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救国の乙女と塔の上の王子様(2)

 一方、その頃、グニシア王国北方、グレイ侯爵家のサロンにサラは出向いていた。


(さすが侯爵家ね、趣味が良いとは言い難いけど、どれも高級品そう。)


 臙脂色を基調にした部屋に、高級そうな黒色の調度品たち。それから、豪奢なシャンデリアと、ベルベットの布張りのソファー。前世の記憶に寄れば、この邸の地下室には地下牢があって拷問器具も色々あるようなことが書いてあった気もするが、こうしたインテリアを眺めているとダークファンタジーな世界に迷い込んだ心地になって、悪くないと思ってしまう。

 現にサラは現代だったらゴスロリと言っても格好をしていて、黒のオーガンジーやレースを重ねたドレスを着せられていて、これだけでも非現実感が甚だしかった。


「マイヤー子爵令嬢。」


 上座から声を掛けてきたのは老齢なハミルトン伯爵で、しかし、その年齢には似合わず、眼光炯々とした男だった。


「ご機嫌麗しゅうございます、伯爵様。」

「堅苦しい挨拶など良い、今夜は王太子殿下はご一緒ではないのかな?」

「ええ、あいにく約束の時間にいらっしゃらなくて。侯爵様と伯爵様をあまりお待たせするのも、と存じまして、私だけ遅ればせながら参じましたの。」


 ハミルトン伯爵はその野心を少しも隠そうとはせずに、「王太子殿下と直接お話したかったが」と苦々しげな顔をする。


(たばか)られたのではないか?」

「いいえ、昼間にお会いした時には、しっかり暗示に掛かっておいでのようでしたから、あれで来ないとなると不測の事態が起こったのかと。」

「不測の事態・・・・・・?」


 サラの返答に、ハミルトン伯爵は苛立ちを露わに「何が起こったというのだ?」と詰問したが、横にいたグレイ侯爵は少し鼻にかかったような声で「アーサー様」と声を掛けた。


「そのようにカリカリとなさってはお身体に障ります。それにサラ嬢は既にソフィア嬢を退け、王太子殿下に思惑通り一石を投じるように働きかけてくださったのです。まずはその事を労うべきでしょう。」


 そして、少し小馬鹿にしたような様子で、サラに「実に良い働きだったよ」と声を掛けてきた。


(彼がグレイ侯爵・・・・・・。)


 四十過ぎの狡猾そうな顔立ちの男は、人を信じられない性質(たち)なのだろう。サラに対しても、舐め回すような視線を投げて値踏みをしてくる。

 その眼差しはハミルトン伯爵を自ら生き餌を狙いに行く鷲に例えるなら、グレイ侯爵は死肉を漁る禿鷲のような雰囲気で、なるほどこの雰囲気は『悪役ならでは』のもののように感じた。


「お褒めに預かり、光栄ですわ。」


 お互い社交辞令だと分かっているのもあって、視線を避けるようにして話を打ち切る。ハミルトン伯爵はそんな二人の鞘当てを冷ややかに見ながらも「グレイ卿」と声を掛けた。


「・・・・・・あいにく私は『不確実』なものは嫌いなのだよ。」


 その一言で三人の緊迫感は増す。


「此度の件でサラ嬢の尽力もあって、王太子妃候補の門戸が開けたとして、王太子殿下がサラ嬢を王太子妃にすると言うまでは油断は出来ぬ。エドガーを亡き者とし、あの孫娘を弱らせれば簡単に手に入ると思っておったあの邸が、なかなか戻ってこなかった例もある。」


 面白くなさそうにハミルトン伯爵が話せば、グレイ侯爵は「そうはおっしゃいますが、閣下」と言うと「息子のキースも含めて、あの邸の地下で行っていたことは、まだ明るみには出ておりません」と答える。


「結果として戻ってきそうなのですから、それで良しとなさいませんか?」

「・・・・・・大幅な遅れと、しかも、今度はルーカスめの息子まで邪魔されて、捕らえておきたかったエリザベス嬢を逃してしまった状態だがのう?」


 そう言って面白くなさそうに「無能者のキースがおめおめと逃げられおって」と愚痴を零し、継がれているワインを飲み干す。サラはハミルトン伯爵がやけにエリザベスに執着している様子に目を細めた。


