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白百合姫と神託の巫女(3)

「では、リチャードからの申し出だったの?」

「ああ、そうじゃよ。わしがあの邸にいて、毒でも飲まされたと知った日には、リジーを釣るための良い餌にされてしまうし、ギル坊はそんな奴らの思惑に気が付いても、リジーが会いたいと強く願ったら止めきれぬだろう?」


 ギルバートはそう指摘されると少し困ったように「恐らくそうですね」と返事する。すると、エドガーは「そこがルーカスの奴とギル坊の違うところじゃ」と目を細めた。


「わしはな、一晩、考えに考えた。そして今は『戦略的撤退』をすることにしたんじゃよ。『エリザベスを決してあの悪魔どもの棲む邸に近付けてはならぬ』とのう。」


 そして、ギルバートが口にしていた駆け落ち計画は一見して突拍子もない話であり、グレイ侯爵が納得するとは到底思えなかったが、何かあったとしても背後に『預言者』のルーカスがいれば、ひとまずは何とかしてくれようという算段もあったと話す。


「ルーカスの奴は、あの悪魔共と渡り合えるくらいの腹黒さがあるし、何なら世界の裏側から世界征服するとか言い出しそうな奴だしの。」


 しかし、敵対している口調ではなく、油断ならないとは言いながらも、信頼を置いているのはその表情からも明らかだった。

 コックス子爵家から譲られたという真っ黒な薬の出処がどこからのものだったのか勘づいているのかもしれない。


「ともかく、わしはのう、リジー。この目が黒い内はリジーに、あのような愚かな輩を簡単には近付けるつもりは毛頭ない。神に誓っての。」


 そう言うと、エドガーは懺悔室で懺悔をするかのようにして、ポツポツとベアトリスが自らに語った話を口にした。


 オリバーとエリザベスは国王陛下の子で間違いないこと。

 オリバーだけなら第一王妃の側室入りをしようと考えていたものの、エリザベスの事を考えると、それは避けた方が良さそうなこと。

 そして、本当は誰を好いているのかと、その人との(かすがい)となるであろうエリザベスを自らの手で守りたいと思っていること。


「あの時のベアトリスは、笑いもせず、泣きもせず、まるで人形になってしまったかのように淡々と話し、『神をも恐れぬ大罪だ』と嘆いていた。」

「・・・・・・それでお母様の記憶を封印したの?」


 エリザベスの問いにエドガーは小さく何度か頷き、「ああせねば、ベアトリスは自ら命を絶ってしまいそうに見えた」と話す。


「オリバーを引き渡す前から徐々に神経質になり、引き渡してからは、なおのことだった。朝も夜も関係なく、眠ることも食べることも身体が拒否してしまってのう。国王陛下は二人とも召し上げようとお話くださったんだが、王位継承権のことで揉めたらしく、ベアトリスは『リジーの身の安全を確保できないなら行けない』と、リジーを守ろうと頑なだった。」


 陛下とベアトリスの間に入って、ルーカスが何度か見舞いに来たものの、日に日にやせ細り、自分を責めるベアトリスの様子に思うところがあったのだろう。


「・・・・・・ルーカスはベアトリスの心身を守るために、記憶の書き換えをわしと国王陛下に提案したんじゃ。オリバーを手に入れたのだから、ベアトリスはもう自由にしてやって欲しい、と言ってな。」


 エドガーはそう言うと痛ましそうな表情になり目を伏せる。


「アンはお祖父様が願い出たと話していたけれど・・・・・・。」

「ああ、そういう事にしたんじゃ。ルーカスから陛下に願い出たと知られれば、下世話な輩が変に勘繰って、さらにベアトリスを傷付ける可能性もあった。それにルーカスから話すには意味深長過ぎる話だったしのう。」


 ともあれ、オリバーを手放して「自分は母親失格だ」と自らを責めるベアトリスに、ルーカスは「全ての罪は僕が引き受けるから」と告げて、ベアトリスに偽の記憶を植え付けたのだという。


