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同舟、相救う(4)

 エリザベスが幅広のヘッドドレスで、上手く髪色が目立たないようにしてバスルームを出ると、アルバートが怒りを露わに「では、まんまとあの教会の女に付け込まれたわけか」と毒吐いていた。

 トムが大人しく警護している様子を見ると、アルバートはきちんとフィリップの話を聞いてくれているように見えた。


「これ、どんな状況・・・・・・?」


 エリザベスがトムの傍に立って訊ねると、「アルバート様がフィリップ様をお呼びになって、先日、行われた夜会での出来事をお伝えしていたところです」と前を向いたままで話す。


 トムによれば、アルバートはフィリップが言ったように元々は警戒心の高い人のようで、一度「自分の理性が上手く働いていないようだ」と気がつくと、そこからは「何か矛盾することを言い出したら止めてくれ」と前置きした上で、フィリップの話に耳を傾け始めたのだという。


「ただ、あのシークって奴は、この部屋に入ってきてから足音一つさせていないですし、相当な手練かと見ています。今だって気を張っていないと、目の前にいるはずなのに見失いそうになりますよ。」


 そう囁いて、自分より前に出るなとエリザベスに話す。フランシスもギルバートのすぐそばで険しい表情をしているのを見れば、彼もまたトム同様にシークを警戒しているのは明らかだった。


「アル、頼むよ。味方してくれないか。」

「昨日の敵を今日の味方にしようというのはフィルらしいけれど・・・・・・。」


 侍女姿のギルバートをちらりと見ると、アルバートは「それは少し虫が良すぎると思わないか?」と話す。ギルバートはそれまで黙って話を聞いていたが「やはり交渉決裂だな」と話した。


「アルバート、こちらは別に邪魔をしてこなければそれで構わない。僕らは安全にブリストンに渡りたいだけなんだ。」

「ブリストンに?」

「ああ、グロースター辺境伯にお会いするつもりなんだ。」

「グロースター辺境伯ねえ。あんな好戦的な方に会いに行くだなんて、エリントン卿は戦争でもおっ始めるつもりってことかい?」

「・・・・・・必要とあらば。」


 アルバートとギルバート、フィリップの三人はピリピリとした雰囲気で話し込み、シークと、トム、フランシスの三人は睨み合い。そんな中、ロバートだけは従者らしくひっそりと部屋の隅に立っていて、今更どっちにも混じれない雰囲気にエリザベスも、ロバートと同じようにして静かに傍観していようと思ったところだった。


白百合姫(プリンセス・リリィ)を旗印に戦争だなんて、それこそグニシアは荒れるぞ?」


 アルバートがちらりとこちらを見る。


「ああ、そうかもしれないな。」


 ギルバートはあっさりと肯定する。


「それこそ、例の女の言う通りじゃないか。」

「ああ、だが、そんな事、構うものか。」

「親しくしていた王太子殿下が廃太子になってもか? いや、むしろ、王配になるにはそっちの方が都合がいいか?」

「それも知ったことじゃないな。僕は王太子の側近としての地位も王配の地位にも興味が無い。ただ、リジーが守れればいい。今更、王女だの、なんだのと、リジーを王家のごたごたに巻き込ませる気が毛頭ないんだ。」


 何なら貴族の地位を返上しても構わないと言い出しかねないギルバートの様子に、フィリップは顔色を悪くする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、ギル。それじゃあ、王命に背くことになるぞ?」

「だから、なんだ?」

「『だから、なんだ』って、王命に逆らえば国外追放もありうる。」

「ああ、ならばグニシア国内に足を踏み入れなければいいだけの話さ。僕にはエラルド公国に伝手があるし、世界は広いだろう?」

「いや、そうは言っても・・・・・・。」


 すると、アルバートは「ハハハッ」と声を上げて笑い、膝を打った。


「フィル、ギルがこの調子なんだ。みんなで足並みを合わせて、事を成すのは難しそうだぞ?」

「奇遇だな、その意見にだけは同意する。」


 アルバートとギルバートの意見が妙に合致したところで、フィリップは「頼むから、そんなところで意気投合しないでくれ」と頭を抱える。そして、藁にもすがる思いだったのか、視線がかち合うと急に「エリザベス嬢」と声を掛けてきた。


