山嵐たちのジレンマ(2)
馬車は王都に入り城下を進む。エリザベスは悪路を荷馬車に簡易な座席設え、幌を申し訳程度にかけたような馬車に乗せられていた。
いつも行く整備された道ではなくて、今日のサムが進むのは裏道ばかり。必然、道は表通りのそれより悪く、ガタガタと揺れてお尻は痛いし、舌は噛みそうだしで、最悪な乗り心地だ。
(ああ、もうすぐ日が沈んでしまう・・・・・・。)
半分、日は沈み掛けていて、昼間の日差しは和らぎ、街並みも壁も夕焼け色に染まり始めている。
「こりゃあ、間に合うかなあ・・・・・・。」
サムの声に少し馬車のスピードが緩んだタイミングでエリザベスが「ここまで来て、間に合わないの?」と訊ねれば「下手すると、そうっすねえ」と肩を竦めた。
「閉門まで時間が迫ってるし、ギルの旦那が執務室にいなかったら、話してる時間は取れないと思います。もし運良く時間が取れても、五分、十分ってところでしょうか。」
普段乗りなれないような道の揺れに、馬車酔いしてしまったのだろう、アンは口数が少ない。
「それなら、こんな事をせず、タウンハウスに向かった方が良かったかしら。」
エリザベスがしょげると、サムは眉尻を下げて「その格好で行ったら、ステフお嬢に何を言われるか分からないですよ?」と苦笑した。
「それも、そうよね・・・・・・。」
エリザベスがそう零すのも道理で、今のエリザベスはわざわざレベッカから借りた「メイド服」を着ていた。
スペンサーの邸にいたハウスメイド達はせいぜいエプロンの支給だけで、汚れてもいい中古の服の上に支給されたエプロンを着ている状態だったが、エルガー公爵家は流石と言うべきか、タウンハウスもマナーハウスもお抱えのメイド達は揃いの制服が支給されていた。
そして、そのデザインがまた可愛らしい。女性らしいデザインの布地をたっぷりと使った黒のロングのワンピースになっていて、肩口は、大きめのフリルがついていて、背中には蝶々結び。
胸元がV字になっている白のエプロンドレスを外せば、きっと、よそ行きのワンピースに見えるんだろう。
ワンポイントに伴色の刺繍糸で、目立たないように自分のイニシャルや好きな刺繍を入れるらしいけれど、レベッカはまだそこまでしていなかったのだろう。まだ名前を入れる前のメイド服を借り受けてしまったらしかった。
(ちゃんと新品の返してあげなくちゃ・・・・・・。でも、これ、一体いくらくらいするんだろう・・・・・・。)
メイド服とはいえ、オーダーメイドの服だ。下手するとエリザベスの持っている中古のドレス五枚分より高いかもしれない。
(・・・・・・ッ、ここまで来て、たどり着けないとか『無し』だわ。)
「サム、服を貸してくれたレベッカのためにも、何とか方法を考えてちょうだい。私は最終チェックをしておくわ。」
「はいはい。くれぐれもその目立つ髪がバレないようにしてくださいよ。」
「分かってる。」
そう答えるとストロベリーブロンドの髪はひとまとめにしてウィッグに隠し、続けてウィッグの方も頭の上で一纏めにして、白いヘッドキャップをつける。
サムは準備を整えたエリザベスをチラ見すると、「おお、その格好しろって言った俺って天才」と笑った。
「おお、眼福、眼福。これは旦那が新しい扉を開けちまうかも?」
「はい?」
「いや、憂い顔で、夕陽で、メイド服で? そんな顔してたら、絶対ギルの旦那なら即効で落ちますぜ?」
「サァムゥ??」
ガタガタ揺れる馬車に揺られているから、アンは既にダウンしていて、青い顔で借りてきた猫のように静かになっている。一方のサムは「俺の天下だ」と言わんばかりに陽気に馬車を走らせていた。
「メイド服は行儀見習いに出る女の憧れだけど、男にとってはスパイスとロマンってもんです。お嬢に上目遣いされて、『お帰りなさい、ご主人様』なんてやられた日にゃ、ギルの旦那のなけなしの理性なんて吹っ飛ぶってもんでしょう。」
その言葉にエリザベスはプクッと頬をふくらませると「ギルバート様と、サムを同じに考えないで」とぶうたれた。
「お嬢、男女の機微って言うんですかね? そういうのも勉強しないとダメっすよ?」
