思惑だらけの舞踏会(3)
それから何がどうなったかよく分からない。ただ、とっさの判断で激昂しサラに飛びかかったフィリップを、レオンはその場に組み伏せ、取り押さえていた。
ソフィアは豹変したフィリップに怯えたのか、彼を取り押さえているうちに、サラの手を引くようにして逃げ出していく。
「レオン、放せッ!!」
「落ち着け、ここは王城だ。騒ぎはまずいッ!」
声が大きく響かないように気をつけて、フィリップに言い聞かせれば、苦虫を噛み潰したような表情に変わり、唸るようにして「分かったから放せ」と答える。
物音を聞きつけたのか「ランスロット卿、いかがしましたか?」と衛兵が近付いてくる気配に二人は距離をとった。
「少し酔いが回ってふらついて転んだんです。」
フィリップがぶすっとして言えば、レオンが頷く。
「ああ、そうだ。だから、心配するな。」
レオンの返事に衛兵も納得したのか、一礼して去っていく。フィリップはその姿をしばらく見送っていたが、気配が消えるとレオンに「二手に分かれよう」と告げた。
「二手に分かれる?」
「ああ、ソフィア嬢があの女の手の内に落ちたとあれば、まずは父とボイル公爵閣下に指示を仰ぐ必要がある。こちらは『我が家の役目』を果たさなくてはならない。」
ウィンザー伯爵家の役目のひとつはその立地からも知れる通り、エルガー公爵家とボイル公爵家の調整役だが、もうひとつ、当主とその嫡男のみが携わる王家の『影』としての役目がある。
それゆえ、父がサロンを中心に諜報活動しているのを裏付けるようにして、自分が噂好きな夫人や令嬢の間を渡り歩くようにして情報収集し、事前に危険があると判断すれば秘密裏に手を回してその憂いを排除してきた。
「ソフィア嬢は王太子妃候補と目されている。そんな彼女が王太子殿下に近付くのは自然な事だ。子爵令嬢に過ぎないあの女だけなら、殿下には近付けないが、ソフィア嬢を操ったとあらば容易に近付けるだろう。」
フィリップが「大事になる前に、状況の伝達と指示を仰いで、被害を最低限に食い止めたい」と話せば、レオンは「承知した」と短く答える。
「殿下の警護の強化と、ソフィア嬢の保護はこちらで請け負おう。こちらも、あのように人心を惑わす者を野放しにはしておけない。」
そう話したレオンはいつになく殺気立っていて、フィリップはレオンも静かに憤っていたのだと気が付いた。
そして、その憤っている原因が、どうやら自分とは若干ニュアンスが違いそうだということも。
確かに近付いたと思ったら、『初めまして』に戻されて全てやり直しだなんて、些か酷な話だ。
「ソフィーをもう一度口説くつもりなら、あの女から十分離れてからにしろよ?」
「は? 口説く? 彼女は殿下の妃候補だぞ?」
「ああ、そうだ。あくまでも『候補』だ。」
含みある言い方をするフィリップに、レオンがじっとりとした目を向ける。
「そう睨むなよ。別にいきなりプロポーズしろとかは言ってないだろう?」
「何でも色恋に繋げるのは良くないと思うが?」
「なんだ、自覚無しか? 俺はソフィーにはお前みたいなタイプの方が、良いと思うんだが。公爵閣下もアルも『王太子以上に利用価値がありそうだ』と見なすか、ソフィーが『どうしても結婚したいんだ』と泣きつきでもすれば許すと思うぞ?」
「『俺みたいなタイプ』ってなんだよ。」
「生粋のお坊ちゃまの殿下には、姉さん女房の方がしっくりくる。ソフィーはしっかりしてるようで、ベラ以上に甘えただし。ランスロット家は代々中立派だろう? しかも、近衛騎士として王に忠誠を誓っているんだ。支障ないだろう?」
「その条件なら貴家だって中立派で、ソフィア嬢と親しくしているじゃないか。」
「まあ、そうだな。だが、そっちと違って、こっちの腕っ節はからきしだ。それに俺は命が惜しいから、公爵閣下とアルに敵対する気はないんだ。」
そう言って口の端をにっと上げるフィリップの姿に、レオンはひと睨みして「言ってろ」と吐き捨てるようにして去っていく。フィリップがにまにまとした顔で見送っているのを背中に感じたが、レオンは敢えて無視をした。
