追う者と追われる者(3)
本当なら『仲直りしておしまい』になるはずだった。
エリザベス自身、気持ちに踏ん切りも着いたし、ギルバートはエリザベスが持て余している自身の心さえを汲み取って、相変わらず自分を甘やかしてくる。
まさに砂糖漬けにされるみたいにして、じわじわと離れ難い気持ちにさせられている。
それは嘘ではない――。
だが、こんな道の往来でお姫様抱っこされるとなると「気恥しい」というのを通り越して、彼もまた「過保護すぎる」という思いになった。
「ねえ、ギル。お願いだから、下ろして!!」
「いいや、ダメだ。さっきの騒ぎで、足を挫いただろう?」
「それはそうだけど。でも、そんなに酷くないの。大丈夫、歩けるからッ!」
フードが外れてしまって、その見事なストロベリーブロンドの髪を露わにしたまま、エリザベスは首を横に振りながら、何度も下ろしてと頼んだ。
しかし、ギルバートは周りから生暖かいの視線に注がれても、涼しい顔でエリザベスを運び続けて、より人の集まる広場へと向かう。
「ほら、リジー。ちゃんとフードを被って。」
沿道には野次馬が増えていく。ギルバートは少しも下ろしてくれる気がないらしいから、エリザベスはフードを目深に被り直すと、まるでリスが冬眠する時のようにして丸まった。
「リジーがトラブルを引き寄せるタイプなのはよく分かったよ。」
「うう・・・・・・ッ。」
荷物を持って、先を進むのは、先程悪漢から助けてくれた人で広場まで親切にも運んでくれると話し、ギルバートがそれを了承したから驚いた。
「ほら、行った、行った! 見世物じゃないんだ。道を開けてくれ。」
彼がそういうと人垣はモーセの奇跡みたいにして、ふたつに割れてギルバートとエリザベスを通してくれる。
「ドレーク隊長、どうしたんですか?」
「元隊長な。あと、坂の上で誘拐未遂だ。何人か縛り上げて転がしてきたから、うまいこと頼む。」
「うへぇーッ。最近、多いんすよね。」
「分かったなら、さっさと仕事してくれ。」
「へーい。」
そういうと声を掛けてきた警邏隊の青年は、ギルバートとエリザベスに会釈して、来た道を上がっていく。
エリザベスは目の前を行く「ドレイク隊長」が警邏隊の関係者なのだと分かると、少し安心した。
「最近、多いんですか?」
ギルバートが尋ねれば「年頃の女性ばかりを狙って拐かすのが増えていますね」と端的に帰ってくる。
「妙な薬が流行ってるみたいなんですよ。興奮剤みたいな。取り締まってはいるんですがね。イタチごっこです。」
ギルバートの支えてくれる腕の力が強くなる。
だから、トムの姿を小さく見つけると、エリザベスは縋るようにして、トムの名を呼んでいた。
「ああ、トム・・・・・・ッ!」
助けてちょうだい――。
そう思ったものの、トムはこちらに気がついてもなかなか反応を示さず、幾ばくか考え込んだあと、無言のまま、そっと右手をあげて応えただけだった。
(手、上げてないで、助けてよ・・・・・・ッ。)
もどかしい思いをしているうちにも、ギルバートは早足でトムの方へと向かう。そして、市場の一角、少し開けたところに近づくと、ようやく近くに来てくれた。
「それで、いかがなさいました?」
「リジーが足を挫いてしまってね。」
「・・・・・・足を?」
すると、二人の後ろに追随していたフランシスが、後ろを振り返りつつ、眉を顰めて「トム、話は後だ」と遮る。
「ここを早めに発った方がいい。一応、主な奴らは部下に引き渡してきたが、さっきから追跡けられている。」
「なるほど、一悶着あったってことか?」
「ああ、彼女が人攫いに攫われそうになっていた。」
それを聞くとトムはため息を零し、ギルバートは「僕が付いていながら、申し訳ない。リジーも怪我させてしまった」と眉尻を下げる。
「いいえ、この程度で済んで何よりです。」
そして、トムは冷静に「必要な買い物は済んでいますか?」と訊ねた。
「いや、まだ八割と言ったところだ。着替えと外套まで買って、雑貨屋に移動したところで絡まれたから、石鹸や手ぬぐいなど、小物をいくつか買いそびれてしまった。」
「八割なら上等ですよ。不足分は次の街で調達すれば差し支えございません。」
そして「列車に乗ってしまえば、追っ手は巻けますでしょう」と言い、手早く荷物を背負い直した。
「フラン、そのまま荷物を運んでくれると助かる。」
「元よりそのつもりだ。」
「それから、ギルバート様もそのままエリザベス様を運んで頂けますでしょうか。治療は列車に乗ってから致しましょう。」
それにはエリザベスが慌てて「え? ちょっと、トム?!」と咎める。しかし、トムは首を横に振ると「ここまで目立ってしまうと、急いでここを立ち去った方が良いです」と言い切った。
「幸い、この広場から駅まではそう遠くない。駅のプラットフォームに入ってしまえば追われていても警備員もいます。簡単には追い付けないでしょう。」
そう言うとギルバートも「そうだな」と頷き、再び、エリザベスを抱えたまま歩き出す。
「というわけで、リジー。もう少しこのまま運ばれててね。」
「な・・・・・・ッ?!」
エリザベスはギルバートに捕まりながら、いっそ気を失ってしまいたい心地になった。
◇
どうしてこうなった――?
