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白百合姫と神託の巫女(2)

 前菜と食前酒、それから順番に料理が運ばれてくる。しかし、エドガーとギルバートの話に聞き入ることになり、エリザベスはあまり料理に集中する事が出来なかった。


「・・・・・・では、エドガー様はグロースター辺境伯のところに身を寄せられる、と?」

「うむ。主要なところの引き継ぎも終わったからのう。婚約式と披露宴に参加した後は移ろうと思っている。荷物もほとんどのものが既に辺境伯の邸行きじゃ。」

「ですが、道中狙われるのでは?」

「それがのう、怪我の巧妙でヴェールズ公国から大公殿下がいらしてるからの。それに合わせて移動しようと考えているゆえ、心配もなかろうて。」


 エドガーは「家督やら爵位やらをキースに譲っただの、孫娘が白百合姫として結婚するだのを耳にして、グレッグの奴が『身軽になったのならいいではないか 』と痺れを切らしたらしい」と苦笑する。


「ヴェールズ公国でリジーが『救国の乙女』と呼ばれているのを耳にして、どうやら大公殿下を唆したのも奴のようじゃ。」


 そう言ってエドガーは顎髭を弄る。ギルバートはヴェールズ公国の大使経由ではなく、辺境伯経由で今回のことが起こったのだと知ると「そういう事でしたか」と肩を竦めた。


「え、何? どういう事?」


 エリザベスが首を傾げると、ギルバートは「おかしいと思ったんだ」と砕けた口調で話し出す。


「ヴェールズ公国の大使に働きかけて、本来なら二週間後にヴェールズ公国には披露も兼ねてご招待予定だったろう? あれは国対国で、きちんと事前にお互いのスケジュールや準備期間を考えて案内した内容だ。」


 そのため、本来なら今回のように一方的にそれを反故にして予定を前倒しにして突撃をかけてくるなんて事は普通は有り得ない。


「そんな事をすれば、王室側で準備が出来ても、出来なくとも、禍根が残って不和の種になり、やがて火が着けば戦争にだってなりかねないからね。」


 それでも何とかせねばとなった結果、バイロン卿は「婚約式を取り止めよう」と話したし、ギルバートも婚約式の前の日だと言うのに、午前中は古巣である儀典関連の人と調整を図っていたのだという。


「今日、ヴェールズ公国の大使に平謝りされましたが、とても彼が大公殿下に働きかけたようには見えなかったから不思議だったんだ。誰が大公殿下の耳にリジーと僕の婚約の話を入れたんだろうって思っていたんだけれど。大使もね、大公殿下直属の『影』が動いたのかもと冷や汗を掻いていたんだよ。でも、まさか辺境伯が絡んでるとは・・・・・・。」

「ほんにのう。わしも事態を知って、『こりゃ、下手すると婚約式が流れてしまうかも』と思って、グレッグに苦言を呈そうとしたんだが、ルーカスの奴め、あいつの方が一枚上手だったようじゃの。『披露宴にサプライズゲストとして、大公殿下をご招待する心づもりゆえ、手出し無用』と連絡が来たからのう。」


 サプライズゲスト。

 確かに大公殿下はこの上ないサプライズゲストだ。


「隣国の大公殿下が来るなど、箔が付くのう。まるでロイヤルウェディングのようじゃ。」


 エドガーは呑気な事を口にしたが、おかげでこちらはバイロン卿が泡を食ったり、ギルバートが拗ねたり、家の中が上を下への大騒ぎだったのだと文句を言いたくなる。

 しかし、ギルバートは意外な程に穏やかに「そうですね、僕も父には驚かされっぱなしです」と答えた。


「それはそうと、ギル坊。お前さんにひとつ頼みがあるんだが・・・・・・。」

「頼みですか?」

「そうじゃ。アンの連れ合いの執事のリチャードやサムの父親の庭師のベン、それと腕利きのシェフのトムの三人を引き受けて貰えんじゃろうか?」


 その言葉に驚いたのはギルバートではなく、エリザベスの方で、思わずカシャンと持っていたフォークを食器の上に取り落としてしまった。


「お祖父様、リチャード達を置いていかれるおつもりなの?」

「ああ、表向きは『伺候』としているが、居候の身になるんじゃ、ぞろぞろと着いていくわけにはいかんじゃろ?」

「それでリチャード達は納得を?」

「ああ、はじめは反対されていたがの。リチャードにはアンが、ベンにはサムがいる。トムは最後までついていくと言われたんじゃが、それよりはリジーの傍に居てもらった方が安心だ。」