「伯爵様。伯爵様は噂の白百合姫にどうしてそこまでご執着なさるのです?」


 ベアトリスの代わりにしようとしているグレイ侯爵なら分かるものの、単に孤児を得ようとしていたハミルトン伯爵がエリザベスにご執心な理由が分からない。


「土地や邸が元は伯爵様のものだとは存じておりますが、エリザベス嬢は伯爵様がご執着なさるほどのものではありますまい?」


 すると、ハミルトン伯爵はすっと目を細めて、「私はな、エドガー=スペンサーを殺しても殺し足りないほど嫌いなんだよ」と話した。


「彼奴は一介の平民で、しかも、亡き王弟殿下にその才を認められて、日の目を見たというのに、先の後継者争いでは王弟殿下にはつかず、恩を仇で返しおった。」


 ハミルトン伯爵はそう言うと苦々しげに「その上、英傑やら名領主などと褒めそやされて、いい気になりおって」と忌々しげに毒吐く。


「私はエドガーの奴が苦しみ、悲しみ、絶望する中で、ゆっくり死にゆくのを見たいのさ。」


 そして「彼奴の愛娘であったベアトリスが死んだ時に少しは胸がすく思いはしたものの、どうせならエリザベス嬢もこちらに手にしたい」と話す。


「幸せ絶頂の孫娘が一転、命を狙われ、無惨にも火刑に処されて死んだとしたら、彼奴はどう出るだろうな。」


 ハミルトン伯爵は楽しげにほくそ笑む。グレイ侯爵は「その時は是非、私も立ち会いを」と目を細める。サラはそんな二人の様子に「狂っている」と思いながらも「深いお考えがあっての事でしたのね」と話した。


「マイヤー子爵令嬢。そなたこそ、なぜエリザベス嬢に執着する? 我が家に後ろ盾になるように、こう何度も打診までして。」

「そうですわね、私、彼女のせいで色々と遠回りをする羽目になりましたの。彼女が勝手なことをするからシナリオが色々と変わってしまっていたみたいで苦労させられましたわ。ですから『敵の敵は味方』と思い、一度お断りされた身ではございますが、もう一度だけと思ってお声掛け致しましたの。」

「シナリオ?」

「ええ、そうですわ。随分と時間が掛かりましたが、これで『オリバールート』のシナリオが進みますわ!」


 サラはそう言って微笑むと「王太子殿下が幽閉塔に捕らわれたのを、ヒロインが助け出して二人の仲が深まる。そういうシナリオですの」と話す。しかし、それにはハミルトン伯爵だけでなく、横で話を聞いていたグレイ侯爵も渋い顔をして「随分と夢見がちなお嬢さんだね」と苦笑した。


「私が夢見がち?」

「ああ、サラ嬢は『幽閉塔』がどういうところだか、まるっきりお分かりになっていない。あそこは閉じ込められたら、最後。外界との連絡手段もないし、抜け出すには衛兵達に何度も会う羽目になる。それに何より国王陛下がそれを許さんだろう。」


 グレイ侯爵にそう言われて、サラは面白くなさそうな顔をする。


「いいえ、閣下。その辺りの手引きはエルガー公爵と宰相閣下が行い、国王陛下はその事を黙認なさるはずですわ。」

「黙認?」

「ええ、国王陛下は王太子殿下に王位継承をさせたがっていますから。けれど、ご自身で(まつりごと)をなさっている陛下にとって、エルガー公爵家、ボイル公爵家の二家はかなり煩わしいはずですわ。」


 エルガー公爵家にはオリバーやエリザベスの出生という大きな秘密を握られているし、ボイル公爵家には亡き王弟殿下の母后の生家という負い目がある。


「陛下にとっては、今はまさに八方塞がり。陛下も最初はそんなことは許さないと激怒なさるでしょうが、そこは口の上手い宰相閣下が『王太子殿下を守るために幽閉塔を使う』と囁くんです。」

「王太子殿下を守るために?」

「ええ、そして、それを言われたなら、王太子殿下が可愛い陛下は、きっと王太子殿下の身柄を幽閉塔へ移しますわ。」


 自信満々に話すサラの様子に、ハミルトン伯爵はあごひげを撫でながら「ふむ」と呟いた。


「エルガー公爵家は『白百合姫(プリンセス・リリィ)』の話を流布して、次男ギルバートとの婚約を正当化しようとしましたが、あれは()()()()()のです。国王陛下がもっとも恐れていらっしゃるのは、無実にも関わらず幽閉し、最後には処刑してしまった王弟殿下のことを再び人々が口にすることですもの。」


 王位継承権を巡って、自ら手にかけてしまった異母弟の事を陛下はきっと良く覚えていよう。


「白百合姫の話が流布すれば流布するほど、可哀想なエリザベスを盛り立てようとする動きが出ますわ。そうなったら、あの時と同じ。両公爵家は『エリザベスを王女だと明らかにし、王位継承権を認め、彼女を女王とせよ』と言い出しかねません。」


