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同舟、相救う(2)

 ヴェールズ公国の大公家の邸は、カーラルの街の中心近くにある。

 市街地よりも少し小高い位置にあるそれは、このウェールズが、まだヴェールズと呼ばれるようになる前に作られた要塞の中にあって、古城のように聳え立つ巨大な天守閣と、その脇にエリントン子爵邸と同等か、一回り大きく見えるゴシック様式の立派な邸宅が建っていた。

 隣に座っているエリザベスも、その古めかしい、しかしながら、威風堂々とした邸をもの珍しげに見渡して、「ここがそう?」とギルバートに訊ねてくる。


「ああ、そうだよ。ここが大公家のお邸。カーラル城だ。」


 大邸宅の前では大公家の使用人たちが勢揃いしているようで、きちんと教育の行き届いた彼らはきちんと一列に並び、澄まし顔で立っている。


「すごい人数・・・・・・、緊張しちゃいそう・・・・・・。」


 エリザベスがポソッと呟くから、フィリップは「何を仰います、エルガー公爵の本邸ではこの倍はいますよ、ねえ? エリントン子爵(レディー・エリントン)」と揶揄う。

 ギルバートがギロリとフィリップを睨み付けてから「確かに本邸に行けばもう少しいるだろうな」と言えば、エリザベスはそのエメラルドの瞳を見開いた。


「え、ちょ、あれよりもいるの?」

「ああ、正確にはエリントン子爵邸のハロルド達も、僕に与えられるまではエルガー公爵家として雇っていた使用人たちだよ。もちろん大公家も同じように他にも別荘地があって、各々に使用人を置いてるだろうから、この場の人数でどっちが多いかなんて量れないだろうけれど。」


 ギルバートの話にエリザベスが呆然とし出すから、フィリップは隣でくつくつと笑い始めた。


「笑うな。」

「いや、無理ですよ。こんなにエリザベス様がお可愛らしいのに。」

「目を閉じとけばいいだろう?」

「それも良いですね、反芻できる。」


 ポカンとしているエリザベスをよそに、ギルバートとフィリップが言い合いを始めると、ロバートは「また、始まった」とため息混じりに愚痴をこぼして、「おふたりともその辺になさってくださいませ、もう本番ですよ」と諭した。

 ドアを開けるかどうか、迷った様子で、サムがこちらを覗いて待機している。ギルバートに扮したロバートが頷くと、サムも頷いてガチャッと外からドアを開けようとする。


「良いですか、これより先、エリザベス様は傷心の白百合姫、ギルバート様はエリザベス様付きの侍女。フィリップ様はギルバート様の『ご友人』としてついていらした体でよろしくお願い致します。」


 不安げな表情でエリザベスの様子に、手を握って「僕がついてる」と声をかければ、彼女はこくりと頷き、緊張した面持ちで外を眺める。

 やがてドアが開き、袖から舞台へと向かう俳優のようにして、先にロバートが、続いておっかなびっくりといった様子でエリザベスが降りると、フィリップが「ここぞって時まで、バレるなよ?」と囁いてきた。


「大公殿下が笑って許してくださればいいが、最初で見抜かれて、お怒りになったら、目が当てられない。」

「・・・・・・分かっているさ。こっちだって好き好んで、この格好してる訳じゃない。リジーに危険が及ばなければ騙し通すつもりだ。」


 そして、重たいドレスの裾を持って箱馬車の中から外に出る。と、ほぼ同時に、お邸の大きな扉が目の前で観音開きに開いて、緋色の髪をひとつに縛り、いつぞやよりはだいぶリラックスした表情のヴェールズ大公殿下が姿を現した。


「やあ、エリントン卿、久しぶりだな。」


 一瞬、自分のことを呼ばれたのかと思って、ドキリとしたものの、大公殿下はロバートの元へと進み握手を求める。


「それと、そちらが噂のエリザベス嬢か。遠いところ、ようこそ我が家までいらっしゃった。」


 大公殿下と会ったことがあるのは一度きりということもあって、まさか別人とは思わなかったのだろう、「その節はありがとうございました」とロバートがヴェールズ風に胸にこぶしを当てて挨拶すると、ニコニコと愛想良く「何、旅券くらい大したことはない」と応じてくれた。


「いいえ、あの時、殿下が私の話に耳を貸して下さらなければ、今頃、私とエリザベスは正教会に捕らえられていたことでしょう。」

「そうかもしれないな。たしか、マイヤー子爵令嬢だったか? 彼女は随分と狡猾そうだった。そちらの可憐な白百合姫とはだいぶ違う。」


 大公殿下は緊張で言葉少ななエリザベスを眺めると「そのように緊張せずとも良い。はるばる山越えして来て、お疲れだろう。ゆるりとしていけば良い」と微笑みかける。

 そして、それが挨拶の一環だとは知っていても、右手を取り顔を近づける挨拶をされている姿を見ると、ギルバートは内心、面白くなくて表情を強ばらせた。


 地位も、名誉も、富も――。


 今までこんな風に誰かと比較して不満を感じることなどなかった。グニシアやエラルドにあっては自分は「持てる者」の側だったし、こんな風に卑屈になることもなかったのに。


 しかし、目の前に自分より多く持っている者がいて、その隣でエリザベスが微笑んでいる姿を見ると、妙にささくれだった気持ちになってきて苛立ちばかりが募ってくる。


(それも、これも、婚約式でサラが声高らかに口にした言葉のせいだ・・・・・・。)


『この娘はこの国にあっては不幸をもたらしますが、『隣国』にあっては『救国の乙女』となり、両国の絆の証となりましょう。』


(何が『救国の乙女』だ、リジーは誰にも渡すものか・・・・・・ッ!)


