旅の恥はかき捨て(5)
列車の揺れと、久々にギルバートと二人で過ごしていたせいだろうか。
「リジー、そろそろ着くから起きて。」
カーラルまでは起きていようと思っていたのに、いつの間に眠ってしまっていたのか、エリザベスはギルバートに肩を揺すられて目を覚ました。
「足の具合はどう?」
ぼんやりした頭のまま、ギルバートに「大丈夫」と答えたものの、途中、乗り換えのために坂道を歩いたり、階段を歩いたりしたせいか、捻挫したところは少し熱を持ち始めていたようで、立ち上がった途端によろめいてしまった。
「・・・・・・うん、大丈夫そうじゃないね。」
ギルバートはそういうと「捕まって」と腕を差し出し、「プラットフォームに降りる所までは頑張れる?」と訊ねてくる。
「ちょっと寝起きでよろめいただけよ。大丈夫。」
そう言っている合間にも、列車は終着駅のカーラルに着き、ギルバートに連れられて車両を降りると、先に降りていたのだろう、荷物と共にトムとフランシスが待っていた。
「足はどうです?」
トムの問いにエリザベスの代わりに、ギルバートが「馬車を捕まえた方がいい」と答える。エリザベスはトムにも「平気よ」と答えたものの、「お嬢様の平気はあてになりません」と言い切ると、「ひとっ走り行ってきます」とその場をフランシスに預けて去っていった。
「ほら、リジー。あそこで座って待っていよう。」
ギルバートに連れられてベンチに腰かければ、フランシスは何も言わずとも荷物を持って、ベンチ近くまで運んでくれる。エリザベスはフランシスにお礼を言い、それから、ふと「カーラルまでの護衛って言ってなかったかしら」と首を傾げた。
(ああ、でも、まあ、私の足がこれだものね。見かねて宿屋まで付き合ってくれるのかも・・・・・・。)
そう思いながら、トムが捕まえた辻馬車に乗せられ、宿屋に泊まり、一日、ゆっくりと足を休めた翌日。引き続きギルバートを護衛しているフランシスと、身なりを整えたギルバートが連れ立って外出する様子に、エリザベスはさすがに不思議に思って、買い物から帰ったばかりのトムを捕まえた。
「・・・・・・ああ、フランですか? 彼はギルバート様の護衛に雇われることにしたようですよ。」
がさごそと買い物した荷物を紙袋から取り出しながら、「このリンゴ美味しそうでしょう。皮を剥きますか?」と訊ねてくる。
「はい? だって、ドレイクさんはレクシームの警備隊長じゃなかったの?」
「ええ、そうですよ。ですが、昨日、朝早く辞めてきたそうです。案外、あっさり辞められて拍子抜けしたって言ってました。」
そう言いながらもトムはリンゴを磨き、手際よく果物ナイフでうさぎの形に皮を剥いていく。
「フランの奴はお貴族様嫌いで軍に入ってた口なんですが、ギルバート様の人徳ですね。辺境伯領について行くことにしたらしいです。あ、ほら、お嬢様のお好きなうさぎリンゴ、出来ましたよ。」
手際よく皿の上に、次々と並んでいくうさぎリンゴを前にしても、エリザベスはしばらく呆気に取られて、目をぱちぱちとさせる。
「食べないんですか?」
「食べる。・・・・・・けど、何がどうなってるの? 昨日の朝ってことは、その前には話が決まっていたってことよね?」
「ええ、カーラル行きの列車の中でそういう話になったんですが・・・・・・。ああ、そう言えば、あの時、お嬢様はお休みになっていらしたんでしたっけ?」
トムによれば、ギルバートと入れ違いに出ていった後、フランシスと今までスペンサー邸で起こったあれこれと、この旅の理由を話したのだという。
「フランの奴は年齢こそいってますが、それこそあいつがお嬢様ぐらいの時には海で大暴れしてましたし。その後、エドガー様に腕を買われて軍に引き入れられましたが、その後も、前線でドンパチやってたような奴です。一時は大隊を指揮していたような奴ですから、腕も確かですし、ギルバート様のような要人警護には最適な人材でしょう。」
「初めから、ギルにドレイクさんを紹介するつもりでレクシームに向かったわけね。」
「相変わらずお嬢様はエドガー様譲りの勘をしていらっしゃいますね。」
そう言ってトムはニコニコとしながら、剥き終わったリンゴを勧めてきた。
「それで二人はどこへ?」
「エラルド公国の大使館に挨拶をしに。」
「エラルド公国の大使館?」
「ええ、大使館はこのヴェールズ公国にあって治外法権なところですから。」
「けれど、ギルの旅券は私と一緒でグニシア王国とヴェールズ公国のものでしょう?」
「ええ、ですが、エルガー公爵のお渡しくださった身分証明の品が、ちょっと特殊でして。」
「公爵様が?」
「ええ。」
