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救国の乙女と塔の上の王子様(1)

 同日、夕刻過ぎ。オリバーは、がばりと起き上がる。そして、「夢だったのか」と胸を撫で下ろした。


(なんで、ギルが女装しているんだよ・・・・・・?)


 変な時間にうたた寝したからかもしれないが、女装したギルバートが、ボイル公爵家のアルバートと、何やら険悪なムードながらもウィンザー伯爵家のフィリップと話し込んでいる夢だった。


(いや、それよりも、姉さんが逆ハーレム状態っていうのが・・・・・・。)


 ガンガンとする頭の痛みに顔を顰めて、のっそりとベッドから出ようとして、オリバーは辺りの薄暗さに、思った以上に時間が経っていることに気が付いた。


(あ、まずい、早く仕事を片付けないと、バイロン卿に何を言われることか・・・・・・。)


 そう思って目を凝らして、いつもは書斎机が置かれている辺りを眺めて、ふと部屋がいつもの自分の部屋ではないことに気が付いた。


「ここは、どこだ?」


 暗闇に目が慣れてきて、徐々に物の輪郭が見えてくると、王城の中では見た覚えのない部屋だと気が付かされる。そして、よろよろと窓の方へと近付いてみて、ここがどこだか分かるとオリバーは動揺した。


(なんで、幽閉塔?!)


 ここは王族や、由緒ある貴族が囚われる幽閉塔で、ほかの離宮などとは違い、外部との連絡は一切絶たれてしまうところだ。


(ひ、ひとまず落ち着こう・・・・・・。)


 オリバーは生まれて初めて、外遊先や王城以外のところに軟禁されるようにして閉じ込められて、元々、横になっていたベッドの所へよろよろと向かうとドサリと腰を下ろした。


(えっと・・・・・・。)


 確か「王太子妃候補を増やそう」という話を議会でして、レオンに呼び止められた記憶がある。その後、サラと出会い、いくつか近況を話していて、それから父王に呼び出された。


(サラに『後で落ち合おう』と話をして、謁見室に向かったら、父上と、ボイル公爵、それから、エルガー公爵がいて・・・・・・。)


 そうだ、あの時、後ろから誰かに締め上げられたんだと気がついた。


「・・・・・・って事は、父上や両公爵の前で襲われた?」


 そう思って慌ててもう一度王城の方を見るものの、王城の周りはいつもと同じように静かで、とても大事件が起きているようには見えなかった。


(何がどうなっているんだ・・・・・・。)


 父や母はどうなっているのか、いや、だが変だ。あの時の父やボイル公爵、エルガー公爵は冷静だった。自分を締め上げている犯人の顔を見えただろうに少しも狼狽えた様子はなく、静観していた。


 と、不意にガチャガチャと大きな音がして、部屋のドアがぎいっと軋みながら開いた。入ってきたのは顔半分を覆面で隠した看守で、一礼した後、無言のままにサイドボートに温かな食事の乗ったトレイを置く。


「レオンか・・・・・・?」


 背格好と歩き癖から判断してオリバーが訊ねれば、看守は黙ったまま、ドアを締めに行き、顔半分を覆った覆面を外した。


「殿下、お目覚めになられたんですね。」

「ああ、それよりもお前のその格好、一体、何がどうなっているんだ?」

「ああ、これですか? これはこの幽閉塔の看守の服です。この格好ならここに出入りしていても、殿下のお世話をしていても目立ちませんからね。」

「父上や母上は無事なのか?」


 矢継ぎ早に質問を畳み掛けてくるオリバーの様子に、レオンは「混乱なさるのはごもっともですが」と皮肉めいた笑みを浮かべ、「陛下も妃殿下もご無事ですし、順を追って説明しますから、まずは食事にしませんか?」とトレイの上の料理を勧めた。


「この状態で食事をしろと?」

「腹拵えは出来る時にした方がいいですよ。それと殿下には申し訳ございませんが、しばらくこちらでお過ごしいただきますので悪しからず。」

「なッ?!」

「全ては陛下のご判断です。」


 レオンにピシャリと言われてしまうと、オリバーはそれ以上の言葉が紡げずに、パクパクと口を開け閉めする。


「殿下は私が申し上げても聞く耳を持って下さらなかった。陛下は、これ以上、殿下が危ういことを仕出かす前に、こちらに殿下を移した方が良いとお決めになりました。」


 レオンは「続きはまた落ち着かれた頃に」と話すと、「今夜は殿下の好物の鳩のローストですよ」と淡々と話す。そして「何か飲み物も持って参りましょう」と言うと、ご丁寧に部屋に鍵をかけてから去っていく。

 オリバーは一人きりになると、ほうとため息を吐いてベッドに倒れ込んだ。


(ひとまず父上と母上は無事ならしい。今回の件はエルガー公爵家の判断だろうか・・・・・・。)


