追う者と追われる者(4)
アルバートが「レクシームでの騒動」を耳にしたのは、エリザベスたちがレクシームを去ってから三日後の事だった。
「お兄様、難しいお顔をなさってどうかなさったの?」
現れたのは、髪を編み込み豪奢に結い上げた妹のソフィアで、一目見てこれからどこかの夜会に行くのが分かった。
金糸銀糸をあしらい、贅を尽くしたドレスに、それに負けぬよう強めのルージュとアイラインを引いている。
「今日はまた随分と気合いが入っているんだね。」
「ええ、今夜は王太子殿下もいらっしゃるんですって。それを聞き付けたメイド達が張り切ってしまったの。」
ソフィアはアルバートの手に握られている報告書の表題を目にして「エルガー公爵家の動向でも探らせたんですの?」と小首を傾げた。
「ああ、あのギルバートがこんな下手を打つとは思えなくてね。」
思えばここ数ヶ月、ギルバートは彼らしくないことばかりしている。
エリザベス嬢を拐かすようにして駆け落ち騒ぎを起こし、しかも、王立教会の承認をもぎ取るようにして婚約発表して、波乱の婚約式の後はすっかり雲隠れしてしまった。
(その癖、王太子補佐で儀典回りを手伝っていたのから、兄のバイロン卿の元で行政補佐官の役回りに転向した・・・・・・。)
駆け落ち先は氷華の離宮だったとのことだったから、恐らく王太子殿下ではなく、もっと権限のある国王陛下か第一王妃辺りの密命を受けているのだと思う。
『彼女の髪は人目を引くストロベリーブロンド、瞳の色はエメラルド色です。』
『恐らく彼女はサラの言う通り、国王陛下の血を引いている。』
フィリップが話していたことが真実なら、ギルバートもその事を知っているのだろう。そうでなければ、いくら国を守った英傑の孫娘とは言え、父は分からず母も早くにしに後ろ盾のほぼない令嬢との婚約をギルバートが受け入れるとは思えない。
(やはり全て初めから知っていた、そう考える方が自然だ。だが、だとしたら、アイツは次にどう動く? 一体、何が目的だ?)
エリザベス嬢を受け入れることで王家との関係が一時的に好転したとして、白百合姫として持ち上げたというのにあれほどの騒動が起きてしまうと彼女を受け入れる理由は薄れてしまう。
(エルガー公爵家にとって、ギルバートは『捨て駒』にされたのか・・・・・・?)
しかし、ボイル公爵家と違い、『影』の命さえ大切にするルーカス=エルガーがそれを許すとも思えない。そんな堂々巡りを繰り返していると「お兄様ッ!」とソフィアに声を掛けられた。
「色々とお考えを巡らせているところ申し訳ないのですけれど、そろそろお兄様も準備なさってくださいませ。ヴェールズ公国の大公殿下は私たちにとってご親戚。しかも、王城主催の夜会とあらば行かぬ訳にも参りませんでしょう?」
「ああ・・・・・・。」
「もう、そんな気の抜けたお返事をなさって! それにお兄様がエリントン卿を好敵手として見なしていらっしゃるのも存じてはおりますが・・・・・・。私からしてみれば、何をそんなに気になさっている理由が分かりかねますわ。お兄様は首席で学園をご卒業なさったではありませんか?」
アルバートとギルバート。
同じ公爵位の父を持つ同い年の二人は、聖マリアンヌ学園はもちろん、幼い頃からずっと比較されてきた。
旧家の公爵家の嫡男で、亡き王弟派、親ヴェールズ公国のボイル家の出身。片や同じく公爵家ながら、新興の公爵の次男で、現国王派、親エラルド公国のエルガー家の出身。
ましてや同性同い年で一文字違いの名前となると、必然敵に比較されてしまうのは致し方ないところだろう。
「あれはね、アイツが僕に首席を譲っていただけだよ。ギルバートは僕がいくら躍起になっても、僕など相手にすらしてくれなかった。」
そして「アイツが本気になったのであれば、きっとエルガー公爵並に厄介だろう」と苦笑する。
「お兄様の考え過ぎではなくて? 何度かイザベラ様のエスコート役としてお会いしたことがございますけれど、物静かな印象の方でしたし・・・・・・って、もうッ! そんなことより、夜会に行くお支度をなさってッ!」
