誘拐犯は旦那様?(4)
レクシームの門番は、一瞬、自分の目を疑った。
「ちょっとだけ、門を閉めるのを待ってくれ! こいつら、とっ捕まえたんだけど、一人じゃ全員は連れて来られなかったんだ。」
一頭の馬の背に顔をボコボコに腫らした男を、涼しい顔で乗せてやってきた男の様子に、ギョッとさせられる。
「そいつは?」
「ここらを根城にしていた盗賊団の頭だ。指名手配になっているらしいんだが・・・・・・。自慢げに『賞金首なんだ』と話してたから、こいつだけ連れてきたんだ。えーと、名前、何だっけかなあ、岩窟の・・・・・・?」
「もしかして盗賊団『岩窟の竜』の頭ッ?!」
「おう、それそれッ!」
門番は訝しがりながらも、人相のすっかり変わった頭の手配書を取り出してきて、「えーっと」と言いながら特徴を一個一個確認する。
「こいつのお仲間も、根城にしているあたりに、手近にあった縄でぐるぐる巻きに縛り上げて転がしてきたんだが、誰か助っ人を貸して貰えないか?」
「・・・・・・だ、だが。」
「あー、俺のことが信用ならないよな。」
門番が大きく頷くから、男は「だよな」と苦笑して「嘘を吐いている訳じゃないってのを上手く証明できないんだが」と、ゴソゴソと肩掛けにした鞄の中を探ると身分証を差し出した。
「グニシア王国在住、トム=エヴァンズ・・・・・・。」
「おう。ここで待っているから『トム=エヴァンズが土産を持ってやって来た』と言っていると、フランシスのやつに伝えてくれないか。」
「フランシスと言うと・・・・・・、ドレーク長官にですか?」
「そうだ。門番なら連絡が着くだろう?」
恐る恐る門番が、手形をひっくり返して確認すれば、エドガー=スペンサーの名前が保証人として裏書されている。
「エドガー=スペンサーって、ま・・・・・・さか・・・・・・赤鬼の・・・・・・。」
「おう、そのトムだ。フランシスのやつなら、俺の事をよぉく知ってると思うから繋いでくれると助かるんだが・・・・・・。」
「しょ、承知しましたッ!」
それを聞くと門番は上擦った声で返事をして、慌てて上官の元へと走っていく。それを見ていた盗賊団の頭は「ひひゃま、なにもんら」と訊ねた。
「んー? 『貴様、何者だ』で合ってるか?」
顔を腫らして、口の中も切っているのだろう、上手く呂律が回っていない様子の男が頷くから、トムは「ここらの生まれなら『泣く子も黙る赤鬼のトム』の話は聞いたことはないか?」と訊ねる。すると、盗賊団の頭は「あんなのおとぎ話だろう」と舌っ足らずに顔を歪めながら話した。
「いいや、あれは残念ながらおとぎ話じゃないんだ。俺自身の話さ。」
戦時中、頭にきて、一人で一個大隊を相手取った話が、立派な背びれ、胸びれ、尾ひれが、それこそミノカサゴ並にくっ付いて武勇伝となり、「血染めになった赤鬼のトム」だなんて二つ名までもらう事態になったわけだが、スペンサー家のコックになってからは荒事にはめっきり離れてしまっていた。
「ああん? ありゃ、一個大隊を一人で潰した話だぞ?」
「ああ、半分くらいやっつけたところで、敗走して行ったんだけどな。追っかけていって、隘路に追い詰めた後、両側から罠に掛けたのさ。」
仕掛けて置いた罠が働いて、一瞬のうちに土砂に埋もれさせる。トムがあまりに淡々と話すからか、盗賊団の頭だと言うのに恐怖で怯えた目になり、先程までの文句タラタラだった態度とは打って変わって青ざめる。
「だいたいあんたは悪ぶっていそうだが、どうせ大したことはしてないんだろう? 喧嘩を吹っ掛けるなら、相手を見てやらないとなあ。それに、相手が格上だと分かった時点で、潔く負けを認めた方がいいぞ?」
「けッ、説教なんて聞けるかよッ!!」
「んー? じゃあ、もう一回伸しておくか?」
「ああ、やるっていうのかッ?!」
噛み付かんばかりに吠える男が暴れようとすると、トムは煩わしそうに「芋虫の状態でどうするんだよ?」と呆れながら、馬から下ろして地面に転がす。すると、ちょうどよく門番が警邏隊の男を連れて戻ってきて、二人して「お力添え下さりありがとうございます」と頭を下げてきた。
