フィリップの諜報活動(2)
フィリップが物思いに耽っていると、不意にドサッと重たい音がして驚いてドアの方を見る。
「『教会の女』ねえ。その女はどんな女なんだい?」
そして、その声の主が誰か分かると、サッと顔色を悪くした。
「アル・・・・・・。」
「やあ、久しぶりだね。」
少し癖のある黒髪を撫で付けるようにして、後ろでひとつに結んでいるアルバートは優しげな口調の割には、公爵家の嫡男らしく威風堂々とした空気にゾクリとさせられる。
「色々やってみたんだけどさ、口を割らなくてね。ここまで口が固いとウィンザーあたりかなと思って連れてきてみたんだけど。どうやらビンゴだったみたいだね?」
アルバートの足元に転がっている男は散々拷問にあったのだろうか、傷だらけで恐怖のためか俯いたままピクリとも動かない。
「何のおもてなしもせずに申し訳ございません。」
「何、この家の勝手は幼少のみぎりから知っているし、こんなお土産付きだったからね。それに確認だけだったから、メイドさん達に言ってこっそり入れてもらったんだ。」
それを聞くとフィリップは家事使用人が手打ちにされている様子はなさそうだと安堵し、時間さえ稼げば、家令にこの話が行くだろうと踏む。しかし、アルバートは蹲っている男を蹴り飛ばすようにすると、「それで?」と凄んできた。
「フィリップ。君はいつから僕の身辺を『影の者』をつかって探るようになったんだい?」
仄暗く底光りするアルバートの瞳を見て、言い逃れはできないと判断して、両手を上げて敵意がないのを示すと「誤解ですよ」と答えてみる。
「誤解?」
「ええ、私はアルバート様ご自身や貴家に探りを入れたかったわけではございません。私はグレイ侯爵家とハミルトン伯爵家を調べさせていたんです。」
「グレイ侯爵家とハミルトン伯爵家?」
「ええ。二つの家とも新しく爵位を引き継いだスペンサー男爵と懇意にしており、やけに羽振りが良いものですから。」
「・・・・・・陛下あたりから、査察を任されたのかい?」
「いいえ。これはごく私的な調査です。『白百合姫』に投資するかどうかの与信調査ですよ。」
心情的には『エリザベスを助けたい』と思うものの、表立って動けば、ちょうど「今」のように、ボイル公爵家やエルガー公爵家の反感を買う可能性がある。しかし、それはウィンザー家としては本意ではない。
「『白百合姫』ねえ。確か、ギルバートの奴がぞっこんだって噂のご令嬢か。投資先としては確かに面白いかもしれないが、たしか彼女は男爵家の居候令嬢に過ぎなかったんじゃないか?」
アルバートの『影』もそのあたりの情報はきちっと押さえてきたのだろう。けれど、エリザベスを高く買うフィリップに対して、アルバートの方は少しも興が乗らない様子だった。
「彼女の事を調べさせたが、なんてことはないご令嬢のようだったし、君が投資する先としては些か心許ない気がするが。『ギルバートが現を抜かしているようだ』とは聞いていたんだが、まさかフィルまで骨抜きなのか?」
アルバートが皮肉めいた笑みを浮かべる。フィリップはそれには答えずにニコリとすると、「『ギルバートが現を抜かしている』ことこそが、彼女を囲い込むメリットでは?」と答えた。
「ハハッ、なるほど、弱みを突く算段ってわけか。上手い言い訳だ。しかし、それでは矛盾も生じる。ギルバートの奴に婚約祝いの祝電を贈っていただろう? あんな、あからさまな胡麻擂りをして、僕が『裏切り行為だ』と思うとは思わなかったのかい?」
「つゆほども。裏切るなど、恐れ多いことを仰る。今、申し上げた事こそが真実です。ですが、誠意を見せろと仰るなら、この手の指でも差し上げましょうか?」
すると、アルバートは「そんなものは要らない」と言うと眉根を寄せる。
