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「婚約反対」に反対です(5)

 ギルバートと共にタウンハウスの一室に帰ってからも、エリザベスはソファーに腰かけたまま、しばらく放心状態だった。


『賢明なエドガーが、これ以上、エリザベス嬢をスペンサー家に置いておくのは、『スペンサー家にとって危険が及ぶ』と判断した。』


 ルーカスの言ったその言葉が酷く胸を締め付けてくる。


(公爵様の指摘はその通りだわ・・・・・・。私があの家に残っていたら、お祖父様は命を狙われ続ける。)


 そう思ったら、庭園から戻る途中でくらりと目眩がして、足元がおぼつかなくなり、横にいたギルバートに抱えて連れ帰られるという事態に陥った。

 途中、自分で歩くと言ったものの、ギルバートには受け入れて貰えず、馬車から降りる際も、こうして部屋に連れて来られる合間も、ギルバートは自分を抱えて運ぶものだから、御者の目や家事使用人の目もあるというのに落ち着かなかった。


「少しは落ち着いた?」


 道端で辻馬車を捕まえ、ルーカスを置いてきぼりに急ぎタウンハウスに戻ってきてしまったのは気に掛かっているが、心配そうに顔を覗き込んでくるギルバートの様子に小さく頷く。

 けれど、いつだって満面の笑みで、ともすれば、大袈裟だと思うくらいに自分を可愛がってくれていると思っていたエドガーが、実は自分を厭うていたのではと思うと、まだ上手く気持ちの整理が付かない。


『おお、可愛いリジー! もっとこっちに来ておくれ。』


 五年前に母が亡くなってしまってから、祖父は決まってそう言って出迎えるようになって、自分の存在を確かめるように、ぎゅうっと抱き締めてくれてから、本題の話をするようになっていた。


 あれもパフォーマンスだったと言うのだろうか――。


 それでもギルバートを心配させたくなくて、エリザベスは無理に笑うと、「色んな話を一気にお聞きし過ぎて、目を回したみたい。ごめんなさい」と答えた。

 しかし、まだ顔色が悪かったのだろう。ギルバートは「リジー、父さんが言ったことは気にしないでくれ」と顔を顰めた。


「父さんは僕がどれほどエドガー様を説得するのに苦労したのか知らないから『賢明なエドガーが手放した』とか言うんだ。きっとリジーのお祖父様は父さんとは別の理由でリジーを外に出してくれたんだと思うよ。」


 ギルバートは「そうじゃなきゃ、『お前さんはジェニファーに似て、ルーカスと違って信用が置けそうだ』とか面と向かって言わないだろう?」と言うから、エリザベスはようやく表情を弛めて、「確かにお祖父様なら言い出しかねないわ」と苦笑した。


「そうだよ、だから、リジーはエドガー様を信じて疑わなくていい。だいたい国王陛下の勅書まで持っていったのに握り潰されて、『わしはわしの勘しか信じない』って一蹴されたくらいなんだからね。あの時はリチャードが取り成してくれなかったら、本当にどうしようかと思ったんだよ。」

「そうなの・・・・・・?」

「ああ、本当の話だ。それと父がごめんね。あんなに次々と爆弾発言をするとは思わなかった。しれっとした顔で『国盗り』だなんて言い出して。大抵の人は目を回す話だよ。」


 その割にはギルバートは、そこまで驚いているようには見えず、上着を脱ぎ、クラヴァットも外して着崩すから、エリザベスは力ないままくすりと笑い「ギルは『大抵の人』じゃないみたいね?」と笑った。


「ああ、『あの親にしてこの子あり』と言われてしまいそうだけどね。その点については長年の疑問が解決して逆に少しスッキリしているくらいかもしれない。」

「長年の疑問?」

「ああ、『何故、あのタイミングで父は宰相を辞めたんだろう』って疑問のこと。」


 そして、少しばかり気恥しそうに「当時の僕は、街の小さな子達がこぞって『王室騎士団』に憧れるようにして、僕は父さんに憧れていたんだ」と苦笑した。


「父さんが宰相になったのは僕が五つの時。その頃の父さんは王城に働き詰めでね、こんな風にシーズン中はこのタウンハウスに帰ってくるのさえ稀だった。」


 ほぼ王城に泊まり込みで、歳の離れた兄は学園の寄宿舎にいた事もあり、普段は母親のジェニファーとすぐ上の姉のステファニーの三人で過ごす日々。たまに母親に連れられて王城に行き、王太子殿下と城内を回っては各々の父親の仕事ぶりを覗きに行っていた。


「だから、父が『宰相職を辞そうと思っている』と言い出した時は、本当にショックを受けたんだよ。」


 ギルバートはそう言って、エリザベスのすぐ隣に腰を下ろす。そして、少し前かがみに指を組むとポツポツと小さな頃の憧れの話をし始めた。


「それに、あの時は『何で、今なんだ』と思った。それと『兄さんばかりずるい』ともね。」


 小さな頃からの憧れだった父と一緒に働く事は、父の背を追っていたギルバートにとって、将来の夢だったし、実の兄であるブライアンがその夢を実現させたこともあって、『自分もいつか一緒に働けるのでは?』と淡い期待を抱いていたのだと言う。


「兄さんは手ずから、しかも実地で仕事の手解きをあれこれ受けられたのに、僕はそれを父から一切受けられないことが不服だったんだ。」


 まるで父に『同じ土俵に立つことも許さない』と言われているような心地になり、それゆえ、父親に憧れていたのに行政部に移りたいとは口に出せず、意固地になって儀典統括の仕事をずっとやってきたのだと苦笑する。

