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山嵐たちのジレンマ(4)

 そんなわけでロバートがアン達を見送るのに離れていたのは十五分ほど。

 しかし、その間に何が起こったのか、ギルバートの執務室のドアが僅かに開いていて、明かりが漏れており、中から誰かが言い争いしている声が聞こえてくる。

 驚いて駆け寄ると、中ではギルバートに詰め寄っているオリバー王太子殿下の姿があり、レオンが必死に二人を宥めていた。


「殿下ッ!」

「離せッ! レオンッ! こいつ、こんなところで、姉上にあんな格好させて、あんな事をッ!!」


 詰め寄られたギルバートは、ロバートが入ってきたことに気が付き、苦しそうな表情ながらちらりと仮眠室を一瞥する。ロバートはその様子でエリザベスを仮眠室に避難させているのを察して頷いた。


「殿下、あんな格好、あんな事と仰られても、ここにエリザベス様はいらっしゃらないではございませんか? 見間違いだったのではございませんか?」


 レオンがそう宥めても、オリバーは「断固として見間違いなどではないッ!」と首を振り、「姉上をどこへ隠したんだ、ギルッ!!」と胸ぐらを掴んだままで訊ねる。


「・・・・・・ッ、そのように・・・・・・彼女を・・・・・・呼ぶのは・・・・・・、改めてほしい、と・・・・・・、申し上げたはずですが・・・・・・。」


 苦しそうにしながらも、ギルバートが戒めると、オリバーはますます目を据わらせてググッと腕を吊り上げ締め上げる。


「ここ・・・・・・に、・・・・・・リザベス・・・・・・居ません・・・・・・でしょう・・・・・・?」


 ギルバートが何とか白を切り通そうとしているのを知ると、ロバートはコホンッとわざとらしく咳払いをした。その様子でオリバーとレオンは、ようやくロバートの存在に気が付いたのか、二人とも一斉にロバートの方を見る。


「王太子殿下、恐れ入ります。その手をお離し頂けないでしょうか? この国の未来の国王となられる方が、そのようなご浅慮、如何なものかと存じます。」


 慇懃無礼な物言いに、オリバーが怒りの矛先をロバートの方へと向く。


「そなた、誰に口を利いている?」

「礼を欠いた態度で申し訳ございません。しかしながら、私の役目はギルバート様の侍従兼護衛。これ以上、事を荒立てるおつもりなら、たとえこの身が牢に繋がれたとしても、ギルバート様の御身を優先致します。よもやエルガー公爵家を敵に回されるおつもりですか?」


 淡々と、しかし、切々と訴えられるとオリバーの表情は歪み、それから面白くなさそうに空色のような青い目を細めて、ギルバートを一瞥するとその胸元から手を離した。


「・・・・・・お前もその従者も、二言目にはエルガー公爵家の名を出すな。このように王家に楯を突くとは、父上は些か貴家を優遇し過ぎたようだ。そうは思わないか、ギルバート?」

「殿下、私にはこのような言い掛かりをつけられる謂れが分かりかねます。エリザベス嬢は我が領地にあるマナーハウスにいるとお伝えしたはずです。ここにエリザベス嬢はおりません。」

「いいや、それは嘘だッ! 私は見たんだッ! 姉上があろう事かメイド服姿でこの場にいて、そなたに抱き締められていたのをッ!」


 ああ、バッチリ見られている――。


 激昂するオリバー王太子殿下の言う「あんな事」が抱き締めていたくらいなのだったら良かった。ギルバートの服の乱れが、王太子に掴まれていた胸元だけということは、まだ言い逃れ出来ないような事態には陥ってなかったのだろう。


「どこに隠した? 続きの部屋かッ?!」


 声を荒らげる王太子殿下の様子に、ロバートはすうっと息を吸うと「そんなに気になるなら、ご自分の目でお確かめくださいませ」と声を張り、ツカツカと仮眠室の前まで歩んで、ガチャリとドアノブを回して押し開ける。そして、中に入り、ジェスチャー付きでオリバーを誘った。


「さあ、どうぞ中をお確かめくださいませ。」


 薄暗い仮眠室の中には、簡素なベッドと調度類が置かれているだけ。


「誰も、いない・・・・・・?」


 オリバーの呟きにギルバートも僅かに目を見張ったが、ロバートが「これでもまだエリザベス様がいらっしゃると仰せですか?」と畳み掛けければ、オリバーはギリッと歯噛みをして口を閉ざした。