 すると、ハミルトン伯爵はくぐもった声で「そなた、両公爵家を追い落とすつもりか?」と笑った。


「ええ、両公爵家を退けられれば、陛下はきっとお喜びになりますわ。」


 天真爛漫にサラが微笑んで答えれば、グレイ侯爵は「陛下が我々の味方になると?」と訊ねてくる。


「ええ、そうですわ。陛下は王弟殿下を思い起こさせる内紛よりも、エルガー公爵家が常々反対しているフランク王国への強硬外交を行いたいはず。しかも、両公爵家は、各々ヴェールズ公国とエラルド公国で蓄財をしていますでしょう? 何とか婚姻でもってバランスをとっているものの、陛下はヴェールズ公国、エラルド公国各々で大公家と仲良くしている両公爵家から財を巻き上げたいとお考えでしょう。」


 そして、そんな両公爵家の鼻を明かせるのが「エリザベスの異端審問会への召集」であると、サラは話した。


「彼女が悲劇的な最期を迎えれば迎えるほど、国王陛下にとっては良いプロパガンダになりますわ。」

「プロパガンダ?」

「ええ、政争に巻き込まぬように秘しておいた娘が、エルガー公爵家に担ぎあげられた上、無惨に殺されたと嘆けば、国民の敵意はどこに向きましょう?」


 サラはそう言うと、前世で見た『The Love of blooms』でのエリザベスの結末について話し始める。


「彼女はどのルートを進んでも、だいたいバッドエンドを迎える運命。」

「バッドエンド・・・・・・?」

「ええ、修道院送りにされたり、処刑されたり、国外追放されたり。とにかく、ろくな終わり方をしません。」


 そして、それは「エリザベスの背負っている運命」のようなもので、どんなにシナリオが違っていても必ず行き着く先だった。


「彼女にハッピーエンドはないんです。彼女はきっと陛下の御前で断罪されますわ。」


 取り押さえられ、床に押し伏せられたエリザベスの姿は、『The Love of blooms』の中でも圧巻のシーンだ。


「『エリザベス』には退場してもらわなくては。」


 自分の幸せのためにも――。

 勝手にシナリオを書き換えることは許さない。


「だが、王太子殿下にとっては血を分けた姉君だ。私との婚約を壊したのは王太子殿下ですよ? 彼がお許しにならないのでは?」


 グレイ侯爵が面白くなさそうに、話に水を差してくる。サラはそんなグレイ侯爵をちらりと見ると、「殿下は私の提案を受け入れざるを得ませんわ」と答えた。


「提案――?」

「ええ、私が王太子妃候補になれるよう働いてくださったら、ロームにいらっしゃる法王様に『神の名のもとに、私はエリザベス嬢を許す』と伝えるとお話ししましたから。」

「おかしなことを。それでは、先程言った陛下の憂いを払うとおっしゃっていた事に矛盾するのではないか。」

「いいえ、少しも矛盾しませんわ。私はそれが『彼女の死に間に合うようにする』とはお伝えしていませんもの。」


 エリザベスを捕らえた後、グレイ侯爵やハミルトン伯爵が彼女をどう扱おうが構わない。彼女は最終的に正教会の異端審問会に召集されて、多くの人の前で断罪される事にこそ、彼女の存在には意味がある。


「たとえ法王様からのお許しが出ても、エリザベス嬢には悲劇的な最期を迎えていただくとお約束致します。」

「具体的にはどうするつもりだ。」

「エルガー公爵家が彼女を『白百合姫(プリンセス・リリィ)』に仕立ててくださったのです。我らはそれを使い、今度は『売国奴』としての彼女を仕立てればいいだけ。」

「売国奴・・・・・・?」

「ええ、ノーランド王国にとっての『白百合姫』はそう言う存在でしょう?」


 愛ゆえに母国を敵国に売った愚かな娘。


「・・・・・・だとすれば、同時にダンケル王家との交渉も進めておいた方が良いかもしれませんね。確かに彼らにとって『白百合姫』は反逆者の象徴。両公国を敵に回す可能性があるなら、ノーランド王国を引き込んでおく方がよろしいかと。」

「そちらは、グレイ卿、そなたに託そう。」


 ハミルトン伯爵の方が爵位は下ながら、グレイ侯爵はそんな事は気にした様子もなく、丁寧な礼をすると「ダンケル家との交渉はお任せくださいませ」とその場を後にする。

 サラもドレスの裾を摘むと、マナーの授業で習ったようにして礼をした。

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