「婚約反対」に反対です(2)
「何だか不思議な気持ちです。公爵様に聞く母は他の誰から聞いた母とも違う気がして。」
「ああ、彼女は僕の前では『ルークには猫かぶっても直ぐにバレるし無意味』って言ってたからね。僕には悪口雑言、色んなことを言ってきたっけ。」
実父のエドガーが自分に求める『理想の令嬢』像が重いだの、実兄のキースがエドガーの居ない隙を狙って嫌がらせをしてくる陰険さが鼻につくだの。『元は庶民出の男爵令嬢なんて、良いとこ第二夫人止まり』だの。本当、言いたい放題だったと笑う。
「何度、『未来の公爵様には底辺貴族の気持ちなんて分からないわよ』と言われたことか。」
「まあ、母がそんな事を・・・・・・?」
くくっと喉を鳴らして、ルーカスは「でも、エリザベス嬢も腹の中ではそう思っているんじゃないかい? ビーと同じで取り澄ましてもダメだよ?」と話すから、エリザベスはギルバートとよく似たルーカスの笑みに視線を泳がせた。
「さて、ここで立ち話もなんだ。そろそろうちの愚息を迎えに行かなくてはね。」
そう言うとルーカスはエリザベスに手を差し出し、「エスコートさせて頂いても?」と柔らかく笑う。エリザベスはその手を取り、途中まで降りていた階段を降りきった。
「続きは歩きながら話そうじゃないか。あの子も、もう少し頭を冷やしたいだろうし、ゆっくり行こう。」
ルーカスは「こうして歩いていると、本当、昔を思い出すな」と笑う。そして、ふと表情を曇らせると「今まで生きてきて、あの頃が一番気楽で幸せだったかもしれない」と呟いた。
「君のお母さんがそうだったように、あの頃、僕は君のお母さんにだけは本音が話せた。」
転生前に戻ったように、身分だのマナーだの考えずに、心の内に思った事を吐き出し、時に口喧嘩をし、時に馬鹿な事を言って笑いあって、毎日がやけにキラキラしていた。
二人でいるとやけに時が経つのが早く、逆に会えないと淋しさに押し潰されそうになるほどに。
「学園を卒業してからは疎遠になってしまったけどね。陛下の誕生日の夜にテラスで休んでいる時に再会したんだ。」
夜会ではいつも『寝癖がすぐ付くのよ』と文句を言ってた波打つブロンドは結い上げられて、緑色の瞳はパーティー会場のシャンデリアを映していた。
「ビーが亡くなってしまった今も思うよ。あの時、僕が彼女を受け入れられていたら、何か結果は違っていただろうか、と。」
最後の方は懺悔するように重く唸るようにして話した。
◇
エリザベスとオリバーが産まれて数日後。国王陛下に呼び出されて、スペンサー男爵を訪ねれば『ベアトリスを後宮に』と話す国王陛下と、『後生だから、そっとしておいてくれ』と話すエドガーとの間で話が平行線になっていた。
「ルーク、来てくれたか!」
「何日、仕事を放り出していると思っていらっしゃるんですか?」
「そうは言ってもあの頑固ジジイ。やれ『身分の釣り合いが取れない』だの、『ベアトリスは我が宝』だのと言って、首を縦に振らんのだ。」
今のオリバーにも通じる強引さで国王陛下はそう話すと「お前の知恵でも借りないと帰れそうにない」と肩を落とす。
「その事について、スペンサー男爵のご令嬢はなんと?」
「ん? いや、特に聞いて・・・・・・ない・・・・・・が・・・・・・。」
それを聞くとルーカスは、ただでも苛立ちを露わにしていたのをいっそう色濃くし、「陛下」と窘める。
「王城に行くか行かぬかは、恐れながら陛下でもエドガー様でもございません。ベアトリス嬢とその子供たちですよ。」
「あ、ああ。」
「私はまだ着いたばかりです。先程、エドガー様とは立ち話を少しばかり致しましたが、まだベアトリスを見舞っていません。代わりにお話を伺って参りましょう。」
控えていたメイドにベアトリスを見舞いたい話をし、許諾が下りると客室のある東の棟から西の棟へと通される。西の棟は私的に使っているのだろう。彼女の部屋に向かうまでのあいだに、幼い頃のベアトリスが描かれている木炭画や油絵がいくつも飾られていた。
二階の一室に通されると、その中は白と、藤色とアクセントに深緑をあしらった、落ち着いた、それでいてとても女性らしい部屋に通される。
「ルーク、久しぶり。あの夜以来だから、約十ヶ月ぶりってところね。」
少し面窶れしたベアトリスは、髪を三つ編みにしてサイドに流し、陛下によく似た髪色の子を抱いてあやしている。
「ビー、ご出産おめでとう。双子だって?」
「ええ。しかも男の子と女の子。もう一人は乳母が隣の部屋で寝かしつけてると思うわ。」
優しく微笑んで、すやすやと眠る赤子をベアトリスは眺めると「男の子は『平和』の意味を込めて『オリバー』にしようと思うんだけど、こっちの女の子の方がなかなか決まらなくて」と小さな手を愛しそうに撫でる。
「キャサリン、ダイアナ、シャーロット、陛下に言われていたけれど、どれもピンと来ないの。何が合うかしら?」
「・・・・・・陛下が案を出してくださっているのに、僕に聞くのかい?」
「だって、どれもピンと来ないんだもの。もう三人も付けているんでしょう? 一人増えてもいいじゃない。」
「それは僕に『名付け親』になれと?」
