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金の卵を産む鶏 (1)

 コックス子爵の邸からタウンハウスに戻ったステファニーは、帰り着くと居間のソファーにぐったりと身を沈めた。

 時刻は20時過ぎ。軽食を用意してくれると言われたものの、全く食欲はわかない。


「おや、ステフ。今日はギル達と楽しんでくるんじゃなかったのか? 浮かない顔をしてどうした。」


 その声に顔をあげれば、父のルーカスがすぐ側に立っていた。ステファニーは肩を竦めて、「今日は疲れた」と溜め息を吐く。ルーカスはそんなステファニーの様子に「何かあったのか?」と向かいの一人掛けのソファーに腰を下ろした。


「・・・・・・ギルが喧嘩したの。」


 父が目を丸くする。


「ギルバートが喧嘩した?」

「ええ、喧嘩も喧嘩よ。コックス子爵家のノアと。すごい音がしたから殴り合いでもしたのかも。」


 エリザベスを抱えたギルバートは、思いのほか泥だけだったし、頬も切っていた。


「へえ? 男の子だねえ。エリザベス嬢でも奪い合ったのかな。」


 くくくッと喉を鳴らし「それにしても、あのギルがねえ」と笑う。


「笑い事ではなくてよ? お父様。」


 しかし、ルーカスはギルバートと同じ鳶色の瞳を細めて、不敵な笑みを浮かべただけだ。


「そうだねえ、喧嘩するだけなら差し支えないが、コックス子爵家として邪魔立てするというなら、悪いけれど相応の制裁を受けてもらわないといけなくなってしまう。」

「それはギルとリジー、二人の婚約が『王命』だから?」

「いいや、二人の婚約は()()()()、そして、大事な布石だからさ。私はギルバートをグニシアの王太子の腰巾着に留めて、腐らせておくつもりはないんだよ。」


 そして「あれは、ジェニファーの言いつけを守り、王太子の腰巾着でいることに甘んじていたようだが、エリザベス嬢のおかげで目が覚めたようだし。今日、国王陛下もあれの才能を認められたところだよ?」とほくそ笑んだ。


「国王陛下が?」

「ああ、そうだ。次の除目を待たず、行政官補佐に異動していただけた。」

「行政官補佐ということはお兄様の補佐?」

「ああ。だが、あれの諸外国との交渉力や顔の広さは、ブライアンどころか私をも凌ぐ。ある意味、儀典統括の仕事が良い下積みになったな。エラルド公国だけでなく、ヴェールズ公国の大使からも、内々の事なのに祝辞を頂いた。」

「エラルド公国ではなく、ヴェールズ公国から?」

「ああ、近くパーティーを催すだろう? その関係で知られたらしい。隣国の大使に祝われるだなんて、なかなかだ。」


 そして、口を聞きかけたステファニーに、手で制すと、軽食用のサンドイッチを持ってきたメアリーに「私にコーヒーと、ステフに蜂蜜とミルク入れた紅茶でも持ってきておくれ」と話す。


 メアリーが一礼してその場を後にすると、ルーカスは再び続きを話し始めた。


「ギルにはね、しばらく行政官補佐をさせた後、外交業務を本格的に携わらせるようにブライアンに話を付けてある。」


 そう話すルーカスはいつになく満足げに見えるから、ステファニーは目を細めた。


「お父様、もしかしてギルをエラルドの公世子とする考えをお捨てになっていらっしゃらないの?」


 兄のブライアンは「宰相」の器だ。彼は非道にはなれない代わりに、厄介事をよしなに処理する能力がある。民衆への被害を最小限にするために「いかに自国民を傷付けないか」を優先して物事を判じる。

 そして、目の前に座る姉のステファニーは「王后」となるべく育ててきた。それゆえ、彼女は「国王」となる予定のオリバーを導けるように教育してきたし、「王家存続のためにどうしたらいいか」を優先して判断するように伝えてある。


「ああ、そうだよ。あの子はこの国には勿体ない。」

「ギルをご自身の懐刀(ふところがたな)になさってどうなさるおつもり? ノーランド王国にでも攻め入るおつもりかしら?」

「いいや、そうはならないよ、ステフ。それはあまりにリスクが高過ぎる。仮にデーン家が侵攻を良しとしたとしても、ヴェールズにもエラルドにも人道的ではないと非難されるだろう。」


 それを聞いて僅かに安堵した様子のステファニーに、ルーカスはふっと微笑むと「ステフはうちにとっての一番の脅威は何か分かるかい?」と訊ねる。


「ノーランドが攻めてくること?」


 しかし、ルーカスは首を横に振り、「いいや違う。それは脅威のひとつではあるけれど、一番の脅威に比べればなんて事ない些事に過ぎない」と答える。


「じゃあ、何かしら。羊毛の下落や穀物の不作とかと影響はあるけれど、それもきっと違うのでしょう?」

「ああ。そうだね。」


 そして、蜂蜜色の目を細めて考え込むステファニーに「我が家にとっての一番の脅威は国王陛下夫妻だよ」と続ける。


「国王陛下夫妻? 陛下だけでなく、伯母様も入るの?」

「ああ、入る。だからこそ、ノーランド王国に『攻め入る』のでは不十分なんだよ。」

「不十分・・・・・・?」

「今度、ブライアンに頼んでギルバートの報告書を読んでみるがいい。あの子の報告書は実によく出来ていたからね。」


 ヴェールズ公国から流れた石炭と、スペンサー男爵領から流れた鉄鉱石。その二つはハミルトン伯爵領のとある街で、ノーランド王国から来た荒くれ者どもと武器、それから外貨の流入を許し、換金を繰り返す結果、グニシア硬貨の品質を下げている。


