「婚約反対」に反対です(4)
ルーカスがベアトリスからの手紙を読んだあの日。その日は嵐が来る前の日で、酷く風が吹き荒れていて、雲が低く垂れ込んでいた。
先に着いていたのだろう、コックス子爵家の紋章の入った馬車が止まっていたのを脇に避けさせ、馬から降りると足早に邸の玄関の叩き鉦を掴んだ。
ゴンゴンゴンゴン、ゴンゴンゴンゴン――。
苛立ちも乗せて叩き鉦をやや居丈高に四回ずつ、二度鳴らすと、以前見たことのある家令とは違う、胡散臭そうな男が顔を覗かせ「どちら様ですか?」と訊ねてくる。
「ベアトリスが死んだと聞いた。エリザベスの後見人だ。邪魔だてするなら押し通る。」
「な・・・・・・ッ!?」
力を入れて押し開き、「お待ちください」と言う家令だか、フットマンだかよく分からない男を置き去りに応接室に迎えば、コックス子爵の「エリザベス嬢が傷心なだけならば、娘や息子が申し上げている通り、しばらくうちでお預かりさせていただけないだろうか?」と話している声が漏れ聞こえてきたところだった。
「あの子をこの邸から出すつもりはありません。よその家の事情に首を突っ込まないで頂きたい。」
キースの言い種に頭にきて、勢いよくドアを押し開く。バンと響いた音にギョッとしたのか、それとも髪を乱して現れたルーカスの姿に驚いたのか、キースもコックス子爵もこちらを見たまま固まった。
「お待ちくださいッ! どなたか分からない方をお通しするわけには参りません。」
玄関先で足止めをしてきた男が雪崩込んできたが、コックス子爵が「無礼者ッ!」と一喝すれば、ひっと短い悲鳴を上げて尻もちをつく。
「宰相閣下に何たる口の利き方ッ!」
「・・・・・・さ、宰相閣下?」
「いかにも。」
「そ、それはとんだ、し、失礼を。」
キースは「ジェームス、下がれ」と命ずる。そして、ルーカスに視線を移すと「家の者が失礼いたしました」と口を利いた。
「ところで、閣下。どうしてこの片田舎まで?」
「私はベアトリスとは旧知からの知り合いでね。一昨日、エラルド公国から半年ぶりに帰れたと思ったら、ベアトリスが随分前に亡くなったと陛下より知らされた。しかも、第一後見人のエドガーまで伏せっており、エリザベス嬢はもう二ヶ月余り、この邸に軟禁されているとあらば、馬を飛ばしても来よう?」
「・・・・・・軟禁とは些か人聞きが悪いですな。あの子は母親を亡くし、祖父まで同じような症状で倒れて、傷心で伏せっているだけです。」
「それならば、コックス卿の言う通り、彼の邸に連れて行っても異論は無いな?」
「それは・・・・・・。」
キースは少し顔色を悪くしたものの、相手がルーカスである事に、ここで逆らっても分が悪いと踏んだのだろう。そのまま口篭り、拳を固く握りしめる。
「コックス卿、彼女の保護を貴殿にお願いしたい。あとで入り用なものは届けさせる。」
コックス子爵はキースと自分を見比べた後、「承知しました、閣下」と恭しく礼をして部屋を後にする。一方、キースはわなわなと怒りに震えながらも「閣下、これは我が家の事でございます!」と声を震わせて訴えてきた。
「ベアトリスと旧知だからといって、エリザベスを連れ去ると仰せになるのですかッ!」
「どの口が『我が家』などと言うんだッ!」
そういうと懐から手紙を一枚取り出し、「うちにこれが届いた。今際の際で走り書いたのだろうが、これを見てもまだ何か言うつもりなのか?」と机に叩きつけるようにして見せる。そこには震える文字で「ルーク、お願い、リジーを助けて」と書かれていた。
「僕はエリザベス嬢の名付け親だ。これはその書類。」
そして、懐からベアトリスから受け取っていた手紙の束も取り出すと「筆跡が正しいか確認するというなら、確認すればいい。乱れてはいるが彼女の字だと証明できよう」と告げる。
「後見・・・・・・人・・・・・・?」
ルーカスは、突然、突きつけられた妹の手紙と後見人証明書に狼狽しているキースに詰め寄り、クラヴァットを引き千切らん勢いで胸ぐらを掴むと、「お前が何をしたのか、私が知らないと思っているのか?」と締め上げる。
「彼とエリザベス嬢の身柄はこちらで引き受ける。もう一度、私に意見したり、『あの子をこの邸から出す気はない』などと言ってみろ? お前の妻と息子もあの子と同じように捕えて、最期はベアトリスと同じように苦しい死を齎してやる。」
ルーカスが小声で早口で責め立てるように脅せば、キースは明らかに目を泳がせた。
「・・・・・・何のことだか、わ、私は知らないッ!」
