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同舟、相救う(5)

 グニシアからの一行がエリザベスを囲んで話し込んでいる頃、同じ邸宅内で、このヴェールズ公国の大公殿下こと、イーサンは窓から見えるナラの木が黄葉し、黄金色に染まって見える。


(美しい人だった・・・・・・。)


 ブライアンが「ステフ」と呼んだエルガー公爵家の令嬢はちょうど黄葉したナラの葉のように黄色のドレスを身に纏い、兄のブライアンが隠すようにして連れ去ってしまった。


(もう少し話したいと思っていたからか、心が浮き立つな・・・・・・。)


 噂の白百合姫と共に現れた彼女は禁欲的なドレスに身を包み、改めて美しいと思った。


(喉を痛めてしまっていたようだが、大丈夫だろうか?)


 はあと物思いにため息を吐き、それから「彼女はグニシアの王太子妃候補だ」と自分に念じ直す。そして、(かぶり)を振ると樫の木の年代物の書斎机の元に座り、山積みにされた書類に目を通し始めた。


「グニシアか、はたまた、ノーランドか。」


 伯母が第二王妃をして、大伯母に至っては国王の祖母に当たるヴェールズ公国としては、グニシアを簡単には裏切れない。けれど、ノーランドのダンブル家が武器製造、納入の見返りに寄越してきた鉄道と蒸気機関の仕組みは目を見張るものがある。


(ソフィアにちょっかいを出されたとアルバートが知ったら、あいつの事だ、武器製造を止めるということだろう。)


 今、納入したのは約束の十分の一以下の量で、違約金が発生する可能性もある。その分は眉唾ながらギルバートの話によっては解消するものの、手元に届いている(あざみ)の紋章の封蝋が施された書簡を目にすると、眉間に皺を寄せた。


(ノーランド王室ダンケル家か・・・・・・。)


 かつてエルガー家の祖と争った家門は「グニシアとエラルドに宣戦布告するゆえ、参戦するな。仮に白百合姫が逃げ込めば生きたまま引き渡せ。そうすればヴェールズ公国は攻め込まない」と記してきている。


「随分と一方的な不可侵条約だな。」


 密使の体を取ることもなく書かれた手紙を見るも打ち捨てる。


(『白百合姫』を引き渡せば、世論がきっと許すまい。だが、引き渡さねば、北方のレクシームのあたりは襲われることだろう。)


