白百合姫と神託の巫女(6)
コトン――。
ギルバートは机いっぱいに広げられた地図の上、襲撃された街をプロットしていた白のポーンを横倒しにして、黒のナイトを置く。ここ五年の間、スペンサー男爵家で起こったことや、グレイ侯爵、ハミルトン伯爵らの思惑を中心に説明し終えると、ギルバートはほうと一息吐いた。
「・・・・・・これが現在までの事の顛末です。」
そして、最後にノーランド王国の軍に見立てた黒のナイトの向きを変えると、斜め横の港町の方へと向ける。
「ノーランド王国の軍の行き先はこの港町。そして、この港町に出られれば、彼らは大陸への足掛かりを手に入れられます。」
冬場に凍りつかない『不凍港の獲得』。それはノーランド王国にとっての悲願であり、グニシア王国、エラルド公国、ヴェールズ公国にとっては大いなる脅威の話だった。
「奴らが大陸と交易を結ぶとなると、経済網がぐちゃぐちゃになるな。」
「ええ、それにエラルド公国はさほど軍事費を国費としては割いておりませんから、グニシア王国よりも簡単に攻め込めましょう。」
「手始めにエラルド、その次にグ二シア。最後は我らを組み伏せて、四ヶ国統一って事か?」
「それで済めば良いですが、彼らは鉄を加工するだけでなく、人馬に頼らぬ仕組みを作り出し始めています。」
石炭と鉄鉱石、そして、蒸気機関。
鉄道はまだ引かれていないものの、冬場でも暖かい蒸気自動車が開発され始めているのだと言う。
「今はまだ、ノーランド王国での技術力が追い付いていませんが、大陸の国々が我らに干渉してくれば、世界を巻き込んでの戦いになるやもしれません。特にスパニアはオスマーンを破ったことで勢いづいていますから、手を組まれると厄介です。」
ここ数年でエラルド公国を介してやり取りされる爆薬や銃などの流通量が増えている。大公殿下は「そこまで分かっているなら、手立ても既に打ってあるのだろう?」と訊ねた。
「ええ、これ以上、彼らの進軍を許す訳には行きませんから、この辺りにグニシア王国軍と、エラルド公国軍の連合軍に控えてもらっています。」
街道を挟んで北にエラルド公国軍、南にグニシア王国軍。それぞれには「合同軍事演習」の名目でその場に来てもらっていたが、伝令に「これは訓練ではない、と告げよ」と言伝てした。
「なるほど、油断して行軍してくるノーランド王国軍を北と南から挟み撃ちにするのか・・・・・・。」
「ただ、不安要素もございます。」
そう言うとギルバートはフィリップから貰ったメモ書きを机の上に置く。そこには「アルバートとサラは繋がっている」と走り書きされていた。
「アルバート?」
「はい、貴公の従兄弟、ボイル家の嫡男です。」
「サラ、と言うのは誰だ?」
その言葉にギルバートは黒のクイーンを手に取ると、ボイル侯爵領にことりと置いた。
「正教会の『神託の巫女』の名です、殿下。」
初めて会った時の彼女とは違い、猪突猛進さはなりを潜め、今日、婚約式で目の当たりにしたサラは、エリザベスへの復讐心と狡猾さに満ちていた。
正教会のローブのせいもあったのだろうが、あの姿は王立教会派からしてみれば、『魔女』と言っても過言ではなく、忌避されるべき存在として認識されただろう。
「『神託の巫女』を正教会と縁付けたのはアルの奴か。」
「はい、ですから、エリザベスが大公殿下の元に行くならば、異端審問のことは取り下げるなどと告げてきたのでしょう。」
アルバートにとって、サラもエリザベスも同じ『駒』のひとつに過ぎない。
「サラとあなたには恩を売り、僕の動揺を誘うにはエリザベスの存在はとても良い『駒』だったに違いありません。そして、それはある意味、功を奏しています。」
「・・・・・・それほどまでに彼女が大事か?」
「ええ、彼女は私にとって唯一の『白百合姫』ですから。」
「巷で流行っているとかいう、あのお伽噺を信じろと?」
そう言うと大公殿下は、わざとらしくギルバートのすぐ近くにあった白のクイーンを手にし、「仮に彼女をこちらに置くのはどうだ?」と問うてくる。ギルバートは大公殿下に見立てたビショップを黙ったまま、横倒しにした。
「ほう、それは私への宣戦布告と取られるぞ?」
「いいえ、これは『懐柔』と『買収』の意です。」
「懐柔と買収?」