 そして「若い時はグロースター領にいたから土地勘もあるし、元々、知り合いの多い土地だ。道中はトムに送って貰うとしても、後は単身でも何とかなろうと納得してもらった」と説明する。


「三人の身元はわしが保証する。リチャードはアンの夫じゃし、ベンはサムの父親だ。トムはレストランを開けそうな腕前なのをスカウトしたんじゃよ。口は硬いし、郷土料理からフルコース、デザートまで何でもござれの腕利きじゃよ。」


 一方、エリザベスは唇を噛み締めて、それを聞いていたものの、ナフキンで口を拭うとエドガーを見据えた。


「グロースター領は、ここから遠いんでしょう?」


 エリザベスが訊ねれば、エドガーは「エイヴォン川をずっと下流にある港湾地区のある領だから、そこそこ距離があるな」と答える。


「辺境伯の邸のある街は、このグニシアの南の玄関口の街として、貿易と軍事の拠点になっておる。王都からは馬車で五日から六日といったところじゃろうか。」


 しかし、エドガーはそう話した後で顔を強ばらせて言葉を詰まらせた。


「リ、リジー?」


 エリザベスは目を据わらせて、机の上にナフキンを置き立ち上がる。


「お祖父様、私、明日も早いので失礼しますわ。」

「怒っておるのか?」

「ええ、今日という今日は赦せません。英傑だか、何だか知らないけれど、また勝手に決めてしまって。私はそんなに頼りないですか?」

「そんなことは・・・・・・。」

「では、何故、一言おっしゃってくださらないの? お部屋を移られる時もそう。学校の入学辞退をさせられた時もそう。コレクションの絵をお売りになると言った時もそう。いつも勝手に決めておしまいになって。お祖母様とお母様が好きだった絵をお売りになってしまったと仰った時、もうこういう事はなさらないでとお約束したはずだわ!」


 徐々に声を詰まらせ、目を真っ赤にしたエリザベスの様子にエドガーはオロオロとする。


「・・・・・・お話を伺った結果、同じように辺境伯のところに行かれる話になったとしても。たとえ、みんながあのお邸を出ることになったとしても。こんな風に事後報告で話を聞かされる身にもなってッ!」


 エリザベスはギルバートに「ごめんなさい」と告げると席を離れようとする。しかし、ギルバートはそんなエリザベスの腕を取った。


「エドガー様、ご要望とあらば、御三方はお引き受け致しましょう。」

「そ、そうか・・・・・・。」

「ただ、きちんとエリザベスにもきちんと経緯をお話をなさってください。彼女にとって、スペンサー領のお邸は長年暮らした思い出の家です。あなたが居ればこそあそこに顔を出す余地が残っていたのに、あなたが居なくなればそれさえ出来なくなってしまう。」


 ギルバートが柔らかな口調ながら「あの日、彼女を連れ出したのは確かに自分ですが、このようにいきなり退路を断つのはいかがなものかと存じます」と、真っ直ぐに意見する。エドガーは眉尻を下げて大きく頷いた。


「そうじゃの、リジーが怒るのも無理はない。てっきりサムから話が行っていると思って話を端折ってしまったな。」

「サムは知っていたの?」

「ウィンザー家にバレたと伝えに来た時に、潜伏先の方に来たから、てっきりリジーにも伝わっていると思っておったんじゃ。」


 エリザベスの驚いた表情を見ると、エドガーは「そこからして伝わっておらんかったようじゃの」と肩を竦めた。


「潜伏先・・・・・・?」

「うむ。あのまま邸に留まっていたら、また毒を盛られかねなかったからのう。」


 そして、エリザベスがギルバートに連れ出された後のスペンサー邸で起こった出来事を教えてくれた。


 ◇


 数ヶ月前。

 エリザベスがギルバートに抱えられて去っていった後、キースはエドガーに詰め寄った。


「父上、エリントン卿と何の取引をなさったのですか? 例の計画とは一体ッ?! エリザベスはグレイ侯爵との縁談が上がっているのですよ? それをあのようにエリントン卿が抱き上げて連れ出すなどッ!」