「では、そのまま誰に対しても『知らぬ存ぜぬ』を通すんだな。」
ルーカスがギリギリと首を絞め上げていると「ルーカス様、お止めくださいませッ!」と聞き覚えのある女性の声が止めに入る。
それはさっきまでいた青ざめた顔の男ではなく、ベアトリスのところで何度か顔を合わせたことのあるアンの姿だった。
◇
「父上、何故そこまで分かっていながら、彼らを排斥なさらなかったのですか?」
「それをエドガーが望んでなかったからだ。いくらダメな兄であっても、妹のベアトリス同様、キースもまた前男爵にとっては大事な子供だったということだよ。」
「兄が妹を殺してもですか?」
「それは逆だよ、ギルバート。妹のベアトリスが殺されたからこそ、前男爵は残されたキースに執着したんだろう。」
一命を取り留めたエドガーは意識を失っている合間にベアトリスを亡くした事を嘆き、エリザベスを助け出した事を感謝してくれた。
しかし「キースのことは儂自身が見張る故、今回だけは見逃してやってくれ」と言い、ルーカスがエリザベスを保護させて欲しいと言うと「後生だから自分が死ぬまではエリザベスと過ごさせてくれ」と懇願されてしまったのだという。
「棺桶に片足を突っ込んでいて、意気消沈している彼に懇願されてしまったら、きっとギルバートだって許すと言ってしまうと思うんだよ。ただ、許した途端、あんな風に急回復するとは思わなかったけれどね・・・・・・。」
木炭での解毒を繰り返して五年。
一時は命が危うかったエドガーは、まだ後遺症に苦しみつつも、驚異的な回復をしてみせて、エリザベスを守り育ててきた。
それは半ば彼の意地のようなものだったのかもしれないが、元は『英傑』と言われたほどの人だ、人並みならぬ体力と気合いで回復し、長い間、伏せっていて萎えてしまっていた脚も杖をついて歩けるまでに回復をした。
一方、エリザベスはルーカスのことを、単なる「名付け親」だと思っていたものの、話を聞く中で彼が、もっと力のある自分の「後見人」なのだと知って、目に見えておろおろとした。
「お祖父様ったら、一言もそんなこと・・・・・・。公爵様が出自の件もあって、関係の深い方だとは聞いておりましたが・・・・・・。」
新事実ばかりを聞かされて、恐縮し始めたエリザベスに、ルーカスは「彼には私が口止めをしたんだよ」と苦笑する。
「王太子殿下の事もあったし、あの時、君はそれどころでも無かったろう?」
伯父夫婦に部屋に軟禁され、彼らの息のかかった使用人の監視の目に常に晒される中、他の郵便物に紛れさせてキャロラインの所へ手紙を出さざるを得なかったほど。
また、頼りとしていた母とは死に別れ、さらには第一後見人の祖父まで生死の境をさ迷っていると聞かされて、天涯孤独の身の上になる心配もしなくてはならない。
しかも、その状況下から解放されても、軟禁されていた間に受けた心の傷を癒すには、捕らえられていたのと同じ以上の期間、エリザベスから笑みを奪い、体調を持ち戻すのにも多くの時間を要したのだ。
「あの時の君はまず心身ともに休める事が大切だった。しかも、君の第一後見人である祖父、エドガー=スペンサーが気合いで死の淵から生還した。それなのに私が介入し真実を知ってしまったら、君は今以上に困惑していただろう?」
エリザベスは「それは確かにおっしゃる通りかもしれませんが、今までお助け頂いたお礼もせずに」と申し訳なさそうにする。
「良いんだよ、そんな事は。私はね、ビーの愛娘がこうして生きていてくれて、幸せそうにしてくれていればそれで構わない。」
一方、ギルバートは、その横でいつものように考え込み出し、何やらあれこれ思案しているようだった。
「ところで、ギル、その辺にしておけ。あんまり考え込んでいると日が沈むぞ?」
「そんな大袈裟な。まだ昼になったばかりでしょう?」
「ああ、そうだ。そして、私もリジーもお腹の空く頃合なのを忘れないでくれよ?」
すると、ギルバートは不服そうに「本当、そう言う嫌味を言うところは姉さんと一緒ですね」とむくれながら、「一つ、疑問が残ったんで考えていたんです。エドガー様がリジーをスペンサー家から出してくださった事について考えていたんですよ」と話した。
「エドガー様にとって、リジーは目に入れても痛くないと言わんばかりに可愛がっている秘蔵っ子でしょう? 父さんの申し出さえ断ったのに、何故、僕の無茶苦茶な提案に乗ってくださったんでしょうか。」
