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「婚約反対」に反対です(3)

 それから十八年。

 年月は流れて、隣を歩むエリザベス嬢は言葉を詰まらせたルーカスの事を心配そうに見つめてきていた。ルーカスはふうと息を吐くと段々と見えてきた公園の緑に眩しそうに目を細めた。


「私はね、エリザベス嬢。君に謝らなければならない。」

「謝らなければならない?」

「ああ。五年前、私はビーをみすみす死なせてしまった。」


 そして、ベアトリスに話したのと同じ内容をエリザベスにも話して聞かせる。エリザベスもいつかのベアトリスと同じように顔を強ばらせた。


「・・・・・・公爵様は、母の死に父が関わっていると思われますか?」


 しかし、ルーカスは首を横に振り「分からない」と答える。


「私も、実は陛下が彼らの計画を知りながら、私をエラルド公国に送ったのかと、疑いを持って探りを入れてみたこともある。だが、君のお父様はだんまりで、それらしい証拠もなくてね。」


 そして、気遣わしげなエリザベスに向かって目を細めると、ギルバートが良くするように少し茶化すようにして「結局、君のお父様と顔を合わせるのが日に日に嫌になってしまって、ブライアンに宰相の位を継がせて、逃げ出してしまったんだよ」と話した。


「だが、引き継がせて分かったが、ブライアンは私よりも宰相職に向いているようでね。私が苦労して纏めていたいくつもの派閥を、今じゃ上手く取りまとめて国の運営を助けているし、もっと早くに任せれば良かったと思ったほどだよ。」


 若冠二十歳で宰相補佐、二十三歳で宰相職を引き継いだブライアンはその職に就いてもうすぐ二年を過ぎる。

 おかげでルーカスはその間に様々な事をする余裕が出来た。


「ブライアンはジェニファーに似たのだろうね。敵味方関係なく人がついてきて、あの子を助けようとする。だが、ギルバートは私に似たのだろう。私と一緒で、何かの壁にぶち当たると、一度、腹落ちしないと前に進めないし、誰かを頼ったり任せたりすることを嫌う。」


 筋が通っていないと何となく気持ち悪くて、上手くいかない事があると、静かなところで一人考えを整理したくなる。

 ルーカスは自分がいくとしたら、王立庭園の噴水の辺りだろうと踏んで足を進めていた。


「・・・・・・ああ、やはりここにいた。」


 ここに居なかったなら、次はもうワンブロック先にある四阿(あずまや)辺りまで足を伸ばさねばならなかっただろうなと思いながら近付く。


「ギルバート。そろそろ頭は冷えたか?」


 声をかけられて、面を上げたギルバートは、向かいからやってきた二人の人影が、ルーカスとエリザベスだと気がつくと意外な取り合わせにその場に立ち上がった。


「父さんとリジー・・・・・・? 何で・・・・・・。」

「ご覧の通り、二人でギルを迎えに来たのさ。」


 数段低くなっている噴水広場のところに下りるのに、流れるようにルーカスがエリザベスに手を差し出す。ギルバートは立ち上がると、足早に近付いてきた。


「婚約式を中止にする話をもう彼女に?」


 そして、憤然とした様子のまま、ギルバートが訊ねてくるから、ルーカスはキョトンとした。


「あ、ああ。そう言えばそんな話だったねえ。ビーの話をしてて、すっかり忘れてた。」

「ビーの話?」

「ああ、ベアトリス、つまりエリザベス嬢のお母さんとの昔話とか、僕が実はエリザベス嬢の名付け親だとか、そんな話だよ。」

「父さんがリジーの名付け親?」

「そうだよ。でも、ビーに『愛称がリリィなら白百合姫(プリンセス・リリィ)になるし、エリザベス嬢をギルの花嫁に欲しい』って話したんだけど、『その愛称は断固反対』って言われたとか、そんな話をしてたんだよ。」


