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旅の恥はかき捨て(3)

スマホが破損し投稿が大幅に遅れました・・・・・・失礼しました!!

 列車は切り立った山肌に沿って進んでいく。窓の外は渓谷で、フランシスは「ここから落ちたらひとたまりもないな」と思いながら、外を眺めていた。


「待たせたな。」


 呼びに行ったトムに「ちょっと顔を貸せ」と凄んだからだろう。トムはすぐにはその場を離れず、ギルバートと入れ替わってから出てくる。大柄な二人が通路に立つと、やけに圧迫感があった。


「急に『顔を貸せ』だなんてどうした?」

「どうした、じゃないだろう。何も知らせないまま、俺に他人様の命がかかっているような選択をさせるつもりだったのか?」


 トムはようやくフランシスが自分の思惑に気がついたのだと知ると、ニッと歯を見せて笑い、前置きなく「で、どうするつもりなんだ?」と訊ねた。


「引き受けるつもりだ。彼は俺の知る連中とは違うし、助けてやりたい。」

「へえ、あのお貴族様嫌いのフランがねえ。」

「だいたい彼に何かあったら、お前のところのお嬢さんが泣くんじゃないのか?」

「だろうな。だから、フランが助けないって言うなら、お嬢様に嫌われるつもりで、腹を括るつもりだったよ。」


 トムが眉尻を下げて言えば、フランシスは「何があっても彼を助けないつもりなのか?」と訊ねた。


「エドガー様が大事なのはエリザベス様だし、俺もそうなんだよ、フラン。それに敵が多すぎるんだ。俺だけでは二人とも守り抜くことは出来ない。それに、()()()()取捨選択は何度もしてきただろう? 俺たちは。」


 そう言われるとフランも強く言えなくて、「確かにそうだな」と苦笑いを浮かべた。


「・・・・・・何で言わなかった。」

「公平な目で見て貰いたかったからさ。お前、お貴族様が嫌い過ぎて用心棒の職は選ばずに、ヴェールズ公国軍に所属した口だったろう?」

「ああ、だが、結局は軍も『金』次第で世知辛いってことは身に染みて分かったけどな。」

「ははッ、そのセリフ、十五年くらい前の『実力主義の軍に入るつもりだ』とか抜かしてたお前に聞かせてやりたいなッ!」

「ああ、参謀役だったって言うのに、とんだ見通しの甘さだよ。悪かったな。」


 ケラケラと笑うトムに、フランシスは面白くなくて口をへの字にする。そして、「それで? 敵さんはどれくらいいそうなんだ?」と腹を抱えて笑うトムのスネを蹴る仕草をしてから訊ねた。


「さあ? どうだろうなあ? 国境を越えて襲ってくる奴らがどれだけいるかによるよ。」


 まだ、クスクスと笑うトムがおどけるようにして答えるから、フランシスは頬を引き攣らせる。


「ひとところじゃないのか? 気をつけないとならんのは、ボイル家の掃除屋達だけかと思っていたんだが?」

「まさか、まさか。それだけなら俺だけで捌いていたさ。」

「後出しが過ぎる。洗い浚い吐いてもらおうか?」

「そう凄むなよぉ。それに長い話になるからさ、うまい酒でも貰ってきてから話そうぜ。」

「そんな酒はないし、護衛中だろうが。御託はいいから、さっさと吐け。」


 そう言ってフランシスはトムを押し込むようにして、コンパートメントの中へ入れる。トムは観念したのか腰を下ろして「あー、でも、どこから話し始めたらいいやら」とぼやいた。


「お前がスペンサー邸に来たのは、確か、三年くらい前だったよな?」

「ああ、ベアトリス様が早く亡くなって、エドガー様も具合が芳しくないと人伝てに聞いて駆けつけたんだ。」


 エドガーを見舞うために訪れたスペンサー男爵邸は、ひどく暗く陰気臭い印象だった。

 愛娘のベアトリスとの絵には見たくもないといわんばかりに白い布がかけられていて、全体的に掃除が行き届けていなかったのも一因だったかもしれない。


「その頃はさ、ちょうどお嬢様も軟禁生活が祟って口を利けなくなってしまった頃だったんだよ。」

「軟禁生活?」


 一番、スペンサー男爵邸が暗かった頃。

 悲しげな表情になったトムは「そんな事態に陥った理由から順に話すよ」と、フランシスに昔話を始めた。


 ◇


 スペンサー家は王都から見た際、南西部の土地に広がっている田園地帯だ。

 北西部をハミルトン伯爵家、西部をヴェールズ公国、南部をグロースター辺境伯領、東部をコックス子爵に隣接している小さな土地で、戦時中はハミルトン伯爵家の領地だった。


「ハミルトン伯爵家は王弟陛下についたから、王都に近い部分を割譲、スペンサー男爵領とされたんだ。だが、それではハミルトン伯爵家としては面白くない。そこで奴らはキースに目をつけた。」