ルーカスはベアトリスから赤ん坊を受け取り、一瞬「名を別のものに変えれば、また違うことが起こるかも」とも思ったものの、抱っこされた感覚が違ったのだろう、横抱きにした赤ん坊がうっすらと目を開き、その虹彩が美しいエメラルド色なのを見ると魅入られた。
『私もオリバーのように愛されたかった。』
将来、国王陛下と王太子殿下の命を狙った嫌疑をかけられ、引き立てられた王城の謁見の間で、衛兵達に取り押さえられながら、悲しげに訴えるベアトリスの愛娘。
その美しいストロベリーブロンドは乱れ広がり、桜桃のような唇はきつく噛み締められて、衛兵達に取り押さえられながらも、『王よ、私を何故お見捨てになられたのですか?』と問うシーンは圧巻で、その真っ直ぐ射抜くようなエメラルドの瞳はとても印象的だったからだ。
「・・・・・・エリザベス。」
ルーカスが『神の誓い』に由来するその名を口にすると、納得したように赤ん坊のエリザベスは目を閉じる。一方、ベアトリスは「エリザベス、ねえ」と考え込んでいた。
「エリザベスは愛称が多いからどうしようかしら。エリー、エルサ、ベス、リズ・・・・・・。」
「愛称はリリィかな。可愛い白百合姫。」
しかし、それを聞くとベアトリスはむっとした顔になり、「ちょっと、それってあなたの家だと『花嫁』って意味じゃなかった?」と不服そうにする。
「いいじゃないか。うちにはちょうどギルがいる。産まれる前から婚約だってあるだろう?」
「あら、ちょっと、ダメよ! 娘には結婚で苦労はかけさせたくないし、この子の嫁ぎ先はこの子の好きにさせるわ。それに愛称はリジーにする。」
ベアトリスが口を尖らせてそう話すから、ルーカスは喉を鳴らすようにして笑い、エリザベスを抱いたまま、ベッド脇に用意してもらった椅子に腰掛けた。
「この子の『名付け親』になったのも何かの縁だ。君とこの子は僕が守ろう。」
それを聞くとベアトリスは学生時代の時のような気軽さで「ちょっと娘はあげないったら!」と不服そうにする。しかし、ルーカスは「少し話をしよう」とベアトリスに話した。
「何よ、もうッ! あなたは、陛下に言われて、オリバーを王太子にしろとか、後宮に上がれとか言いに来たのではないの?」
ベアトリスに面と向かってそう言われると、ルーカスは苦笑することしか出来なかった。そして、皮肉交じりに「ああ、オリバーは陛下が喉から手が出るほど欲しているし、与えれば何としてでも守るだろうね」と答える。
「陛下にとってオリバーは『平和』の子、そのものだからね。」
「何よ、含みのある言い方ね?」
ベアトリスが指摘すれば、ルーカスは胸に抱いたエリザベスの頬に指先で触れ「そうだよ」と悲しげな表情になった。
「陛下にとっても、第一王妃にとっても、オリバーは後継者になりうる『平和』を勝ち取るための子だ。だが、この子は違う。」
その言葉にベアトリスは少し緊張した面持ちになる。
「この子は違う?」
「ああ。王位継承権を持つ者が二人以上いることを陛下は望まないだろう。何せ、そのことを陛下は身をもって知っているんだ。経験談として。」
「エリザベスは女の子だわ。」
「ああ。でも、芽は早めに摘まないとならないと考えるだろう。ノーランドとの関係やヴェールズとの関係を考えると、エリザベスを陛下の子としてしまえば、そうした国の人質に使われたり、有利な交渉材料に使われたりと、政治利用される可能性も高い。」
それからルーカスは心を鬼にして業務的な口調になると「ベアトリス、よく聞いてくれ」と口にした。
「幸い、君の父上が君の後宮入りを固辞してくれている。陛下は君を後宮入りさせて側室としたいのだろうが、子供たちを守るためにそれを断りたいというなら、僕に考えがある。」
僅かに眉間に皺を寄せたベアトリスに、ルーカスが「腹立たしい内容だとは思うけれど、続きを聞くかい?」と訊ねる。ベアトリスは不安そうに「ルーク、私に何をさせようというの?」と訊ね返してきた。
「オリバーを諦めろ。それで陛下には手を打ってもらうように交渉する。」
「・・・・・・何、それ。本気で言ってる?」
「ああ、本気で言っている。オリバーは引き渡しても殺されはしない。むしろ丁重に王太子として可愛がってもらえる。そうすれば、陛下は後継者を手に入れられるし、君のお父さんは君を手離さなくて済む。そして、エリザベスのことは僕や君が守ればいい。君も気がついているんだろう? 陛下の心がどこにあるのか。」
その言葉にベアトリスは酷く辛そうな顔になり、「それをあなたが言うの?」と酷く苦々しげに言葉を吐いた。
「私を選ばなかったのは、あなたなのに。」
国王陛下の側室になる道を選び、ルーカスと離れた後、ベアトリスは国王陛下とひとつの約束を取り付けた。
あなたの愛しい人を思ってくれて構わないから、と。
そして、一夜の逢瀬は傷心の国王陛下を癒したし、同じようにして傷心のベアトリスを慰めた。
「陛下はあの夜『今夜のことはどうか真夏の夜の夢』と仰せになった。私は身を引き、この関係は切れる予定だった。だからこそ、人知れず二人を産むことを決意したし、この邸でひっそりと過ごしていたのにッ! それを今更ッ!」
ベアトリスは「どちらもお腹を痛めて産んだ大事な子よ。そんな風に優劣が付けられると思って?」と嘆くから、エリザベスがむずがり始める。
ルーカスはただ一言「ごめん」と言うことしか出来なかった。




