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同舟、相救う(1)

 ギルバートはステファニーからの手紙に返事を書き終えて、トムに肉屋飛脚で速達依頼するように銀貨を手渡した。


「長距離な上、速達だからね、それで前金だと伝えてくれ。残りの報酬は到着地の姉さんに立て替えて置いてくれって書いておいた。」

「承知しました。肉屋飛脚ならグニシアの王都まで、早ければ一日か二日ってところでしょう。」

「ああ。その時までにこっちが片付けばいいんだが・・・・・・。」


 そう話している合間にもギルバートは、レベッカに髪を編み込まれ、エクステンションを付けられていく。そして、銀細工の髪飾りを挿すと、美女に変身したギルバートの様子にうっとりとした様子で「ほう」とため息を漏らした。


「とてもお綺麗ですわ。」


 その言葉にギルバートは何とも困ったような表情になる。


「そうかな? 僕からすれば、気色悪いこと、この上ないけど。」

「エリザベス様もご覧になったら、きっと美しさに驚きますわ。」

「いや、でも、声はごまかせないし。それっぽく高い声を出しても、あー、あー、ほら、気持ち悪いだけだろう?」


 おどけるようにしてギルバートが話せば、レベッカも「確かにお喋りは禁物ですね」と笑いながら「喉元はフィシューで隠れますし、黙っていらっしゃれば目立たないでしょう」と話した。

 姉のステファニーが送ってきたのは、首元がきちんと隠れるような、「いかにも侍女」と言った雰囲気のドレス一式と小物一式だった。


「胸元に詰め物をしましたけど、息苦しくはございませんか?」

「ああ、大丈夫だ、スタイだっけ? それに噛ませて巻かれているから、簡単にズレることもないだろう。僕の力量じゃ、とても一人で脱げそうもないけれど。」


 寸法通りに作っても、多少のずれはあるから、最終調整はこちらに来てからやるものなのだが、頼みなれている女物だからか、ウエストも着丈もバッチリで複雑な気持ちになる。


「向こうの家では、大わらわでしたのよ? ロバートに至っては、最初は布地の色合わせだけでしたのに、最終的には二、三着、仮縫いのドレスを着せられて、その場で回ってみろとか、踊ってみろとか・・・・・・。」

「・・・・・・そうか、ロバートが姉さんの餌食になったわけか。」


 レベッカは「まあ! 餌食だなんて」と言ってコロコロと笑うから、ギルバートは形の良い眉を下げた。


「レベッカもこんな事に巻き込んで、すまないね。昨日までずっと長距離移動してきて疲れているだろうに。」

「滅相もないことでございます。いつもよりずっとふかふかの座面の馬車でしたし、揺れも少なく快適な旅でしたわ。」


 そう話しながら、レベッカはここ数日の夢のような日々を振り返る。


 ふかふかのベッド、肌触りのいい服、綺麗な宝石達と、有名ブランドの化粧品――。


 それはきっと自分に与えられた賃金では、一つとして買えないものばかりで、レベッカをこの公国に送り出す準備をしていたアンに「これが当たり前と思っては絶対ダメよ」と釘を刺された程だと笑った。

 鏡に映るレベッカはそう話すと、少し言葉を濁し、それから「宝くじに当たったような、夢見心地の一週間でした」と自分に言い聞かせるようにしながら、ギルバートの後れ毛の処理をしている。

 そして、その処理も終わったのだろう、努めて明るい声で「はい、出来上がりました」と声をかけた。


「本当、君には助けてもらってばっかりだ。」

「これくらい、なんて事ないですよ?」

「・・・・・・それもだけど、リジーのことも。」


 エリントンの邸で雇った年若のハウスメイドに過ぎないレベッカは、最初から身代わりも兼ねて雇われたロバートと違い、完全に巻き込まれた形で、隣国まで連れ出されている。


「それも含めて、なんて事ないですよ。警戒心のお強い方とお見受けしますが、エリザベス様はメイド達に優しくしてくださいますし、支給されたメイド服をお貸ししたら、お洗濯してくださっただけでなく、お手ずから私の名の刺繍を入れてくださったんです。」


 鏡越しにレベッカは「エリザベス様にお仕えするのは私の誇りになんです」と誇らしげにする。


乳母(ナニー)のアンさんや、幼なじみのサムさん程の信頼を勝ち取るのは難しいでしょうが、精一杯お仕えするつもりです。」

「ああ、その調子で今後も頼むよ。こんなナリで頼んでも、威厳も何もあったもんじゃないけど。」


 ギルバートがおどけるようにして言えば、レベッカは目を細め「あら、お綺麗ですよ?」と微笑んだ。


「それについては納得しがたいけどね。女性の人も大変だね。着替えて髪を整えるだけで、半日仕事だ。」


 そう言ってドレスの裾を踏まないように気を付けてギルバートが立つ。と、同じタイミングで隣の部屋から、エリザベスの「ああ、もうッ!」と癇癪を起こしている声が聞こえてきて、思わず二人は顔を見合せた。


