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旅の恥はかき捨て(2)

 翌日からはトロッコ列車や長距離列車を乗り継いでカーラルに向かう。

 長距離列車に乗ってからは、幸い列車自体は混みあっていなかったこともあり、エリザベスとトム、ギルバートとフランシスでコンパートメントを分けて過ごしていた。


「リジーとは婚約までしている仲だというのに。トムは蟻の子一匹通さないつもりなのかな・・・・・・。」


 ドサリと斜向かいの座席に腰を下ろして、ギルバートが頭を抱えるから、フランシスは「あいつのことです、恐れ多くも娘同然に思っているんだと思います」と苦笑した。


「全く思わぬ強敵ですよ。気を利かせてくれてもいいのに。」


 そう言ってギルバートがボヤくから「あいつは他はともかく、昔からエドガー様の命令だけには実直でして」と話す。それにはギルバートも「エドガー様が彼に料理を一任している理由は納得します」と苦笑した。


「それと遅くなりましたが、レクシームでは色々助けて下さりありがとうございました。ドレイク隊長。」

「エリントン卿こそ、本来ならばこちらで行うべきあれこれについて、お手を煩わせてしまいまして不甲斐ない限りです。」


 しかし、ギルバートは目を細めて「そう畏まらないでください」と笑う。


「買い出しに行っても良かったのですが、薪割りは初めてだったんで、僕自身、貴重な経験でしたよ?」


 その後、筋肉痛になってエイダに湿布をお願いした結果、「薪割りもやらないお坊ちゃんだなんて大店の坊ちゃん(シティズン)かい?」とからかわれたのだと笑った。


「エイダには本当の事は伝えていないのですか?」

「ええ。初日に銀貨での支払いを申し出た時の顔を覚えていませんか? もし、僕が爵位持ちだなんて知ったなら、エイダはあの時点で『出てっておくれ』と言って、あとは取り付く島もなかったかと思いますよ。」


 世捨て人同然で過ごしているのにはきっと何かわけがあるのだろうとギルバートは言い、「交流は続けても然るべき時までエイダには爵位持ちなことは伏せておくつもりです」と話す。


「幸い、グニシア王国にも、エラルド公国にも名義を貸してくれる商会はありますから、暫くはその辺りに縁のある子息だとでも名乗っておこうかと。」

「実際のところがバレたら、大目玉を食らいそうですね。」

「そうかもしれませんが、その時は『はい』とも『いいえ』とも言ってないと話すか、娘みたいに気に入られたリジーに上手く取り成してもらうしかないかなあと思っています。」


 フランシスは少しも偉ぶることなく、ざっくばらんに話すギルバートの話を聞いて「彼は自分の知るお貴族様とはだいぶ違うようだ」と感じながら「もしエイダを宥めるなら、後者の案の方が良さそうですね」と微笑んだ。


「ご忠言痛み入ります。その時はそうしますよ。彼女は貴重な人財だから、愛想を尽かされないようにしないと。」

「・・・・・・そこまでエリントン卿に気に入られ、正当な評価をされているエイダが正直羨ましいです。」


 レクシームを治める貴族たちとの折り合いがイマイチでこの年齢でも隊長止まりの自分とは違って、エイダはその実力や人となりを身分に関わらずに評価された。

 その事はフランシスにとって、少なからず衝撃を受けたし、この他国の貴族の青年の口から「あなた自身との繋がりを今後も保ちたいと考えている」と言わせしめたエイダを凄いと思った。


「エイダが羨ましい?」

「ええ、あなたは彼女の人柄と彼女の経験、実力のみで彼女を評価なさったでしょう? しかも、彼女が欲するだろうものは惜しみなく与える約束と、山に残りたいという意思までも尊重なさった。」


 自分が貴族であることをおくびにも出さず、ただ「ビジネスパートナー」として公平に彼女を評価した。


「お恥ずかしい話、今回の警護の話を伺った際、私は今までの生活とこれからの生活を天秤にかけました。」


 いくら古くからの友人、しかも恩人の孫娘の警護だとはいえ、グニシア王国の王室、かつ、宗教対立、かつ四カ国緊張状態なんて三重苦な話を聞かされたあとでは話を受けるかどうか悩みの種だった。