「何を見間違ったのか分かりかねますが、王太子殿下ともあろう方が、簡単に『メイド姿のエリザベス様などを見た』などと世迷言を仰ってはなりません。今回はこの執務室内で口の固いものばかりでございましたが、ドアも開いておりましたし、口さがない者が耳にしていればエリザベス様の名誉毀損になりかねません。」


 そして、仮眠室のドアを閉めると「どうぞ今日はお引取りを」と声を張る。レオンは呆然とするオリバーを引き摺るようにすると、心底、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「殿下、もう戻りましょう? エリザベス様をご心配なさるお気持ちも分かりますが、ご無事を願うあまり、白昼夢でもご覧になったのでしょう。」


 そうレオンに再度説得されて、オリバーは渋々ながら執務室を出ていく。レオンは去り際に「今夜は申し訳なかった。先日、エリザベス様が具合を悪くなさったのをお聞きになって気が立っていたんだ」と言い訳をして「内密に頼む」と言って去っていく。

 そして、無事に二人が出ていき、執務室のドアを閉めると、ロバートはいつになく「はあッ」と大きな溜め息を吐いた。


「ギルバート様、それで、これは一体どういう事態なんです・・・・・・?」


 しかし、ギルバートはロバートの問いには答えず、仮眠室のドアを勢いよく開ける。と、「キャッ」と言う声とともに、ドアの影からエリザベスが床へと倒れ込んで来た。


「リジーッ!? ごめんッ!!」


 慌てて膝を折り、助け起こそうとするギルバートに、エリザベスは首を横に振る。彼女は「謝らないで」と呟いた。


「謝るべきなのは私の方だわ。考え無しにこんな風に来たばっかり、貴方と殿下をこんな風に仲違いさせてしまって・・・・・・。」


 しかし、ギルバートは聞いているこっちが驚いてしまうくらいに柔らかな声色で「大丈夫だよ、リジー」と声をかける。


「それよりも、さっきはどうやったんだい? ロバートがドアを開けた時は、姿が消えていて、また胸が潰れる思いがしたよ。」

「さっきはロバートの声が聞こえてきて、ドアの影に咄嗟に隠れたの。ロバートが部屋の中には深く立ち入らせなかったから、隠れていることに気が付かれなかったみたい。」


 確かに薄暗い部屋で、黒っぽいメイド服は闇に同化する。ロバートは上手く立ち位置を調整して空のベッドだけ確認させると、あとは仮眠室のドアをそそくさと閉めたらしい。


 ギルバートはその話を聞くと、キョトンとした後、じわじわと笑いが込み上げてきたのか、相好を崩し「ハハッ」と声を立てて笑った。

 それにはエリザベスだけでなく、ロバートも鳩が豆鉄砲を食らった時のような顔になってしまった。


「いや、参ったッ! それじゃあ、オリバーも、僕も、二人に『してやられた』ってわけだね?」


 きっと夜会でギルバートを取り囲む令嬢達が『月光の貴公子』のこんな風に屈託のない笑みを見たなら卒倒するに違いない。


「正しくイリュージョンだったよ。いるはずのリジーが忽然と消えたんだもの。驚いた。」


 何かツボに嵌ってしまったらしく、楽しげに笑うギルバートの様子に、エリザベスは「もう、笑い事じゃないわよ? 危機一髪だったんだから」と文句を付ける。

 ギルバートは少し赤くした目の端を拭い、「本当、リジーといるとハラハラさせられる」と言いながら、まだ座り込んだままのエリザベスに手を差し伸べた。

 エリザベスが恐る恐る手を伸ばし、立とうとして、腰を抜かしているのかふらつく。すると、ギルバートは「失礼」と囁くと、ごく自然にエリザベスを横抱きに抱え上げた。


「ちょ・・・・・・ッ、ギルッ?!」

「はいはい、まだ、腰を抜かしているんでしょう? このまま大人しく運ばれてください。」

「いや、でも・・・・・・ッ!」

「それとも何ですか? このまま、ベッドに運びます?」


 仲直りしてくれたのは良かったのだが、これは少しばかり胸焼けしかねない。

 仕方ないので、もう一度、コホンッと咳払いをすれば、ロバートがいるのもようやく思い出してくれたのか、ギルバートは片眉を上げて「ロバート、風邪なら帰っていいぞ?」と軽口を叩いた。


