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白百合姫と神託の巫女(5)

「先程の女は一体何じゃ?!」


 控えの間に戻るなり、エドガーの怒号が辺りに響く。会場からギルバートに抱えて運ばれ、長椅子に下ろして貰ったばかりのエリザベスは顔を強ばらせ、ギルバートを心配そうに見上げた。


「何故、あやつらがエリザベスを『異端審問』に掛けようなどと言ってくるッ!」


 ギルバートのせいだと思っている様子のエドガーに、エリザベスは「お祖父様、彼女の事はギルのせいじゃないわ」と話す。


「何じゃと? リジー、あの女と面識があるのか?」

「ええ、あるわ。氷華の離宮近くの教会で、ギルバート様に体当たりしてきた彼女と言い争いになったの。けれど、その時は彼女は『神託の巫女』ではなかったし、私も気分転換に街に下りたから、商人の娘の『エラ』と名乗ったの。」

「では押し通せば、『言いがかり』と出来るのか?」


 しかし、それにはギルバートが首を横に振り、「先程、シラを切ろうとしましたが、入場記録の署名と、リジーがイザベラ嬢に送ったお茶会の出席表の筆跡が合致したと脅してきたんですよ」と苦々しく答える。エドガーは頬をひくりと引き攣らせた。


「では、異端審問に引き立てられたなら・・・・・・。」

「ええ、正直、その件はこちらに分が悪い状態です。」

「なんと・・・・・・。」


 ギルバートはエリザベスに「リジー、大丈夫だ。父も兄もそれに拮抗するだけの力を持ってる」と言うと、エドガーに「この場をお願いしても?」と訊ねる。


「少し二人と話をして参ります。」

「・・・・・・分かった、この場は引き受けよう。」

「ありがとうございます。」


 ギルバートは未だ不安そうなエリザベスの様子に後ろ髪を引かれながらも、急ぎルーカスやブライアンの元へと向かった。


 廊下を出て、礼拝堂の横をぬけて、反対側にある控え室へと急ぐ。先程まで賑わっていた会場は若干名の片付け要員を残して、ガランとしていた。


「やあ、ギル。大変そうだね。」


 不意に呼び止められて、声の主を探せば、ベンチのところにフィリップの姿があった。そして、やや大袈裟に「今日はお招きありがとう」と近づいてきて握手を求めてくる。


「嫌味を言うために残っていたのか?」

「まさか。『友人』として参加していましたよ。」


 ギルバートはフィリップの指の間に、僅かにメモが挟まれているのに気がつくと、渋々ながら握手をしてフィリップからメモを受け取った。


「みんなの記憶に残りそうな婚約式でしたね。」

「嫌味か?」

「本当なら来週の晩餐会のことを話そうと思っていたんですが、とてもそれどころではなさそうでしょう? ですから、来週の晩餐会は流してくれていいと申し上げに参ったんです。」


 フィリップの婉曲な言い回しに「何は流して欲しくないんだ」とギルバートが訊ねる。フィリップはニコリとして「エリザベス嬢との顔繋ぎは引き続きお願いしたいですね」と答えた。


「彼女が窮地に陥っている原因は、貴家のイザベラ嬢に宛てた手紙が原因なんだが?」

「ああ、あの女が話したのを見ていましたよ。ですが、それは僕の意向とは異なります。」

「君はリジーに付くというのか?」

「ええ。今は父上を口説いている最中なんですよ。彼女は異端審問なんかで消されていい人じゃない。あなたとて、そう思ったから、彼女を婚約者として囲って擁護なさったんでしょう?」


 しかし、ギルバートはその問いには笑みを深めただけで、肯定も否定もしなかった。


「実は『神託の巫女』と騒がれているサラですが、一時期、我が家の客人として別宅に泊まってもらっていたんですよ。交流関係を見張るのには丁度いいかと思ってね。」


 そう言うとフィリップは、情報を惜しむ気配もなく「やってきたのは正教会の司教たちの他、ハミルトン家の従僕が面会、それとグレイ侯爵家からの手紙が届いていたよですよ」と話す。