「今でこそ、中央でレクシームの警備隊長の地位を金で買い続けて維持していますが、今回、カーラルまでの話を受けたのは大公殿下のお墨付きの書状をトムに見せてもらったからです。」


 そうでなければ、エドガーの部隊でいかに活躍した過去があろうとも、戦火の恐ろしさを知らないカーラルのお偉方には自らの経歴は響かなかった。


「この国の軍部も結局は『爵位』と『金』がものを言う状態ですし、私も元は農民ですからね。エドガー様のお墨付きを貰っていても、この国ではほぼ意味がありませんでした。」


 それならエドガーの元へ戻ろうかとも思ったものの、エドガーの屋敷には腕利きのベンとトム、それからずっと右腕だったリチャードが残ったと聞かされたら、用心棒としての名乗りもできなかったと苦笑する。


「この歳になってみて、もっと『こうしていれば良かった』とか『ああしていれば良かった』とか後悔の念が尽きません。隣の芝生は青いとは分かっていますが、それでもあの頃の自由さは羨ましいものです。」


 フランシスは「昔話に過ぎましたね」と苦笑し、列車の揺れに身を委ねるようにして、ゆっくりと瞬きする。


「カーラルに着いたら、その後はどうなさるおつもりですか?」

「レクシームでは好きにやらせてもらっているので、いつもの年は隊長職を金で買い直す時期なんですが、正直、迷っています。副隊長には『隊長職について自分より高い値段で入札されたら、他所に配置換えされたり、職を外されたりするかもしれない。戻らないかもしれないから今年も覚悟しておくように』とは話して引き継いできたのですが、エイダに会ってしまったら、入札自体取りやめて、このまま、心のままに旅にでも出てみるのも悪くないかなあと思い始めてしまって・・・・・・。」


 特にグニシア王国の南西部、辺境伯領の辺りはエドガー達と長く駐留して過ごした思い出の土地だ。

 カーラルまで出たなら、あとは対岸に渡るだけでその懐かしの土地に踏み入れられる。


「対岸まで渡ってしまえば、レクシームの隊長職用に貯めてきた上納金用の金に手を出すので今年は絶望的になりますが、ブリストンはグニシア王国一番の港がある土地です。荷運びの仕事などをすれば日銭も稼げるでしょう。」


 ギルバートはそこまでフランシスの話を黙って聞いていたものの、不意に「それなら僕のところで働きませんか?」と口を開いた。


「『僕のところ』とおっしゃいますと?」

「グニシア王国のエリントン子爵領です。ヴェールズ公国の軍人を離れるのであれば、僕のところで働いても差し障りはありませんよね?」

「ええ、まあ。そうですね。」


 ギルバートは「手持ちの路銀で足りるか心配ですが、初仕事はカーラルから辺境伯領への警護代としてこれくらいでいかがですか?」と言うと相場の倍近い値段を懐の革袋から取り出す。


「自領まで帰る分を考えると、今はそれがすぐにお渡しできる金額ですが、それで僕を守っていただけませんか?」

「・・・・・・カーラルから辺境伯領は目と鼻の先ですよ?」

「ええ。ですが、その間が一番、危険が付き纏いそうなんです。大公殿下との取り引きの際に自分のことを勘定に入れ忘れてしまったものですから。」

「・・・・・・どういう意味です?」


 すると、ギルバートは、トムが「どうやったのか分からない」と評していた「大公殿下を懐柔した方法」の種明かしをする。そして、その話を聞かされたフランシスはギルバートの豪胆な取引に頬を引き攣らせてしまった。


「そんな取引、正気でしたんですか?」

「ええ、形振り構っていられない事態だったんですよ。」


 エルガー公爵家を敵に回すという事は、ユトランド海の経済活動の中心地となっているエラルド公国との取引停止や、エルガー公爵領で生産される羊毛、穀類、野菜の取引停止に繋がりかねない。

 そんな相手を怒らせれば、簡単に経済危機や食糧危機に陥り、敵うわけがない。だからこそ、グレイ侯爵家程度なら自分が婚約者としてエリザベスの傍に立つことで退けられると思っていた。


「これは僕の見通しの甘さのせい。初めは僕さえこの婚約を受け入れて、リジーの後ろ盾としてエルガー公爵家が控えているのだと示しさえすれば、リジーのことを守れるだろうと少しも疑いもしませんでした。」