ギルバートの話に合わせるようにして、兄のブライアンが仰々しい化粧箱を持ってやってくる。そして、その蓋を開けると中には濃赤のベルベットの布が張ってあり、何の変哲もない銅鉱石と、眩いばかりの金の塊がふたつ並んで置かれていた。
「それは・・・・・・?」
「こちらは貴国から算出された銅鉱石。そして、こちらはそれから抽出、精製した金塊です。」
「何ッ!?」
大公殿下は化粧箱の中身に手を伸ばし、目の前の金の塊を手にして、その見た目以上のずっしりとした重みに目を丸くする。
「・・・・・・本物のようだな。」
「ええ、24金です。貴国の銅鉱石はかなり金を含有しているようで、1トン程の銅鉱石の加工のタイミングで20グラム前後が抽出できます。」
大公殿下は「ふむ」と言い、金の塊を元の位置に戻し「これは1kgちょっとはありそうだが、この金塊でエリザベス嬢を買い取るというのか?」と唸る。
「・・・・・・とんでもない。私が売るのはそんなひと握りの金塊ではありません。『有毒な水銀や鉛を使うことなしに、銅鉱石から金を取り出す知識』と、その『技術者』は欲しくございませんか?」
「何だと・・・・・・?」
「蒸気機関や武器加工については、貴公もご存知の通り、貴国やノーランドの方が優れていましょうが、薬品の取り扱いならエラルドの方が優れております。これは僕が出資する研究施設での成果。現状、この知識をどこに提供するかは私の判断次第。」
エラルド公国は大陸との交易の要衝になっているがゆえに、医薬品や化学系の知識や技術者が多い。
「彼女を諦めていただけるなら、貴国の銅山を金山とする。それくらいの報酬は致しますよ?」
「待て、待て。その見返りがエリザベス嬢だけでいいのか?」
しかし、ギルバートは「なんてことない」と言った顔つきで「彼女は僕にとって金の塊などより大切な人ですから」とニコリと答えた。
一方、大公殿下は目の前の年若い鳶色の瞳の青年の、迷いのない眼差しに、眉根を寄せて低く唸った。
クズ石から錬金術のように金を取り出すことが出来るなら、それはとても魅力的な話だ。しかし、この取り引きはグニシア王国にとっては面白くない話に違いない。
現にグニシア王国の国王陛下を見れば、思った通り自分と同じようにして深く眉間に皺を寄せて唸っていた。
「エリントン子爵、そなた、銅鉱石から金を産む方法をなぜ私に黙っていた?」
しかし、それには訊ねられたギルバートではなく化粧箱を持ったブライアンが「恐れながら、陛下」と返事をした。
「この話は私めより、既に一度ご報告しております。しかし、我が国での銅鉱石の算出は僅かである点、費用対効果が見合わぬと横に置かれたお話です。」
そう言ってブライアンは化粧箱を机に置き、「これが証拠の書類」とそっと懐から書類を取り出して国王陛下に渡す。そして、自分のサインに間違いないことを認めさせれば、国王陛下は渋々「好きにせい」と肩を竦めた。
「食わせ物はエルガー公爵、そなただけだと思っていたが、その息子達もとんだ食わせ物のようだな。特にこの次男坊に至っては、まだ底がしれなそうだ。そなたの後釜にでも据える心づもりか?」
「さあ、いかがしましょう。ギルバートはオリバー王太子殿下と幼少みぎりより懇意にさせて頂いており、儀典統括にも長けておりますゆえ、私の後釜とするには些か『竈』の方が小さいやもしれません。」
笑みを深めるエルガー公爵の様子に、国王陛下は上手く話に入れないでいるオリバーの様子に「なお、悪いな」とこぼした。
「・・・・・・ともあれ、エリントン子爵の望みは承知した。それでそなたは何か口出しはせんのか?」
「私ですか? そうですね、私はエリザベス嬢をギルバートから奪わなければ、それで構いませんよ?」
ルーカスに習うようにして、ブライアンまで「私もそれで構いません」と返事する。
「それだけでは釣り合いが取れんだろう? たった一人の女のために、エルガー公爵家は文字通り宝の山を丸ごと手放すと言うのか?」
「それは少し違いますよ、陛下。私は子煩悩ですからね、愛息子達に嫌われたくないんですよ。」
ルーカスの言葉に国王陛下は片眉を上げる。
ギルバートは「血は水より濃い」と口にする。そして、ブライアンと共に、不思議とオリバーが声を揃えて引き取った。
己が兄弟姉妹が窮地に陥った際はこれを助けよ――。