「キースってエドガー様のご子息だったか?」

「ああ、腹立たしいことにな。」


 キースが成人した頃、エドガーはまだ一代限りの爵位でしかなかった。それゆえ、キースは貴族の子息でありながら、無位という微妙な立場に置かれていた。


「・・・・・・無位の状態で貴族社会に馴染めっていうことが、どれだけきついことか、それは想像に難くない。だが、それならそれで身の丈にあった交流をすべきだったんだ。」


 けれど、キースは借金をしてまで、無理に周りに合わせた。


「結果、ハミルトン伯爵家に嵌められるようにしてパトリシアとの結婚を余儀なくされたってわけさ。」


 幸い夫婦として気があったようだが、グロースター辺境伯との関係が近く、政界から距離を保っていたかったエドガーにとっては予期せぬ婚姻だった。


「まあ、それだけならエドガー様の不評を買うだけで、まだマシだった。」


 現にキースは所帯を別に持ち、王都で文官の仕事にあり付いて仕事をしていた。


「事態が変わったのは、エリザベス様が生まれた辺りからだ。あの頃、エドガー様は王室と何か取引をなさったらしくてな。一代限りの爵位を世襲出来ることになった。」

「取引?」

「ああ、お前は覚えてないか、叙任式の時の陛下の髪色を。」

「たしかエリザベス嬢の髪色と同じ、赤毛混じりの金髪だったな・・・・・・。つまり、そういうことか?」

「俺も詳しくは聞いてないが、恐らくはそういうことなんだと思う。」


 フランシスはギルバートが「僕の身が危険に晒されると分かったら彼女は自らの出自を明らかにするでしょう」と話したのはこの事かと思い至る。

 確かにエリザベスがグニシア国王の娘だと知れば、大公殿下は「救国の乙女」としてではなく、神託の巫女のいうように「グニシアとの掛橋」としてエリザベスを囲い込むだろう。


「お前、俺がエリントン卿を助けないと決めていたら、エリザベス嬢を大公妃にでもするつもりだったのか?」

「ああ。俺もエドガー様もその腹積もりだ。たとえお嬢様が泣き喚いたとしてもな。そうでもしないと、裏で手を引いているノーランド王国の奴らにお嬢様を殺されてしまう。」

「ノーランド王国? 正教会ではなくてか?」

「そこはもう、ほぼイコールだな。グニシア国内の正教会の資金の出処は、ノーランド王国の王室やそれを支持する外様貴族だ。正教会はノーランド王国に献金してもらった見返りに動いているのに過ぎない。」

「なんでそうまでして、ノーランド王国はエリザベス嬢を手に入れたがるんだ? 彼女の出自のことがあったとしても、奴らになんのメリットがある?」

「単純な話だよ。敵さんはもう一度『戦争』をおっ始めたいだけさ。」


 グニシア国内の内紛でも、ノーランドとの国境争いでも、はたまた王立教会と正教会の対立だって構わない。


「奴らの共通の目的は武器販売とそれが生む富。人の命を犠牲に金を得たい亡者ってことさ。」

「それで生まれる富はほんの一部の商人や貴族しか享受されないのは、先の戦争でも明らかになったじゃないか。どの国の国民も散々苦しめられた後だ。グニシアも、ノーランドも、上はともあれ、下がついていかないだろう。」

「ああ、だから民衆を煽るつもりなんだよ、ノーランドは。エドガー=スペンサーの孫娘が異端審問会に召集されて処刑されるなんて騒ぎが起こったら、『格好の見せしめになる』って喜びそうなもんじゃないか?」


 大陸とも関係性の深い保守派の教会勢力である正教会が、グニシア王国の王立教会の認めた婚姻に異議申し立てしただけでも、結構な火種だと言うのに、エリザベスがノーランド王国側に捕まり、異端審問会の上で破門、処刑などされたら、グニシア王国も、王立教会も何かしら制裁を加えられる立場に陥る。