 母である第一王妃はエルガー公爵夫人と姉妹だし、エリザベスも自分もエルガー公爵家の庇護下にあると言っても差し支えないほど、懇意にしている家門ではある。

 それに現公爵は国王陛下の覚えめでたく、若くして宰相に上り詰め、今はその職を息子のバイロン卿に譲り、表舞台からは辞したというのに、未だ、グニシアの経済界を牛耳っている。


(王太子妃候補は第一位は、エルガー公爵令嬢のステファニー嬢だし、この国は表も裏もエルガー公爵に押さえられてばかりだ。)


『ギルバート様の方が頭も切れ、出生卑しからず『素養』がある。いつもあなたが感じていらしたことではないですか?』


 夜会の夜、甘い香りを漂わせたサラに言われた言葉が、一人になると幾度となく頭の中を駆け巡り、僻みや妬みに胸苦しさを覚える。


(ギルは悪くない。ギルがいつだって『王太子なんて絶対にごめんです』と言ってきていたんだ。こんな気持ちを口にしたって『何を馬鹿なことを』と一笑に付すんだろうな。)


 幼い頃からいつも一緒にいる、面倒見のいい兄のような存在。

 一人っ子のようにして育って来たオリバーにとって、ギルバートは家族も同然の存在で、いつも一歩も二歩も先を行く存在だ。

 そして、だからこそ思ってしまうのだ。


 凡庸な自分とは違い、才知も、思慮もある彼こそ、この国を統べるのに相応しいのではないかと――。


(父上に見限られたか・・・・・・。)


 しかし、その事に感じたのは絶望ではなく、諦念にも似た感覚で、不思議とホッとしてしまった。


『あなたの事を分かって差し上げられるのは(わたくし)だけでしてよ?』


 ダンスをしながらサラはそっと囁いてきた言葉――。


『私にも王太子妃候補になる機会を与えてくださいませ。』

『・・・・・・あなたを?』

『ええ、お姉様をお助けなさりたいのでしょう?』


 悪魔の囁きとは、ああいうのを言うのかもしれない。甘やかな声色で的確に弱い所を突いてくる。

 あの時のサラは「悪い取引ではありませんわ」と妖艶に笑い「後ろ盾は任せてくださいませ」と囁いていた。


『殿下はただ『伯爵家や子爵家まで裾野を広げよ』と仰ってくださいませ。そうすれば、エリザベス様のことは行き違いだったと、ロームにいらっしゃる法王様に言葉を添えるように致しますわ。』

『それだけで良いのか? それで本当に姉上は助かるのだろうか?』

『ええ、異端審問会に召集されても、不条理な拷問や衆人環視の中で火刑には合わなくて済むでしょう。私があなたのお姉様を『神の名のもとに許す』と宣言さえすればですが。』


 その後も彼女の思惑を訊ねるために二曲目を踊り、それでも交渉が終わらずに三曲目を踊ろうとしたところでステファニーに止められた。それゆえ、踊り続ける事は諦めて、代わりに飲み物を口にしながら話を続けたのだ。


(大方の事はあの時に話しはついているが・・・・・・。)


 大公殿下が水を差すようにして現れて、どこまでやればエリザベスを助けてくれるのかを聞けなかったものの、サラの話す内容はオリバーを心胆寒からしめる事ばかりだった。


『殿下、人はとても野心的な生き物ですわ。とても愚かで、弱い者を虐げることを悦びとするような生き物ですの。』


(自分は、もう、一石を投じてしまった・・・・・・。)


 グレイ侯爵、ハミルトン伯爵、マイヤー子爵、スペンサー男爵だけでなく、『王太子による王太子妃候補の拡充の話』について、他の中立派の家門に好意的に受け入れられたことにも驚いたが、その結果がこの状態ならば、サラの言っていた事は真実なのかもしれない。