 けれど、サラのことと言い、フィリップのことと言い、大公殿下のことと言い、あちこちから横槍が入り風向きが変わった。

 極めつけは正教会による異端諮問会召集。


「まさか、正教会を引っ張り出してくるとまでは考えていませんでした。」


 ギルバートは考えを改めざるを得なくなった。


「正教会の異端審問会なんかに招集されてしまったら、さすがに太刀打ちが出来ません。あの場で正教会に牽制するには、対立する王立教会か、意見できる立場にあるグニシア王家、はたまたヴェールズ大公殿下くらいでした。」


 けれど、大陸にいる法王が彼女を異端と見なせば、王立教会はそれに従い手のひらをひっくり返す可能性がある点、グニシア王家は彼女自身の出自のことがある点を考える彼女を見捨てる可能性がある点もあり、「選べるのはヴェールズ大公殿下のみで、彼が帰国してしまう前に何としてでも丸め込む必要があった」とギルバートは話した。


「『たった一人の女のために、文字通り宝の山を丸ごと一個手放すと言うのか?』と大公殿下にも皮肉を言われましたが、僕にはリジーが一番ですから。」


 婚約式でエリザベスが具合を悪くした時、ギルバートの脳裏を過ぎったのは、コックス子爵家で倒れて真っ青な顔色で苦しんだ彼女のことだった。

 婚約式という一生に一度の晴れ舞台を台無しにされた上、苦しそうにしているエリザベスを思い出したら居ても立ってもいられず、彼女を一刻も早く安心できる場所に逃がしてあげたかった。

 その焦りが逆に彼女を危険に晒すとも気が付かずに――。


「エドガー様が経験豊富でヴェールズにも明るいトムさんをつけて下さったのは、僕が破綻してもリジーは守れるようにしたかったからでしょう。もし、お知り合いのあなたがレクシームの警邏隊長でなければ、トムさんはリジーの傍を決して離れなかったでしょうし。」


 あの時、二人で買い物に送り出してくれたのは、たとえ何か騒ぎが起きても狭い町の中だ、きっとフランシスが駆け付ける。

 トムはそれが分かっていたからこそ、ギルバートとエリザベスの二人で、市場に買い物に行くことを許してくれたのだろう。


「リジーがレクシームで襲われたあの時、あなたがあの場にいて下さらなかったら、僕は彼女を永遠に失っていたかもしれないんです。」


 犯人達はエリザベスの髪色に目をつけた人攫いで、仲間内で楽しんだ後、娼館あたりでも売り飛ばそうと考えていたらしい。

 ギルバートはその話を聞かされて酷く腹が立ったが、エリザベスはおっとりと「この辺りじゃ、珍しい髪色だから、目をつけたんでしょうね」と至って冷静に返していた。ギルバートにしてみれば、エリザベスが少しも動じず話を受け入れたことや、淡々と受け入れている様子にゾッとしてしまったのだと言う。


「僕はリジーを護りたいんです。」


 ギルバートは口調こそ平静さを装っているものの、その実、腸が煮えくり返る想いをしているのだろう。憤りからか、感極まったようで声が僅かに震え始める。


「彼女からあらゆるものを奪い、害し、骨の髄まで喰らわんとする奴らからも、そうなるのは自分のせいだから仕方ないと諦めかけている彼女自身からも。リジーには笑っていて欲しい。」


 そう思う一方で、このままカーラルに向かい、大公殿下の言うように一芝居打つことに不安を抱いていると話す。


「僕はカーラルで無事に落ち合えたタイミングで、大公殿下が目をかけている技術者に僕の知っている全て教えると約束をして、ヴェールズ公国の旅券を手にしました。そして、ちょっとした小芝居をしてから、辺境伯領に向かうつもりだったんです。」

「はい、その話は伺いました。エリザベス様にフードを取ってもらい、目撃者を増やす、と。」

「ええ、その方がリジーがカーラルにいると正教会にきちんと伝わるでしょうから。」


 当初の筋書きは大公殿下と共に、自分に扮したロバートとエリザベスに扮したレベッカがカーラル入りしたタイミングでトムと二人、馬車を襲い、トムがエリザベスを抱えて逃げるというものだった。