「急ぎ、他の隊員を盗賊団『岩窟の竜』の残党狩りに向かわせることと致しました。」
そう言うと警邏隊の隊員は、今にも噛み付いてきそうな目で睨む盗賊の頭に「お前はこのまま拘置所行きだ」と告げて引っ立てようとする。トムは「そいつ、人を殺していないようなら、俺がしこたま殴った分くらいは減刑してやってくれ」と苦笑混じりに伝えた。
「余罪は色々ある奴なので何とも言えませんが、エヴァンズ様よりお申し越しがあったとお伝えします。」
「・・・・・・エヴァンズ様なんて言われるとむず痒くって仕方ないな。」
それから嵐のような出来事に残業を余儀なくされていた門番に「仕事上がりのタイミングですまなかったな」と笑って、戻ってきた身分証を手にしながら「閉門時間後なんだが、『里帰りのため』で、街に入らせて貰えないかい?」と申し出る。
「明日じゃないとダメだって言うなら、軒先貸してくれると助かるんだが・・・・・・。」
「ご安心ください。閉門の一分前に到着なさった事にしておりますから、お申し出の内容のまま受理致します。」
「そりゃ、ありがたい。」
そして、通行許可証にサインするタイミングで「そう言えば、お連れ様でしょうか? 『トムという男が来たら、宿屋にいると伝えて欲しい』と仰っていました」と教えてくれた。
「良かった、無事に着いていたんだな。」
トムが安堵の表情になると、門番は「良い旅を」とニコリとする。トムは「俺もそう願うよ」と言うと、連れてきた馬を引き連れて、大門を潜り抜けた。
「とんだ手土産を持ち込んでくれたな。」
大門を出たところで、先程、盗賊団の頭を連れていった隊員とは、制服が若干異なる警邏隊の男が立っている。
「おお、フランシスじゃないかッ! 久しぶりだなあ。」
「久しぶりだなあ、じゃねえよ。手土産にしては、盗賊団の頭は仰々しすぎるんじゃねえか? だいたい家族もいないのに里帰りって何しに帰ってきたんだ?」
「んー、手土産は手っ取り早く金が欲しかったから連れてきたんだよ。馬車を一台ダメにしちまったからな。」
「馬車? 行商でもしに来たのか?」
トムは「お前の皮肉は相変わらずだなあ」と苛立ちを露わにするフランシスにおっとりと笑って見せた。
「行商の旅ならどれほど気が楽だったか。今はエドガー様の密命を遂行中なんだ。」
「・・・・・・密命だと俺に行ってしまえば、密命では無くなるんじゃないか?」
「ああ、そうだなあ。だが、俺とお前の仲だろう? エドガー様の元で同じ釜の飯を食ったもん同士、少し力を借りたいんだが頼めないか?」
「・・・・・・聞かなかったことにしてもいいか?」
「それがなあ、貴国の大公殿下も関わってくる話なんだよ。」
「頼む、本当、聞かなかったことにさせてくれ・・・・・・。」
しかし、トムはニコニコとして「俺の作ったミートパイ好物だったよな?」と言って間合いを詰めてくるから、フランシスも断れない事を悟ってため息を吐く。そして、「それで俺に何をさせたいんだ?」と、半泣きの表情で天を仰いだ。
◇
それから数時間後――。
「トム・・・・・・ッ!!」
ノックされたドアを開けて、トムの元気そうな姿を見ると、エリザベスはあからさまに安堵の表情になった。
トムが約束の宿屋に着いたのは、九時過ぎでチェックインの時間としては大幅に遅れていた状態ながら、宿屋の店主は昔のよしみでトムを素泊まりで泊めてくれたらしい。
「すみません、色々と後片付けに時間がかかってしまいました。」
盗賊団の一味を捕らえた分も報奨金を上乗せしてもらって受け取ったり、フランシスの家に立ち寄って簡単ミートパイを作ったりしてから来たから、かれこれ門を潜ってから四時間ほど経っていた。
「ひとまず、色々と資金調達はして、当初の通り馬車を売ったくらいの逃亡資金は得られましたし、ヴェールズ公国内に限りますが、信頼のおける護衛が一人、付いてきてくれることになりました。」
「護衛・・・・・・?」