「ここにもないッ! ああ、本当、どこに置いちゃったんだろう?!」


 隣の部屋を覗きに行けば、焦った様子のエリザベスが、よそ行きのドレスを着ているのにも関わらず、机の周りをうろうろと何かを探し回っている。


「エリザベス様、何をお探しですか?」

「ああ、レベッカ! どこかでこれと対のイヤリングを見なかった? 片方どうしても見つからないの。」


 そう言って花をモチーフにしたのだろう、金細工にルビーの豪奢なイヤリングを見せてくる。


「これ、絶対、高いと思うのよ。公爵家の方々は『気にしないで』っていうだろうけど、これ片方で、私の暮らしていた田舎なら、半月は遊んで暮らせるわ。」


 そう言って「レベッカも、探すの手伝って!」と手招いて、すぐ後ろに立つギルバートにも気が付かずに半泣きで探し回っている。レベッカはギルバートを見上げ「ふふふ」と笑みを漏らした。


「ちょっと、レベッカ。笑っている場合じゃないのよ?」


 少しむくれたエリザベスがようやく人影に気が付いたようで固まる。


「あ、あの、ご来客があるとは知らず・・・・・・ッ。」


 自分だと気がついていないのだろう。エリザベスはわたわたと立ち上がり、慌ててカーテシーをして頭を下げる。


「リジー、大丈夫だよ。そんなに畏まらなくても。」


 そこでようやくレベッカの後ろに立っていたのがギルバートだと気が付いたのだろう。エリザベスは絶句した。


「イヤリングなら僕が持っているよ。さっきこのドレッサー近くに落ちていたから、拾っておいたんだ。」


 しかし、そう話してもエリザベスは時が止まったようにして微動だにせず、じいっとギルバートを見つめてくる。


「・・・・・・リジー?」


 声を掛けられて、ようやく我に返った様子で「あの、本当にギル?」と呆気に取られた様子のまま訊ねられた。


「ああ、そうだよ。」

「嘘、何それ。美人過ぎるんだけど・・・・・・。」

「それは褒め言葉と受け取っていいのかな?」

「ええ、もちろんよッ! なんて言うか、そう、まるで『月の女神』って感じ。」


 本当に悪気はないのだろう。エリザベスは、まるで芸術作品を眺めるような表情で、目元を弛めて、ギルバートの近くに寄ってきて、レベッカの大作ぶりを眺める。ギルバートは思わず「今回限りだし、僕に女装の趣味はないからね」と釘を刺した。


「わ、分かっているわよ? でも、ねえ?」


 エリザベスがレベッカに同意を求めるようにすれば、レベッカが頷く。


「そうでしょ? そう思うわよね? 役者さんみたいにスラッとしてて、肌は色白でツヤツヤ、目元はぱっちり、鼻筋が通ってて、口元はぷるっぷるな唇・・・・・・。うん、私が男の人なら、絶対放っておかないわ。」


 エリザベスとうんうんと頷きながら、ギルバートの美しさを話すから、ギルバートはやや眉尻を下げて「いや、男にモテても嬉しくないんだけど?」と苦笑する。


「それは、そうでしょうけど・・・・・・。」


 エリザベスがモゴモゴと口篭っていると、ギルバートはエリザベスの耳の端が赤くなっていることに気が付く。

 途端、悪戯心に火が点いて「いや、でも、そうか。リジーはこういうのが好きってことか」と呟いた。


「へ?」


 ギルバートは「ふむ」と一人腹落ちした様子のあと、エリザベスから視線を外さぬまま、「レベッカ、サムとフランシスに、馬車の準備にどれくらい掛かるか訊ねてきてくれる?」と頼む。


「はい、承知しました。伺って参ります。」


 そして、レベッカが立ち去ると、そのまま後ろ手にドアを閉めて「リジー」と近寄ってみた。


「え、えっと、言い過ぎたわよね。ごめんなさい・・・・・・。」


 まるで、蛇に睨まれた蛙。エリザベスは間合いを詰めるギルバートから逃げるようにして後退りし始める。と、ローテーブルに躓いたのだろう、ぐらりとエリザベスがバランスを崩す。


(・・・・・・ッ!?)


