスの前にいた。大通りに面した石造りの建物は落ち着いた雰囲気の外装だったが、中に入ると一転、華やかなロココ調の調度品とグニシアの流行が調和していて、公爵夫人のセンスの良さを感じる。
「まあ、ランスロット卿、いらっしゃい。」
夜会で会うのとは違って、落ち着いた雰囲気のデイドレスを着た公爵夫人のジェニファーに出迎えられると、レオンは「先日はろくにご挨拶もせず、失礼いたしました」と詫びた。
「あら、お気になさらないで。ここのところ、我が家も慌ただしい状態でしたでしょう?」
ジェニファーは「困ったわ」と言わんばかりに頬に手をあてて首を傾げる。その若々しい雰囲気は、とても同い年以上の息子がいるようには見えなかった。
「いつもみたいにギルがいたら良かったのだけれど。」
「今日のランスロット卿は、私と父の客人ですよ、母さん。」
「そうなの?」
「ええ、ギルたちを助けるのに手伝って貰おうと思ってお呼びしたんです。」
そう言って階段上から姿を現したのは、この国の宰相を担っているブライアンで、レオンと目が合うと「どうぞ」と二階へと登ってくるように促してくる。
ジェニファーは「また何を企んでいるのかしら」と微笑んで、「リジーは何としてもギルが守るでしょうし、これくらいの苦難は乗り越えてもらわないとだけれど、オリーが根を上げないような作戦でやるのよ?」と話した。
「母さんは本当に殿下に甘い。ギルがへそを曲げますよ? ステフがあちらに送った『支援物資』の中身、母さんもご存知なんでしょう?」
「そうね、あれはへそを曲げちゃうかもしれないわね。」
ジェニファーは、ふふふと思い出し笑いをすると「それではごゆっくり」と一礼してサロンの方へと戻っていく。レオンは政治的には直接的な影響を及ぼさない公爵夫人まで、エリザベスやオリバーの事を愛称で呼んで、まるで自分の子供のように心配している姿に、「公爵夫人は、殿下のことを『オリー』と呼ばれるんですね」と呟いていた。
「ええ、殿下とは赤ん坊の時から付き合いですからね。母にとっては末っ子のようなものなんです。」
「末っ子?」
「ええ、殿下を我が家でお預かりした時期がありましてね。私が七つの時だったんですが、ステフやギルと一緒に、四人まとめて育てられていた時期があるんですよ。」
そう言いながら、ブライアンはレオンを二階へと誘い、レオンが階段を上り始めたのを確認して、実の弟妹とオリバーについての関係性の話を続けた。
「ステフは二番目だからか、かなり奔放な性格で、感性で生きているようなタイプだから、私も幼い頃は被害者でした。ただ、私は十を過ぎた頃から、父について家を空けることが多かったこともあり、その分も下の二人に被害が集中してしまいましてね。」
しかも、ギルバートは母のジェニファーに「オリバーの面倒を見るように」と言われていたこともあり、オリバーの分もステファニーのいたずらに翻弄されてきた口だとブライアンは話す。
「幼い頃の上下関係は恐ろしいものですよ。じゃじゃ馬なステフに翻弄される毎日で、殿下は何事もギルを頼るようになってしまったんですから。」
少しでも困難な事があると、勉強でも遊びでも、公務でもプライベートでも、オリバーはギルバートを頼るようになってしまったとブライアンが話す。
「一方、ギルもギルで、上にステフ、下に殿下でしょう? おかげですっかり苦労性で、石橋を叩いて叩き割ってしまうような慎重な性格になってしまったんですよ。」
それにはレオンも「たしかに」と笑い、ブライアンも「でしょう?」と笑う。
「まあ、最近は物理的に離していたせいか、殿下のギル離れも進んできているようですし、ギルの方もエリザベス嬢のおかげで、こっちが思っていた以上に自分に素直になってきているようですがね。」
そう言ってブライアンは目を細めて笑うと、とあるドアの前に立ち「父さん、ランスロット卿がお見えですよ」と声をかける。レオンはブライアンのこういう腰の低さが嫌いではなかった。
普通、国の宰相となれば、王に継いで国一番の行政権を持つ人物だ。それを年若いブライアンが他の公爵や侯爵達を差し置いて、世襲のようにして宰相職をルーカスから引き継いだものの、このブライアンこと、バイロン卿は有能で、全くと言っていいほど「親の七光り」といった陰口を叩かれるような事がなかった。
(こういうのを人徳と言うのかな・・・・・・。)
星の巡り合わせと言ったらいいのか、本人はそれと気が付かないものの、傍から見ているとどうしても苦労知らずな果報者な人に見える。
(というか、ギルバートが大変と見るべきか・・・・・・。)
有能な父と兄、王太子贔屓な母に、自由奔放な姉。王太子殿下のお守りに、今度は異端審問会に召集されてしまうような婚約者まで面倒を見ているのだから、なかなかの苦労者だ。
中からそんなギルバートによく似た声で「お通ししてくれ」と声がかかり、ブライアンが目の前のドアを開けると、レオンは果報者のブライアン、自由奔放なステファニー、そして、苦労性のギルバートの父親、ルーカスに出迎えられてお辞儀をした。
「やあ、よく来てくれたね、ランスロット卿。」
「こちらこそ、突然の訪問にも関わらず、お時間を割いて下さりありがとうございます。」
ブラウンとモスグリーンを基調にした重厚感ある書斎机の前で、ギルバートに似た初老の男性が羽根ペンを置いて立ち上がる。
「幽閉塔での殿下の様子はどうだい? 怒っていただろうか。」
