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誘拐犯は旦那様?(3)

「トム、どうした?」


 馬車がガタガタと大きく揺れ、咄嗟にエリザベスを支えたギルバートが声を掛ける。


「後ろから数騎来ます。盗賊か、追っ手か、いずれにせよ、荷物とこの馬車は諦めた方が良さそうです。」


 エリザベスに頭を低くしておくように言いながら、ギルバートは気を付けて後方を覗き、舌打ちをする。


「あと少しだと言うのに・・・・・・。」

「このままのスピードで走らせては馬がバテてしまいます。飛び降りて物陰に隠れるか、馬だけで逃げるか。」

「物陰に隠れても見つかったらそれまでだ。馬だけで逃げよう。」


 そう言うとギルバートは荷物から木札をエリザベスに手渡し「それは僕らの通行手形だから無くさないようにポケットにでも入れて置いて」という。


「弓はいるか?」

「いえ、それはギルバート様がお持ちください。剣が一振りあれば、あとは切り抜けます。」

「分かった。リジーはこちらへ。」


 弓を背負い、矢筒を腰に下げたギルバートに手を引かれて、馬車の前の方に行くと、かなりの猛スピードで進んでいるらしく強い風に出迎えられる。


「僕が『離せ』と言うまで、何があってもこの手摺から手を離さないで。」


 バタバタと馬車の幌が波打つ中、ギルバートは器用にトムの側まで行き、少し話していたと思うと、トムの「いち、にの、さんで行きますよ」と言う言葉に大きく頷き、片方の馬の手網を握る。


「いち、にぃの、さんッ!!」


 と、トムとギルバートは二頭の馬の手綱をそれぞれ強く引き、疾走していたのを無理に止めると、馬と馬車を繋いでいたハーネスを断ち切って鞍馬(あんば)か跳び箱をするみたいにして飛び乗った。


 馬車が大きく揺らぐ――。


 一方、ギルバートは後ろ足だけで立ち上がった馬から振り落とされないように気をつけていなすと、その首を馬車の方に向けさせて、振り落とされそうになっていたエリザベスの腰を捕まえて「手を離せッ!」と怒鳴った。


 掴んでいた手摺りは地面と垂直に立っていたはずなのに、手が離れた瞬間から傾いでいき、ギルバートに馬の背に引き上げられる頃には轟音と共に地面と平行になっていく。


 横転する――。


 道いっぱいに馬車の後ろの部分が横倒しになり、その隙を狙って飛んできた矢を、同じくもう一頭の馬にいつの間にか乗り移っていたトムが立ち塞がるようにして払い落とす。


「ここは任せて、先に行ってくださいッ!」


 次々と飛んでくる矢を防ぎながら、叫ぶようにして言われると、ギルバートも同じように飛んできた矢を防ぎながら馬を走らせ始めた。


「トムッ!!」

「リジー、しっかり掴まっているんだッ!」

「でも、トムが・・・・・・ッ。」


 一人残されたトムの姿はぐんぐん小さくなり、距離が開いていく。


「今は逃げるのが先だ。僕らが居ても、足でまといになってしまうッ!」


 そう言われると、エリザベスもそれ以上は強く言えなくて、胸の潰れる思いをしながら、ギルバートにしがみつく。

 風が結っていた髪を解れさせて、目を開けば泣き出してしまいそうなのをギュッと堪える。


 馬はいったいどれくらい走っただろうか。ギルバートが馬を宥めて落ち着かせたのは、目指していた街の門が見えた頃だった。


「・・・・・・リジー、もう大丈夫だ。ここまで来れば、あいつらも襲って来ないだろう。」


 けれど、ギルバートの声を聞いても頷くことしか反応できずに、まだその胸にしがみついたままだった。


「怖い思いをさせたね。」


 目を泳がせているエリザベスの様子に、ギルバートは申し訳なさそうに声をかける。


「トムは・・・・・・?」

「トムとは次の街、レクシームで落ち合う約束になっている。」


 しかし、エリザベスは声を震わせて「それはトムが無事だった場合でしょう?」と呟いた。


「ああ、さっきは君を護ることが最優先だったからね。」


 ギルバートはいつになく鎮痛な面持ちになる。


「トムが帰ってこなかったら? そしたら助けに戻ってくれる?」


 しかし、ギルバートは「それは出来ない」と言うと「残酷な選択だけど、二人で旅を続ける」と答える。


「大事なのはリジー。君をカーラルのエドガー様のところに連れていくことだ。」


 何も言えなくなってしまったエリザベスは、ギルバートの胸元に顔を埋める。

 そして、二人して無言のまま国境の街「レクシーム」の入口まで向かった。


 ◇


 レクシームはヴェールズ公国の北東の玄関口ながら、牧羊と幾ばくかのえん麦の作付で成り立っている街だと、数年前、家庭教師に習ったように思う。

 しかし、目に飛び込んできたレクシームの街はもっと華やかで賑やかだった。どうやらノーランド王国との交易が増えて、活気づいているらしい。


「リジー、通行手形を貸して。」


 ギルバートに言われて我に返り、ポケットから木札を取り出して手渡すと、いつの間にか検分の列は進んでいて、エリザベスは目立つ髪色を隠すために、ローブに付いているフードを被った。