そう思うことは、今までの18年間、何度もあった。
「リジー。ほら、こちらに足を乗せて。」
「・・・・・・い、いい。列車を降りてからでも平気よ。」
「ダメだよ。早めに冷やさないと悪化するよ?」
いや、だからといって、この開放的なトロッコ列車の車両でやるような事なのか。エリザベスが困っていると、ギルバートは「ほら、痛めた足を出して」と自分の膝を叩く。
「いや、でも・・・・・・。」
ここにアンが居てくれたなら、きっと上手くとりなしてくれただろうに、生憎、ここにいるのは、トムと、もう一人、先程の男性だけだ。
「お嬢様、御御足を怪我していらっしゃるんでしょう? 早めに冷やさないと腫れ上がって歩けなくなってしまいますよ?」
トムにまで追い討ちを掛けられて、いよいよ言い逃れが出来なくて言葉に詰まる。
足は確かに痛いし、冷やしたい。
けれど、丈の長い靴下を取るには、ブリーチを履いている三人とは違って、ワンピースドレスを捲って、太もも近くで止めている靴下止めを外さないといけない。
(・・・・・・ああ、なんでアンでもレベッカでもいいのに、ついてきてくれなかったのッ!)
そう思って半泣きで顔を赤くしていると、後ろの席に座っていた女性から、不意に「その子が怪我しているのは本当かい?」と尋ねられた。ギルバート達の目が一斉に後ろの座席に座る女性に注がれる。
「お嬢ちゃん、どうなんだい?」
フリルのついた黒い山高帽を被り、ニットのショールを掛けた女性は、険しい表情で男三人を睨み返しながら訊ねてきた。
「あ、足を挫いたのは、本当のことなんです・・・・・・。」
「そうかい。それなら治療はした方がいいね。幸い、私の家は隣駅にあるから、そこで治療したらどうだい?」
その提案にフランシスが眉頭を寄せて「捻挫程度、こちらで応急処置は出来る」とぼそりと答えると、その女性は「これだから気が利かない男どもはいけない」と呆れた声を上げた。
「本当、デリカシーに欠けるねえ。このお嬢さんが気にしてるのは、そんな事じゃないんだよ。そうだろ? お嬢ちゃん。」
ギルバートが心配そうな顔で「リジー、そうなの?」と訊ねてくる。
「え、あ・・・・・・、うん・・・・・・。」
小首を傾げるギルバートの様子に、エリザベスは言いにくそうに頷き「ここでショースを脱ぐのはちょっと」と話せば、三人はようやく有心したのか、狼狽し、一拍置いて「なるほど」とか「そうでしたか」とか、各々バツが悪そうに答えた。
「・・・・・・奥様もご親切にありがとうございます。」
「やだよう、奥様だなんて。」
くすくすと笑う女性は目尻に皺を寄せて笑う。
「でも、三対一で囲まれてて、無理難題を言われてるだろう? だから、少しばかりお節介をね。」
「いえ、何と言ったら良いか困っていたので、助かりました。」
エリザベスがそう言って取りなせば、赤毛の女性はにこりとして「私はエイダ。隣町で薬屋を営んでいるんだよ」と話す。
「私はエリザベスです。それと彼はギルバート。私の婚約者なんです。」
「へえ?」
エイダは品定めをするような目でギルバートを見る。ギルバートは少し居心地が悪そうに笑みを返した。
「そっちの二人は? どちらかの親父さんにしては顔は似ていないけれど。」
「むかって右の彼は、トム。うちの家事使用人でコックだったんですけど、今は護衛をしてくれています。」
「コックが護衛?」
「・・・・・・ええ、そうなんですよ。人手不足でして。」
トムはいつの間にかさっきまでのピリピリとした空気をすっかり引っ込めていて、隣に立つフランシスを見ると「こっちはこの辺りに詳しい知人でして、フランシスと言います。無愛想な奴ですが、根は悪い奴じゃないですよ」と話す。
それには、ギルバートとエリザベスは顔を見合わせた。
「ねえ、トム。その事だけど、こちらの方とお知り合いなの?」
「へ?」
「窮地で助けてくださって、お言葉に甘えて、荷物も運んで頂いたのだけれど・・・・・・。」
どうして一緒に列車に乗っているのか?