「エリザベス嬢も、何とか言ってやってくださいよ! 今は仲違いしている場合ではないと。」


 フィリップに泣き付くようにして言われると、何だか傍観しているだけなのも悪い気になってくる。

 エリザベスは見かねて、ギルバートに「『仲良く協力』は出来なくても『取引』は出来ないの?」と訊ねてみた。


「取引?」

「ええ、『この件だけ』って割り切って、やり取りするの。」


 エリザベスは、長年、そんな風にして伯父夫妻とやり取りしてきたこともあって、どんなに腹立っていても、交渉をしないと行けない時には割り切って対応してきた口だったから、ギルバートにも同じようにできないのか訊ねてみた。


「リジー、取引するにしても『信頼関係』が必要だよ?」

「そう・・・・・・。ちなみにアルバート様も同じお考えかしら?」

「いや、僕は利のある話なら、話を聞くぐらいはするさ。」


 そう答えてはくれたものの、女だてらに口を挟んできた事は気に食わなかったのか、フィリップに「話はこれだけか?」と訊ねて席を立とうとする。

 エリザベスは「あら、お待ちになって」とアルバートを呼び止めた。


「私に何か?」

「ええ、アルバート様は利のあるお話なら聞いてくださるのでしょう?」

「リジー?」


 ギルバートも怪訝そうにしながら、「こいつはフィリップ以上に信用ならない奴だよ?」と言い咎める。


「あら、でも、利のある話なら聞くぐらいはするとおっしゃったわ。」

「リジー。」

「ギル、これは私とアルバート様様との話なの。」


 すると、アルバートは面白いものを見たという顔で「話を聞くだけになるかもしれないよ?」と答えた。


「ええ、構わないわ。」

「リジー、ダメだって。」

「ギル、大丈夫よ。利がないと思われればそれまでの話だから。本当はヴェールズ大公殿下に持ちかけようと思っていた話なの。でも、アルバート様もこのカーラルに大きな製鉄所や鋳造所をお持ちだから、もしかしたらと思って。」

「製鉄所や鋳造所・・・・・・?」


 訝しげにするギルバートに、フィリップが横から「まあ、まずは話を聞いてみようよ。それと、ギル。エリザベス嬢が言うように、これはエリザベス嬢とアルの話だ。何か彼女に不利な話になるなら僕も一緒になって止めるから」と言ってギルバートを宥める。


「あら、フィリップ様は味方してくださるの?」

「もちろん。僕はエリザベス嬢を支援すると決めてますからね。」


 そして「話を続けて」とエリザベスに先を促す。エリザベスは「ありがとう」とお礼を口にして話を続けた。


「以前、イザベラ様のお茶会にお呼ばれした際に、集まったご令嬢達が話題にしていたの。ボイル公爵家のご嫡男は先見の明がお有りだって。」


 春の薔薇を見にウィンザー伯爵の邸を訪れた際、四面楚歌の状態ながらエリザベスは令嬢たちの話に耳を傾けていた。


「ヴェールズとグニシアの交通網を強化するために、鉄の馬車を走らせると。」


 始め聞いた時はそれのどこが「先見の明」があるのかチンプンカンプンだったが、このヴェールズで列車に揺られてよく分かった。


「お茶会で伝わってきた内容はお粗末な内容でしたけれど、あれは『列車』の話。そして、アルバート様はその鉄道網の敷設に関わっていらっしゃる。」

「ああ、でも、それが何か?」

「わけあって、鉄鉱石やコークス、銅鉱石の輸出入量を調べることがあったんです。なので、ついでにこのヴェールズでの鉄鉱石やコークス、銅鉱石の使用状況もうちの者を使って調べさせてもらったの。」


 ギルバートが水の使用量からグレイ侯爵領に出入りする傭兵達の量を推察し北側の異変を察したようにして、エリザベスは南側の異変を察していた。


「鉄道を作る片手間にお作りになっているものは銃? それとも、また別の武器かしら? アルバート様がお持ちの製鉄所や鋳造所は、原材料の割に国外に出ていく製品の量は少なかった。それならばどこにあるのか? 答えはここ、大公家。作れば作った分、ヴェールズ大公殿下が、高く買って下さっている何かをお作りになっているのではなくって?」