「ルーカスが王室医師たちに頼んでベアトリスに植え付けて貰ったのは、ルーカスとの学生自体の日々をベースにした架空の恋物語と、生まれた子はただ一人、エリザベスだけだったというねじ曲げた記憶じゃった。」


 それゆえ、ベアトリスの中からはオリバーを抱いたことも、ルーカスと過ごした学生時代の思い出も消え去ったのだという。


「そして、ルーカスはその日からスペンサー家には近付かなくなった。せっかく封じた記憶が何かの際に外れてしまうのを危惧したのだろう。」


 それでも二人の事を心配して、まめに手紙をエドガーとベアトリスに送ってきてくれていた。それには、はじめこそ顔を見せなくなったルーカスに「無責任な」と憤っていたエドガーも、ベアトリスが精神的な安定を見せると、代わりに募ってきたのは切なさだった。


「ベアトリスとルーカスは互いに想い合っていたんじゃろうな。毒を受けて死の淵をさまよっていたわしが何とか息を吹き返した頃、ルーカスはベアトリスの死に酷く打ちひしがれておった。」


 エドガーはその時のことを思い出したのだろう。いつになく辛そうな表情になるから、エリザベスはさっきまで怒っていたのも忘れて、祖父の拳に手を伸ばし、そっと自らの手を乗せた。


「・・・・・・だからのう、リジー。わしは、あの二人の分もリジーに幸せになって欲しいんじゃよ。誰に決められるでもなく、本当に恋い慕う者と連れ添い、そして、健やかに過ごして欲しい、と。」


 そのためなら、自ら築き上げたものを打ち捨てる事など造作もないこと。『戦略的撤退』でも何でもしよう。エドカーはそう話すと目を細めて、「ギル坊、一つ頼みがあるんじゃが」と声を掛けた。


「ルーカスに伝えてくれんかの? わしは『選んだ』と。まだ三つに過ぎなかったネイサンの事もあったし、助かる道を探した五年じゃったが、そろそろ時間切れのようじゃ。」


 何を選んだのかは言わなくても、ルーカスには伝わるだろう。エドガーは爵位や家督を譲った時点である程度は覚悟をしていたことながら、今回の辺境伯領行きを決めることで、行動に移すことにしたのだと話す。


「元々、一代限りの男爵位じゃった。確かにスペンサーの名が残ることを夢見た時もあったがもう何も望まぬ。リジーも後生だから、わしの辺境伯領行きを聞き入れておくれ。」


 エリザベスはそう言われてしまうと、さっきまでのようには断れず、こくりと一つ頷いた。


 ◇


 帰りの馬車の中は酷く静かだった。


 エリザベスはその瞳に街の灯りを映して、物思いに耽っているのか、ぼんやりと外を眺め見ていて、ギルバートはそんなエリザベスに声を掛けることが出来ぬまま彼女の横顔を眺めていた。


(父さんも、エドガー様も『エリザベスは母親のベアトリスにそっくりだった』って言っていたっけ・・・・・・。)


 違うのは、オリバーと同じように、美しいブロンドであったことと、瞳の色がもう少し青みがかっていたと話していた。

 そして、目の前のエリザベスはちょうど光の加減もあって、いつもの髪色は単なるブロンドに見え、瞳の色は暗闇であまり判別できない色合いに見える。


(父さんが母さん以外に愛した女性、か――。)


 政略結婚にも関わらず、仲睦まじいと言われるルーカスとジェニファーの様子からは考えられないけれど、エドガーに聞かされた父の様子から推察するに、父がエリザベスの母親のベアトリスにひとかたならぬ感情を抱いていたのは確かなのだろうと思えた。


『僕にとってベアトリス嬢は本当に大切な人だったんだよ。』


 ルーカスの言葉が今になって胸を締め付けてくる。父にとっての『白百合姫』は母ではなく、ベアトリス=スペンサーだったのではないか。そして、そう勘繰ると「では、母さんや自分たちは大切ではないのか?」と非難めいた気持ちが沸き起こってくる。