 どちらを取るべきか――。


 と、「失礼します」という声が聞こえてきて、顔を上げると執事とその後ろにアルバートが立っていた。


「アルバート様が少しお時間をいただけないかと仰っています。」

「ああ、もちろん構わない。」


 どうぞ、と言って入ってきたアルバートは、「大公殿下」ではなく、昔のように「イーサン兄さん」と声を掛けてきた。


「どうした?」

「ソフィーのことをフィルから聞きまして。」


 ああ、やはりと思いながら、人払いをして応接セットにアルバートを案内する。


「手を引く、と言いに来たのか?」

「ええ、ノーランドにはお断りを。」

「・・・・・・だよな。」

「はい。ただ、別の顧客に別の商品を製造することになりました。」

「グニシア国王か?」

「いえ、エリザベス嬢に。」

「・・・・・・エリザベス嬢に?」


 すると、アルバートはソフィアを語る時と同じようにして「ええ、エドガー=スペンサーの孫娘なだけありますね」と柔らかな表情で話す。


「小型化、軽量化した大砲を三千五百門を強請られました。」

「大砲を三千五百門? ご令嬢のエリザベス嬢が、か? ノーランド攻めにか?」

「いいえ、船に積むらしいですよ。」

「船?」


 そして、ハッと我に返る。


「南かッ!」


 連想ゲームのようにして、エリザベス、正教会による異端審問、船と考えて、海峡を挟んで反対側にある正教会の総本山スパニア帝国の存在に思い至る。


「ええ、エリザベス嬢はグニシアの国王陛下とは別に、対スパニア用艦隊を編成、来夏には迎え撃つお心づもりのようです。」

「確かに雪が解けて、北の山はノーランドと南の海はスパニアなんてぞっとしない話だな。挟み撃ちされたら、溜まったもんじゃない。」

「はい、ですので、今、お引き受けしている鉄道関連および銃製造のご依頼を辞退させて頂き、その艦砲の製造を最優先とさせていただきたいのです。」

「分かった。許そう。」


 あっさりと納得したことを意外に思ったのだろう、アルバートが「よろしいのですか?」と訊ねてくる。


「ああ、構わない。これは大公(わたし)の判断だ。」


 イーサンはグニシアの王立教会でギルバートが大陸からの干渉を危惧していたことを思い返し、「ここまで見越して発言したのだろうか」と気になったものの、地図を使って事情説明してくれていたため、すぐに「ハミルトン伯爵家の毒砂の流れも押さえておけ、暗殺に使われる可能性がある」と話す。

 アルバートは「もちろんです」と話すと、「この事はエリントン卿が持ちかけてきたのか?」と訊ねた。


「いいえ、全てはエリザベス嬢の立案でしたよ。」

「エリザベス嬢の?」

「ええ、彼女は実に素晴らしい。」

「確か、アルはわざわざエリザベス嬢に会いに来たのだったな?」

「ええ、噂の『白百合姫』にお会いしたくてね。」

「それで、どうだった?」

「それについてはこちらもお目通し下さい。父から私宛の書状です。ぜひ大公殿下にもご覧頂き、ご助力頂きたい。」


 渡されたのはボイル公爵家からの手紙で、中にはソフィアの事件の他、エリザベスがグニシア国王の娘であることと、現王太子を廃太子するように推し進め、彼女を女王として擁立する案が計画されている旨が記されていた。


「グニシア国王の娘だと・・・・・・?」

「ええ、ですが、彼女をグニシアの直系として擁立するには後見問題が発生致します。」

「第一王妃が許さぬ、というわけだな。」

「はい。王太子自身が大きな失態をしたわけではございませんからね。今すぐには廃太子には動けません。エルガー公爵家は、何とかオリバー王太子殿下の洗脳を解き、穏便に済ませられないかと画策中のようです。」

「洗脳を解く・・・・・・?」

「ええ、正教会のあの女狐は人心を操作する術を心得ていますから。」


 アルバートは胸元に手を当てると「私もそうでしたが、あの女狐は気が付かぬうちに、あれと親しくしていた記憶と慕わしい気持ちを植え付けるんです」と話す。


「そして、代わりに不安を増強して、甘言を囁いては己の思うように操る。僕自身に暗示をかけてきた際は、彼女も『正教会に入るための足掛かり』程度にしか考えていなかったのでしょう。幸い、私自身は大事に至っておりませんが、ソフィーや王太子は話が違います。」


 サラはその心に付け入り、ソフィアには「消えて」と命令し、逆にオリバーに擦り寄るように周りの貴族たちまで巻き込んで好き勝手し始めている。


「それゆえ、グニシアの国王陛下からは『季節外れの狐狩りの準備をせよ』との勅命が出た次第です。」

「そんなに機密事項をぽろぽろと話してしまっていいのか?」

「ええ、大公殿下には()()()側のパトロンになって頂きたいものですから。全て包み隠さずにお話しておいた方が良いかと思いまして。」


 ふっと不敵に笑うアルバートの様子に、イーサンは不意に新たな選択肢を突きつけられた事に気がついて、一瞬、(もく)し、そして、刺すような眼差しでアルバートを見た。


「エリザベス嬢に乗せられているのか? いつものお前らしくない。」

「ええ、自分でも若干思います。」


 すっと目を細めて「だが、今はそんなことよりも共通する敵を排除せねばならないと思いましてね」と微笑んだ。


「領地経営で培われた経営力、白百合姫や救国の乙女としてのカリスマ性、そして、エドガー=スペンサー譲りの軍事的な立案。彼女が女王として立つのであれば、今の王太子を国王に立てるより、国は豊かになりましょう。ですが、彼女をグニシアの貴族たちが受け入れるには『実績』が足りない。」