 そして「はあ、久々に歩いて疲れた。歳はとりたくないものだね。どこかに四阿(あずまや)は無いものかな」とキョロキョロとし出す。


「ああ、それと。ひとつ訂正を入れるなら、僕はブライアンの話に『分かった』とは言ったけれど、『婚約式を中止にしろ』とは言っていないぞ?」


 空とぼけたようなルーカスの言葉に、ギルバートは目を見開き、小首を傾げるエリザベスと顔を見合わせる。


「ああ、あそこに丁度よさそうな木陰とベンチがある。続きはあちらで話そうか。」


 ルーカスは、ギルバートとエリザベスにニコリと笑いかけるとプラタナスの木陰のところへと一人歩き出した。


 ◇


 父が『喰えない』人物だと言うのはよく分かっている。いや、分かっている()()()だった。


「・・・・・・婚約式も披露宴も予定通り敢行する?」

「ああ、食品関係は元々王家に振る舞う分として最高級品で揃えているし、これはあとでブライアンにも伝えるつもりだが、すでに発注量を三日前には追加してあるし、もちろん料理人の人数も手配を増やしてある。大公一行のひとつやふたつ増えたところで問題はあるまい。お前は内輪だけでやる予定の披露宴に来客が増えると思えばいい。」


 ギルバートはそれを聞くとキョトンとした表情から、頭が痛そうな表情に変わり、顔を両手で覆うと「はあ」と深い溜息を吐いた。


「・・・・・・待ってください、父上。父上はヴェールズ公国を敵に回すおつもりなんですか?」


 あわよくばエリザベスを大公妃にと考えている大公殿下の前で披露宴をする。それがどういう意味か分からぬ父ではあるまい。


「そんな真っ向から喧嘩を売って、無礼だと言われたら戦争になりかねませんよ?」


 しかし、ルーカスはふふんと鼻を鳴らし、「予定も聞かずに来るのはあちら様だろう?」と不敵な笑みを浮かべた。


「敵対するかどうかは相手の出方を見ながらだな。それに敵対したところでエラルド公国からの支援を受けられるようにしてある。」

「エラルド公国の?」

「ああ、大公殿下の訪問を断るわけでもないし、最高級の食事も用意するし、歓待もする。そうなったら、大公殿下とて礼を失しているわけではないからね。」


 すると、今度はエリザベスが「公爵様が味方をしてくださるのでしたら良かった」と笑い、「バイロン卿より『料理の材料や人員も回したいくらい』と仰せでしたので、『では、そのように』とお伝えしてしまっていたのです」と話す。

 それには顔を覆っていたギルバートも「ええッ?!」と驚きに上擦った声を出す。エリザベスは少し肩を竦めて「でも、身二つにでもならない限り物理的に厳しいでしょう?」と苦笑した。


「それと、宴に参加するならば『予定通りのドレスで参加させて欲しい』とも。まだ、訂正は間に合いますでしょうか?」


 ギルバートは困ったように眉尻を下げて「リジー」と狼狽するから、ルーカスは「ハハハッ」と声を立てて笑った。


「エリザベス嬢は凄いな。ギルを狼狽させるとは。僕も歯に衣着せぬビーによく狼狽させられていたが、またそれとは違う感じのようだね。」

「父さん、笑い事じゃないんですよ? リジーは本当に無鉄砲というか、向こう見ずというか、ハラハラさせられてばかりで。」


 エリザベスが「まあ、そのようにお思いでしたの?」と少し拗ねたような口調になる。けれど、それは慎重さの塊のようなギルバートにはちょうど良いカンフル剤になっているようで、いつになく言い淀んで「あ、その、ごめん」と普通の二十歳の青年のようにして喜怒哀楽を示すからルーカスは目もとを緩めた。


「仲がいいんだな。良いんじゃないか? 『月光の貴公子、白百合姫に尻に敷かれる』なんて見出しも。」

「まあ、公爵様まで!」


 喉を鳴らすようにして面白がるルーカスを前に、なるほどステファニーの性格はルーカス譲りなんだなと思いながらエリザベスが困った表情をすると、ルーカスはいつになく柔らかく笑う。ギルバートもそんな二人を見ていたら、一人、思い悩んでるのが馬鹿らしくなってきて苦笑した。