(自覚がないわけじゃない。)
好きとか嫌いとか判じる前だと感じているものの、自分がソフィアの事を気にしているのは分かっている。
そうでなければ、こんな風に躍起になって青と水色のドレスを探したりなんかしない。
(とはいえ、この中から探すのは骨が折れるな・・・・・・。)
宴は中だるみ感があり、ムワッとした熱気の籠った会場には、酔っている者、壁の花を決め込む者、ダンスを楽しむ者、歓談する者とがいて、おのおの好き勝手に過ごしていた。
(これは一人では埒が明かないな・・・・・・。)
そう思って目を皿のようにして警備責任者である近衛騎士団長の姿を、玉座近くに見つけるとレオンは上手く合間を抜けて向かった。
「団長、少しお話がございます。」
「ん? ああ、レオンか。」
身長はそう変わらないものの、鍛えている自分よりも、もう一回り大きく感じるニコラス=ライリーが従兄弟の存在に気がついて片眉を上げる。
「『団長』呼びだなんて、今日は非番なはずだぞ? ニックで充分だ。」
にっと歯を見せて笑う彼は、代々、近衛騎士団長を排出するアバコーン侯爵家の出身でありながら、そうは見えない気安さで「ボイル公爵令嬢と現れた時は驚いたが、いい雰囲気そうじゃないか」と笑う。
一方、そんなニコラスの様子に、レオンはどう説明したはいいかと急に口ごもった。
(しまった、理由を何も考えてなかった・・・・・・。)
下手な報告をしてしまうと、秘密裏に動こうとしているフィリップの邪魔をしてしまう。けれど、迅速に王太子殿下の警護強化と、ソフィア嬢の捜索はしたい。
その焦りが顔に出たのか、ニコラスは笑顔を引っ込めて「副長」と声をかけてくる。
「その様子だと、どうやら『団長』として話を聞いた方がいい内容みたいだな。」
「・・・・・・ええ、そうして頂けると助かります。詳しく理由は申し上げられないのですが、王太子殿下の警備強化をお願いしたいのです。」
「強化レベルを一段上げろと?」
「はい。」
「片付いたら、俺の代わりに報告書は出してくれるんだろうな?」
「もちろんです。」
「それなら、依存はない。すぐにでも通達する。」
「あと、ソフィア嬢を見かけられたら、その保護もお願いします。」
「保護・・・・・・?」
「その理由も報告書にてお答え致します。」
そう話すレオンの表情が酷く暗く、険しいものになっていくから、ニコラスは「分かった」と短く答えるだけに留めた。
(あとはソフィア嬢を探すだけだ・・・・・・。)
ごった返す大広間の中でソフィアを探す。「一刻も早くサラから引き剥がさねば」と気が急いてしまう。けれど、みんな似たような服装、髪型に結っている会場内で、人探しは酷く難航した。
◇
その頃、ソフィアはステファニーと離れて、挨拶回りをしている王太子殿下、オリバーに挨拶をしていた。彼女の隣にはマイヤー子爵令嬢こと、サラがぴったりと寄り添っていて、ソフィアが先に挨拶するのに続いてサラもオリバーに向かってお辞儀をした。
「君は・・・・・・?」
オリバーが訊ねてくるのをお辞儀をしたままに感じつつ、「お初にお目にかかります」と無難な挨拶をする。
「私はマイヤー子爵が娘、サラと申します。このようにお目通り出来る幸運を大変嬉しく存じます。」
サラとて前世から持ち越した記憶が大きく食い違っていることは認識している。サラの知っている記憶通りなら、オリバーと会うのは聖マリアンヌ学園であり、転びかけたところを助けてもらうという乙女ゲームでは比較的ベタな出会い方だったはずだ。
(だけど、金髪碧眼、服装もスチル通りの姿なのよね・・・・・・。)
輝く陽の光のようなブロンドに、深い海のような濃い青。彫りの深い顔立ちに、無駄な肉のない鍛えられた身体付き。
ステファニー嬢といる時は仲の良い姉弟といった雰囲気すらある王太子殿下だが、こうして彼女抜きに対面すれば、やはりファッションモデルか何かのようで口篭る。