 にこりとして訊ねれば、アルバートは先程までの侮るような笑みを払拭しエリザベスをじっと見据える。


「何が仰りたいんです?」

「私に大砲を作って欲しいんです。」

「大砲? 何のために?」

「これから起こる大陸諸国との海戦の準備のために。」


 それを聞くとアルバートはふうと息を吐き、ギルバートとフィリップは目を見開いた。


「エリザベス嬢は大陸諸国との間で海戦が起こると?」

「ええ、正教会を通じて、この間のノーランドとグニシアの衝突はスパニアにも伝わっているはず。」

「スパニアの無敵艦隊か・・・・・・。」


 ギルバートが険しい表情でポツリと言えば、エリザベスは、もう一度、こくりと頷き「大国オスマンを破ったほどの艦隊を持っているんですもの。私がスパニアの王なら、グニシア、ヴェールズ、エラルドがノーランドと争っている合間に、ネーデルを取りに行くわ」と話す。


「地続きで行くには高い山々が邪魔するけれど、海伝いに進めばそう日数は掛からないでしょう?」


 そう話せば、無言のままにアルバートは姿勢を正し、エリザベスが腰掛けられるように場を開ける。フィリップは静かに立ち上がり、エリザベスをエスコートすると、ギルバートの隣の席へと誘導した。


「アルバート様は話を聞いてくださるようですよ。」


 フィリップがそう小声で囁くから、エリザベスは「話を聞くだけで終わるかもしれないわ」とくすりと笑った。


 ◇


 エリザベスは窓から差し込む日の光に、ヘッドドレスからこぼれた髪は薄く桜色に輝き、桜桃のような唇はふっくらとしていて、「美人」と言うよりは「可愛らしい」女性といった印象を受ける。

 その癖、自分にもギルバートにも物怖じした様子はなく、どことなく凛とした雰囲気を纏っているから、なるほどこれは人を惹き付けるだろうと思われた。


 アルバートはエリザベスの所作を、目で追いながら話をしてみたが、彼女が王女の身分を秘されて男爵家の居候令嬢として過ごしていたというのを疑いそうになった。

 駆け引きの仕方、従者を使っての調査力、洞察力、分析力、推理力。

 それは王城で安穏と暮らしている王太子よりもずっと優れていて、グニシア国内や隣国のことだけでなく、世界情勢にも明るい令嬢となると、なるほど、ギルバートが身分差なんてものともせずに彼女を囲った理由が分かった。


(ダイヤモンドの原石のような女性だ。)


 初めこそ、自分を立てるように敬語で話していた彼女だが、徐々に自分にも対等な物言いになっていく。しかし、自分も彼女を単なる令嬢としてではなく、ビジネスパートナーとして彼女を見始めているのだろう。その物言いに不快感は感じず、むしろ、こうして対等に話してくる方が自然で好感を覚えるから不思議だった。


(エドガー=スペンサーの秘蔵っ子の孫娘か・・・・・・。)


 フィリップが自分と袂を分かっても、その意思を尊重すると言った令嬢は、『影』達の報告だけでは伝わってこないカリスマ性を持っている。


「ご令嬢が大砲を買い込んで、どうなさるんです?」


 アルバートが訊ねれば、エリザベスは当然といった様子で「もちろん船に載せるためですわ」と笑う。


「台場を作って、そこに大砲を設置する方法もありますが、海峡付近は流れが急で台場を作ること自体が難しいですし、向こうは恐らくガレオン船みたいな巨大な船で、補給路と人員を確保しながら来るでしょう? 一方、こちらは入り組んだ海岸線を背に戦わないとならないんですもの。中型船と小型船で奇襲するのが一番かと。でも、それにはより小型でより軽量、かつ、飛距離のある、銃のような大砲が欲しいんです。」


 そして、無邪気に「もちろん出来るだけ威力は落とさずに」と話す。


「ねえ、ギル、新型の大砲に合わせた火薬の調合は、エラルド公国で出来ないかしら?」


 まるで新しいドレスか宝石を強請るようにして、エリザベスはギルバートに訊ねると、それまで険しい表情をしていたギルバートはため息混じりに「砲身の強度次第だな」と答えた。


「小型化して砲身の強度が落ちてしまえば、砲身が裂けて狙撃手の命が危うくなる。大砲を打つには爆風を押さえ込めるだけの強度がいるんだ。」


 そして、ギルバートはあごに触れて「威力を殺さずに大砲の小型化と軽量化か」と考え込むと、「他には撃ち込む玉の方を改良するって手もあるな」と口にした。


(男爵家の居候令嬢だなんて、誰が言ったんだ・・・・・・。)