そう言いたげなエリザベスの様子に、トムは小さく「あ」と言うと苦笑いを浮かべた。
「お前・・・・・・。」
「あー、なんだ、そう怒るなよ、フラン。」
昨日、話そうとしていたのにギルバートとエリザベスの喧嘩ですっかり忘れていた事を思い出して弁解したものの、フランシスにじっとりとした眼差しで睨まれる。
「まさかとは思うが同行を頼んでおきながら、御二方に何の話もしていなかったのか?」
「あー、その、なんだ。昨日は色々と忙しくてだな。」
そう言って誤魔化して「ねえ」とギルバートとエリザベスに同意を求めれば、再び顔を見合わせて「それもそうだね」と頷く。
トムはコホンと一つ咳払いし「彼はフランシス=ドレーク。この辺りの警備を任されている一個小隊の隊長で、カーラルまで護衛してくれます」と紹介した。
「カーラル? あんなところまで行くのかい? それなら、グニシア王国を抜けた方が早そうなものを。」
驚いた様子のエイダに、フランシスも「そういう反応になるよな」と頷く。
しかし、ギルバートは目を細めてエリザベスの手を取ると「途中、星がとても綺麗に見えるところがあると聞いてきたんです」と熱っぽく微笑んだ。
「何でも星が降り注ぐように見えるとか。それに夫婦円満のジンクスがあるんでしょう?」
「ああ、恋人峠の事かしらね。確かにあの辺りは絶景に違いないわ。」
エイダも納得したのか頷きつつ「でも、お嬢さんが怪我したとなると、あの崖のような峠を登るのはきついんじゃないかしら」と話す。
「そうなの? ごめんなさい、ギル。楽しみにしていたのに。」
「問題ないよ、カーラルにも雰囲気の良い古城もあると聞いたから、そっちを見に行こう。星の方はまた別の機会に見にくればいい。」
そう言ってエリザベスを気遣うギルバートの様子に、エイダはすっかり気を許したのか、「二人とも仲が良いんだね」と目を細めた。
「だが、途中下車して治療となると、下手すれば大きく旅程がずれてしまわないか?」
「ああ、一週間以内には移動したいが、一日、二日どうってことないよ。」
フランシスがトムを小突いて訊ねると、トムは眉尻を下げて言外に含みを持たせた言い方をする。フランシスは「俺にまだ何か隠しているのか?」と苦々しげな顔になった。
無事に辿り着きさえすればそれで良い――。
追われる者からは離れ、可能な限り一般観光客と紛れて、目立たずヴェールズ公国を縦断し、首都のカーラルに入り、大公殿下の元へ向かう。
「いや、隠し事はない。だが、危惧してることは幾つかあるんだ。」
ギルバートとエリザベスが、エイダと楽しげに話し始めたのを見て、トムとフランシスは小声で始める。
「昨日の話だと、殿下にお会いし、辺境伯領に抜けるんだったろう?」
「ああ、だが、お嬢様はあの通りの方だ。トラブルを避けても避けても湧いてくる。」
まず容姿。妙齢の女性というだけでなく、その美しいストロベリーブロンドの髪は、高値を付ける人買いも多いから人攫いに狙われやすく絡まれやすい。
次に家柄。貴族の中にあっては男爵家と蔑まれる事はあっても、一般の民からすれば「お嬢様」だし、これまた身代金目的の人攫いに狙われやすい。
そして、極めつけはグ二シア王国からの追っ手。エリザベスが、公爵家の邸にはおらず、グ二シア王国外へ出ているとバレれば、十中八九、正教会が法外な懸賞金をかけてでも、自らの面子を保つために彼女を捕らえようとする。
「それで『他の奴を付けるのでは足りない、俺じゃなきゃダメだ』って話になったんだな。」
「ああ。レクシームでも早速巻き込まれたんだろう?」
そう言ってトムがボヤけば、フランシスも「見事な絡まれっぷりだったな」と頷く。
「ギルバート様、だっけ? 彼が店員を呼びに少し離れた途端、物陰から現れた男どもに連れ去られそうになっていた。」
たまたま自分の雑貨を買いに立ち寄っただけだったが、口を塞がれて連れ出されそうになっているエリザベスの姿を見つけたら、自然と身体が動いて組み伏せていたのだとフランシスは話す。
「レクシームに来るまでに手持ちの物はほとんど失い、着いたら着いたで攫われかける。しかも、それが日常ときたら、エドガー様も気が気じゃあるまい?」
「ああ、だから、手元に大事に置いていたんだが、いよいよそれもままならなくなってきてな。邸に置いておくどころか、グ二シアにいることさえ、危険になってしまったんだ。」
「それで目くらましに、ヴェールズに送り込んだというわけか?」
「そういう事。」
車窓から入ってくる風は涼しく、エリザベスはフードを抑えながら乗っている。
「一日、二日で追い付かれるとは思ってはいないんだが、レクシームのように目立つことは避けたい。」
「だが、今日あれだけ目立てば・・・・・・。」
「ああ、恐らく腕利きの『影』なら、情報を主の元に持ち帰るだろうな。だから、途中下車して治療するなら、むしろ二、三日、この辺りで潜伏していた方が良い。敵がどう動くか確認しないとならんだろう。」
それを聞くとフランシスは「はあ」と重々しいため息を吐き、「本当、厄介事持ち込みやがって」とぼやいた。