「・・・・・・それで?」


 ギルバートが結論を求めたのに対して、フィリップはちらりとギルバートの手を見る。そして、曖昧に笑い、それを口にするのは、はぐらかした。


「まだ、尻尾を掴みきれていませんがね、君も予想している通り、正教会もグレイ侯爵とハミルトン伯爵が糸を引いていると見て間違いないでしょう。そして、君からエリザベス嬢の奪取とヴェールズ公国に恩を売るのに躍起みたいです。」

「ヴェールズ公国に恩?」

「ええ、あそこからは良質な石炭が採れますから。」


 昨年は大量買い付け出来た石炭が、今年は食料問題の解消もあって、ヴェールズ公国から流出しにくくなったのだと言う。


「それに彼らよりも高値で石炭を買うところが現れたから、予定が狂ってるようでしたよ。覚えがございますでしょう?」

「だが、その分、浮いた金額で彼らは傭兵を買っているのでは?」

「やってくるのは街の荒くれ者たちばかりですけどね。訓練された兵は君が背中を預けてきたランスロット卿がガッチリ握っていらっしゃる。」


 フィリップが明け透けに話すのを聞きながら、ギルバートは最初に渡されたメモ帳の中身が気に懸かった。学生時代から「沈黙は金」と言って憚らないフィリップは、まるで誰かに聞かせるみたいにしてやけに饒舌だ。


(アルバートが動き出したか・・・・・・。)


 ヴェールズ公国との繋がりの深いアルバートが、この件に一枚噛み出したのかもしれない。だとしたら、フィリップ以上にアルバートの動向を詳しく知る人物もいまい。ギルバートはそう判じて「分かった」と短く答えた。


「リジーに害をなさないと言うなら、こちらとしては協力者は多い方がいい。彼女とのとの顔繋ぎは請け負う。ただし、この間のようにリジーを追い詰めるような事はするなよ?」

「ああ、そう言ってくれると助かります。」

「サラの事は引き続き頼んでもいいのか?」

「もちろんです。イザベラの元に送った手紙が無くなれば、あの女は異端審問にエリザベス嬢を召集できませんでしょう? 妹の尻拭いはこちらでするつもりですよ。」


 そう言うとフィリップは「それでは」と踵を返して去っていく。ギルバートはメモ帳を握り締めたまま、急ぎ礼拝堂前を後にした。


「・・・・・・ギル、ようやく来たか。」


 控え室の前へと向かうとルーカスがドアの前で待っていた。


「リジーの様子はどうだい?」

「あまり芳しくはありません。気丈には振舞っていましたが、心中、いかばかりか。今はエドガー様とアンについてもらっています。」

「そうか・・・・・・。今回の件、正教会も絡んでいるとは思ったが、まさかあのような強行に出るとは思わなかった。」

「父さんでも予想外の事があるんですね。お手上げですか?」

「いいや、まだ遣り様がないわけじゃない。」


 ルーカスの言葉を聞いて、ギルバートはお手上げだと言われなかったことに、内心、ほっとする。しかし、ルーカスの眉間の皺が緩まないところを見ると、気を緩めるのはまだ早いのだろうと察した。


「何か問題点でも?」

「大公殿下が正教会と密約を結んでいるなら厄介だ。」

「ああ、それは些か厄介ですね。」


 ヴェールズ公国の大公殿下は、現国王陛下の母方の再従兄弟(はとこ)にあたり、ボイル家のアルバートとも従兄弟にあたる。

 隣国の大公とは言え、国王陛下への発言力も、ボイル公爵家への発言力も大きい。


「さすがにあの女からの提案を、二つ返事で応じるような事はなかったが、かの国にとってエリザベス嬢は『救国の乙女』だ。大公妃に望む公な理由が出来たんだ。悪い話ではあるまい。」