 自分のことはなかなか受け入れないギルバートが、エリザベスの話はごく自然に受け入れていることに目を細める。


「撃ち込む玉の方の改良?」

「ああ、今、使われている砲身のまま、小型化すると攻撃力はどうしても下がってしまうからな。だから・・・・・・。」

「それなら、玉の形状をより力をロスしない形状に変えてしまえばいい、そう言うんだろう?」


 アルバートが口を挟むようにして言えば、ギルバートは面白くなさそうに「まあ、そういう事だが、出来るのか?」と訊ねてくる。


「火薬の取り扱いはエラルドの方が進んでいるのは認めよう。だが、ヴェールズの職人達の技術力もそう劣っていない。『大砲の小型化』ではなく、『大きな銃を作る』として考えさせれば、そう大きな問題もないだろう。砲丸の方も榴弾(りゅうだん)にすればいい。」

「そんなことは一朝一夕には出来ないだろう?」


 ギルバートが言えば、隣に立つエリザベスは「あら、そんなことないと思うわ」と小さく首を傾げる。


「アルバート様、お話したような大砲だけれど、三千五百門程欲しいの。来年の夏に間に合うかしら?」

「ギリギリですね。大公殿下の要望をお断りすれば、あるいは。大公殿下にとってもスパニアが攻めてくるとあらば、そちらの発注を優先せざるを得ないでしょう。今のお話はこちらからお願いしてみましょう。」


 さっきまでとは違い、アルバートがもの柔らかな態度に変わると、エリザベスは真顔でじっと見つめてくる。


「取引に応じてくださるの?」

「ええ、ソフィーに手を出してきた以上、ノーランドに武器を卸す気はありませんし、あなたの話は損失分を補填できるばかりか、新技術に取り組める面白い話だ。」


 そういって、流れるようにエリザベスの手を取ると、唇をその甲に落とす。


「聡明なエリザベス嬢、あなたに命運を委ねるのも悪くなさそうだ。」


 上目遣いにエリザベスの様子を窺えば、エメラルドの瞳はこれでもかと見開かれていた。


「あ、あの・・・・・・。」

「何、ビジネスパートナーに敬意を評してのことですよ、白百合姫(プリセス・リリィ)。」

「え、あ、はい・・・・・・。」


 ドキマギとする姿は年相応の令嬢の反応で、先程まで大砲云々を話していた彼女と、同一人物には思えないほど可憐で愛らしい。


「汚い手でリジーに触るなッ!」


 憤然とした様子でギルバートが立ちはだかり、まだ、戸惑っているエリザベスの手の甲を袖口でゴシゴシと拭って、噛み付かんばかりに睨んでくる。

 アルバートはギルバートと目が合うと、エリザベスを引き寄せるようにして不敵に笑った。


「貴様、婚約者の僕がいる前で堂々と。そんなに死に急ぎたいのか?」

「ハッ、そんな格好で凄まれてもなあ。そっちこそ、情けないとは思わないのかい?」


 エリザベスの提案で和解しそうだったのに、ほんの一瞬のうちに、再び一触即発といった雰囲気に戻った二人の様子に、フィリップは「ちょっと、今、話が纏まりかけていたろう?」と呆れ声を上げる。


「その事だが、フィル。このまま話が纏まると、君の話していた話は後回しになるんだが、差し支えないのか?」

「へ?」

「エリザベス嬢も言っただろう? 来年の夏まで、と。三千五百門も大砲を作るなら、すぐに準備に取り掛からなくては間に合わない。という事で、狐狩りには参加出来ないんだ。」

「え、あ、それだと王命が・・・・・・って・・・・・・あれ・・・・・・?」

「ああ、そうだ。ここに集まっている全員が、グニシア国王の王命に従う気がない。」

「いやいや! そんな事になったら、こっちは、あっちとまた別の『反国王勢力』になっちゃうんじゃないか?」

「ああ、だから、フィル。今度は君が選ぶ番だ。」


 王命に従うのか、エリザベスに従うのか――。


「僕に『敵対しても露払いに動く』なんて啖呵(たんか)を切ったくせに、いざとなったら王命に従うのかい?」


 アルバートがふふんと鼻を鳴らすようにして話すから、フィリップは思わずその場にいる全員を見回し、そして、項垂れた。

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