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恋と迷宮(1)

 二人が着替えをしている合間、エリザベスはロバートの淹れてくれた紅茶を口にしていた。アッサムティーだろうか、こうして一人でまったりと過ごしていると、現在進行形で「どうやって王宮から逃げ出そうか」と算段している事実を忘れそうになる。

 やがてガチャリと仮眠室のドアが開くと、栗色のウィッグとギルバートの洋服を着たロバートと、反対にロバートの服を内に着て、目深にローブを被ったギルバートが姿を現した。


「リジー、お待たせ。どう似合うかな?」


 ギルバートにもうひとつローブを手渡されながら受け取ると、さっきまでのまったりした心地はどこへやら、いよいよこの王城から脱出するのだという実感が湧いてきて、ニコリとすると「お忍び姿も板についてらっしゃいますね」と囁いた。


「今回は靴も汚してあるしね。」


 ククッと笑うギルバートは「似合うかい?」と笑う。元々、ギルバートとロバートは背格好が似ているから、二人の服を入れ替えて、栗色のウィッグを身につけたロバートは、なるほど薄暗い所で見たら確かにギルバートと見分けが付かないだろう。


「ロバート、じゃあ、あとは頼むよ。僕達は騒音橋(ランブル・ブリッジ)の方から帰るつもりだ。一時間くらいずらして、通用門経由でタウンハウスに向かってくれると助かる。」

「承知しました。ただ、あの辺りはあまり治安が良くないですし、お一人で出歩くのではないのですから、あまり寄り道をせずにお戻りくださいね。」

「ああ、肝に命じる。」


 そう言うと、ギルバートはエリザベスを伴って執務室を後にしたが、ギルバートと同じようにローブを頭まですっぽり被るように指示されたあと、その足取りは不思議と正門の方へではなく、草花溢れる中庭へと案内された。


「リジー、今から見ることは他言無用でお願いするよ。」


 そして、それだけ告げるとギルバートはおもむろに人の背丈以上ある「導きの天使」の石像によじ登り、その右腕の肘の当たりをガコンと関節を外すみたいにしてずらすと、飛び降りてググッと押して動かした。


(ちょ、ちょっと・・・・・・。)


 石像が右へとずれ、台座のあった辺りには、人ひとりが通れそうな穴がぽっかりと空いていた。


「少し待っててね、今、明かりをつけるから。」


 それだけ告げて、ギルバートは躊躇いなくその穴の中へと降りていく。エリザベスが心配になって中を覗き込めば、階段というにはお粗末な足場の悪い足場があり、さらにその先でギルバートが手持ちランタンに火を入れていた。


「あの、何、ここ・・・・・・?」


 思わず呆気に取られて訊ねれば、ギルバートはランタンを翳しながら「秘密の抜け穴だよ」と答える。


「秘密の抜け穴?」

「よし、明かりはオーケー。急いで降りてきて。他の人に見つかると厄介だから。」


 ギルバートの少し急かすような口調に、この場で問答しているのは確かに余り良くない気がしてきて、言われるままに穴の中に入る。

 一方、ギルバートはエリザベスが「秘密の抜け穴」に入り切ったのを確認すると、天井にあった古びた穴に手を引っ掛けて蓋を締め、最後に、石像の腕と繋がっているのだろう吊革みたいな金属の取っ手をグイッと力を込めて引っ張った。


「よし、これで後始末はオーケー。」


 ガコンガコンと何かが嵌るような音を確認してギルバートは満足そうに口の端を上げる。それから、手についた汚れを両手を擦り合わせるようにして払うと、まだ怪訝そうな様子のエリザベスの様子に「ようこそ、地下迷宮へ」と笑った。


「地下迷宮・・・・・・?」


 エリザベスがポカンとして繰り返すと、今度はくすくすと声を漏らして笑う。


「大丈夫? リジー、目が点になっている。」

「え、だって、石像の腕がガコンッてなって、動いたなと思ったら、穴があって、入って蓋をして、えっと・・・・・・。」

「オーケー、一旦、落ち着いて。」


 目を白黒とさせているエリザベスを宥めるように、ギルバートはくすくすと笑いながら、「はい、深呼吸」と言うからエリザベスは大人しくその言葉に従ってスー、ハーと深呼吸をした。