しかし、アルバートはくっと喉を鳴らすと「ソフィーは『物静か』な奴が駆け落ち騒ぎまで起こすような真似をすると思うかい?」と皮肉めいた笑みを浮かべる。そして、手元に持っていた書類を机の上にパサリと置くと、「決めた」と口にして、ふかふかとしたクッションを張ってあるソファーに座り直した。
「ソフィー、状況は日々刻々と変化している。昨日の敵は今日の友かもしれないし、また逆も然りだ。情勢を見誤ると足を掬われる。」
そして、亡くなった母に似てきたソフィアの晴れ姿に目を細める。
「僕はソフィーのためにも、足を掬われないようにしないとならない。だから、今夜、夜会に出ている余裕がないんだ。」
「また、そんな屁理屈を仰ってッ! 面倒臭くなっただけではなくって?」
今夜は従兄のイーサン大公殿下が自国に帰る前の夜会だ。ソフィアは「私たちが欠席というわけには行かないでしょう?」と眉を顰めた。
「気にかかっている事があるんだ。」
「気にかかっていること?」
「ああ。ギルバートの奴もだが、フィルのこともあってね。」
「ウィンザー伯爵家のフィリップ様?」
「ああ、先日、夜も遅くに訪問してきたと思ったら、エリザベス嬢を支持していることの宣言と、手出しをすれば敵に回ることの忠告をされたんだよ。」
「まあ、あの方がお兄様に歯向かわれたのですか?」
「ああ、『投資するための与信』などと言っていたが、どうやら思うところがあったらしい。」
自分の幼なじみであり、良き友であり、右腕だと思っていたフィリップが、こうもあっさりと自分を裏切るなど思わなかった。
(いや、思いたくなかった、だけか・・・・・・。)
アルバートはソフィアに自嘲気味に先日のやり取りを話すと、「やはり人の心などあてには出来ない」と肩をすくめる。一方、ソフィアの方は顔を青くした。
「もしや、フィリップ様までエリザベス嬢に夢中なのですか?」
「・・・・・・夢中。いや、それとは少し違うな。あれは『同類相憐れむ』たぐいだと思うよ。」
ドアの前で振り返ったフィリップは酷く悲しげに笑った。
『・・・・・・アル、僕には君を止める権力も実力もない。けれど、エリザベス嬢の進む道を邪魔するなら、君と敵対しても露払いに動く。今日はそれを伝えに来たんです。』
そう話したフィリップは今まで見たことがないほど、まっすぐ自分を見つめてきて、彼が腹を括ったのだと分かった。
「フィリップはもうあてに出来ない。何を思って彼女に付くと決めたのかは定かではないが、誰かに付くと決めた以上あいつは一途だ。エリザベス嬢の意思を守るためなら、言葉通り、何でもするだろう。」
「そんな・・・・・・。では、お兄様はフィリップ様と袂を分かつおつもりなのですか?」
ソフィアの問いに言葉に詰まる。
『最悪、そうなりますね。』
フィリップが短く発したセリフは、アルバートの胸の内に、抜けないトゲのように刺さっていて疼くように痛む。
アル、君にこの気持ちは一生理解らないよ――。
言葉にしなくともそう言われたような心地がして、あの日以来、どこか気持ちが落ち着かない。それは目の前に座るソフィアにも伝わったのか、一気に憂い顔になるから、アルバートは「そう気にしなくてもいい」と宥めた。
「フィルはエリザベス嬢に幻想を抱いているだけだ。夢から覚めれば、また戻ってくる可能性もある。ただ今は間接的とはいえ、ギルバートの味方についていることには変わりないから、警戒を怠れない。」
「それがお兄様が難しいお顔をなさっていた理由ですのね?」
「・・・・・・ああ、フィルだけは僕の味方でいてくれると思っていたからね。」
これもサラが話していたもう一人の『記憶持ち』の仕業なのだろうか。それとも、なるべくしてなった事なのか。その判断もすぐには付けられない。
ソフィアは沈んだ表情のアルバートの様子に「お兄様にはこのソフィアがおりますわ」と力強く話した。