 しかも、なお悪いことにエリザベスは多くのノーランド王国兵を屠ったエドガー=スペンサーの孫娘であり、秘されてはいるものの現グニシア国王陛下の実の娘ときている。

 フランシスは事態の深刻さに思い至ると、ぶるりと身震いをして「下手を打てば大陸も交えて全面戦争に陥るな」と顔を強ばらせた。


「ああ、全方位、敵だらけ、しかも、火が点いたら大爆発って感じなんだ。俺がお前を巻き込んだ理由も分かってくれたか?」

「ああ、それと思慮深そうなエリントン卿が助けを求めてきた理由もな。」

「じゃあ、あとはドレイク参謀のお知恵を拝借ということで・・・・・・。」

「おい、丸投げにする気か? いくら何でも手駒が少な過ぎるだろう。」

「そうは言っても、何とかここまでやってきた俺を褒めてくれよ。背中を預けられる相手が出来ただけ良かったと思わないと。」


 トムが「どうだ」と言わんばかりに威張ってみせるから、フランシスは頭が痛そうに額に手のひらをあてがった。


「やっと、乗り気になってくれるか?」

「これは、乗り気になったんじゃなくて、途方に暮れてるんだ。俺は若いうちにキリキリ働いた分、そろそろまったり過ごしたいと思っていたんだぞ?」

「だが、こういう計略ごとは好きだろう?」


 今でこそレクシームなんて小さな町の警備隊長なんてやっているものの、もともとフランシスはエドガーの配下として、大隊規模の計略ごとをリチャードと立案し、実行の指示を担当していた立場だ。

 フランシスは「勘弁してくれよ」と文句をつけつつも、腕組みをしてしばらく唸っていた。


「カーラルの民にとって、エリザベス嬢の知名度はどれくらいなんだ?」

「・・・・・・どうだろうな、エイダに探りを入れてみた感じ、『救国の乙女』としては知られているみたいだが、名前と顔は一致していないようだった。民衆のほとんどは、そんなもんじゃないかな?」

「エリントン卿については?」

「そっちはどうだろうなあ。グ二シアやらエラルドならともかく、ここはヴェールズ公国だ。高官は知っているかもしれないが・・・・・・。」

「二人は知られてないってことだな。」

「ああ。」

「それは上々だ。騒ぎを起こすのは止めよう。」

「へ?」


 キッパリと言い切ったフランは「それよりも大公殿下にだけ芝居をしてもらっておいて、さっさと対岸に渡ってしまった方がいい」とまで言い出す。


「それは約束を反故(ほご)にするってことか?」

「いや、『全部が全部、言いなりになる必要はない』って事さ。最悪、大公殿下にはエリントン卿だけ会えばいい。」

「エリントン卿だけ?」

「ああ、大公殿下がエリザベス嬢に興味を持つことのないように。」

「だが、そんなことができるのか?」

「ああ、エリントン卿は儀典統括をしていたんだろう? それなら外交官や大使との繋がりが強いはずだ。先にそちらとの繋がりを探ろうと思う。」

「大使館か!」

「ああ、カーラルにはグニシア王国やエラルド公国の大使館がある。ひとまずはそこに逃げ込んでみて、グニシアに渡るのがいいだろう。」

「分かった。」


 トムが合点したと頷く一方で、フランシスは「無事にカーラルを切り抜けられれば良いが」と言葉を濁す。


「エリントン卿とて、大使館に逃げ込むことぐらいの事は想定済みだと思う。ただ、それでも襲われるのを危惧せざるを得ない状況なのだろう。ましてやノーランド王国が関わっているなら、なおさらな。」


 北部ほど、カーラルの辺りは正教会の影響はないとはいえ、「異端審問会への召集」ともなれば、山の中に逃げ込んでも山狩りを敢行してくるリスクすらある。

 と、トムは「ああ?!」と急に何か思い出したかのように素っ頓狂に声を上げると、「そういや、何か預かっていたんだ」とゴソゴソと荷物を漁り出した。


「ああ、これだ。この箱。『大使館』で思い出したんだが、何かあったらこれを持って、『エラルド公国の大使を頼れ』って公爵様に言われていたんだった。」

「公爵って・・・・・・。」

「ああ、『先見のルーカス』だよ。」

「・・・・・・お前、そういう事は。」

「いや、色々ありすぎてすっかり抜け落ちてたんだって。」


 フランシスはトムから小箱を受け取ると、「中身は何か聞いたか?」と訊ねる。


「ああ、だが、何の変哲もない指輪だったぞ?」

「指輪?」

「ああ。」

「・・・・・・開けたことは秘密にしてくれ。」


 そう言って、小箱を開けて、中に入っている印章を見るとフランシスはヒュッと喉を鳴らす。


「なんだ? 顔色を悪くして・・・・・・。」


 けれど、フランシスは一言、「世の中、知らないことがいいこともある」とだけ呟いた。

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