(・・・・・・で、本来なら言うのよね。このタイミングで『君を王太子妃にしたい』って。)
けれど、五年も足止めをくらった自分は、ようやくスタートラインに立ったところだ。会って一瞬でそんな風には言われないだろう。
「マイヤー子爵令嬢でしたか。お噂はかねがね聞いています。」
「まあ、どのような噂でしたでしょう? お耳汚しではないかと心配ですわ。」
「北部地域で例の国が侵攻してくる日時、場所を遠く離れた地でピタリと言い当てて、住人が避難しやすいように正教会に掛け合ったと聞いております。正教会では『神託の巫女』と名乗ることを許されたとか。」
ギルバートが王立教会に申し出ていたように、サラもまたそれと知らされずに人命を助けていたのは事実で、秘密裏に動いていたギルバートと違って、大々的に表立って動いていたサラの評判は上々だった。
「予知夢を見ましたの。多くの人が苦しむ夢を。けれど、私の力だけではどうしようもありませんから、何人か、友人の伝手を使ったのです。正教会が動いてくださって何よりでしたわ。」
そして、まるで前から知っているような顔で「その時にソフィア嬢にも懇意にして頂きまして」と言えば、ソフィアもにこりとして「サリーの国民を思う姿勢に感銘を受けましたの」と援護射撃する。
「人として当然の事をしたまでですわ。」
サラが微笑めば、オリバーも「なかなかできることでは無いですよ」と煽てるようにして答えた。
表向き、穏やかなやり取り――。
しかし、殊勝な態度をとってはいるサラを今ひとつ信用出来ないようで、オリバーの目は警戒したままだった。
(まずはこの警戒を解かないとダメそうね・・・・・・。)
ギルバートとエリザベスの婚約式の時、公衆の面前で異端審問会への召集の話をしたのだ。オリバーが警戒するのも無理はない。
「殿下、私に敬語を使う必要はございませんわ。私は元々、庶民の出。偶さか、マイヤー子爵の養女にして貰えたのに過ぎません。」
そして、にっこりと笑ってみせて「太陽の御子と呼ばれていらっしゃる王太子殿下にこうして拝謁出来て嬉しゅう存じます」と手を取り、スキンシップを交えて近寄る。
オリバーは、サラから香ってくる、鼻腔をくすぐるような甘い香りに、不思議と熱に浮かされたようになって、触れてきたサラを突き放すことが出来なかった。
「殿下?」
サラとの距離はすぐ側まで詰まっていて、そっと耳打ちするようにして「何をお思いなんですか?」と媚びるような声で囁いてくる。
「・・・・・・何故、姉上を追い詰めるような真似を? 君はそんな事をしなくても、あの日の翌朝には、民に慕われるヒロインになれただろう?」
「あれはあなたのためでしてよ、殿下。」
「僕のため?」
「ええ、あのまま二人が婚約した後で、エリザベス嬢が王女と知られれば、王太子のお立場は如何なりましょう?」
そして、サラは「ギルバート様の方が頭も切れ、出生卑しからず『素養』がある。いつもあなたが感じていらしたことではないですか?」と囁く。オリバーの表情が強ばると、サラはダンスホールの方へと目配せした。
「ソフィー、あなたがいると彼は私と踊れないの。消えて。消え方はさっき教えたとおりに。」
途端に先程までよいしょをしてきたソフィアの表情は虚ろになり、優雅に一礼して踵を返して去っていく。
「さあ、殿下。これで御心を迷わす者は居なくなりましたわ。私の前では『完璧さ』は必要ございませんのよ。」
サラは頭の芯は熱に浮かされたようにぼうっとしているオリバーを見つめると、「楽になさって」と囁く。オリバーはその言葉に夾竹桃のそれのような甘い香りに酔って、そのまま屈服したかのようにして膝を折ると、虚ろな表情のまま、「レディ、宜しければお相手ください」とサラにダンスを申し込んだ。
その事態に周囲は俄に騒めき出す。
サラは誇らしげにオリバーのエスコートを受け入れると、ダンスホールの真ん中に進み出た。




