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誘拐犯は旦那様?(2)

 翌日、馬車に揺られて辿り着いた先は、山と山の間に挟まれた窪地にある町だった。石造りの平屋が何軒かあるだけの小さな町ながら、馬を替えさせてもらった後、トムは荷造りしながら「もうひと頑張りです」と話した。


「この町を出れば、次の町のレクシームはヴェールズ公国になります。ここまで順調に来られている所をみると、影武者作戦が功を奏したようですね。」

「影武者作戦?」


 エリザベスが首を傾げれば、荷物を積みながらギルバートが「王立教会を出発する前に、ロバートが僕に、レベッカが君に扮してタウンハウスへ引き上げたんだ」と答える。


「ロバートとレベッカの二人が身代わりをしたの?」

「ああ、タウンハウスまでの短い距離だし、空でもいいかと思ったんだけど、ロバートが『念には念を入れておきましょう』と言ってね。」


 二人で引き上げた後は、そのまま邸に籠ることにして、時間稼ぎをしてくれる手筈になっているらしい。


「ロバートが僕の代わりをしてくれているなら、簡単な仕事なら捌く技量もあるし、今回、元々、婚約式後はゆっくり休ませてもらう予定だったからね。そう仕事も残っていなかったから、きっと上手くやってくれているよ。」


 ギルバートは荷台の上から手を差し伸べて、エリザベスをエスコートする。


「トム、レクシームに向かうのは分かったが、その後はどうするんだ?」

「その後ですか? 少し先にトロッコ列車の乗り場のある街がありますから、馬車を売って、その金でトロッコに乗って終点の町まで向かいます。カーラルまで行けば辺境伯領は近いですよ。」

「辺境伯領ってお祖父様が身を寄せようとなさっていた?」

「ええ、そうです。辺境伯が味方に付いてくだされば、現状の打開も見込めましょう。」


 しかし、御者台から聞こえてくるトムの明るい声に対して、ギルバートは表情を固くし、荷台に腰を下ろすと、相槌も打たずに考え込み始める。


「・・・・・・ギルは辺境伯領に行くのは反対?」

「ん? いいや、辺境伯領に向かうこと自体はベストな判断だと思っているよ?」


 そういう割には難しい顔をしているから、トムが言うように簡単には辺境伯領には行けないのかもしれない。


「でも、難しい顔をしているわ。」


 気になって、ギルバートに訊ねれば、動き始めた馬車の中で「リジーを盗られてしまわないかと心配していたんだ」と話した。


「大公殿下や辺境伯にとって、リジーはエドガー様を取り込む為にも、エルガー公爵家に恩を売る為にも都合が良いだろう?」

「そんな『盗られる』だなんて、大袈裟だわ。」

「大袈裟なもんか。もう何度、横槍が入っていることか。婚約式をしたって言うのに全く心落ち着かないよ? 正教会の手先として、あの女が異議申し立てしてくるだなんて思っていなかったし。」


 王立教会も正教会も、婚約式の後は儀礼的に四十日間の異議申立て期間の猶予を与えられる。

 とはいえ、普通はその期間に異議申し立てなんてほぼ起こらないから、婚約した者同士は、各々の家で最後の独身時間を過ごして、友人たちとパーティーをしたり、結婚式に向けての一番楽しい時間を過ごしたりする楽しい時間になるはずなのだ。


 それなのに――。


 現実はこうして昼夜を問わず逃げるようにして移動し、次はトロッコ列車ときている。


「辺境伯領に向かうのはベストだって思うし、急ぐ旅だって言うのも分かっているんだけどね・・・・・・。」


 どうしたって連日の仕事の疲れもあってか、妙にささくれだった気持ちになってくる。エリザベスはそう弱音を吐くギルバートの様子がやけに新鮮でくすくすと笑った。


「リジー?」

「ごめんなさい、でも、ふふッ。」


 手筈通りに進んだ「一回目の駆け落ち」の時と違って、今のギルバートはあの時の自分以上にやきもきしながら、「二回目の駆け落ち」の旅をしているのだと知ると、何故だが不機嫌そうな表情さえ愛しく思えて、エリザベスはくすくす笑うのを止められなかった。


「ギルも弱音を吐くことがあるのね。」

「そりゃ、僕も人間だからね。僕が弱音を言ってはダメかい?」

「いいえ、そうではないわ。むしろ弱音を吐いてくれることが嬉しいのよ。」


 令嬢たちのギルバートの評判は「冷静沈着」「謹厳実直」「有智高才」だ。イザベラ嬢のエスコートをウィンザー伯爵から依頼を受けてはいるものの、女性関係も浮ついた話はなく、夜会では王太子殿下の傍に控えている「月光の貴公子」。そんなギルバートが、怒ったり、ぼやいたり、こんなにも感情豊かな人だとは、きっと彼の上っ面しか見ていない令嬢たちは知らないだろう。


「うーん、情けない僕が好きってこと?」

「そうじゃなくて、気を許してくれているんだなって思って嬉しくなったの。」


 初めて会った頃のギルバートなら、どんな窮地に陥っても、こんな風に口に出して嘆くような事はなかっただろう。グレイ侯爵とオリバーの口喧嘩をじっくり聴きながら考えていたのと同じようにして、一人で抱え込んでしまった事だろう。

 そう指摘すると、ギルバートは「それならもっと弱音を吐こうかな」と笑った。


「臣籍に下れば王位継承権は謳えなくなるし、僕と婚約式を上げれば、リジーと穏やかな日々を過ごせると思っていたのに、ちっとも上手くいかない。」

「あら、安寧を手に入れるのは存外難しいって言ったでしょう?」

「困ったことにね。」


 異端審問なんておおごとになってしまったから、第一王妃らへのお披露目のお茶会と、フィリップ主催の晩餐会はスキップ。次は四十日後の結婚式と、その後の披露宴までにこのゴタゴタを片付けて丸く収めないことには先に進めない。

