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白百合姫と神託の巫女(4)

 婚約式の当日は大わらわだった。

 「内輪」とはいえ、隣国の大公殿下、国王陛下、王太子殿下、国の宰相と揃い踏みでは、警備も厳重にしなくてはならないし、教会前で婚約に伴う宣言をするのに際して、王立教会も一時は法王に立ち会って貰わねばと言い出したりもしたようながら、一貴族のしかも次男坊の婚約式だからと丁重にお断りした結果、国一番の枢機卿で納得してくれたらしい。


 昨日さんざんお風呂で磨かれたはずなのに、結局朝早くから起こされて、こうして寄って集って身支度されている。エリザベスは王室御用達の美容師に髪をああでもない、こうでもないと弄られながら、その一方でステファニーが気に入っている公爵家御用達のメイク係に化粧を施されていた。


 昨夜から複雑な気分になったままだと言うのに、周りはギルバートや自分の気持ちそっちのけで、次々と「はい、次はドレスに着替えますよ」と、流れ作業のようにして婚約式の準備を進めていく。


 やがてあとは婚約式直前にヴェールを被せるだけとなったところで、軽食を持ち込んだアンはエリザベスの浮かない表情に片眉を上げた。


「お嬢様、お疲れですか? 本番はまだこれからですよ?」


 簡単に摘めるサンドイッチを置けば、エリザベスは「そうね、まだ本番前なのよね」と肩を竦める。


「こんな素晴らしいお姿なのに、何か気掛かりな事でも? きっとエドガー様がご覧になったら、目を真っ赤にして喜ばれますよ?」


 そう話すアンも感慨深そうで、優しい眼差しでこちらを見てくるから、エリザベスは心の内が波立つような感覚に陥った。


「ねえ、アン。アンは私の婚約式を祝ってくれる・・・・・・?」

「ええ、もちろんですよ。」


 そう言ってうっすら涙を浮かべて、「あんなに小さかったお嬢様が、こんなにお綺麗になられて」と目を細める。


「昨晩、リチャードと二人で前祝いをしたのですが、寄る年波には勝てないですね。二人しておいおいと泣いてしまいましたよ。」


 エドガーの事があったとはいえ、五年前、エリザベスの事から目を離してしまった事をずっと悔いていた。

 グレイ侯爵なんぞに嫁がせてなるものかと、エドガーはもちろん、リチャードやベン、トム、それにサムと一丸になってこの日まで来た。


「ギルバート様は本当にお嬢様を思っていらっしゃいます。」


 コックス子爵家から戻ってきたギルバートは酷く荒れていたものの、その後、ことの経緯をサムから聞いた時には「ああ、それで自分を呼び付けたのだな」と有心した。

 ギルバートが『質問も感想も意見も非難も、全部いらない』と言いながらも、自分を呼び付けてまでその気持ちを吐き出したのは、自分の本当の気持ちを知っているものが、エリザベスの傍にいて欲しかったからだろう、と。


「緊張なさっていらっしゃるのですか? 披露宴ではダンスもありますものね。」

「う・・・・・・ッ、それは、考えないようにしてたのに。」

「あら、それとは違ったんですか?」

「ええ、私も『公爵家御用達の婚約者』とか思われてるのかなって。」

「『公爵家御用達の婚約者』ですか?」


 ふふっとアンは声を漏らして笑い、「どこからそんな考えになるのです?」と冷たいお水を渡してくれる。


「昨日ね、公爵様とお母様の事をお祖父様からも聞いたのよ。それで、ね・・・・・・。」

「『公爵様の思惑通り』になったと思われたわけですね。」

「ええ・・・・・・。」


 エリザベスはアンもきっと祖父のように「ベアトリスの分も幸せになれ」と言うだろうと思いながら頷く。しかし、アンはエリザベスの思っていた反応とは違って「よろしいじゃありませんか」とニカッと歯を見せて笑った。