ギルバートは、ブライアンやオリバーがそう口にしたことに目を細めてにっこりとし、大公殿下に「我が家の家訓なんです」と話す。
「けれど、ご提案した内容でお釣りが来るというのなら、私とエリザベスに貴国の通行手形をいただけないでしょうか?」
それにはルーカスが訝しげに片眉を上げる。
「四十日くらい僕が国内に居なくても、父さんと兄さんがいれば何とかなりますよね?」
「何を考えている?」
「何って駆け落ちの第二弾ですよ。このまま国内にいると、アルバートにリジーを盗られるか、僕が消されてしまいますから。」
「ボイル家の嫡男にか?」
ニコニコと人当たりの良いアルバートは、ルーカスにとってはゲーム補正もあって「気立てのいい青年」の認識だったが、どうやら同世代のブライアンやオリバーにとっては、その名は脅威だったようで二人はサッと顔色を変えた。
「あ、アルバートが命を狙ってくると言うのか?」
「ええ、ウィンザー家のフィリップが知らせてくれたということはそう言うことでしょう。彼もどうやらボイル公爵家の『影』の目を縫って、メモで知らせるくらいしか出来なかったようですが・・・・・・。」
焦った様子のオリバーに対して、ギルバートは深く頷き、淡々と答える。
「何を落ち着き払っているんだ? 『ボイル家の掃除人達』まで動くってことだろう?!」
「ええ、リジーを捕らえれば良い政治道具になりましょうし、僕を混乱に乗じて消せれば、それこそ政敵が一人減らせますからね。」
その回答に難しい表情になったブライアンは、「ならば、味方の多いエラルド公国の方に向かった方が良いのではないか?」と話す。しかし、それにはギルバートは首を横に振った。
「それこそ彼の思うツボでしょう。ここからなら、ヴェールズの方が逃げ込むには近いです。仮にエラルドに渡るにしても、バイロン伯爵領の通り抜けは避けた方がいい。兄さんのところの港を使うのは正教会も考えているでしょうし、もし勘づかれたら奴らは兄さんにまで矛先を向けましょう。」
「だから、ヴェールズ公国に逃げ込むと?」
「ええ、ヴェールズ公国に逃げ込んだ場合、リジーを送り届けるためと言えば、正教会は手出しする口実がありませんから。」
大公殿下が「そなた、私を隠れ蓑に使う気か?」と苦笑するから、ギルバートは「今は形振り構っていられない状態なんですよ」と肩を竦めた。
「ふむ、ならば、いっそのこと、エリザベス嬢を私から拐すって筋書きはどうだ?」
「拐かす・・・・・・?」
「ああ、そうだ、正教会にはエリザベス嬢は大公妃になる決心をして我が国に向かった。けれど、道中、何者かに拐かされてしまった。そうすればエリザベス嬢は大公妃にならずにすむし、異端審問にも呼び出されずに済むのではないか?」
「それはそうですが・・・・・・。」
ギルバートはその場合の事をシュミレーションしているのか考え込み始めたが、オリバーは「それはリジーに正教会から一生隠れ生きろと言うことか?」と問う。
「別に一生隠れ住む必要はなかろう。ギルバートが悪漢から助け出したことにして、感謝した私が降嫁させたことにする。例えばそう言う手立てもある。」
すると、オリバーは「は?」と目を点にし、ギルバートも「自作自演をしろ、と仰るのですね?」と答えた。
「あくまでも、例えば、だ。アルバートが良からぬ企みをしているようなら、それを逆手に取ればいい。正攻法で行かぬ相手に正攻法で行く必要は無い。通行手形はすぐに用意させるゆえ、準備せよ。」
「お待ちください、大公殿下。ギルバートをいかがなさるおつもりですか?」
いつになく慌てた様子でルーカスが訊ねれば、大公殿下はこれは面白いものを見たと言いたげな表情になり、「エリントン卿はそなたの秘蔵っ子のようだが『可愛い子には旅をさせよ』という諺もある。悪いようにはせんよ」と鷹揚に答える。
「大公殿下、恐れながら正教会への見せ方はもう少し考えさせてください。手形を頂いた後、エドガー様にも相談させていただきたく存じます。」
「英傑エドガーか。彼の奇策は我が国にもよく伝わっている。良き案があれば話を聞くぞ。」
かくしてギルバートはエリザベスとヴェールズ公国行きを勝ち取ったのだった。
更新が亀の如しで申し訳ありません(泣)!!