「次。ええっと、グニシアから二人だね。目的は?」

「観光だ。」

「そうか。だが、旅人にしてはやけに身軽だな。」

「いや、さっき物盗りに襲われてね。馬一頭と僅かな貴重品で命からがら逃げ出してきたんだよ。」


 ギルバートはその場に足踏みさせるようにして、むずがる馬を宥める。


「そうか、そいつは不運だったな。」

「しかも、連れが一人はぐれてしまってね。万が一、はぐれた時は、この街で落ち合う手筈になっているんだ。もし、トムという男が来たら宿屋にいると伝えてくれないか?」


 ギルバートと街の門番とのやり取りを聞きながらも、エリザベスは心ここにあらずで、来た道の方を眺めてトムの姿が現れないかと見つめていた。

 一方、門番は「ここらの盗賊に襲われたならやってくるかどうか」と渋い顔をしたものの、ギルバートが「明日の昼までに来なかったら諦めるつもりだよ」と言えば「それなら、閉門までに来たら伝えるよ」と了承してくれた。


「リジー、先に宿屋に向かおう。」


 エリザベスが言葉なく、こくりと頷いたのを確認すると、ギルバートはようやく落ち着いた馬から下りて、手綱を引くと大門を潜る。

 石組の立派な大門を潜りきれば、その先は賑やかなレクシームの街だ。それでも、後ろをチラチラと気にしているエリザベスの様子に、ギルバートは努めて明るい声で「きっと大丈夫だ」と話した。


「エドガー様が『トムは無類の剣士だ』と太鼓判を押していたし、トム自身も『おばけかぼちゃを切る方が大変だ』と言っていたんだ。きっと来るよ。」

「そう、よね・・・・・・。」


 レンガを敷きつめた床石をカチャカチャと馬の蹄鉄が耳障りな音を立てる。その音は石造りの大門の壁に反響して、二人の沈んだ気持ちに拍車をかける。十メートル足らずの大門なのに、そこを通り抜ける間の時間と距離が、やけに長く、遠く感じた。


「さあ、着いたよ。レクシームだ。」


 ハーフティンバーの黒と白のコントラストの鮮やかな建物がいくつか並び、カラフルな花を飾っている露店も出ていて、行き交う人を呼び止めるようにして、店員が客寄せをしている。


「ああ、トムが言っていたのはこの宿だな。」


 ギルバートの呟きにエリザベスも宿屋を見れば、二階建ての、恐らく個人経営の宿屋なのだろう。ギルバートが泊まるにはやや質素な外観の宿屋が建っていて、エリザベスもようやく馬から下ろしてもらった。


「厩舎に馬を預けてくるよ。ここにいてくれる?」

「え、ええ・・・・・・。」


 ギルバートはエリザベスに気を使ってか、いつもより口調は淡々としていたものの、視線は逆に気遣わしげで「すぐに戻るから」と宿屋の裏手へと馬を引き連れて姿を消す。


 エリザベスはその様子を眺めて、それから壁に凭れるようにしてギルバートを待った。


 見知らぬ街に一人。


(・・・・・・危険が迫っていることは知っていたのに。)


 トムも、ギルバートも警戒を怠ることがなかったからこうして助かったようなものの、一人きりで街角に残されると、酷く心細くって堪らなくなる。


(これから、大丈夫かしら・・・・・・。)


 トムと離れてしまったこともだが、いざとなったら、このままギルバートと自分だけでヴェールズの南まで縦断しなければならない。しかも、今回と同じように、道中は危険と隣り合わせで、いつ何時(なんどき)、どんなところで襲われるか分からない。


『なんで、あんたがギルバート様といるの!』


 サラに言われた言葉が今更ながら胸に突き刺さる。


(国一番の公爵家の令息と、かたや庶民上がりの男爵家、しかも居候令嬢だなんて、やっぱり傍にいるべきじゃなかったのよ・・・・・・。)


 どんなに心惹かれても、王太子殿下であるオリバーの覚えめでたいギルバートが自分のせいで危険な旅に出ているのだと思うと胸苦しさを覚える。


「リジー、お待たせ。」


 そう声をかけたギルバートは、やけに思い詰めた表情のエリザベスの様子に「何かあった?」と訊ねた。


「・・・・・・ううん、何も無いわ。ただ、少し考え事をしてたの。」

「考え事?」

「ええ。もし、トムが来なかったらって・・・・・・。」


 そしたら、この駆け落ちごっこは「おしまい」にした方がいい。これは一回目の時とは違って、危険の伴う駆け落ちだ。


「もし、トムが来なかったら、エドガー様に報せを出して、二人でトロッコ列車に乗る。タイムリミットは明日の午後一時。それはトムも承知していることだよ。」

「私は行けそうにないわ・・・・・・。」


 ギルバートから逃げるようにして宿屋の中に入る。ギルバートは顔を強ばらせて「どうして」と追いかけてきたものの、宿屋の主人と目が合い「いらっしゃい」と言われると、それ以上は「続きは部屋で話そう」と問うのを止めた。


「トム=エヴァンズの名で予約している者ですが。」


 すると、宿屋の主人は「ああ、飛脚便で知らせがきていたね。副長の連れかい?」と親しげに笑う。


「副長?」

「ああ、大昔だけれど、私はエヴァンズ副長の隊に所属していたんだよ。裏で馬でも預けているのかい?」

「・・・・・・それが道中、物盗りに襲われて、はぐれてしまったんです。」


 そう話せば、宿屋の主人は「ああ、それは物盗り達にとって災難だなあ」と苦笑した。


「今頃きっと、寝物語に聞かされてきた『ブラッディ・トム』の逸話が、嘘じゃなかったと思い知らされているだろうよ。」

「『ブラッディ・トム』ですか?」

「ああ、エヴァンズ副長の二つ名さ。剣を一振り持たせれば、一騎当千。泣く子も黙る赤鬼のトムってね。」


 宿屋の主人はそう話すと、「だから、そんなに心配せんで大丈夫だ」と沈んだ表情のエリザベスにもニコリとした。


「部屋にご案内しましょう。どうぞ、こちらへ。」


 ギルバートはまだ沈んだ表情のエリザベスを元気づけるようにして、力強く手を繋ぐと宿屋の主人の後をついていった。

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