 サラが声高らかに宣言した内容は、このカーラルでも話題になっていた。


(ヴェールズはすでにグニシアよりも、経済力も軍事力も凌いでいる国だと言うのに・・・・・・。)


 ノーランドの戦争を考えて、ヴェールズ公国側に麦を安く卸し、倉庫に備蓄として蓄えさせたものの、本当はそんな施しのような真似事をしなくとも、海運にも力を入れている大公家がその気になりさえすれば、あっという間に大量の麦や肉が大陸から届いて、水害の被害にあった領民たちの命を救っただろう。


(・・・・・・だが、大公殿下はそれをしなかった。)


 それはつまり、ギルバートが支援した辺りは、大公殿下にとっては意図的に見捨た土地であり、「国費を割いてまで援助するのには相応しくない土地だ」と判断したという事だ。


(だとしたら考えられる事は二つ。見捨てたくはなかったが時期尚早と判断したか、何か別のことに国費を割かないとならなかったか・・・・・・。)


 いずれにせよ、大公殿下の優先順位からは離れる出来事だったと見る方が良いのだろうと思う。


「レディ、どうぞ今後ともお見知り置きを。」


 ロバートはうまく大公殿下を引き付けてくれたようで、フィリップやトム、フランシスと順番に案内をしていく。そして、最後にギルバートの事を「侍女」だと説明するから、ギルバートはその場で膝を折り、大公殿下にお辞儀をしてみせた。


「あの後、バイロン卿には叱られませんでしたか?」


 ギルバートが驚いて頭を上げ、それでも声を噛み殺して無言のままに首を傾げる。大公殿下は「あの時、バイロン卿に止められなければ、ぜひ一曲お相手頂きたかったのに残念です」と告げられた。


「今回はそのまま弟君とお忍びですか?」


 そこに至って大公殿下がステファニーと自分を間違えているのだと気が付く。ギルバートはサアッと血の気の引く思いになった。


(不味い、これは『何も話さない』わけにはいかないじゃないか・・・・・・。)


 大公殿下の誤解のままにステファニーのフリをした方が話は丸く収まりそうだが、「先日は兄が失礼致しました」くらいは話さなくてはならない。

 と、エリザベスがギルバートの顔色が悪くなっていることに気がついたのか、「殿下、私の侍女がいかがしましたか?」と助け舟を出してくれた。


「あなたの付きの侍女? エリントン卿付きではなく?」

「ええ、そうですわ。」

「彼女の名前を伺っても?」


 その言葉にエリザベスは一瞬表情を強ばらせ、「名前ですか?」と言い淀む。大公殿下はドキマギとするエリザベスに「お嬢様方、何か企んでいらっしゃるので?」と笑う。


「ああ、そうだ、たしかバイロン卿にステフと呼ばれてましたね。私もステフとお呼びしても?」


 ギルバートが困惑しながらも頷く。


「少しつれない態度をとるあなたも可愛らしいですね。」


 そう言って付き纏いかねない雰囲気に、エリザベスが再び「あ、あの、殿下」とギルバートを庇った。


「申し訳ございません、彼女は喉を痛めておりまして。」

「喉を? それはいけないな。医者には見せたのかい?」


 ギルバートは眉間に皺を寄せ、無理に高い声で囁くようにして「お聞き苦しい声で申し訳ございません」と話して、ケホコホと咳き込む。

 大公殿下はその声色に慌てて「ああ、無理に話さなくとも良いですよ」と制する。そして「弟君が心配だからと言って、強行軍でいらっしゃったのではないですか?」と訊ねてくる。