「『公爵様の思惑通り』が何です。お嬢様は王城に忍び込むくらいにはギルバート様がお好きでいらっしゃいますし、ギルバート様も、心底、お嬢様のことを好いていらっしゃる。婚約なさるのにそれ以外の事は必要ありませんよ?」


 そして「レールに乗せられていても、走らなきゃ、トロッコは進まないんです」と話し、「私もリチャードとは何度もすったもんだがありましたけど、互いが互いを好いているかどうか、一緒に歩んで行ける相手かどうか、それだけ見誤らなければあとは何とでもなります」と、エリザベスから水の入ったグラスを受け取った。


「お嬢様がグレイ公爵から逃れるためだけに、ギルバート様との恋仲説を受け入れ、『ほとぼりが冷めたら、別れたことにするんじゃないか』と話していらっしゃったから、ずっとどうしたものかと気を揉んでいたんですよ?」

「あ、ああ、そんなこと、言ってたかも。」

「ええ、仰っていましたよ、ばっちりと。やっても婚約式もどきまでだろうとも。」


 それがどっこい、国を上げての婚約式になるだなんて誰が予想しよう。しかし、アンは「私はこうなると予想していましたよ」と(うそぶ)くから、エリザベスは「サムに似てきたんじゃなくって?」と苦笑した。


「嫌ですよぉ、あんな口先だけの息子もどきと一緒にされちゃあ。」


 男爵家に居た時と変わらない気軽さで、アンが話すから、エリザベスも連られて「もう、アンったら」と笑みを零す。それを見るとアンも安心した様子で目を細めた。


「ベアトリス様もそのお姿をご覧になったら、きっとどんなにかお喜びだったでしょう。」


 それから、そっとポケットから小箱を取り出すと「これはベアトリス様からお嬢様が嫁ぐ日に、と、今際の際でお預かりしたものです」と、ロゼワインのような色合いの宝石がはめ込まれた指輪を渡される。


「ベアトリス様は誰から頂いたのかは教えてくださいませんでした。ただ『その指輪はきっとエリザベスを護ってくれる』とだけ仰っていました。」


 そして、震える手でエルガー家に手紙を出すように言い、アンが邸に戻ってきた時には意識がなく、そのままだったと話す。


「それをどうなさるかはギルバート様と話し合われるのがよろしいかと。」

「・・・・・・そうね、そうするわ。」

「それとこれは私から。」


 白い糸で刺繍されたベッドカバーを目にすると、エリザベスは目を丸くする。


「コツコツとこの数ヶ月、仕事の合間に刺繍したんですが、老眼ですかね、細かいところがなかなか縫えなくて、やっと今朝、完成したんです。」


 嫁入り道具に用意されたベッドカバーに触れると、エリザベスは感無量になって、目をぱちぱちとさせた。


「・・・・・・ありがとう、アン。」


 白い糸で、一刺し、一刺し、丁寧な刺繍が施されたベッドカバーは、心の籠った嫁入り道具だ。


「大切にお育て申し上げたお嬢様が嫁がれるんです、当然のことですよ。」


 どうか、お幸せに――。


 エリザベスはアンに言われた言葉が何より嬉しくて涙ぐみながら微笑む。


「指輪とこれはエリントンのお邸に運び入れておきます。今朝出来上がったんで、お披露目がこんなギリギリになってしまいましたが。あら、嫌ですよ、本番前に泣き出してわ。」

「・・・・・・そう、ね。」


 アンは化粧が崩れないように気をつけて、エリザベスの涙を拭うと、手際よく化粧を直してくれる。


「さて、ギルバート様が首を長くしてお待ちですよ、私の大事なお嬢様。」


 アンはそう言って、エリザベスの前に薄いヴェールを顔の前に掛けると、王立教会前の会場へと誘った。


 ◇


 空は青く澄み切っていて、些か汗ばむくらいの気温だった。ギルバートは右手に白い手袋を手にしたまま、祭壇前でエリザベスが来るのを待っていた。

 参列者は錚々たるメンバーで、王家からは陛下と王太子殿下、そして、サプライズゲストのヴェールズ公国大公殿下。エラルド公国も、急遽、釣り合いが取れるように大使が招待されて、それ以外にもエルガー公爵家繋がりの顔見知りが何人も腰を下ろしていた。


