表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/264

白百合姫と神託の巫女(7)

 その頃、サラはボイル公爵家のアルバートと馬車で相席していた。


「反対するだけならまだしも異端審問はやり過ぎではないか?」


 彼の隣に座っている男は、護衛をしている男で『シーク』という呼び名だと聞いている。


(隠れキャラのシークが出てくるとは思わなかったわね。)


 この上背のある男は、アルバートの家の暗殺者で、サラのことを警戒しているのだろう、獣が獲物を狙う時のようにしてじいっと自分を見ていた。


(アルバートは私のことを信用はしていない。)


 信頼度が高ければ、シークが出てくるはずもなく、このように品定めするような眼差しも向けなかっただろう。


「・・・・・・彼女は危険な存在ですわ。ゆくゆくこのグニシアを戦火に巻き込みます。」


 ストロベリーブロンドのエリザベスはまるで悪役令嬢の断罪シーンのようにして顔面蒼白になっていた。それに少し優越感を覚えたのは確かだが、前の世で推しだったギルバートに冷たくされるのは気分が良くなかった。


「彼女は国王陛下の隠し子だと話しましたでしょう? 現に国王陛下もご列席でしたし。」


 その発言に対してアルバートは答えることはなく、ただ「ヴェール越しだけど、確かに髪色は似ていたね」と答えた。


「僕にはショックを受けて青ざめている、ごく普通のご令嬢にしか見えなかったなあ。可哀想に。」


 そう話す割には声に同情は乗ってなくて、エリザベスにあまり関心がない雰囲気が伝わってくる。しかし、それもギルバートのことになると、表情が一変した。


「それにしても、あいつのあんな顔が見られたのは悪くなかったな。あの鉄面皮があんなにムキになって怒りを露わにするだなんて。」


 くすくすと楽しそうに笑うアルバートは、前世で見たスチルと同じようにして、頬に少しえくぼを浮かべて笑う。その姿にサラも満足感を覚えて、口の端を上げた。


(アルバートルートは好きじゃないけど、彼の妹を落とせば、アルバートは攻略できるかも・・・・・・。)


 そしたら、ギルバートはともかく、エリザベスはグレイ侯爵に嫁がされて、軟禁されて生活することになる。


「ボイル公爵ご令息様、私に引き続きお力添え頂けませんか? 私が養女として入ったマイヤー子爵家はボイル公爵家寄りでございましょう?」

「それは出来かねると話した通りだよ。僕が君に関わるのはこの一回限り、正教会への口利きだけと話しただろう?」


 すっと笑みを消したアルバートには取り付く島がなくて、サラは言葉に詰まる。


「僕はあいつが少し困ればいいと思っただけで、異端審問云々には関わりたくない。宗教絡みは嫌いなんだ。」


 好感度が足りないのだろう。ギルバートよりは話を聞いてくれるが、上手く靡いてくれない。


「そうですか、では、仕方ないですわね。」


 しつこくしてもアルバートは乗ってこない。ましてや、シークのいる状況ではじっとしておいた方が良いように思えた。


「・・・・・・そう言えば、先日、フィリップが面白いことを話してくれたんだ。」


 会話が途切れてしばらくして、ポツリとアルバートが話し始める。


「仮にエドガー=スペンサーが殺されていたなら、天涯孤独の身となったエリザベス嬢はハミルトン伯爵家の養女になって僕の婚約者になるって告げたらしいね。」


 馬車は正教会に近付いている。サラは外の景色を確認すると「ええ、申しましたわ」と微笑んだ。


「もし年頃のご令嬢がハミルトン伯爵家に居たなら、閣下はハミルトン伯爵領の鉱山を手に入れたいとお考えでしょうから、伯爵家の出でもご婚約をお考えになるのではなくって?」


 最近取れる毒砂の他、ハミルトン伯爵領は公表していないが銅や錫が採れる。


「毒砂もですが、銅や錫が取れると睨んでらっしゃるのでしょう? そして、そのお考えに間違いはございませんわ。」


 ゆっくりと馬車が止まり、サラは「ああ、着きましたわね。それではご機嫌よう」と降りようとする。アルバートが「シーク」と言うと、馬車のドアを開けるのを止められた。


「サラ嬢、もう少し二人だけで話がしたい。シーク、お前はギルバートの様子を探りに行け。まだ殺さなくていい。」


 ひとつ頷いて、サラの代わりにシークが下車する。アルバートは御者に「適当に十五分ほど走らせてくれ」と話した。


 ◇


 揺れる馬車の中で二人きり。

 普段なら絶対に避ける状態だったが、アルバートはサラの口にした事にドキリとさせられた。


『彼女が僕らを『知っている』ということ自体が酷く落ち着かなくて、不安にさせられるんです。』


 フィリップがそう言った通り、サラは『預言者』なのかもしれない。


「先日の話には続きがある。君はエリザベス嬢を『記憶もち』だと睨んでいる。そうだろう?」

「そのお話もご存知でいらしたんですね。」


 白百合をモチーフにした豪奢なドレスを来ていたエリザベスとは違って、サラは対称的に黒と白のシスター風の服装で、長い黒髪をシスターベールで覆っていた。

 しかし、可憐な印象を受けたエリザベス嬢と異なり、目の前のサラは、野心的で自分やギルバートと同じように、腹に一物を抱えていそうな眼差しをしている。


(・・・・・・彼女は危険だ。)