「あなたも存外、お転婆な方だ。二階に客室がありますから、そちらで休まれて行った方がいいでしょう。」


 大公殿下が優しくしているつもりなのが、実の姉のステファニーに対してだと分かるから、ギルバートは何とも複雑な気持ちになってエリザベスを見る。

 エリザベスも困ったような表情になって「()()私の侍女なんですの、同室にしていただくことはできませんか?」ともう一度、大公殿下に話してくれた。


 ◇


「ああ、焦った・・・・・・。」


 せめてもの救いは大公殿下がド近眼だったということだろうか。


「ステフの変装だと思ったみたいだけど、こんな事になるとはね。あれ以上、見つめられたり、あれこれ話をしていたりしたら、きっとバレてたな。」


 自分をステファニーだと思いこんだことは予想外だったが、ひとまず、すぐにはバレなそうなので「ふう」と息を吐く。


「大公殿下もリジーが同室を求めたことで、一層、姉さんの変装だと確信したのかもね。」

「でも、身長が全然違うのに・・・・・・?」

「パーティーの時はヒールの高い靴を履くだろう?」


 と、コンとドアを叩く音がして、エリザベスが「どなた?」と訊ねると「僕だけど、少しいいかい?」とロバートの声がする。

 ギルバートがコクリと頷くと、エリザベスはそっとドアを開けて、廊下の所に立っているロバートと護衛としてついてきていたトムを中に招き入れた。


 ドアをしっかり閉めて、ロバートは恭しくギルバートに「首尾は上々です」と答える。


「ひとまず第一幕は無事に乗り切りました。今はフィリップ様が、第二幕を繰り広げるためアルバート様に挨拶をなさっておいでです。」

「承知した。第二幕で終わればいいけれど、だめなら、リジー、あとは仕上げを頼むよ。」

「分かったわ。」


 エリザベスが緊張した面持ちになると、ギルバートは「ちゃんとそばに居るから」と話す。


「私達も隣の部屋で待機しております。危険が及ぶようなら、すぐ踏み込みます。」


 トムもそう言うと、エリザベスは少し緊張した面持ちながらも「上手くやり(おお)せるわ」と話した。

 それからトムは窓際の物陰に潜むようにし、やや乱暴にドアが叩かれると、ロバートは一つ頷いて「誰だ?」と声を低くし、威嚇するようにした。


「ギルバート、ここを開けろ。」

「アルバートか? おい、何をするんだッ!?」


 想定通り、もみ合う声がして、最後にロバートの「リジー、逃げろ」と騒ぐ声がする。そして、その声をきっかけにしたかのように黒髪の男が姿を現した。


「あなたが、エリザベス嬢か。初めまして。」


 どことなくヴェールズ大公殿下に似た目元ながら、黒髪黒目のアルバートの表情は酷く硬く、威圧されるようにして詰め寄られると、エリザベスは喉元に剣の切っ先を向けられたかのように表情を強ばらせた。

 侍女姿のギルバートが隣に立ち、いつでも庇えるようにそばにいるとはいえ、血走った眼差しに脅えたのだろう、まるで蛇に睨まれた蛙のようにしてエリザベスがぶるりと震える。


「・・・・・・いかがなさいました、アルバート様?」

「私が誰かを知っているんだね。」

「ええ、初春のデビュタントでお見かけ致しましたから。ソフィア様をエスコートなさっていらっしゃいましたでしょう?」

「ああ、あの時に君もいたのか。」


 しかし、アルバートはそんなことでは簡単に威圧を解くことはなく、できるだけ動揺を悟られまいとおっとりと話すエリザベスを睨み付けたまま、握り締めた手紙を突き出した。


「フィリップだけでなく、父上までもあなたにつけと書いてきた。」


 一歩、また一歩と近付いて、手を伸ばせば触れられる距離まで近付いてくると、アルバートは目を細めて、品定めするようにしてエリザベスを眺める。

 近くに立つ自分にも分かるほど、身を硬くしたエリザベスはゴクリと生唾を飲み込んで、自分の手をぎゅうっと握ってきた。


白百合姫(プリンセス・リリィ)、あなたはグニシア国王の秘された娘なのか?」


 ギラギラとした目でアルバートが「無言は肯定ととるぞ?」と脅すようにして近付いてくる。エリザベスの呼吸が少し乱れ始めたのを感じると、ギルバートは一歩前に出て、エリザベスを背に隠すようにした。


「そこを退け。今は君の主と話している。」

「断る。」


 端的に断れば、アルバートは「なッ」と声を詰まらせて目を見張る。


「そこから、一歩でも近づいてみろ? 僕は君が誰だろうと叩きのめす。」

「その声・・・・・・、お前、ギルバートか?」

「だったら、どうかしたか?」

「どうかしたかって・・・・・・、お前、その格好・・・・・・。」


 驚きのあまり、怒りを忘れたのだろう。アルバートはポカンとして、ギルバートをまじまじと見つめてきた。


「こんなところで騒ぎを起こせば、国際問題に発展する。そんなことも分からない奴じゃないだろう?」

「国際問題だと・・・・・・?」

「ああ、そうだ、ここはヴェールズだ。公爵閣下の手紙は読んだんだろう? 彼女がヴェールズの大公家内で面倒に巻き込まれたとなったら、貴家がいかに力のある家門とはいえ、陛下や大公殿下の逆鱗に触れることになる。冷静になれ。」


 どうやら正気に戻ったのか、アルバートは顔色を悪くして後退りし始める。その様子にギルバートは内心ほっとしながら「この騒ぎ、大公殿下に気が付かれる前にカタを付けたい」と話せば、無言のままに頷く。


「大公殿下に知られる前なら内々で誤魔化すつもりだ。」


 ギルバートと付け加えれば、アルバートは「シーク、話は終わった。その男を放して、フィリップを呼んでこい」とドアの向こうにいる人物に声を掛けた。

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