「順を追って説明するね。」


 コクコクとエリザベスが頷くと、ランタンを手に取り、ギルバートは真っ暗な道の先を照らす。


「まず、ここは王族の者を逃がすために作られた緊急脱出ルートの中。」

「緊急脱出ルート?」


 天井の高さはギルバートの身長プラス15センチと言ったところだろうか。二人で立つと窮屈に感じるくらいのトンネルで、所々に空気取りの穴が空いている。


「ここは本来、王族の限られた者、もっと言えば、王と王太子しか知らない道だよ。」

「王と王太子しか・・・・・・?」

「そう、本来、僕は知ってちゃいけない道。」


 ギルバートは少しばかり肩を竦め「でも、そうだと知ったのは、王城勤めを始めた頃で、この道を縦横無尽に行けるようになったあとだったんだけどね」と苦笑いをする。


「僕は殿下と小さい頃から寝食を共に過ごしてきて、遊び場も同じくしてきたんだ。そのひとつがこの王城と王太子宮に張り巡らされている『地下迷宮』なんだよ。」


 王太子はその教育の一環として、この地下迷宮を遊び場とする時間を設けてある。


「まあ、肝心の王太子殿下、つまり、オリバーは六歳か・・・・・・、いや、七歳だったかな? とにかくまだ年端もいかない頃に、一人で王太子宮近くの道で迷子になってしまって。この中で一晩迷宮の中で過ごしてからは、地下迷宮を探索するのをピタリと止めてしまったんだけど。」

「迷子・・・・・・?」


 ギルバートは「ああ、そうだよ」と答え、分岐する道を右へと曲がる。


「この抜け道はあちこちで分岐し、正しい順路を通らないと王城の外には出られない特殊な仕組みになってるんだ。追っ手が掛かっても逃げられる時間を稼げるようにね。ちゃんとした順路を進まないと、似たような景色のところを何度もぐるぐる回るはめになって、方向感覚を狂わされる仕組みになっている。」


 それでも誤った道を突き進めば、最終的に外には出られるのだが、その行き着く先が地下牢の牢屋の中に出られる仕組みだと聞かされるとエリザベスは頬を引き攣らせた。


「ギルは道順、分かるの?」

「もちろん。王太子殿下の身代わりにこの地下迷宮の授業を受けていたからね。」

「そんな事してたの?」

「ああ、先に中で待っておいて、国王陛下が用意しておいた対象物を順路通りに進んで取ってきて、殿下に渡せば無事に課題達成ってだけだったんだけど。それ以外の日はトライアンドエラーを何度か繰り返しながら、目印の法則性を調べたり。それに気が付いてからは迷ったことはないよ。」

「目印の法則性?」

「そう、例えばここ。」


 そう言うと、分岐になっている行き止まりの天井を照らし、右向きの女性のレリーフが嵌っているを照らしてくれる。


「この場合は導きの女神のレリーフが右向きだから、右に行けってこと。」

「導きの女神?」

「ああ、ここ、糸を持っているだろう?」


 普通は追っ手が掛かっていると、こんな天井のレリーフには気が付かないで通り過ぎてしまうが、ちゃんと気をつけて歩いていけば、無事に出られるヒントはあちこちに散らばっている。


「でも、この法則に気が付かれたら、追っ手も追いかけられちゃうんじゃない?」

「うん、だから、ところどころにダミーが混じっているんだ。あれは導きの女神のレリーフだから顔の向き通りに進んで正解だけど、よく似てるけど、少し髪型が違って鋏を持っている『惑わしの女神』の時は、本当の『導きの女神』の女神を探さなきゃならない。」


 しかもレリーフは必ず天井にあるとは限らず、足元にあるケースや道を曲がった辺りにあるケースもある。


「人間、足元とか、目の前の壁とか、目立つ位置に何か示唆するものがあると、そっちに進んじゃうんだよね。」


 そう言いながら「導きの女神」とは異なり、同じく足元で右を向いている「惑わしの女神」のレリーフを無視して、しばらくキョロキョロとすると「今度はこっち」と真ん中の道を進んでいく。