 さらに、丁度、ルーカスが宰相職をやめた頃、多感な年頃だったギルバートには『宰相ではなくなった父』を受け入れ難かったのだと話した。


「王城に勤め出してからは、理想と現実が大きく違うことも、『父は父なりの考えがあって、宰相職を降りたのだろう』と思ってはいたんだけれどね。」


 まさか自国に飽き足らず、他国の『国盗り』までも考えているだなんて、どうして思えよう。しかも、理由はたった一人、ベアトリス=スペンサーの忘れ形見であるエリザベスのためとは思わなかった。


「『預言者』と呼ばれるほど、有言実行な元宰相閣下は、どうやら足掛け五年以上のプロジェクトを進行中のようだし、恐らくこの件に僕を利用するのは父さんの随分と前からの考えだったんだと思う。」


 ギルバートはそこまで話し終えると「本当に面白くない」とポツリと零す。


「リジーの事は『僕が守っていくんだ』って思っていたのに、それよりずっと前から父さんは君のことを守っていて、父さんの掌の上で転がされてる気分になってきたよ。しかも、それを僕に秘密にしてきたなんて・・・・・・。」


 そして、天井に向かってふうっとため息を吐いたギルバートは、いつになく疲れてしまったようにして目を伏せる。


「でも、それで僕が怒っても、怒らなくても、父さんのプロジェクトには影響が出ない。きっと僕は父さんのプロジェクトの『駒』でしかないとしても。」


 エリザベスは、そう言って、少し不貞腐れたようなギルバートの姿が新鮮で、彼と同じようにしてソファーの背もたれに身を預けると、ギルバートの上着の袖を引っ張った。


「ギル、私をあの屋敷から連れ出してくれたのはあなたよ。」

「それはそうだけど。」

「それにフィリップ様の時もそう。私を助けてくれたのは公爵様じゃないわ。」


 エリザベスは頭を預けるようにして、ギルバートに凭れると、自分とは違って骨ばった一回り大きな手に触れる。


「いつだって助けてくれたのは、あなたよ?」


 ルーカスのプロジェクトに参画しなくとも、二心なくエリザベスを大切にしてくれて、窮地から救ってくれているのは紛れもない彼だ。


「それに公爵様は私に『負い目』は感じていらっしゃるかもしれないけれど、『大切に思っている』のはあなたの事だと思うわ。」

「父さんが?」

「ええ。」


 エリザベスは頷くと、ギルバートが自分に見せるのと同じような、柔らかな眼差しをしていたルーカスの事を思い出す。それまでベアトリスのことを口にしていたルーカスは、時折、酷く辛そうな表情をしていたのに、ギルバートを見つけた途端、優しくも威厳ある『父親の顔』に戻ったのだ。


「公爵様は『ギルは自分に似ている』と仰っていたわ。」

「僕が父さんに似ている?」


 エリザベスは目を細めて、こくりと頷くと「ギルは私を危ない目に合わせまいと思ったらどうする?」と訊ねる。


「そうだな。ひとまず安全なこのタウンハウスか、エリントンのマナーハウスで恙無(つつがな)く暮らしてもらっておいて、その間に問題を片付けるかな。」


 その言葉にエリザベスはふふっと笑い、「ほらね?」と微笑む。しかし、ギルバートには良く伝わらなかったのか、「ほらね、って何が?」と訊ね返してきた。


「公爵様もきっと同じだわ。あなたには安全なところで恙無く暮らしておいてもらって、ご自身で問題を片付けたいのよ。」

「その結果が平和な『国盗り』の話だと?」

「ええ、公爵様はすでに次の代、つまりバイロン卿やステファニー様、そして、あなたのことをお考えなのだわ。きっと一番の懸念はノーランド王国だから。」


 ギルバートはやや呆れ顔で「それで、そこには国ごと消えてもらって、どうすると思う?」と訊ねてくる。


「その時の情勢にもよるけど、『私なら』の話だけれど、全てが片付いたら、ギルと私を後釜に据えるでしょうね。」

「僕らを傀儡に使うと?」

「『傀儡』というよりは『偶像』ね。」

「そんなこと・・・・・・。」

「あら、出来ないと思って? 国王陛下ら王室の方々とお祖父様が参列する婚約式に加えてヴェールズ公国の大公が参列するというのに。」


 ギルバートは口を閉ざし、ゆっくりと首を振った。


「いや、やりかねないな。君を国王陛下の隠し子として、『白百合姫』で『救国の乙女』と遇すれば『王女』として立てる可能性は十分にある。」

「でも、それだけでは足りないわ。実務面を支えられる『月光の貴公子』が傍にいることも必須事項よ。」


 名ばかりの偶像は侮られる。それを支え、脇を固める人材が必要だ。


「あなたは王太子殿下と共に同じ教育を受け、王太子としての実務面を把握してる。それに儀典統括をしてたから、他の国の大使とも繋がりがあるし、各国の世情を把握しているでしょう?」


 国を統治するためのノウハウを、それこそ王太子であるオリバーよりも叩き込まれている。


「私が『お祖父様の秘蔵っ子』なら、ギルは『公爵様の秘蔵っ子』だわ。」


 エリザベスはそう言ってくすくすと笑う。ギルバートはエドガーに「ルーカスの奴め、とんだ隠し球を儂に寄越しおって」と言われたのを思い返していた。

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