『国王陛下はエリザベス嬢の台頭を許しはしないでしょう。このままだと、エリザベス嬢は陛下に消されましょう。』

『姉上は血の繋がった実の娘だぞ?』

『だから、ですわ。陛下はきっと『生きていること、それ自体が罪』と判じます。』

『生きていること自体が罪・・・・・・?』

『ええ。あなたの生みのお母様のように――。』

『そなた、生みの母の死因について何か知っているのか?』

『ええ、もちろんです、殿下。神の目は誤魔化せませんわ。私は全てを知っております。』


 そして、彼女は胸の奥底に秘めていた事を代弁した。


『殿下もお疑いでしたでしょう? 陛下のことを。』


 真っ黒な瞳には不安げな自分が映り込み、そして、甘やかな香りに誘われるようにして、意識がぼんやりとしていく。


『陛下はあなたの生みのお母様を見殺しになさった。救う手立てはいくつもあったのに。そんな方がエリザベス嬢の台頭をお許しになると思って?』


 あなたは可哀想なお人形さん――。


 国王陛下にも、第一王妃にも、エルガー公爵家にも操られる運命。

 生みの母親は、父親に見殺しにされ、残された姉のエリザベスも同じように死んでいく。


 サラは「これは神託。抗えぬ運命でしてよ」と囁くと項垂れているオリバーを労わるように抱き締めた。


 ◇


 ガチャガチャと鍵を開ける音がして、再びレオンが姿を現す。レオンは食事に手を付けていないオリバーの様子に首を傾げた。


「鳩のロースト、お気に召しませんでしたか?」

「少しばかり考え事をしていた。父上は私をお見捨てになったのだろうか?」

「陛下は殿下が大切なのですよ。最初に申し上げたとおり、これは殿下を守るためになさっていることです。」

「『殿下が大切』ね。確かに父上にとって『跡継ぎは大切』であろうな。」

「・・・・・・いかがなさいました?」


 妙に含みのある言い方のオリバーに、レオンが怪訝そうにする。オリバーは顔を歪めると、「陛下が大事なのは『息子』ではないってことさ」と自嘲した。


「急に何をおっしゃいます?」

「急? いいや、急なものか。レオン、そなたも傍にいるのだ、分かっているだろう? 私は少しも第一王妃である母上に似ていないことを。」


 確かに髪の色や瞳の色は近しい色をしている。しかし、成長するのに連れて身体付きが、少しも第一王妃と似ていないことに気が付かされたと話した。


「そういうのが似ているのは、むしろギルバートのほうだ。彼は母上からみれば、本当の意味の『甥』だからな。」

「第一王妃は殿下を慈しまれておいでではないですか?」

「ああ、母上はできたお人だよ、他国に嫁いで来て心細かったろうに、父上がよそに生ませた子供を引き取って虐待することも無く育てたのだから。」


 オリバーはそう言うと、今にも泣きそうな顔で「あの人が本当の母なら、どれほど良かっただろう」と呟く。


「そして、何度、その事を知ってから、父上の血を引いていることを恥じ、嫌悪してきたことだろう。」


 当時のことを知っている医師を探し出すのには骨が折れたが、ギルバートにも気付かれぬようにひっそりと調べて知ったのは、賢王と呼ばれた父の犯した罪と恐ろしいまでの冷徹さだった。


「父上は私の生みの母を見殺しにしている。救う手立てはいくつもあったのに。そして、姉上のことも救う気はない。むしろ、あわよくば姉上がこのまま異端審問会で裁かれてしまえばいいとさえ思っているだろう。」


 正教会の宗主国であるスパニアでは、貴賎を問わずに、異端審問会に引き渡されれば、魔女として裁かれて凄惨な最期を迎えていると伝え聞いている。

 グニシアとヴェールズ、エラルドではそうした宗教弾圧を嫌って、「王立教会」を作って原典主義を口にする者たちを枢機卿に据えて保護をしているものの、海を渡ったネーデルでは周辺諸国から逃げてきた難民たちが、こちら側に渡ろうと順番待ちをしているらしい。


「王家が出席していた婚約式で、異端審問会への召集だ。単に婚約できて居れば、父上も姉上から興味を逸らしたんだろうが今は違う。今の父上の立場からすれば、姉上が悲劇的な最期を迎えれば迎えるほど得をする。」


 自分が出席した婚約式の花嫁、しかも、自分の落胤であるエリザベスが衆人環視の前で火刑にでも処されれば、それを理由にして「正教会は残忍で野蛮だ」、「王家の血を引く娘を裁くとは言語道断」などと詰め寄り、国際的に優位な立場に立てる。


「父上は姉上の台頭を許さない。このまま父上の息のかかっているエルガー公爵家に嫁いでも姉上の身が危うい。」


 オリバーは指先を組んで「レオン、頼む」と口にした。


「姉上を助けてやってくれ。たった一人の血の繋がった姉なんだ。」


 レオンはオリバーの独白を聞きながら、昼間の彼との違いに困惑した。


「殿下はマイヤー子爵令嬢を推されているのではないのですか?」

「彼女を? いいや、サラは単なる取引相手に過ぎない。」


 サラの前では「サリー」と愛称で呼んでいるのもポーズに過ぎないのかと訝しめば「彼女が何か仕掛けてきているのは確かだと思う」と話す。


「彼女のつけている香水かもしれないが、あの甘い香りがすると彼女のことを強く拒めない。」


 オリバーが困ったように「本能に訴えられたらハードルはかなり低くなるだろうな」と言うからレオンは苦笑いをした。

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