 エリザベスはギルバートに言われるまま、その後を追いかけるようにしてついていった。


「はぐれたら本当に迷子になりそう。」

「そうだね、じゃあ、こうしておく?」


 ギルバートはエリザベスの右手を取り、手を引きながらトンネルを進んでいく。

 薄暗いトンネルの中は視界が悪く、ギルバートはランタンの光を頼りにして、分岐に来る度に導きの女神のレリーフを探しながら、前へ前へと進んで行った。


「こうしていると、この間の駆け落ち騒ぎよりも、駆け落ちっぽいな・・・・・・。」


 幾つ目の曲がり角だろうか、まるで心の中を読んだようにしてギルバートがポツリと呟く。そして、ドドドッという水音に気がついてか、急に立ち止まると「リジー」と声を掛けてきた。


「少し良いかい?」


 改まって、尋ねてきたギルバートに頷くと、ギルバートは「ありがとう」と呟き、「もうすぐ水路に出るけど、あそこはうるさくてゆっくり話せないから」と弁明される。そして、ふうとひとつ深呼吸をすると、酷く申し訳なさそうな表情になり、「この間はごめん」と謝られた。


「・・・・・・僕が大人げなかった。君は単なる幼馴染だって言ってくれてたのに、焼きもちを焼いたりして。」

「・・・・・・焼きもち?」

「ああ、コックス子爵の令息と君がとても親しげだったから、美味くもない焼きもちを焼いたんだよ。」


 ギルバートはそう自嘲して、エリザベスに向き直ると「それと、もうひとつ」と少し上擦った声で呟く。


「もうひとつ?」


 エリザベスが首を傾げると、ギルバートは再度、乱れかけた呼吸を整えるようにして深呼吸をした。


「今日は来てくれて、本当にありがとう。それに、ハンカチも。本当に嬉しかった。きっと大事にするよ。」


 ゆっくりと声が裏返らないように気をつけて、ギルバートはそう言葉にしたものの、緊張しているのだろう、繋いでいる手の力が強まった。


「・・・・・・さっき、それをリジーに言わなきゃいけなかったのに、すっかり言いそびれて。」


 眉尻を下げて「ごめんね」と話すギルバートの姿勢はとても真摯で、エリザベスは「気にしないで。ハンカチを気に入ってくれたなら良かったわ」と答えた。


「あなたの傍にいられる内は、少しでも『婚約者らしいこと』をしなくちゃって思って・・・・・・。」


 いつか離れ離れになって彼に忘れ去られる時が来ても、刺繍に込めた思いは色褪せなければいい。そんな陰鬱な思いが篭っているだなんて彼は知る由もないだろうと思う。

 エリザベスはふっと笑みを零したが、その言葉を聞いても、ギルバートの緊張は解ける気配はなく、何故かますます切なげな表情になった。


「リジー、僕の気持ちはどうやったら君に伝わる?」

「ギル・・・・・・?」


 ギルバートは眉間に深く皺を寄せて、「僕は君がいつかノアの元に行くのではって思うだけで、身を引き裂かれそうな心地になるんだ」と呟く。


「・・・・・・『王命』なんて関係ない。そんなのきっかけに過ぎない。」


 一歩、前に出て距離を詰めてきたギルバートの影が大きく揺れる。そして、目を細めたかと思うと、繋いでいる手をそのまま口元に持っていき、愛しげに手のひらに口付けられた。


「リジー、僕は本当に君のことが好きなんだよ。それはもう、バカの一つ覚えみたいに君のことばかり。」


 そして、前かがみに凭れてエリザベスの肩にも触れるだけのキスを落とされる。エリザベスは一瞬、頭の中が真っ白になって、息を呑んだ。

 一方、ギルバートは「頼むよ」と絞り出すように耳元で囁いてくる。


「どうか僕だけの白百合姫になって――。」


 エリザベスはギルバートの切なげな声に、ぞくりとした。

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