「・・・・・・うわあ、サムの口から『勉強』なんて似合わない言葉が出てくるだなんて思わなかった。」
「はは、確かに。でも、お嬢がギルの旦那を好きだっていうなら、そこんところはよくよく気をつけないと。お、やっと城門が見えてきた。」
「それって、どう言う意味?」と尋ねる前に、サムは渋滞に合わせて馬車のスピードを落とす。そして「これは歩いて城門に向かった方が早そうだ」と話した。
すると、アンはよろよろと起き上がり「そうね、荷物の検分の分があるでしょうから、ここから歩いて向かいましょうか。下ろして頂戴」と答える。
「ここで降りるの?」
「ええ、歩いていった方が早いかと存じます。王城までは今までとは違って坂道が何箇所かありますから、馬車通りの方が遠回りなんですよ。」
「馬車は通れないけど、人は通れる。少し大変ですけど何ヶ所か階段のぼって行った方が、城門には近いっすね。」
うんともすんとも動かないのをいい事にサムは「よいしょ」と馬車を降りると、「ほい、お嬢」と抱えるようにして下ろしてくれる。
「・・・・・・降りるの、手伝います?」
「気合いで降りるから、構わないで。」
ふんッと鼻を鳴らして、そう言って青い顔のまま、アンが馬車から降りる。「じゃあ、諸々、終わる頃に着くかもしれないけど」とサムは、ひらりと再び馬車に乗り込んで手を振る。
アンはそんなサムの様子に「全く調子がいいんだから」と、重いため息を吐いた。
「・・・・・・大丈夫?」
「ええ、問題ないですよ。命がいくつあっても足らない馬車に乗っているより、数段、安心ってものです。」
そして「こうして王都を一緒に歩くのは久しぶりですね」と笑う。エリザベスも「ええ、本当にそうね」と頷いた。
◇
このグニシア王国の王都、フローレンスはその名の語源の通り『花の都』と言うだけあって、活気溢れた街が王城を中心に広がっている。
今、エリザベス達がいるのは八角形に広がった外郭と、もうひとつ小さめの八角形の内郭を越えたところで、ちょうどタウンハウスや上流階級向けのショッピングモールの広がる辺りだった。
「こちらです、お嬢、・・・・・・レベッカ。ここからは言い間違えないようにレベッカとお呼びしますね。」
まだ少し青い顔のアンにそう言われると、エリザベスも「分かったわ」と返す。
「レベッカ、そこは『承知しました』か『かしこまりました』でお願いしますね。」
その言葉にエリザベスも「確かに左様でございますね」と敬語を使い、「癖になりそう」と目を細める。
「ふざけては駄目ですよ? 内郭の門のところで身分証の提出を求められましたでしょう? 見つかったら大事ですよ?」
「・・・・・・それも、そうね。」
内郭にある門を通過する時は「身分証提示は最低限にしたい」と、可能な限り荷物に紛れ、衛兵達の目をやり過ごすという、かなりスリル満点の旅をしてきた。
「前に来たのは半年くらい前かしら。随分遠い出来事のよう。」
「そうですねえ。あの時はこんな事に巻き込まれてるだなんて思いませんでしたものねえ。」
前回、この王都に来たのは、年初めの頃。その時は、皆、厚着をしていて足早に目的地に向かう様子が見受けられたのに、今は華やかな装いの人が多く、閉門近いと言うのにウィンドゥショッピングをしている人が多く歩いていた。
大通り沿いに進めば、商業ギルドの中でも最大手の「アダムス商会」が見えてくる。この商会は銀行のように預金業務や良心的な金利で貸付けもしているから、いつも賑わっているのだが、今年はこの他にもいくつか、人集りが出来ている箇所があった。
ブティックの「Mrs.Taylor」と「COSY」「Mon trésor」それと、宝石商の「ASSCHER」「Doigts de fée」。
そして、それぞれのお店が「話題の白百合姫御用達」という看板を掲げている。
多くの人が足を止めている店は、どれもギルバートが「じゃあ、ここからここまで頂くよ」と言った店ばかりで、「うちは幼少の頃からギルバート様御用達」と言っていたCOSYに至っては、そのまま夜会に出られるような男女揃いの服がディスプレイされていて「他にも取り揃えております」とか書かれていた。