 ギルバートは咄嗟に後ろに倒れそうになったエリザベスの腰を支えると「大丈夫?」と訊ねた。


「へ? え? あ、うん・・・・・・。」


 胸元より少し上といったあたりのエリザベスは、耳だけでなく、頬も赤く染まり、さっきまで軽口を叩いていたのに、今は水に打ち上げられた魚のようにして、はくはくと上手く息が出来ないでいるようで動揺が手に取るように分かる。


「リジー、じっとしてて。」


 耳元で囁くようにして言われて、緊張した様子で頷いたエリザベスはギュッと目を瞑る。

 ギルバートは堪らず、笑みを零し、そっとポケットからイヤリングを取り出すと、赤く染っているエリザベスの耳にイヤリングを付けた。


「うひゃッ?!」


 身震いし、奇声を発したエリザベスの様子に、ギルバートが「ぷはッ」と笑えば、エリザベスは動揺した表情をそのままに「か、揶揄わないで」と少し怒って、それからイヤリングがついていることを確認する。


「ほら、もうひとつも貸して。反対側も付けてあげるから。」

「・・・・・・い、いいッ! 自分で付けられるわッ!」


 あまりにエリザベスが必死に否定するから、ギルバートは「そう?」と口の片端を上げて、可笑しそうにニヤリと笑う。エリザベスはむうっと口を尖らせた。


「・・・・・・ギルの意地悪。」


 ギルバートはそれを聞くと「イヤリング、やっぱり僕が付け直す?」と訊ねる。

 エリザベスがそれには答えず、逃げ出すようにして廊下に出ていこうとする。

 レベッカが「ウィンザー小伯爵がいらっしゃいました」と告げたのは、ちょうどそのタイミングだった。


 ◇


「いやあ、傑作だねッ! うちの『影』が混乱していた理由に合点がいったよ。」


 そう話したフィリップが身支度を整えてやってきたのは予定時刻の五分前で、サムが御者をしている箱馬車の中には、すでにギルバートとエリザベス、フィリップとロバートが乗っていた。


「ギルバートに雰囲気がそっくりなこっちの彼にも驚きだけど、君、産まれてくる性別を間違えたんじゃないのか?」


 目尻に涙を浮かべて拭うようにして笑っているフィリップは、宿屋の前でエリザベスの横に立つ背の高い美女が、ギルバートだとわかった途端、唐突に吹き出し、身体をくの字にして笑った。

 危うくそこで喧嘩が起こりそうだったのを何とか宥めたのは、ギルバートに紛争したロバートで二人を押し込むように乗せたあと、エリザベスを引き上げて、アイコンタクトでギルバートの機嫌を宥める役を振っている。


(本当、頭に来る奴・・・・・・。)


 日和見で調子が良くて、やたら女ウケがいい。ただ、エリザベスはその生い立ちゆえか、味方すると言われてもフィリップに警戒を解くことはなく一定の距離を置いて相手をしているから、それだけが幾ばくか『マシ』なだけだった。


「それ以上、何か言ったら、口を縫いつけるからな? 死因が笑い死になりたくなかったら、さっさと口を閉じるんだな。」


 ムスッとしてギルバートが答えると、フィリップは「その姿で凄まれても」と再び可笑しそうに笑う。それでも、ギルバートが人睨みすると、人心地ついたところで「まあ、僕も命は惜しいからね」と息を吐いた。


「ああ、そうだ、エリザベス嬢。いや、僕もリジーと呼んでも?」

「ダメだ。」


 ギルバートが被せるように否定する。


「僕はエリザベス嬢に訊ねているんだけど?」


 女装を揶揄った時よりも、さらに冷ややかで殺気すら放つギルバートの様子に、エリザベスがそっとギルバートのドレスの袖を引いてくる。


「小伯爵様、私はしがない田舎の男爵家の居候令嬢だとお伝えしたはず。婚約者であるエリントン卿と小伯爵様のお話にどうして加われましょう?」


 ギルバートはフィリップにすげなく対応するエリザベスの様子に、幾許(いくばく)か、怒りの矛先を収める。


「ギルも、せっかくのお出かけなのにそんなに怖い顔をしないで。」

「そうだな、せっかくこんな可愛いリジーと来ているのに勿体ないか。」


 そう言って微笑めば、困ったようにエリザベスが顔を顰めるのが愛らしくて、気分が上向いてくる。

 一方、フィリップはそんな二人のやり取りに「ちぇ、またフラれた」と肩を竦めていた。


御三方(おさんかた)、そろそろ着きますから、ご準備なさってください。」


 事の成り行きを見守っていたロバートは呆れた口調で窘めてくる。ドアの向こうにはヴェールズ公国の大公家に続く城壁が見えてきていて、何人かの衛兵が立っている。

 ギルバートは気を引き締め直した。

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