(嫌な気分だ・・・・・・。)


 彼女の母は既に死んでいて、どっちに優劣を付けられる訳でもないのに。


 一方、エリザベスは窓の外を眺めながら、苦々しげな表情のまま、吐き捨てるようにして「みんな、勝手だわ」と零していた。


「勝手・・・・・・?」

「ええ、お母様の記憶が『公爵様との思い出』なら、お祖父様の言う通り、お母様は、真実、公爵様を愛していたのだと思う。それにこの間の口振りからすると、公爵様自身もきっと同じ気持ちだった・・・・・・。でも、だからって何? こっちの気も知らないで・・・・・・。」


 胸の内に溜め込んでいたものが決壊してしまったかのように、エリザベスは一気に吐き出して、それからぐすっと鼻を鳴らし、瞳を涙で潤ませた。


「私はお母様じゃないし、ギル、あなたは公爵様じゃないわ。そんな当たり前のことなのに。どうして・・・・・・ッ」


 エドガーも、ルーカスも、まるで形代のようにして、自分をベアトリスに、ギルバートをルーカスに見立てていると分かると、段々と腹立たしくなる。しかし、その一方で『二人が結ばれていたら』と願ってしまう気持ちも理解出来るから、エリザベスはこの気持ちをどこに向けたらいいのかが分からなかった。


「私はやっぱり性悪なんだわ。『公爵様とお母様が結ばれなくて良かった』なんて思うだなんて。」


 きっと誰もが同情するであろう状況なのに、どうしてもそれが受け入れられない。


「人としてどうかしているって思われるかもしれないけど――。」


 二人が結ばれなかったからこそ、オリバーと自分は生まれて、こうしてギルバートと出会えた。なのに、『二人が結ばれていたら』と言われてしまうと、まるで自分の存在が否定されてしまったような心地がして落ち着かなった。


「リジー、そんなことはないよ。僕も似たようなことを感じているから。」


 エリザベスの頬を伝う涙を拭い、馬車の揺れに任せて引き寄せ、そのままエリザベスを抱き締める。


 清廉であれ、高潔であれ、公正であれ。白百合の如く、ただ己の正義と無垢なる愛のみに従え。

 清廉であれ、高潔であれ、公正であれ。そして、ただ自ら定めた白百合姫に恥じぬ振る舞いをせよ。


 幼い頃からそう言われて、自分にも言い聞かせてきた言葉が頭の中をぐるぐるとする。

 今まで父と母の仲睦まじさを少しも疑わずに生きてきて、当然のことのように父は母を『白百合姫』としているのだと思っていたのに。


(けれど、きっと違う・・・・・・。)


 ベアトリス嬢の存在を知ってしまったら、父が本当は誰を『白百合姫』と考えているのかは明らかで、そんな父と二男一女を設けた母の心中を(おもんぱか)ると心が軋んだ。


「本当、みんな、勝手だよな。僕はただ君に嫁いできてほしいってだけなのに。」


 互いに互いを慰めるようにして抱き合うと、ほんの少しだけ胸の内のぐちゃぐちゃとした気持ちが収まるものの、ここ数日の出来事は、婚約式直前のナーバスな気持ちに拍車を掛けた。


「本当、もう一度、駆け落ちしたいくらいだわ。」


 エリザベスまで、そう言ってぼやくから「そうだね、今度はどこか旅に出ようか?」とギルバートも応じる。


「父さんや国王陛下の目を掻い潜るのは、骨が折れそうだけれど。せっかく婚約式にご招待するんだ。ヴェールズ公国の大公殿下にハニームーン先の紹介をお願いしてみようかな。」


 ヴェールズ公国から辺境伯領を巡って、二人で気ままに旅をする。


「リジーが望むなら、そのまま『救国の乙女を助けてくれ』って亡命扱いにしてもらっても悪くない。」

「・・・・・・もしかして、ギル、実は私以上に怒ってる?」


 ギルバートはルーカスに良く似た笑顔でニコリとして「遣り様はいくらでもあるんだよ」と囁いた。

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