「フィリップ、僕がそういう血腥いことは好きじゃないって知っているだろう?」
と、ようやくメイドたちから話を聞きつけたのか、コンコンとノックする音が聞こえてきてフィリップが許可すると、家令のセバスチャンが礼儀正しく入ってきて「アルバート坊っちゃま、お久しゅうございます」とお辞儀をした。
「ああ、セバス、久しぶりだね。」
「アルバート坊っちゃまも、随分と大人びられましたね。」
酷く緊迫した空気だったのに、セバスチャンが「こちらではなんです、昔と好みが変わられているやもしれませんが、隣の応接室にお茶をご用意致しました」と言えば、アルバートはにこりとして「ああ、ではご相伴に預かるよ」と、足元で呻いている男を放って部屋を出ていく。
そして、その姿が見えなくなると、フィリップはふうと息を吐いた。
「セバス、助かった――。」
すれ違いざまポツリと告げれば、セバスチャンは「こっちも肝が冷えましたよ」と苦笑する。
「ひとまずお話を伺い、先んじてアルバート坊っちゃまのお好きな紅茶とお茶菓子を用意しております。」
「助かる。残っている分があれば手土産用に包んで差し上げて。」
「心得ました。それと手当てする者をこちらへ入れても差し支えございませんか?」
「ああ、机に触らないように見張ってくれれば構わない。」
先にアルバートが案内されていった応接室の前に立つと、フィリップは深呼吸をする。そして、呼吸を整えると、樫の木で出来た重たいドアを押し開いた。
◇
大好きな紅茶とお菓子の効果もあり、少しは気が凪いだのだろう。長く顔見知りなセバスチャンが傍に控えることで、先程までの殺伐とした雰囲気はなりを潜め、アルバートは優雅にお茶を口にしていた。
「突然押しかけて悪かったね。セバスの淹れるお茶は実に美味しいし、僕はこのお茶を今後も美味しく頂きたいと思っているよ?」
「・・・・・・こちらとしても、そうありたいものです。」
「何か弁明があるなら、僕と君との仲だ。話は聞くし、これ以上、事を荒立てるつもりもないよ。」
場所を変えたからか、美味しいお茶を口にしたからか、アルバートからは一触即発の状態はなりを潜め、表立っては温和な雰囲気に戻っていた。
「・・・・・・私もまだあたりを付けた段階なのですが、全てはこの一本の街道に繋がります。」
ヴェールズ公国、スペンサー男爵領、ハミルトン伯爵領、グレイ侯爵領、そして、ノーランド王国。フィリップはその先にある氷華の離宮近くの街の名を上げると「先程、話に出ていた『教会の女』はこの街にいました」と話した。
「いました? 今は居ないのか?」
「はい、我が家が所有している別荘にて、客人としてもてなしております。」
それから『教会の女』こと、サラが語っている話を掻い摘んで説明する。
「・・・・・・私も初めて言われた時は何を世迷言をと思っていたのですが、本来、彼女のような身分の者が知る由のないことまで、この『教会の女』のサラは知っているのです。」
彼女は自分やイザベラ、それから、ギルバートやエリザベス。それに留まらず、アルバートのことやヴェールズ公国の大公、ノーランド王国の王太子の見た目、趣味趣向、生い立ちをピタリと言い当てる。
「占い師か、何かの類か?」
「それの方がまだ気味が悪くないですよ。あの女はどちらかと言えば、『預言者』と評されるかと。エルガー公爵のように知りようのないことも知っていて、ピタリと言い当ててくるものなんです。」
フィリップはそう話すと、さらにサラの語る「国家転覆計画」の詳細について話を続けた。
「サラによれば、エリザベス嬢は国王陛下と王太子殿下の暗殺を企てるはずだと話していました。」
「暗殺? 庶民上がりの男爵のところの令嬢がか?」
「彼女の髪色や瞳の色は報告にあがっていませんか?」