 そう言ってから、控え室のドアを開けて一礼をする。中には国王陛下と大公殿下がゆったりと腰掛けて談話し、対象的に窓の前を行ったり来たりしている王太子殿下の姿があった。


「ギル! 姉・・・・・・いや、リジーの様子はどうだい?」


 姉上と言いかけて止めたのは褒めよう。だが、礼儀を払うべき国王陛下と大公殿下に挨拶もし終えていない状況だったから、ギルバートはわざとらしく「我が婚約者のこと、お気にかけて下さいましてありがとうございます」とだけ答えて、「国王陛下や、大公殿下にも思いがけない事だったとはいえ、ご心配をお掛けしました」と謝罪した。


「お初にお目に掛かります。ルーカス=エルガーが次男、ギルバートと申します。」


 本来なら、この後に来訪御礼やら婚約式の列席御礼やらをしなくてはならないのだが、現状はそうも言っていられない。部屋に入った時から、国王陛下も、大公殿下も、グニシア王国の北方、ヴェールズ公国ともほど近い町が、ノーランド王国の侵攻を受けたとあって苛立ちを露わにしていた。


「ルーカス、『詳しくは息子が説明する』と言っていたが、まさか次男坊の方がするのか?」


 国王陛下はあからさまに不機嫌そうにして、「せめてブライアンに説明させよ」と言い募る。しかし、父のルーカスはそんなの何処吹く風といった様子で「お言葉ですが、陛下。この件はギルバートに一任しているのです」と答えた。


「先日、上申致しましたノーランド王国とくだんの三領との関わりの件も、ヴェールズ公国との関税のご提案および、エラルド公国による石炭買い付けのご提案、いずれもギルバートの立案によるものですよ?」


 それには国王陛下も片眉を上げる。


「私もブライアンも、あの話の骨子には、何一つ手を加えておりません。宮中にあった書類を裏付けで添えたのみ。不肖の息子ではございますが、これ以上、今回の件に精通している者もおりますまい。」

「・・・・・・分かった、では、説明をせよ。」


 父のふてぶてしさは分かっているつもりだったものの、どうやら「分かったつもりだったらしいな」と思いながら、「地図はございますか?」と訊ねる。

 一方、横に座っていた大公殿下は、それを聞くと「地図など、何に使うつもりだ?」と冷ややかに言い放った。


「地図がなければ説明出来ぬと申すか?」


 ヴェールズ公国の大公殿下は、中肉中背の現国王陛下とは違って、身長は180cmを越え、筋骨隆々とまではいかないまでもガッチリとした骨太な体付きの大男。その燃えるような赤髪と、反対に新緑の若葉のようなグリーンの瞳が印象的な人物だ。

 見た目からすると、自分よりは二つ、三つ歳上の歳頃だろうか。式典会場で壇上から見た時も威風堂々とした人だなという印象を受けたが、こうしてすぐ近くで対面すると、ステファニーが「私、王太子妃候補を辞めて、大公妃候補になっちゃダメ?」とか言い出しそうな偉丈夫でもある。

 そんな男に恫喝紛いのことをされたら、普通は萎縮してしまうだろう。しかし、ギルバートは少しばかり呼吸を整えると、真っ直ぐに大公殿下を見据えて「いいえ、殿下」と答えた。


「地図はあくまでも説明の補足に用いたいのです。この度の件は、今回のノーランド王国による侵攻の他、五年ほど遡ってスペンサー家に起こった事も含めてご説明する必要がございます。そのあたりを可視化してご説明申し上げたいのです。」

「五年前だと?」

「はい、今回の件は、ハミルトン伯爵家の者がエリザベスの母親であるベアトリス=スペンサーを殺害した時点まで話は遡ります。」


 ギルバートがそう言い切ると、国王陛下と王太子殿下は愕然とした表情になり、大公殿下は「ほう?」と期待に満ちた目になった。

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