「夜会への欠席は上手く言っておきますわ。エルガー公爵家はスキャンダルの渦中。フィリップ様とて、伯爵閣下の意向もありましょうから、大きくは我が家から離れられないでしょうし。」
「そういうことだ。留守を頼むよ。」
「そういえば、エリントン卿が居ないのですから、ランスロット卿にお声かけなさってみては
? あの方も王太子殿下に近しい方でしょう?」
「レオンを? アイツは策略的なことや曲がったことが大嫌いな騎士だぞ?」
そして、くすりと笑うと「レオンの奴に腹芸は出来ない」と話す。
「ええ、だからこそ、ですわ。あの方に正直に話して、味方に引き入れられたなら、公正明大な方ですもの。きっとエリントン卿にもしっかり苦言を呈されますわ。そうなれば、お兄様の意見を王太子殿下も、エリントン卿も無視できないのではなくって?」
ソフィアとて聖マリアンヌ学園在学中に王太子殿下を挟んで、ギルバートとレオンが何かと言い争いをしているのは見ているし、言い出したら聞かない王太子殿下とレオンにギルバートが最終的に折れてきた経緯も知っていたから、そこに賭けてみたらどうかとソフィアは話した。
「それは些かリスキーな話だな。逆にこちらが追い込まれかねない。あれは本当に根が真っ直ぐなんだ。むしろ、なんでギルバートとつるんでいるのか分からないよ。」
そして「ギルバートに近付くよりはマシだけど、闇雲に近付いてはいけないよ」と諭す。
「では、今夜はご挨拶だけにしておきますわ。それと『エリザベス嬢をご存知なのか』程度でしたら、探ってみてもよろしいでしょう?」
「ね?」と首を横に倒し、甘えるように話すソフィアの様子に、アルバートは、渋々「世間話を装うことを忘れずに」と返し、重々しくため息を吐いた。
「・・・・・・噂のエリザベス嬢にも直接会って見極めないとならないな。」
「彼女は邸に籠りきりらしいではないですか。恐れ多くも大公殿下がお見舞いに訪れても門前払いにしたと聞いていますわ。」
「その事なんだが、レクシームで、エリザベス嬢と思しき女性とギルバートと思しき男性の二人が見かけられているようなんだよ。」
「ヴェールズ公国で?」
「ああ。」
今回も氷華の離宮のようにグニシア王室の管理下に置かれたか、はたまた、エラルド公国に逃げ出す可能性は考えていた。だが、レクシームでその姿が見かけられたとなると、訳が分からなくなる。
「正直、敵陣真っ只中に飛び込むとは思えないんだが・・・・・・。」
可能性が拭い切れない。
「大公殿下は明後日、こちらを発たれるんだったよな?」
「ええ。明後日、王都を出発なさって、週末にはカーラルに入られるかと。」
それを聞くとレクシームから線路を辿り、途中の所で手を止めて、ソフィアに「ついでに二、三日、留守を頼んでもいいかい?」と訊ねる。
「二、三日、留守って、お兄様、そんなに長くお出かけになるの?」
「ああ、ついでに寄りたいところが出来てしまったんだ。」
そう言って立ち上がると「夜会を楽しんでおいで」とにこやかに微笑む。ソフィアは「仕方ないですわね」と眉尻を下げた。
「お気を付けてお出かけくださいませ。それと必ずご無事に戻ってらして。」
少し拗ねたような、けれど、心から心配しているようなソフィアの様子に目を細める。
「僕がヘマを踏むとでも?」
「そうではありません。ただ、お兄様のお心を煩わせるエリザベス嬢が気に食わないだけですわ。」
グレイ侯爵に身売り同然で売られていく没落令嬢だと思っていたのに、茶飲み友達のイザベラの想い人を奪い失脚させただけでは飽き足らず、大好きな兄のアルバートと親友のフィリップを仲違いさせて、その心を煩わせる女など気に入る方が難しい。
しかも、自分の戦場である社交界に一人でふらりと出てくるなら、父の権力を振りかざして鉄槌を下す事も考えられるのに、エルガー公爵家の庇護下に置かれているばかりか、邸に籠りきりとなると手出しも出来ない。
「お兄様にまで何かあったら、私は刺し違えてでも、エリザベス嬢の命を貰い受けに行きますわ。」
殺気立つソフィアの様子にアルバートは「僕の妹は怒らせると怖いね」と苦笑した。