「詳しくは知らぬ。わしが頼まれたのは、領外へ出るエリザベスの外出許諾のみ。」

「知らぬ、と。そんな事がグレイ侯爵に通じるとお思いですか?」


 しかし、エドガーはカリカリとしているキースを一瞥すると「そなたが追い出した事にすれば良かろう」と告げる。


「廊下からでも聞こえておったぞ。『邸を無一文で追い出されたいのか』とは何たる言い(ぐさ)。」

「・・・・・・そ、それは言葉のあやというものです。」

「言葉のあやだと? あの子がお前に何をしたのだ? わしはエリザベスをグレイ侯爵になど嫁がせるつもりは毛頭ないぞ!」


 すると、キースは顔色を悪くし「グレイ侯爵は『後見』のようなものです」と弁解する。


「父上ももう良いご年齢。少し前には体調をお崩しになられ、生死の境を彷徨ったでは無いですか。ベアトリスも亡き今、父上に万が一の事があらば、あの子も困りましょう?」


 エドガーはキースの言い分に「お前が後見人となるとは言わぬのだな」と思わないでもなかったが、にやにやとする息子の様子に嫌悪してその言葉は口に出さずに飲み込んだ。


「たとえ、そうだとしても、エリザベスの一件はお前が出る幕ではないッ! すっこんでおれッ!」


 顔を真っ赤にしてキースを怒鳴りつけ、リチャードに言い付け、部屋の外に追い出すように告げる。リチャードは慇懃無礼に「キース坊っちゃま、ここはお引取りを」と告げて、エドガーの部屋からキースを追い出した。

 廊下から「わからず屋の老害め!」と罵る声が聞こえてくる。エドガーは「はあ」と深くため息を吐くと、紫檀の書斎机の前に座り「頭の痛い事だ」とリチャードにぼやいた。


「エリザベスのデビュタントの準備費用の件もあったゆえ、キースを黙らせるために財産分与として爵位や家督を譲るとしたが早まったやもしれぬ。」

「いいえ、旦那様。遅かれ早かれこの事態に陥った事でございましょう。むしろ、エドガー様のご判断できるうちに馬脚を現してくれて助かったと見るのがよろしいかと。それに咄嗟にエリントン卿へ託されたとのこと、ご英断でございました。」


 リチャードは後ろ手に部屋に鍵をかけて、ここ数日のパトリシアと、その息のかかった侍女のベスの不審な動きを報告する。

 聞けば、ベスはアンの目を盗んでは、いつもは進んでやらないようなあれこれを「お嬢様のために」と申し出てきていたのだと話した。


「ドレスに、ティーセット、化粧品にお香。いずれも調べた結果、毒針が仕込まれていたり、シルバーのカトラリーが黒ずむなど、証拠となるものが次々と集まっております。あと少しでもエリザベス様を家に留めていれば、今度はエリザベス様がベアトリス様のようになられていてもおかしくございませんでした。」


 そして、リチャードは「差し出がましいようですが」と深く頭を垂れて「どうぞ旦那様もこのお邸をお出になり、安全なところへ避難くださいませ」と話す。


「エリザベス様にとって、このお邸に戻ってくる理由は、ただ(ひとえ)に旦那様がいらっしゃるからに他ありません。我らとて、奴らにこの邸を取られるのは腹立たしい限りではございますが・・・・・・。」

「背に腹はかえられぬ、か・・・・・・。」


 リチャードが大きく頷き「ちょうど辺境伯様から伺候のお話が来ております。『爵位も家督も次代に譲り隠居なさるくらいなら、辺境伯領に伺候し、後進の育成に力を貸してほしい』との仰せです」と具申する。


 エドガーの答えは「一晩だけ考えさせて欲しい」だった。

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