(一公爵家の、しかも、次男坊の婚約式にしては度を越しているよな・・・・・・。)


 婚約式でこれだ。本番の結婚式ではそれこそパレードでもさせられるかもしれない。

 ギルバートは初めこそ、そんなことを考えて、祭壇前に立っていたものの、やがて音楽が鳴り、教会の大扉が開き、エドガーに手を引かれてやってくるエリザベスの姿を目にすると、色んなことが頭からすっ飛んでしまった。


 白百合を象ったドレスを纏ったエリザベスはまるで白百合の花の精のような出で立ちで、静々と近付いてくる。


 ああ、やっぱり彼女は綺麗だ――。


 そんな陳腐な感想しか頭の中に浮かんでこなくて、見蕩れていると、いつの間にかエドガーがすぐそばまで来ているから、エドガーに一礼をしてエリザベスにエスコートのため腕を差し出す。

 薄いヴェール越しに見えるのは、綺麗に結われたスロベリーブロンド髪と、少し緊張した面持ちのエリザベス。それが自分と目が合った瞬間、嬉しそうな顔になるから、自分も嬉しくなって微笑み返した。


 幸せだ――。


 エリザベスの手がそっと自らの腕に掛かる。それと共に彼女を守り抜く覚悟を求められているような心地になって気が引き締まる。

 ギルバートは高いヒールを履いているエリザベスのために、いつもよりゆっくりと歩み、立会人をしてくれる枢機卿の前へとエスコートした。


「今日という良き日にギルバート=ブラッドレイ=エルガーと、エリザベス=ベアトリス=スペンサーの婚約式にお集まり下さり誠にありがとうございます。本日、婚約請願書に基づいた婚約を、 王立教会を代表して、私、ジョルジュが立会人を勤めさせていただきます。」


 長々と口上から始まった婚約式は意外にも淡々と進み、決まり文句である『異議申し立てがある者は四十日以内に申し出ること』や、『異議がなければ、この婚約は正式な結婚に通ずる』といった説明がなされる。

 そして、各々、婚約誓約書にサインするように促され、書類にサインをすれば、枢機卿は内容を確かめた上で指輪の交換を促した。


「それでは、その証として指輪の交換を――。」


 しかし、用意しておいた婚約指輪を交換をしている最中で、後ろの方の見物客の辺りがザワザワとし始める。そして、傷だらけの男が走り込んできて、ブライアンを見付けると「閣下、急報です」と書状を渡す。

 指輪の交換をし終えたギルバートはその様子に眉間に皺を寄せた。


(やはり、今日を狙ってきたか・・・・・・。)


 ブライアンがさっと顔色を変え、ルーカスも書状を受け取り斜め読む。そして、こちらを見てきてアイコンタクトしてくるから、ギルバートは深くひとつ頷いた。


「・・・・・・使者殿に休息を。返事は直ぐに用意しよう。」

「休息などッ! こうしている間も同志の者達が戦っております。」

「控えよ。ここは王城ではない。言わんとする事は分かるな。」


 使者はその隣のヴェールズ公国の大公殿下や背後のエラルド公国の大使に気がつくと、ハッとした表情になり、「失礼いたしました」と脇に捌ける。

 周りが酷くざわついている中、枢機卿は当惑気味に騒ぎの一団を見る。それに気が付くと、ルーカスはニコリとして立ち上がり、「ご静粛に、大事はございません、式はこのまま続けます」とその場を収めてくれる。


「枢機卿も続けてくださいませ。」


 ルーカスがそう言って促し、枢機卿がウォッホンとわざとらしく咳払いをして「指輪の交換はなされた」と宣言したところで、今度は「お待ちくださいませ。その婚約にご異議申し上げます」と聞き覚えのある女の声が聞こえてきた。