「とにかく、ギル。私は『婚約反対』に反対だし、むしろビーが許してくれていたら『許嫁(いいなづけ)』として、もっと前から二人を交流させておきたかったんだよ?」


 けれど、ジェニファーがギルバートをオリバーのお目付け役にしてしまったが故に、簡単にはスペンサー家には連れて行けずに難儀したのだという。


「しかも、五年前、エラルド公国に行っている合間に、ベアトリスが亡くなった話を知らされて。あれ以来、半ば諦めていたから、今回のことは私にとっても願ってもないことなんだ。」

「僕とリジーが許嫁?」

「ああ、正確には『許嫁候補』だったんだがな。ベアトリスの許諾が下りる前に彼女は死んでしまったしね。」


 ルーカスが悲しげにそう話すと、ギルバートとエリザベスは黙り込む。ルーカスはベアトリスにそっくりなエリザベスに目を細めて、それからぽつりぽつりと昔話を始めた。


 ◇


 五年前。ルーカスがスペンサー家で起こっている異変について知ったのは、エラルド公国との関税交渉に半年ほど国を開けて、戻ってきた時だった。


『ベアトリスが死んだ・・・・・・?』


 ルーカスは「国王陛下には『スペンサー男爵にはお気の毒なことだが』と付け加えられたが、その言葉が恐ろしく上滑りして聞こえたのを今でもよく覚えているよ」と話した。


「あの日は、どうやって家まで帰ったのか、よく覚えていない。ただ、帰り着くなり、ジェニファーに抱き締められて『しっかりなさってください』と叱咤されるほどには魂は抜けていた。」


 それでも丸一日ほどは腑抜けていたが、ベアトリスが生前送ってきた手紙を見たルーカスは、エリザベスのことを思い出して、ベアトリスが懇意にしていたコックス子爵家に事情を知らないか遣いを出したそうだ。


「それで知らされたのは、エドガーとエリザベス嬢の窮状だった。エドガーの体調が思わしくなく一進一退を繰り返しており、君は西の棟の一室で、二ヶ月近く軟禁生活を受けていると知ったんだ。」


 頭を過ぎったのは王城での断罪シーンで流れる回想シーンのひとコマ。喪服を着せられて、部屋の中でただただ泣き崩れているエリザベスの姿だった。


「エドガーと君の窮状を知った私は、取り急ぎエラルドから取り寄せてあった薬をエドガーに飲ませて、君を保護するようにコックス子爵に指示を出したんだよ。」

「では、あの時のお薬は公爵様が?」


 ルーカスは頷き「ああ、私にはそれを届けさせることと、君をコックス子爵邸に避難させることくらいしか、やれることが残されていなかったからね」と話す。

 貴族社会は「他所の家門」に口出しするのを嫌う傾向があり、内々の事については、通常、口出し出来ない。

 現に娘のキャロライン嬢に泣きつかれてはいたものの、コックス子爵は背後にいるハミルトン伯爵やグレイ侯爵を警戒して強硬手段には出られずにいたらしい。


「キースの奴は君があの状態になっていても、君を邸の外に出すのを嫌がった。不当に閉じ込めていたことがバレてしまうからね。」

「そんな事が五年前に?」

「ああ。ジェニファーにとっては面白くない話になるから、今のギルのように『頭を冷やしたい』とだけ告げて、家を空けたんだが・・・・・・。」


 恐らくジェニファーは勘づいていただろう。でも、ルーカスがスペンサー男爵領に向かうことを止めなかった。


「・・・・・・僕にとってね、ベアトリス嬢は本当に大切な人だったんだよ。」


 ルーカスは「私」という一人称が崩れたことも気が付かぬまま、ギルバートとエリザベスに話す。

 友達というには心を許していて、恋人というには近付けなくて、ひたすら愛しくて、ただ幸せにあって欲しいとだけ願っていた。


「彼女が幸せであるなら、僕はそれだけで良かった・・・・・・。」


 しかし、現実はそうはいかず、彼女は死に追いやられ、そうと知った時には埋葬されたあとだった。

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