トムは訳知りの様子だったが、エリザベスは「ギルに口止めされてるのね」とリンゴを一つ手に取ると面白くなさそうに、一口、口に放り込んだ。
「すみません。片付くまではお嬢様を巻き込みたくないと仰せでして。」
「そうね、私はトラブルメーカーだもの。トムから見ても、大人しくした方が安心よね。」
少し拗ねたように口をとがらせて言えば、「そう拗ねないでくださいよ」とトムが困り顔になる。
「仕方ないわよ、こう何度もトラブルを起こせば。足も捻挫してるし、大人しくしてろって思っているんでしょう? でも、何も教えて貰えないだなんて酷いと思わない? 聞けば私が無茶をするとでも?」
「・・・・・・しないって言いきれます?」
そのツッコミにエリザベスは一瞬言葉を詰まらせたものの「昔よりは大人になったのよ? 分別はあるつもり」と言い返す。トムはしばらく思案したものの、「うーん、ですが、ギルバート様の許可なくお伝え致しかねます」と答えた。
「お嬢様は親しい者を前にしてしまうと、今みたいに建前が使えなくなってしまうでしょう?」
「・・・・・・そ、そんな事ないわ。」
「いいえ、そんな事ありますよ。ギルバート様は幼少期から、私やフランは軍に勤めていた時に、手の内を明かさないように表情を消す訓練を受けていますが、お嬢様はすぐ顔に出てしまいますから。」
「う・・・・・・ッ。」
「ましてや、お嬢様はベアトリス様のようにたくさんのお茶会にも出ておりますまい。嫌味の応酬を口先だけでやり過ごす、そういった鞘当ても、場数が足りていません。イザベラ嬢の時は上手くいったようですが、他のお茶会で同じように行くとは思わない方がいいですよ。」
エリザベスが不貞腐れて、頬を膨らませると、トムはくすくすと笑い「腹が減ると腹が立つものです。もう一つ、いかがです?」とリンゴを勧める。エリザベスは面白くなさそうに「結構よ」と突っぱねた。
「そうカリカリなさらないでください。こんな状態も大公殿下一行のご帰還で一区切り。今日、明日には、私とお嬢様は、サムたちと落ち合って合流予定です。」
「ギルは別行動をするつもりなの?」
「ええ、そして、それがフランを大枚払って雇うことにした理由ですよ。」
そう言うとトムはくしゃりと表情を崩して笑い、「エラルド公国の大使館に先に挨拶に向かわれた理由もそれですよ」と笑った。
◇
エラルド公国。それはグニシア王国からは海を隔てた東部にある島国で、ギルバートの母、ジェニファーの祖国であり、今のグニシア王国で一番王后の位に近いと言われている、第一王妃殿下の祖国でもあった。
「どうぞ仲にお入りください。」
背の高い黒い鉄柵で出来た門を潜り、中に入れば、ヴェールズ公国にありながら、商人と科学技術の国、エラルド公国らしい装飾の施された建物の中に通されて、向かいから顔見知りの大使でもあるラファエル=シモンに迎えられた。
「ラフ、久しぶりだね。何年ぶりかな?」
「やあ、驚いた。おチビちゃん! ああ、ですが、もうおチビちゃんというお歳ではないですな。」
ラファエルは人の良さそうな壮年の男性で、エラルド公国でも商業都市の出身で、ロココ調の華やかな建物にありながら、スッキリとした服装をしている。
「ええ、お陰様で。王城でかくれんぼをしていた年頃からは抜けましたよ。父には相変わらずひよっこ扱いされてますけどね。」
ギルバートは流暢なエラルド語でそう話しながら握手をして挨拶する。
「こちらはフランシス=ドレイク。僕の護衛です。エラルド語も多少は使えるそうですが、メインは・・・・・・。」
「ヴェールズ訛りのグニシア語でしょう? 『 斬撃の黒龍』はこの国で眠っていたはずなのにお目覚めですかな?」
フランシスは「斬撃の黒龍」の単語や「眠る」「目覚める」といった言葉を拾ったようで、ニコリとすると「若き獅子に起こされたのですよ」と話しながら、ちらりとギルバートの左手を見る。
ラファエルはギルバートの左手に嵌められたシグネットリングを見ると、ハッとした様子でもう一度、ギルバートを見て、それから恭しく「ようこそご訪問くださいました」と深々と頭を下げた。
「ギルバート様がそのシグネットリングを引き継がれましたか。」
「まだ、正式なものではありません。本国の承認を受ける前なんです。ただ、いきなり窮地に立たされてしまって。」
「窮地?」
「ええ、婚約者が政争というか、宗教のごたごたに巻き込まれているんですよ。」
ラファエルに貴賓用の応接室へと通されながら、ギルバートは手短にエリザベスの事と、その置かれている状態を、掻い摘んで説明する。話を聞き終えるとラファエルは眉を顰めた。
「ノーランドを追い返した話は本国からも連絡が来ていましたが、グニシアでそのような事態になっていたとは・・・・・・。」