 ああ、何か、吹っ切れたんだな――。


 ギルバートの様子はここ数日とは違い、晴れやかな表情をしている。


「ギルバート様、またオリバー様をお呼びしましょうか?」

「冗談は止せ。二回も言い逃れはできない。」


 そう言って笑いながら、エリザベス嬢を大事そうに抱えて、執務室の方へと出てくる。

そして、そのままソファーに腰を下ろして、目を泳がしているエリザベスを抱き締めたまま、ギルバートは「それで、なんだって?」とロバートに訊ねた。


 どうやら、ここのところ、ずっと抑えていた反動で、エリザベスへの溺愛度が増してしまったらしい。


 片時もエリザベスを離すまいとするギルバートの様子に若干頭の痛い思いをしながら、ロバートはため息混じりにギルバートに「理由を伺ったのです」と話した。


「どうして、あのようにお怒りの王太子殿下に詰め寄られていたのですか?」

「あ、ああ、何でも東の回廊から、僕がリジーを構っているのが見えたらしくて、突撃してきたんだよ。人の恋路に首を突っ込むだなんて、野暮だよな。」

「・・・・・・東の回廊って、五十メートルは優に越えますよね?」

「こっちだって『まさか』とは思ったさ。けれど、そこの窓を叩き割らん勢いでバンッて叩かれてさ。今にも斬りかかってきそうな形相だったんだよ。」


 しかし、この部屋にある窓は、幸いにして明かり取りと換気のための窓で、そこから直接、乗り込んでくるような大きさはない。

 だから、オリバーがぐるりとドアの方へ回ってくる合間に、ギルバートはエリザベスを仮眠室に避難させて、クラヴァットを正すと何食わぬ顔でオリバーを出迎えたのだと言う。


「ともあれロバートの機転に救われたよ。二人を追い返してくれて助かった。」


 勤務中に婚約者を連れ込んで、いかがわしいことをしていたなどと騒がれたなら、国王陛下や父親のルーカスにどんなお叱りを受けるか分からない。

 そう言って肩をすくめると「危うく二週間の謹慎じゃ済まなくなるところだった」と苦笑した。


「そんな事になったら、婚約式を挙げる前に、国王陛下やオリバーが大騒ぎしかねないし、スキャンダルになってしまうからね。」


 本音を言えば、エリザベスが気にした通り、今日のオリバーの怒り具合がどう影響するか、ギルバートも動向が気に掛るところなのだが、こればかりはレオンに頼るしかない。

 どんなに手のかかる弟分でも、オリバーが王太子殿下であり、彼が次代の国王陛下である点を考えると、「これ以上、関係が崩れないように、早めにご機嫌を伺いに行った方が良さそうだな」とも思う。

 けれど、ギルバートはそんな事はちっとも表情には出さないで「リジーとの婚約式が今から待ち遠しい」と言いながら、エリザベスの後れ毛をくるりと指先に巻き付けて楽しんでみせた。


「ギルバート様、先のことより、まずは今夜のことをご心配なさってくださいませ。」


 ロバートの発言にギルバートは不思議そうに首を傾げてみせる。


「今夜の心配?」

「ええ、エリザベス様は後で官吏用の通用門から出す予定でしたが、先程の王太子殿下の剣幕です。きっといつもの通用門は見張られていることでしょう。ですが、ここに泊まるとなれば、それはそれで訝しがられますよ?」


 それを聞くとギルバートは「確かにそうだな」と口にする。エリザベスは心配そうな表情でギルバートを見上げた。


「裏の通用門で殿下が見張ってるってことは、この王城から出られないって事?」

「ええ、そこで待ち構えられたら、今度こそ言い逃れは出来ません。」

「かと言って正門を出るのも善し悪しがあるな。宿直の門番に袖の下でも掴ませれば、出られるだろうが、大通りだと人目も多いし、気が付かれたら騒がれそうだ・・・・・・。」

「では、やはり裏の通用門をどうにかなさいますか?」


 ロバートが訊ねると、ギルバートはしばらく思案していたものの、不意に「なあ、ロバート。悪いんだけど服を交換して、囮として馬車に乗ってくれないか」と口にした。


「影武者として、動けとおっしゃるんですね?」

「ああ、もちろんタダでやってくれとは言わない。王太子殿下相手に一芝居してもらうんだ、これが成功したら、特別手当を弾むよ。」


 すると、ロバートは「特別手当とはいかほどでしょうか?」と訊ねてくる。


「話に乗ってくれるのか?」

「ええ。もうすぐ、妹のリタの誕生日ですから奮発出来ればと思いまして。」

「なるほど。今回は何をねだられているんだ?」

「有名パティシエのケーキです。並ばないと買えないと噂の。」


 と、ギルバートは「分かった、僕の名前を出して買ってきて構わない。その分の給金も上乗せしよう。だから、続きは着替えながら話してもいいかい?」と笑った。

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