「いえ、それが思っていたより落ち着いていらっしゃっていて、大きく取り乱すご様子もございませんでした。」
「オリーがかい? てっきり文句のひとつも出るかと思っていたのに。」
ルーカスが驚きを素直に表すと、ブライアンに「どういう風の吹き回しだと思う?」と砕けた口調で訊ねる。ブライアンは少し困ったように「やはり子爵令嬢に操られていると見た方がいいのかと」と肩を竦めた。
「その事でございますが、殿下は『半覚醒』の状態のようです。」
「半覚醒?」
「はい、マイヤー子爵令嬢自体は疑ってかかっていたためか、『操られている』という感覚はお持ちのようでした。ただ、ご本人も私自身も、どこから本当で、どこから操られての発言かが判別できない状態です。」
レオンはそう話した後、少し言葉を濁して「昨夜、殿下は『陛下はエリザベス嬢の台頭を許さない』と仰せでした」と話す。
「どうしてそう考えられるようになったのか、その辺はまだ釈然としないのですが、現状の殿下はそのように信じていらっしゃいました。また、『このまま父上の息のかかっているエルガー公爵家に嫁いでも姉上の身が危うい』とお思いのようです。」
ルーカスはギルバートが長考する時と同じように押し黙り、深く考え込んでいるように見える。ブライアンはそんなルーカスに声を低くし「陛下の動向を探りましょうか?」と訊ねた。
「いや、今はまだ少し早いような気がする。こうすぐに動いては、陛下にいらぬ警戒をされよう。」
何の変哲もないやり取り。けれど、そのやり取りは長年、名宰相として名を馳せていたルーカスと、その右腕をずっと担っていたブライアンならではのやり取りで、まさに阿吽の呼吸といった雰囲気だった。
「ランスロット卿。この件は私で引き受ける。」
「承知しました。」
「伝書鳩のような真似をさせて申し訳ないが、『エルガー家にとっての白百合姫は、全てのことに優先される』と伝えて貰えるだろうか。それと、『オリーは我が家の第二の末っ子』だともね。」
ルーカスは先程までの厳しい表情から、先程までの柔らかな雰囲気に戻ると、「うちの末っ子達は本当に手がかかる」と苦笑した。
「ギルはこちらへの頼り方が分からないからって、『四十日くらい僕が国内に居なくても、父さんと兄さんがいれば何とかなりますよね?』とか言って丸投げした上、飛び出して行ってしまうし、オリーはオリーで『ギルばかり姉さんといるのはずるい』だなんて、リジーをお気入りのおもちゃか何かのような事を言っていたし。」
「そうですね、執着を見せるにしても、エリザベス嬢ではなくステフやソフィア嬢だったなら、また話が違ったんでしょうが・・・・・・。」
ブライアンは何の気なくにソフィアの名前を引き合いに出しただけなのだろう。それなのにレオンはその名を聞いただけで、胸の奥がチリチリと痛んだ。
「あの、もし王太子妃候補のご令嬢の内、王太子妃として選ばれなかったら、そのご令嬢方は如何なりますでしょうか?」
レオンの問いにルーカスが片眉をあげる。
「正直、オリー次第だな。ステフは『元からオリーとはそんなに合わないもの、嫁ぎ先に釣り合いなんて求めないわ。いっそ小説家にでもなるから気にしないで』なんて言っていたが・・・・・・。ブライアン、どう思う?」
「頭の痛い話ですね。ステフが言うように今から釣り合いそうな令息を探すのは難しいでしょうね。それに何より時期が悪いです。王太妃として輿入れを正式に発表するはずの殿下の婚約発表式までは三ヶ月もありませんから。」
「そこだよな。」
「ええ、そんな直前に王太妃候補を落とされたとなれば不貞を疑われましょうし、万が一、嫁ぎ先が決まっても、後ろ指を刺されましょう。」
「ああ、いっそ大陸の良さそうな国に嫁がせてしまうべきか・・・・・・。」
レオンがいるのを忘れたのか、ルーカスは「うーむ」と考え込み、ブライアンは「それか、いっそすっぱりと諦めて、ステフの言うように小説家になるのを許しては?」などと話している。
けれど、レオンはそれらを聞くと「あの」と声をかけていた。
「ソフィア嬢も同じように?」
すると、ルーカスとブライアンは顔を見合わせる。
「どうだろうな、あんなことがあったあとだ。うちの跳ねっ返りと違って、向こうは別の意味で頭が痛い思いをしているだろう。」
「そうですね、閣下が珍しくオロオロして、ソフィア嬢を宥めていましたっけ。」
「あれはオロオロしてたのか?」
王太子が自分との手を取らず、サラと二曲続けて踊り、あまつさえ三曲目を踊ろうとしたところで、ステファニーが割り込んだ。そして、曲の半ばでオリバーの手を打ち払うように去っていく姿を見ると、ソフィアは顔色を悪くして座り込んでしまった。
何とかレオンが支えて、会場を出て、顔色一つ変えないボイル公爵に引き渡したが、ブライアンはそれを「あんなにオロオロしていたのに」と驚いた様子で言うから、レオンも思わず首を傾げてしまった。
「いやいや、あれは『平然』って言うべきだろう? あいつ、昔から表情筋が死んでるタイプではあるが、奥方が亡くなってからは本当に感情が見えない。」
「ですから、そんなことないですって。父さんほど分かりやすい方ではないですが、あの日はソフィア嬢を公爵家の馬車に乗せて送られた後、ご自身の腕を摩ったり、歩き回ったり、落ち着かないご様子でしたよ?」
そして、ブライアンは「ソフィア嬢は亡き奥方様に似て可憐で繊細な方ですから」と話すと、レオンにもニコリとし「ランスロット卿もご心配ですよね」と笑った。