「・・・・・・これは正教会の『神託の巫女』ではないですか。」


 枢機卿の挨拶を無視して、青黒い正教会のローブを身に纏い、長い黒髪を風になびかせてサラが颯爽とバージンロードを歩いてくる。そして、エリザベスを庇うようにしたギルバートに、優雅にドレスの裾を広げて挨拶をした。


「ご機嫌麗しゅう、エリントン卿。」


 そう言って微笑む姿は、以前、出会った時とは違って、気品に溢れ、きっと生まれながらの貴族令嬢にも引けを取らないほど堂々とした態度だった。


「・・・・・・あいにくあなたをご招待した覚えがないのですが?」

「あら、私は異議申し立てをしに来たのですわ。四十日間は出来ますでしょう?」


 そして、庇われるようにして立つエリザベスを見ると、ふふっと不敵な笑みをこぼす。


「エリザベス=ベアトリス=スペンサー。あなたは正教会からの異端審問に応じねばなりません。」

「正教会が彼女を訴えるというのですか?」

「ええ、神託の巫女である私を謀り、侮った。それだけで、十分、訴えられましょう?」


 ギルバートは目を細めると「いつ、彼女がそんな事を?」と冷ややかな笑みを讃えて訊ね返した。


「いくら『神託の巫女』とはいえ、我が白百合姫を貶めるような事は言わないで頂きたい。彼女を愚弄するということは、ひいてはエルガー公爵家を愚弄するということ。そのようなこと、我が家が黙っていません。」


 ギルバートが牽制をすれば、サラはますます笑みを深めた。


「ギルバート様、私はあなたを助けたいのよ。本来のあなたは『月光の貴公子』として、私の傍に居るべき人。あなたの清廉さが北の地の多くの人を助けるというのに、あなたは愚かにもその女のために多くの無辜(むこ)の民を犠牲にするというの?」


 そして、サラは大衆へと向き直ると、「北の地で多くの血が流れるヴィジョンが見えます。そしてその原因はこの呪われた婚約にある」と高らかに宣言する。


「その女に惑わされてはなりません。これは神託。白百合姫などとその女を担げば、この国は火の海に飲み込まれることでしょう。」


 サラはギルバートとの距離を詰めると、二人にしか聞こえないくらいの声で、一言「教会の入場記録はいじらなかったのが敗因よ。イザベラに送った手紙と筆跡が合致したわ」と囁いてきた。


「エリザベス、いいえ、『隣国から来た商人の娘エラ』と呼んだ方が良いのかしら? あなたが『元の国』に帰ると言うなら、このことを不問にしても良くてよ?」


 あまりのことにエリザベスの膝から力が抜ける。咄嗟にギルバートが体を支えてくれて、サラをきつく睨み返したものの、サラは不敵な笑みを浮かべて、優雅に右に向き直り頭を下げた。


「高貴なる方々に申し上げます。この娘はこの国にあっては不幸をもたらしますが、『隣国』にあっては『救国の乙女』となり、両国の絆の証となりましょう。大公殿下に置かれましてはご英断くださいますこと、切にお願い申し上げます。」


 しかし、枢機卿が早口で「すでに婚約の指輪の交換はなされている。正教会の眉唾な神託一つで、覆すようなことは出来ぬ」と告げる。


「あら、では、王立教会は二人の婚約をお認めになるの?」

「ああ、そうだ。この二人の婚約に不都合はないと考える。」

「正教会と対立なさる気?」

「王立教会に喧嘩を売ってきているのはそちらであろう? ここは正教会ではなく、王立教会だ。王立教会はここに二人の婚約を宣言する。」


 そう言って、式次第通りに枢機卿が婚約を宣言する。

 慌ただしい雰囲気の中、婚約式は不穏な空気に包まれたままに幕を閉じた。

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