「その上、グレイ侯爵家。こちらは密やかに改鋳を施したグニシア硬貨をばら蒔いていた事が調べ上げられていた。」

「グニシア硬貨の改鋳?」

「ああ、配合されている銀の分量を、よく見比べないと分からない程僅かだが、グレイ侯爵は減らしていたらしい。ハミルトン伯爵領で出回っている硬貨と、王家から支払われたグニシア硬貨とでは比重が僅かに違っている。」


 悪貨が知らず知らずに市井に出回る。そうなれば国内の硬貨の価値は緩やかに低下し、グレイ侯爵の手元に流入している外貨の価値が上がっていく。


「グレイ侯爵がエリザベス嬢を取り込もうとしたのが、あの時期だったのも意味がある。彼らはそうした水面下の動きから一歩先へ準備を進め、今度は『大義名分』を手にしようとしたのさ。」


 ルーカスの目が底光りすると、ステファニーはゴクリと喉を鳴らした。


「彼らが()()を思い付いたのは、聖女『サラ』による啓示。そして、こちらへの動きが遅れたのは、直接的には『エドガー=スペンサーの存命』と、『エリザベス=スペンサーのハミルトン伯爵家の養子縁組拒否』が引き起こしたこと。それらは間接的に()()()()が働いている。」


 ルーカスはそう言うと再び運ばれてきたコーヒーを受け取り「今夜はもう下がって良い」と告げる。メアリーは一礼して去っていく。


「ノーランド王国にはギルバートが提案してきた通り、北方の地域に隙を作り『攻め入らせる』事にする。そして、それは形骸化しかけている『三国同盟』を強化する。」

「攻め入らせる・・・・・・?」

「ああ、町の一つの犠牲で国が守れ、三国間の緩みを引き締められる。」

「それじゃあ、その町に住んでいる人はどうするの?」

「犠牲は『象徴』になる方が良い。たとえ、老若男女殺されるとしても、何も知らせないつもりだよ。」

「・・・・・・ギルがそれを提案してきたの?」

「ああ。王家とエルガー公爵家、そして、何より『エリザベス嬢を守るため』にな。エリザベス嬢を『王女』として担いだクーデターと見なされたら、彼女の身が危ういから、ブリジット妃を味方に付ける『三国同盟の強化』を見越した提案をしてきたわけだ。」


 ステファニーは温かく甘いミルクティーを口にする。そして、自分の手が(かじか)むようにして冷えている事に気がついた。


「お父様は、ギルの提案に乗るおつもり?」

「ああ、そのつもりだよ。そして、それには二人の婚約は外せないファクターだ。エリザベス嬢の考えはまだ分からないが、彼女が離反することのないよう、コックス子爵のキャロライン嬢を侍女として迎え入れる心づもりでいなさい。」

「キャロルを使って、リジーをこちらに繋いでおけと言うの?」

「ああ、そうだ。だが、決して主従の関係を履き違えないように。」


 ルーカスは目を細めると「それは王太子妃候補の役目だろう?」と話す。


「コックス子爵はぼんやりしているように見えて、存外、野心家だ。僕への切り札であるエリザベス嬢を取り上げたようなものだからな。きっと代わりにキャロライン嬢を『後宮に入れて欲しい』と進言してくるだろう。」


 かつて自分がベアトリスに密やかに誓った約束のために――。


「私は子爵自身を小回りの利く『右手』として気に入っているし、その子供たちもエリザベス嬢を守る為の『目』や『耳』として重宝してきた。あれらはゆくゆくブライアンやお前にとっても、良き『目』、良き『耳』になるだろう。だから、消してしまうには惜しい。」


 ステファニーはあまりに淡々と「消してしまうには惜しい」と話す父のルーカスの様子に目を泳がせ、一瞬、真っ白になった思考に喝を入れ「お父様は何を仰っているのだろう」と頭をフル回転させた。


「・・・・・・お父様、ギルとリジーの婚約は()()()()()でしょう? グレイ侯爵とのお見合いがなければ、彼女はコックス子爵家に高い確率で嫁いでいたのではなくって?」

「ああ、可愛いステフ。お前は夢見がちなんだね。ステフは、ギルとエリザベス嬢の婚約が()()()()()だと思っていたのかい?」


 父の暗い眼差しにぞくりとし、ステファニーは顔を強ばらせる。


「いいかい、ステフ。ギルとリジーの婚約は、私がベアトリスを陛下に引き合わせ、彼女の愛する息子オリバーを第一王妃の子として奪った時から、エドガーと密約で決まっていたんだよ。それゆえ、エドガーはコックス子爵家にノアとエリザベス嬢の婚約を許可しなかった。」


 エドガーは大きく喧伝する事は出来る立場にはなかったが、自分の血脈であるオリバーが一国の王となる夢を見てしまった。それは庶民の出で一代にして男爵位に就いたエドガーにとってどれほど甘い夢であっただろう。

 また、オリバーの命を脅かさず、また、エリザベスについても政治の道具にされないようにエルガー公爵家で保護すると誓った結果、エドガーはまだ生まれたばかりの、名前さえ付いていない男児を引渡してくれた。


「ステファニー、これは私からの『命令』だと思って構わない。キャロライン嬢の命が惜しくば、お前が守りなさい。」


 顔を強ばらせたまま、ステファニーは頷く。

 そうしなければキャロルの命に関わる、そう思った。

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