「そして、頃合いを見て僕がリジーを助け出して、大公殿下が降嫁を許すという筋書きだったんですが、何もその手柄の与え先は僕でなくてもいいんですよ。」


 レクシームでの騒ぎをアルバートは聞き漏らしたりはしないだろう。そして、カーラルで技術者に情報を教えた後の自分は、大公殿下の庇護を得られなくなる。


「ご自身の庇護は願わなかったのですか?」

「ええ、愚かにも。リジーをヴェールズ公国に逃がすことに固執しすぎたんです。そして、最悪な予想が的中してしまうと、僕は袋のネズミになることまで見えてきたところです。」

「最悪な予想ですか?」


 ギルバートはこくりと頷くと、フランシスに「技術者に情報を引渡しした後で大公殿下がアルバートと手を組めば、先程の芝居の中の配役は、そのままアルバートが演じることも出来るんですよ」と話し、「アルバートの出方によっては大公殿下はアルバートにつく可能性があるんです」と肩を竦めた。


「そして、リジーもそれに気がついているのか、それとも乗ってきた馬車が襲われて動転しているだけなのか、レクシームで僕にグニシアに戻れと言ってきました。」


 けれど、そうなればエリザベスは自分の出自を明らかにしてでも、ギルバートの保護を条件に大公殿下と契約婚を申し出るだろう。


 自分と『契約』として婚約したように――。


「仮に彼女が僕の命乞いとして、このままヴェールズ公国に嫁いだ場合、大公殿下が契約違反をしたわけではありませんから、僕との金山云々の契約は有効です。情報の引渡しでイチャモンもつけられません。それに彼にお願いしたのは、先程もお話した通り、エリザベスと僕の入国と彼女の保護のみですから僕のことは狙い放題なんです。」


 ギルバートがその事に気がついたのは、エイダのところで薪作りをしていた時だった。


「・・・・・・僕の身が危険に晒されると分かったら彼女は大公殿下に自らの出自を明らかにするでしょう。そして、それを聞いた大公殿下は彼女を丁重にもてなし、グニシア王室とも、エドガー様が頼ろうとしている辺境伯とも良好な関係を維持しつつ正教会へ恩を売ることになります。損をするのはうちだけですが、僕の命の保証と引き換えだと言われれば、父も母も強くは出られないでしょうね。」

「それは確かに大公殿下が靡きそうな内容ですね。」

「ええ、ですから、エイダに会えたのは現状打破のためには嬉しい話でした。万が一の時の交渉材料を何とかひとつ確保出来ましたから。しかし、そうは言っても、僕が誰かに殺されてしまえば、その交渉材料も無意味になってしまうんですが・・・・・・。」

「それで私に辺境伯領までの護衛の延長を、と仰せなのですね。」

「ええ。」


 フランシスは真剣な表情のギルバートを見ながら、隣のコンパートメントにいるだろうトムの用意周到さが相変わらずなことに短いため息を漏らす。


『『救国の乙女』を助けたら、間違いなく大公殿下の目に止まるぞお? エルガー公爵家のご子息に気に入られれば、グニシア王国か、エラルド公国でお抱え護衛になれるかもしれない。』


(アイツが、にやにやとして言うからには何か企んでいるのだろうとは思ったが・・・・・・。)


 どうやらカーラルに着くまでに、このギルバートという男の見極めを仰せつかっていたらしい。フランシスはすぐにでも「では、お願いします」と言いたいのをグッと堪えると、不安げに見つめてくるギルバートに申し訳なく思いながら口を開いた。


「お話は分かりました。私にとってもその話は渡りに船というものです。ですが、少し考えさせていただけませんか? カーラルに着くまでには答えを出します。」


 ギルバートの表情が明らかに曇り、「そうですよね」と落胆したのが分かったから、フランシスは「何、一気にお話を聞いたので、少し冷静になって判断したいだけですよ」とニコリとする。

 そして、席を立ちながら「少しトムと二人で話したいと思っています。その間、エリザベス様とお過ごしいただけませんか?」と話すと、ギルバートの表情は幾ばくか持ち直した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いのだけど 途中からポコポコ出てくる貴族の人間関係がわかりにくい 1度説明して終わりではなく 再登場の時はをその都度、主人公カップルとの関係をさりげなく書いておいていただけると助かりま…
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