「ええ、ここいらの警邏隊を取り仕切る長官をしている男ですので、腕っ節だけじゃなくて顔も利きます。」
それを聞くとギルバートは「エドガー様の側近は有能な人ばかりだな」と表情を崩す。
「本当、無事に戻ってきてくれて何よりだよ。これでリジーもトロッコ列車に乗ってくれるよね?」
しかし、その問いに対して、エリザベスは表情を曇らせた。
「リジー。トムが帰ってきたら、トロッコ列車に乗ると約束したはずだよ?」
「ええ・・・・・・、確かに約束したわ・・・・・・。でも・・・・・・。」
「『でも』は聞けないよ。君は自分を人身御供にして、僕だけ助けようとか思っているみたいだけれど、それは受け入れられないと何度も話しただろう?」
ギルバートが冷たい声色で突き放すようにして話すから、エリザベスは口を引き結んで俯いてしまう。トムはそんなエリザベスの様子に「何か気掛かりですか?」と優しく声を掛けた。
「お嬢様、トロッコ列車がお嫌なんですか?」
エリザベスは小さく首を横に振り、眉間に皺を寄せて「この旅は危険だわ」とポツリと呟く。そして、ギルバートに「私たちはともかくギルはダメよ」と告げた。
「元々、ギル、いいえ、ギルバート様との『恋仲』の話は、王太子殿下の言ったことを誤魔化すためでした。けれど、今はその時とは状況が違います。」
今のエリザベスは『王女』として持ち上げられるどころか、『異端者』として正教会に審問会に召集されるような身の上になってしまった。
「男爵家筋の令嬢と身分違いの恋を実らせた。それなら、確かにロマンス小説のヒットで世論を味方に付ければ、さほど経歴には傷を付けずにすみます。けれど、異端審問となればそうはいかないでしょう?」
こうなった以上、ギルバートと婚約関係を続けることは、例え今回の異端審問の件が不問とされた場合でも、彼の経歴に傷を付けてしまう事になる。
「ギルバート様、私の名前が『神の誓い』なら、あなたの名前は『輝かしい願い』。公爵様はあなたを大事に思っていらっしゃいます。」
それに公爵家の家族達も、使用人達も――。
エリザベスが伯父家族やその雇われ使用人達に冷遇されていたのとは違い、タウンハウスでも、エリントン領のマナーハウスでも、誰もがギルバートを大切に思い敬っている。
「あなたはこんな所にいてはいけないわ。トムが戻ってきたなら尚更・・・・・・。私はトムと一緒にヴェールズ公国を抜けて、辺境伯に助けを乞う。けれど、あなたは戻らなくては。」
「リジー、僕は君を手放す気はない。」
しかし、エリザベスは首を横に振る。
「・・・・・・今までが幸せな夢の中にあっただけよ。辺境伯が助けて下さらない時は王立教会付きの修道院にでも駆け込むわ。」
きつく拳を握って、うるうると目を潤ませた状態ながら、エリザベスは不格好に笑みを浮かべた。
「あの時、交わした契約はここまで。これ以上はダメよ。『婚約ごっこ』は、もうおしまい。」
ギルバートが目を三角にして「聞けた話か」と低く唸る。トムは、今にもエリザベスに襲い掛かりそうなくらいに苛立ちを露わにしたギルバートから、咄嗟にエリザベスを護るようにして立ちはだかる。そして、睨み付けてくるギルバートを制した。
「ギルバート様、どうかお嬢様に時間をください。」
「時間。」
「ええ、お嬢様はお疲れなんです。」
エリザベスは「いいえ、トム」と口を開いたものの、首を振って遮る。
「お嬢様は、まずは美味しいものでも召し上がって、少しお休みになられたほうがよろしいかと。」
「トム、私の考えは変わらないわ。」
しかし、エリザベスの呼び掛けには答えずに、トムは「ギルバート様、どうかお願い致します」と改めて申し出た。
「リジーがそれで落ち着くなら、僕はいくらでも待つよ。僕も、今日はもう疲れた・・・・・・。悪いけど、部屋を交換してくれないか?」
「ええ、構いません。部屋は斜め右の部屋です。」
重い足取りでギルバートが部屋をあとにする。そして、パタンとドアが閉まると、トムは「はああ」と大きなため息を吐いた。