「まさか、スパニアとの戦を手柄にさせる気か?」

「ええ、バックアップは僕、エリントン卿、ウィンザー小伯爵。悪くない顔ぶれでしょう?」

「それはそうだが・・・・・・。その顔はなんだ? 私に何を求める。」

「この件に大公殿下の名義をお貸しをしていただけませんか? 私に大砲の話を持ちかけてきた時、エリザベス嬢はこの話を本当はイーサン兄さんに持ちかけようと思っていたと話しておりました。」

「・・・・・・私に?」

「ええ、そうすることでグロースター辺境伯は出資せざるを得なくなるから、と。」

「私を撒き餌にするつもりか。」

「ええ、悪くない判断でしょう?」


 しかし、それを聞くとイーサンは「エリントン卿とその婚約者とやらは、どうやら似た者夫婦らしいな」と苦笑する。


「ちなみに私に同じ話を先に持ちかけてくださったのは、節税のためだそうですよ。」

「節税?」

「ええ、『ヴェールズ公国から買い付けるより、グニシア貴族間でのやり取りの方が関税が少なくて済むでしょう?』だそうです。」


 そう言ってアルバートが楽しそうにエリザベスのことを語るから、イーサンはやや呆れ混じりにため息を漏らした。


「アル、お前、そんな風を言われているのに喜ぶような奴だったか?」

「いいえ、ただ、彼女、何の忖度(そんたく)(てら)いも抱いていなそうだったので。」


 たとえ自分が街の商人で買いたいものがりんごか何かだったとしても、エリザベス嬢はきっと今日と同じように物怖じせずに「少しでも安く仕入れるわ」と言い切るだろう。


「エリントン卿が『そんな費用は気にしなくとも良い』と豪気なことを言ったんですがね、『貧乏がどれだけ恐ろしい事か。ギルは何の具の入ってない味のないスープで何日も過ごしたことがないでしょう?』と言い負かしてしまって・・・・・・。すっかり尻に敷いている姿がまた楽しかったんですよ。」


 彼女は誰かに媚びるような生き方はしてこなかったのだろう、仕方ないことは仕方ないものとして流しつつ、その時、その時の最善を見出そうとすると話す。


「彼女といるのは心地良い。」


 だからこそ、ギルバートは身分違いの彼女を婚約者として囲い、フィリップは彼女を得られないとしても支える道を選んだ。


「以前にフィルに『ほんの少し運命が異なっていたなら、彼女の婚約者は僕だ』と聞いたんですが、今はそれが残念でならない。もう少し早く会えていれば、と。」


 アルバートはそう話して苦笑すると「だから、余計に踏ん切りがつかないみたいなんですよ」と話した。


「未練がましいと言われるかもしれませんが、いつかは僕が彼女を手にしたい。たとえ、誰かのものであっても。」


 エリザベスについて語るアルバートの様子に、イーサンはステファニーのことを思ってツキンと胸を痛めた。

 望んではいけないとは理解(わか)っている。だが、感情はそう上手く割り切れないのも承知している。


「イーサン兄さんには損はさせませんよ。出資金は僕が出します。ですから、その名をお貸しいただけませんか?」


 それが彼女の望みだから――。


 そう話すアルバートは、国や身分などの立場に縛られることなく、昔、子供の時に遊んでいた時のように「イーサン兄さん」と呼び掛けてくる。

 イーサンは年下の従兄弟が、年相応に気になる女性を射止めんとして、自分に甘えてきているのだと気が付くとにやりとする。


「名義を貸してやってもいいが、高くつくぞ? エリントン卿は対価に銅山を金山にする技術とその技術者をくれると言ったんだ。昔からの(よしみ)で割り引いてもいいが、お前は何をくれる?」


 肩を竦めながら、それでもどこか晴れやかに「大幅割引で頼みますよ、兄さん」と話すアルバートの様子に、イーサンはククッと喉を鳴らすようにして笑った。

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