「いいや、そこまでは聞いていないが、何か特徴でもあるのか?」
「彼女の髪は人目を引くストロベリーブロンド、瞳の色はエメラルド色です。」
それを聞くとアルバートは目を見開く。
「国王陛下と同じ?」
「ええ、そうです。恐らく彼女はサラの言う通り、国王陛下の血を引いている。」
「どういう事だ・・・・・・?」
「これも『サラ曰く』ですが、彼女の母親、ベアトリス=スペンサーこそが王太子殿下の産みの母親であり、エリザベス嬢は王太子殿下の双子の姉だと言うのです。」
その事を初めて言われた時、もちろんフィリップもサラのことを「頭のいかれた女だ」と思った。
しかし、彼女に「嘘だと思うなら、第一王妃の妊娠中の食事記録を調べてみろ」と言われて、カモミールやフェンネルなど通常妊娠中は避けられるものを、普通に口にしていた事が判明した。
「国王陛下はベアトリス=スペンサーの元に生まれた王子だけを王城に召し上げて、第一王妃の息子として育てさせた。」
「それが本当なら王室きっての大スキャンダルだろうな。」
「ええ、それに王位継承権を持つものがオリバー王太子殿下以外に現れることになりますからね。」
そして、そんな秘された王女がいて、それを知った各家が暗躍し「国家転覆」を謀るようになる。
「ただ、自分の知っている世界と現実はいくつか違う。きっとエリザベス嬢は自分と同じ『記憶持ち』で上手く困難を回避している違いない、と申しておりました。」
「『記憶持ち』とは?」
「『預言の力』を持つ者です。だが、彼女自身はとてもそのようには見えませんでした。」
念の為、エリザベスの事を『影の者』達にも探らせてみたが、エリザベスは離宮で話を聞いた時よりも、実際はさらに劣悪な環境に置かれていたことを知ってしまった。
「ベアトリス=スペンサーの遺体は既に灰と化しましたが、影の者に調べさせた症状を聞く限り、おそらく砒素を盛られた事による中毒症状で亡くなっています。」
「砒素中毒? エリザベス嬢が盛ったのか?」
「いいえ、状況証拠的にはパトリシア=スペンサー。彼女の伯母が盛ったと見るのがいいでしょう。彼女は『毒の魔術師サリヴァン』で有名なハミルトン伯爵家の家系です。」
ハミルトン伯爵領は隣接するスペンサー領のように田畑は多くなく、山がちで、どちらかと言えばヴェールズ公国に似た風土だ。それゆえ、鉱物や鉱石などを採集したり、林業や木工製品を主産業としている。
しかも近年は毒の山として恐れられていた山から、毒砂を掘り出し、焼成して殺鼠剤を作り出して各国で売り捌いている領地だ。
「・・・・・・また、ハミルトン伯爵家か?」
「はい。そして、サラによるとハミルトン家はノーランド王国と繋がりがあると話していました。」
「へえ?」
サラの『記憶』と現実の大きな差は、エドガー=スペンサーが一命を取り止めたこと。そして、エリザベス=スペンサーがハミルトン伯爵家の手には落ちなかったことだ。
「サラは『そのタイミングで本当ならエドガー=スペンサーも死んでいたはずだ』と申しておりました。」
「エドガー=スペンサーが?」
「ええ、そうなっていたら、エリザベス嬢は天涯孤独の身となり、ハミルトン伯爵家の元に養女に入り、アルバート様の婚約者としてボイル公爵家に入っていただろう、と。」
そう言われるとアルバートは口に含んだ紅茶を吹き出しそうになりながら、酷く噎せた
「何だい? 今、何かと話題の『白百合姫』の本当の嫁ぎ先はギルバートではなく、僕の元だとでも言うのかい?」
「ええ、そうです。いくつかの未来像のうちのひとつがそれでした。」
みすみす王太子殿下が毒殺された場合、彼女はボイル公爵家の後ろ盾を得て、女王として君臨し、王配としてアルバートを迎え入れる。