 ギルバートが「問題は山積みだよ」と苦笑するから、エリザベスは「弱音、いっぱいね」と笑った。


「ああ、でも、何とかしてみるつもりだよ。」


 ギルバートが答えると、不意にエリザベスは真面目な表情になり、少し気恥しそうに袖を引く。


「あのね、私は今のままでも『幸せ』よ。」

「ん?」

「スペンサー領のお邸にいた時は、いつも『何で私ばっかり』って思っていたけれど、今は『何て果報者なんだろう』って思っているの。」

「果報者?」

「うん、私のことを脅かす人もいるけれど、同じくらい守ってきてくれた人がいたんだって知ったから。」


 母も、ルーカスも、エドガーも。今まで気がついていなかっただけで、自分を慈しみ、守ってきてくれていた。


「それにね、お祖父様にエスコートされて進んで、祭壇前で待つあなたを見た時は心が震えたわ。」


 白いヴェールの向こうで、少し緊張した面持ちのギルバートが腕を差し出す。そして、その腕を取り、数段の階段を登る。たったそれだけのことなのに、あの瞬間、今まで抱えていた不安も不満もみんな消し飛んだ気がした。


「病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、私はあなたが傍に居てくれればそれだけで幸せ。」


 『安寧』とは程遠い毎日でも、愛する人がこうして傍にいてくれるだけで、簡単に幸せな心地になれる。

 そう言って微笑むエリザベスの様子にギルバートは胸がきゅうっと引き絞られるような心地になった。


「ギル?」

「僕の愛しい、プリンセス。」


 揺れる馬車の中で互いの声が聞こえる程度に、静かに唱えるようにして呼びかければ、エリザベスは困惑の色を露わにして、頬を赤らめる。

 そして、その仕草が一層の愛おしさを連れてくるから、ギルバートは堪らない気持ちになってエリザベスを引き寄せて、額に口付けた。


 父には兄がいて、母には姉がいて、オリバーにはレオンがいて――。


 自分など誰かの代わりでしかない、取るに足らない存在なのだと感じていたのに、他の誰でもないエリザベスが『傍にいてくれればそれだけで幸せだ』なんて口にするから、自分が特別な何かになれたような心地になる。


「ギ、ギル・・・・・・ッ。」


 声を上ずらせて、動揺を露わにするエリザベスの様子にギルバートは「ハハッ」と声を上げて笑う。


「もうッ! 揶揄(からか)ったの?」

「いいや、揶揄ってなんかないよ。でも、リジーが茹でダコみたいに動揺するから、つい。」


 むくれているエリザベスに、ギルバートは「本当だよ」と、はにかみながら弁解する。そして、エリザベスを抱き締めたまま「リジー」といつになく優しい声で囁いた。


「僕はもう君に会う前の僕には戻れそうにない。」

「私に会う前のギル?」

「そう、何もかも『二番手』でいることに甘んじていた僕にはね。」


 エリザベスに会うまでのギルバートは、何かにのめり込むようなこともなく、ただオリバーの側近として、目の前に課されたことだけをこなしていればそれで良かったし、それ以上のことを望むこともなかった。


「王太子の仕事を代行しても、僕が王太子になれるわけではないし、兄が宰相に立った今じゃ、僕が宰相になれるわけじゃない。社交界は母や姉がいるし、儀典統括の補助の仕事をしていても長官は別にいる。だからね、これほどまでに必死になることは今までなかったんだよ。」


 けれど、エリザベスに会い、他の令嬢達とは違って、地方行政ながら行政にも携わり、今までとは違った生活を過して行く中で、自分の奥底に潜めていた感情に気がついてしまった。


「僕も存外、自分が強欲だと気がついたんだ。」


 頭の中を過ぎったのは、エリザベスが黄金色の麦畑を見ながら満足そうに微笑んで、何なら彼女に似た幼い子がこちらに向かって歩いてくる、そんな景色だ。


「前の僕ならきっと辺境伯領には向かわずに、兄さんに頼んで、エラルドに行く方法を考えたよ。」


 それが多くのことを捨てて、忍び暮らすことになる選択でも、よりリスクの少ない選択をした事だろう。


「けれど、それではリジーに見せると約束した『黄金色の麦畑』を見せられなくなってしまうからね。エリントン子爵領を手放すわけにはいかなくなったんだ。」


 ギルバートが「だから、イチかバチかの博打だけれど、辺境伯の元に助力を願いに行くつもりだ」と口にする。


「それと異端審問については、ロバートが証人として立てる方法が残っていることにエドガー様が気付いてくださってね。サラの申し出自体が無効だと証明する事になった。」

「そんな事、出来るの?」

「ああ、あの時のロバートは『スチュアート商会の人足』としての身分証をエドガー様に作ってもらっていたからね。エドガー様と二人で証言すれば、正教会が()()()か、世間体を考えるなら、リジーの異端審問は取り下げになるはずだ。」


 大公殿下には、その間、サラやアルバートの足止めをするために、数日間、滞在期間を伸ばしていただくことになったのだという。


「エルガー公爵家だけでなく、グロースター辺境伯がリジーの後ろ盾になってくれれば、さすがのボイル公爵家でもリジーには手出しができなくなる。」


 グロースター辺境伯の持つ騎馬兵、海軍はグニシア王国でも随一だ。


「ちょっと思っていたのとは、違う形だけれどね、父さんとエドガー様を驚かせつつ、ヴェールズ大公に『救国の乙女を助けてくれ』って言ってハニームーンに出かけることにはなったってわけだよ。」


 と、不意にガタンと馬車が揺れて急に馬車のスピードが上がった。

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