エルガー公爵家一同、公認の駆け落ち。しかも、避難先は王家の離宮。確かにエリザベスの置かれた状態は、二回りも年上のグレイ侯爵に嫁がされそうになっていたわけで芳しい状態ではなかったのは確かだが、エリザベスの保護を願うならもっと危機的な状況があったように思えたのだ。
「当時、宰相職をしていた父さんがスペンサー家だけを贔屓して援助できない立場にあったのも承知していますが、ベアトリス様が亡くなった時だけでなく、水害でスペンサー領の半分が被害を受けた時もリジーに手を差し伸べなかったわけでしょう? 父さんにしたって、エドガー様にしたって、今回の駆け落ちやら婚約やらの件は、まるで僕自らが動くのを待っていたかのように感じたんですが・・・・・・。」
ギルバートは胡散臭そうな者を見るようにして「何を企んでいらっしゃるのです?」とルーカスを問い詰める。ルーカスは「参ったねえ」と肩を竦めた。
「ギルの勘の良さはジェニファー譲りで。どうやらお昼ご飯はお預けのようだ。」
そう言って苦笑すると「私はね、ギルバート。ここだけの話、『国盗り』をしようと思っているんだよ」と不敵に笑った。
「・・・・・・国盗り?」
「ああ、出来るだけ平和にね。そして、それは半分程度は進んでいる。エラルド公国はほぼ詰んでいる状態だし、グニシア王国もチェックくらいまでは来ている。」
グニシア王国においては第一王妃の後見人となり、自ら宰相としての辣腕を振るった実績を持ち、影で王太子殿下の出自を握っているルーカスは、王太子妃にステファニーを付ける予定で動いている。
また、ジェニファーの弟であり、適齢の公子の居ないエラルド公国の大公家にとって、後継者問題を抱えていて、公世子候補としてギルバートを縁付ける準備も出来ていた。
「ヴェールズ公国の件だって、ヴェールズの民がリジーのことを『救国の乙女』と祀り上げてくれればくれるほど、リジーが慕うお前の方に関心を持つだろう。その上に先日のヴェールズ公国救済措置を盛り込んだお前立案の政策を実施したら、ヴェールズ公国の民はどう思う?」
「つまり、その民意を味方に付けてしまえば、こちらの勝ちだと?」
「ああ、そうだよ。そして、その発表は、披露宴で大公殿下のいる前で、大公殿下に恩を売る形式で、大仰にやるくらいがちょうど良いと思わないか?」
まるで目の前にチェスボードがあれば、「チェック」と言い出しそうな口調で、ルーカスが楽しげに話す。けれど、ギルバートはいつになく険しい顔になり、青褪めていくエリザベスの冷えた手を握ると「リジーをそんな『国盗り』に巻き込まないで頂きたい」と厳しい口調で咎めた。
「ギル、そうは言ってもだな。エリザベス嬢はいつだって、嵐の中心にいるんだよ? そして、賢明なエドガーは、これ以上、『エリザベス嬢をスペンサー家に置いておくのは、スペンサー家にとって危険が及ぶ』と判断した。」
ルーカスは青褪めているエリザベスに「だが、決してエドガーは君を見捨てたわけじゃないよ」とも話す。
「だからこそ、エドガーはグレイ侯爵家ではなく、ギル、お前の無謀とも思える計画にご賛同くださったのさ。」
エリザベスを失ったスペンサー家はグレイ侯爵にとっても、ハミルトン伯爵にとっても、もはや価値の薄い片田舎の領地に過ぎない。
「彼らはエリザベス嬢の出自をひょんな事から知ってしまった。そして、それをネタにあろう事かノーランド王国と通じている。」
「ひょんなことって、正教会に匿われている『サラ』ですね。」
「ああ、そうだ。彼女がいる教会はこの国では珍しい保守派の教会でね。自分たちに『正』なんて付けるだけあって、大陸には熱心な信者の王もいて、無辜の民を断罪しているという噂まである。そして、今回の件の背後には、そんな大陸の国と交易を考えているノーランド王国が控えているんだ。」
「あの教会が保守派の教会? では、連絡系統も王立教会とは別という事ですか?」
「ああ、そういう事だ。教会の作りなどからだけでは一見してそうは見えないけれどね。そして、その保守派の教会にとって、サラは『神託の巫女』と崇められ始めたのも知っているかい? 一方、エリザベス嬢は『白百合姫』の名を冠したからかもだけど、その神託のせいで『売国奴の生まれ変わり』と揶揄されている状態だということも。」
ルーカスはそこまで言うと「私はエリザベス嬢のことをそんな風に言ったり、利用しようとする奴らを許せない。だからね、ノーランド王国ごと、彼らには消えてもらおうと思っているんだよ」とニコリとした。