「・・・・・・ギルバート様が、流行は着た服が流行になるから気にしなくていいと言っていた理由がよく分かったわ。」
「ええ、これは・・・・・・確かに凄いですわね。」
閉門の時間もあるので足早に進みながら、進んでいく。
エリザベスは複雑な心境になった。
(私は彼らと何が違うのかしら・・・・・・。)
街はどこか『白百合姫の恋物語』に浮き足立って、それになぞって婚約式を行えば、公爵家の狙い通り、きっと世間はギルバートとの婚約、それからその先の結婚をお祝いしてくれるだろう。
たとえ、それが公爵家の力によって作られた婚約だったとしてもだ。
「・・・・・・お嬢様、いかがなさいました?」
商業区を抜けて、少し静かになった頃、アンがキョロキョロと辺りを見回しながら囁いてきた。
「ぼんやりとなさっては、躓いて階段を転げ落ちますよ? ここを登りきったら、城門前に出ますから、もうひと踏ん張りなさってくださいませ。」
「ええ、そうね・・・・・・。」
そう口にはしても見上げるほど大きい城門と王城を見ると、足は竦み、動けなくなった。
勢いだけでここまでやって来てしまったけれど、また、拒絶されたら――。
不安げな顔で城門を見上げるエリザベスの様子に、アンは「大丈夫です、私が着いております」と微笑んで手を取ってくれる。
「本当は同年代の侍女の方が、こういう時は心強いのでしょうが。私も、昔、リチャードに会いに行く時は怖気付いたものです。」
今じゃ、そんなの想像もつかないでしょう、とアンが背中を押してくれる。
「ハンカチの出来栄え、見ていただきましょうね?」
エリザベスはこくりと頷き、アンの後を追い掛けた。
◇
公爵家の使用人としての身分証を見せて、城門を潜る。初めて踏み入れた王城は天井が高く、名工の手によるものだろう、所々、美しいレリーフが施されていたり、壁画が施されていて思わず嘆息してしまう。
「アン、エリザベス様の遣いでレベッカと来たと聞いたが・・・・・・。」
近寄ってきたロバートは私の顔を見た瞬間、固まる。そして、にわかに困惑の色を露わにした。一方、アンはロバートのこの反応を予想していたようで「ギルバート様にお目通りは適いますよね?」と訊ねる。
「・・・・・・何とか致しましょう。」
そして「どうぞ、こちらです」という言葉に促されて王城の中を進む。
もしも、祖父が国王陛下の願いを聞き入れていたなら、このように実務的な区画でないにせよ、王女としてこの城に住み、ステファニーやギルバートと、それこそ、キャロルやノアのように幼馴染として過ごす可能性もあったのだと思うと、今のよそよそしい距離感に胸を締め付けられて苦しくなる。
「こちらで少しお待ちを。ギルバート様にお伝えしてきます。」
「あ、ちょっと待って。」
アンはロバートの袖を引き、何か言付けるとロバートは心得たと言わんばかりにこくりと頷き、部屋の中に入っていく。
「何を伝えたの・・・・・・?」
「中に入れば分かりますよ。」
ふふっと笑って「私はここで待っていますね」と言うと、出てきたロバートに「どうぞ」と招かれる。そして、ロバートも外に出ていってしまうから、エリザベスはしばらくドアの前に立ったまま、どうしたものか困ってしまった。
机に向かって集中しているのだろう。ギルバートはキリのいいところまで書類を纏めてしまおうとしているらしい。
俯き加減で書類に何か書き込んでいる姿は、氷華の離宮で向かいの席に座っていた時と同じようでいて、表情は固い。それに今いる位置が部屋の奥と入り口付近と物理的に離れているのも、今の二人の距離が離れてしまった事を象徴するようで淋しくなった。
このまま、そっとハンカチだけ置いて逃げてしまおうか。
小声で「お仕事中、失礼します。お忙しそうですのでこちらに置いておきますね」と、ハンカチの入った包みを応接セットのローテーブルに置く。
すると、少し遅れて、カシャンとペンを取り落とす音がして、顔を上げれば、目を見開いているギルバートの姿があった。