「とはいえ、サラがいる限り、その思惑は阻止されて、エリザベスは事をなす前に排除される運命にあると話していました。」
ひとつ、サラがアルバートに近付いた時は、エリザベスの計画は達成される前に露見してアルバートに国王陛下の前で断罪され、婚約破棄の憂き目と修道院送りに合い、一生を幽閉されて生きることになる。
ふたつ、サラが王太子殿下に近付いた時は、同じく王太子殿下に断罪され、斬り掛かったところ、近衛軍にいるランスロット卿の手に掛かり手打ちにされる。
みっつ、サラがフィリップに近付いた時は、ちょうどこんな風にしてアルバートに密告、グレイ侯爵家の第三夫人に嫁ぐようにし向けて表舞台に出てこれないように陥れる。
「単にエリザベス嬢を忌み嫌う女が倒れていただけなら、僕もうちに引き入れてまで監視しようとまでは思いませんでしたよ。」
けれど、サラは恐ろしいまでに自分の事やアルバート、そして、イザベラの事を知っていた。
「彼女が僕らを『知っている』ということ自体が酷く落ち着かなくて、不安にさせられるんです。」
一方、アルバートはいつしかフィリップの突拍子のない話をやや前のめりに聞いていた。
セバスチャンに淹れてもらった紅茶も、初めこそ口にしていたものの、エリザベスの置かれている状態を理解するに連れて表情を厳しくし、口元に手を宛てがい思案顔になる。
「・・・・・・なるほど、あくまで『もしもの世界』だが、よく出来た話だな。その教会の女の言った通り、エドガー氏がその時点で死んでいれば、今の仮説通りに話が進んでもおかしくない話だ。」
ハミルトン伯爵家の養女となったエリザベスが復讐に燃えたとしたら、王家と対立するために自分との婚約を求めるのも有り得ることだろう。そして、学生時代から自分の右腕をしているフィリップが背筋が凍る思いをしたのも、何となく察する事が出来た。
そして、改めてフィリップが広げた地図を眺めながら「母上が近く、ヴェールズ公国の大公が訪問なさると仰っていた」と話す。
「隣国の大公がこの時期に?」
「ああ、そうだ。祭典などもない、こんな時期にだ。何でも『救国の乙女』とやらに会いたいと言っていたらしいが、誰の事だろうと仰っていてな。」
「『救国の乙女』ですか?」
「ああ、最近の新聞などの書きようを見ていると、おそらく・・・・・・。」
「『白百合姫』であるエリザベス嬢?」
フィリップがアルバートの言葉を引き取れば、アルバートは大きく頷いた。
「一昨年の東南部の水害はヴェールズ公国でも起こっている。しかも、かなり甚大な被害が出たらしい。」
その時のこともアルバートの『影』はきちんと報告をしてきていて、エリザベスが隣国のヴェールズ公国の難民を条件付きとはいえ受け入れてくれるように、祖父のエドガーと伯父のキースに掛け合っていた事や、ドレスや宝石を売ったお金で炊き出しの材料費を賄ったり、傷付いた避難民の治療費を賄ったりと人道的な活動に使っていた事が判明した。
「しかも、今回は王家やエルガー公爵家まで動かし、まだ、被災地復興ままならぬヴェールズ公国への食糧関係の関税引き下げまで認めさせている。」
その働きはヴェールズ公国にとっては間違いなく『救国の乙女』だ。
「・・・・・・だが、そうなると些か厄介だな。」
「厄介ですか?」
「ああ、エリザベス嬢は目立ちすぎてしまった。ヴェールズ公国が簡単に引き下がるとは思えない。」
ギルバートとエリザベス嬢の婚約式は一週間ほどに迫っていたはずだが、母親の話が本当なら、おそらく婚約式の前の日にヴェールズ大公はこのグニシア王国に足を踏み入れるはずだ。
アルバートはにやりと笑みを零し、独り言のように「何だか面白いことになりそうだな」と呟く。
そして、セバスチャンに片手を上げると「新しいのを、もう一杯いれてくれないか?」と楽しげに声を掛けた。