 頭ではそう分かっているのに、ふわりと香ってきた甘い香水に気を取られると、アルバートは不思議とサラの話に耳を傾けていた。


「アルバート様、本来ならあなたこそ王太子で然るべきだったのに。」

「・・・・・・王太子?」

「そう、あなたは高貴なる家門のご令息ですもの。オリバー殿下が居なければあなたに皇統は巡ってきたはずでしょう?」


 アルバートの母方の祖父はグニシア王国の先王で、女系とはいえ、王弟殿下であるジェレミーが処刑された今、確かに家系図上では王位継承権は第二位の位置にある。


「だけど、国王陛下はあなた方、ボイル公爵家ではなく、重用するのはエルガー公爵家ばかり。」


 学園で首席を取って卒業しても、伯母が先代のヴェールズ大公殿下の元に嫁いでいることもあって、デーン家のアルバートへの扱いは冷たいものだった。


「あなたが幾度挑んでも、ギルバート様は本気を出さなかったし、デーン家に与えられた職位も名誉職のようなもので実権はさほどない。そうでしょう?」


 その癖、王位継承順位ばかりは高いから、幼い頃から命を狙われ、『影』を使って情報収集したり、政敵を脅迫したり、暗殺をしたりして今がある。


「あなたは羨ましいんだわ、ギルバート様が。そして、どうしようもなく憎たらしい。」


 酷く心の中を土足で踏み荒らされているような心地なのに、甘い香りに縛られたようにして上手く声が出せず、代わりに妖艶に微笑むサラにばかり目が向く。


「私ならあなたの心を理解してあげられる。婚約式で怒りを露わにしたギルバート様をご覧になったでしょう?」


 ああ、そうだ、彼女は確かにギルバートに一矢報いてくれた。


「ねえ、アルバート様。私に引き続きお力添え頂けませんか? 私が養女として入ったマイヤー子爵家はボイル公爵家寄りでございましょう?」


 さっきと同じ質問なのに、何故か上手く否定できない。


「・・・・・・何を望む?」

「あなたのご家族のことを教えて。特に妹さんのことを。」


 サラは殊更嬉しそうに笑みを浮かべた。


 ◇


「では、ご機嫌よう。」


 サラが去っていく。アルバートは馬車の中でしばらくぼんやりとしてたが、馬車が再び動き出すと、ハッと我に返った。


(何だったんだ、今の・・・・・・。)


 甘い香りに酔ってしまって、上手く手に力が入らない。しかも、さっき馬車を出させてから、再び正教会に戻ってくるまでの間の記憶が曖昧だった。


(確か、ハミルトン伯爵領の鉱山の話をしていたはずなのに。)


 いつの間にか、サラのペースに乗せられていた。

 彼女は危険だと感じて、慎重に動こうと思っていたのに、妙に甘い香りに囚われて、それに気を取られて断片的に彼女の話した言葉は覚えているものの、その後、自分が彼女に話したことがどうしても思い出せない。


『アルバート様、本来ならあなたこそ王太子で然るべきだったのに。』


 何か思い出そうとすると、まるで、それを拒むようにして、サラの言葉が思い起こされる。


 まるで抜けない棘のよう――。


『あなたは羨ましいんだわ、ギルバート様が。そして、どうしようもなく憎たらしい。』


 ああ、そうだ。

 あの澄ました顔で、何も持つつもりはありませんといった体で自分の持つ何もかもを持っているあいつが嫌いだ。


 同じ公爵家。同い年。それに名前だって似ている。


(あいつが居なければ、こんな嫌な気持ちを抱くこともなかったんだ。)


 せめて学生時代にあいつとレオンのように腹を割って話せていたら、違ったのかもしれないが、ギルバートはこっちがいくら突っかかろうとが何処吹く風といった様子で達観していた。


(まるで、僕など無価値と言わんばかりの態度で・・・・・・。)


 今だってそうだ。サラの言う通り、学園で首席だった自分は王城では軍部や行政、外交とは遠いところには遠く、法務関係の部署につかされている。


『あなたが幾度挑んでも、ギルバート様は本気を出さなかったし、デーン家に与えられた職位も名誉職のようなもので実権はさほどない。そうでしょう?』


 それは仕方がないこと――。


 今まではそう思って蓋を出来たことなのに、いつになくジリジリと胸を焦がすような感覚を覚える。


(亡くなった母様もこんな気持ちだったのかもしれない。)


 母にとって良き兄だったというジェレミー王弟殿下は、罪らしい罪もなく、現エドワード国王陛下に処刑された。

 記憶の中の伯父はまだ若く、当時、二歳か、三歳だったはずの自分に「大きくなったアルが見られないのは心残りだ」と頭を撫でてくれた記憶が薄ぼんやりとある。


 記憶は嘘を吐く。


 特に幼い頃の記憶など、あまり当てにならないと分かっていても、アルバートはあの優しく撫でてくれた手が忘れられなくて、眉間に皺を寄せた。


『サラによれば、エリザベス嬢は国王陛下と王太子殿下の暗殺を企てるはずだと話していました。』


 男爵家の居候令嬢。


『『ギルバートが現を抜かしている』ことこそが、彼女を囲い込むメリットでは?』


 白いドレスに身を包み、薄いベールに覆われた彼女は、サラの言うような女性なのか。『影』に調べさせた彼女は心優しい印象を受けたが、そんな大それた事を仕出かすようには思えなかった。


(これは、自分の目でエリザベス嬢とやらに会ってみるべきだな。)


 今はエルガー公爵家に籠っているという、あのギルバートの想い人。


 アルバートは深く座席に座り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