「ええ、初めからエラルドに逃げることも考えたのですが、グニシアを出る前に追っ手に捕まってしまいそうだったんで、大公殿下と取引して、こちらに逃げてきたんです。匿って頂くことは出来ないものでしょうか?」
ラファエルは「はあ」と深いため息を吐くと「私は毎度、かくれんぼの片棒を担がされますね」と肩を竦める。
「そのシグネットリングがある以上、私に拒否権はございません。御身は確かにお助けしましょう。おそらく抜け目ない公爵閣下の事ですから、今頃、本国にも連絡を入れてあるでしょうし、この機会にごゆるりとご滞在ください。」
「・・・・・・助かります。」
ギルバートは少し悔しそうな表情になり、けれど、それを押し殺して微笑んで猫足のソファーから立ち上がる。
フランシスはギルバートが出ていった後、気遣わしげなラファエルに丁寧に一礼すると、自分の新たな若き主の後を追いかけた。
「いかがなさいましたか?」
「分かってはいたんだけれど、父さんの思い通りだなって思ってさ。」
エラルド公国に助けを求める、それ自体はギルバートも考えなかったわけではない。ただ、ラファエルにも話した通り、断念せざるを得ない事が多い。
「悔しいな・・・・・・。ちっとも父さんに適う気がしない。」
昔は自分の父が「凄い人」である事が誇りのように思えていたのに、ラファエルに昔のように「おチビちゃん」などと言われたこともあってか、自分の無力さを思い知らされる。
フランシスはそんなギルバートの考えなどお見通しなのか、ハハッと笑い、それからすぐに「失礼」と笑いをこらえるようにして目を細めた。
「何も笑うことはないだろう?」
ギルバートが拗ねて口を尖らせれば、フランシスは「ええ、ですが、なかなかに微笑ましくて」と口の端を上げる。
「『先見のルーカス』やら『預言者ルーカス』として名高い公爵様に、『悔しい』と思われる辺り、あなたに付いた私の目は節穴ではなかったようだと思いましてね。」
「嫌味かい?」
「いや、普通に感心していたんですよ。私があなたくらいの時は、父親代わりのエドガー様の足元にも及びませんでしたし、出し抜かれても『やはりエドガー様は凄い人だ』くらいにしか思っていなかったものですから。」
計算尺を片手に何度も綿密なシュミレーションを立てて陣を敷く自分からは予想もしない手を、時折、エドガーはトムの率いる小隊を使ったり、何ならトム一人に行かせたりして敵を撹乱する。
「でも、そうやって感心していると、『少しは悔しがれ』と怒られたもんですよ。」
「悔しがれ?」
「ええ、悔しいと思う気持ちは、新しい一手を考える良い原動力にもなりますから。」
バネが力を溜めるようにして、適度な悔しさは、次のことを始める良いカンフル剤になる。
「新しい一手、ね。フラン、ひとまず逃げ込める所は確保した訳だが、次はどこと交渉するのがいいと思う? まだ、今のところ役なしなわけだけれど。」
「そうですね。ですが、まだ運は残っていらっしゃいますでしょう?」
手持ちの切り札がなくなったところで、エイダと出会い、フランシスを得て、こうしてエラルド公国の後ろ盾も得たのだから。
「それにエリザベス様も。彼女もとても強運の持ち主だ。さすがエドガー様の孫娘なだけありますね・・・・・・。トムからお話を伺った限り、何度、命拾いしていることか。普通の人なら最低五回は死んでますよ。」
フランシスは「彼女のように強運の持ち主は『女神モルガンの愛子』って言うんですよ」と笑い、「彼女の運ならハイカードからロイヤルストレートフラッシュが出せそうなものです」と笑った。
「エラルド公国とは渡りがつきましたから、次はグニシア王国でしょうか。ノーランド王国を追い詰めるには三国の結びを強固にして、大陸からの干渉を防がなければ。」
「グニシア王国の大使は会ってくれるだろうか。この辺りに派遣されているのはボイル公爵家の息がかかっているだろうから。」
「ええ、ですから、先にボイル公爵家の嫡男に会うのがいいかと思いますよ? トムがカーラル城に先んじて逗留中らしい、と言っていましたから。」
ギルバートが「アルバートが?」と目を見開く。
「ええ、きっとギルバート様やエリザベス様がカーラルの地に入ったこともご存知でしょう。動き出すなら、きっと今日、明日です。」
大公殿下が到着する前か、到着と同時か。どちらかのタイミングできっと声がかかるだろうとフランシスが言い切るから、ギルバートは途端に急ぎ足になった。
「急ぎ、宿屋に戻る。トムが着いているとはいえ、リジーが心配だ。」
フランシスは今にも走り出しそうなギルバートの後を、豪奢なエラルド公国大使館の見学をする余裕もなしに追いかけた。




