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恋は人を臆病にする(5)

 ノアはギルバートとエリザベスのやり取りを端から見ていて「やけに過保護だな」と感じた。少し荷物を取りに行くだけなら、待っていてくれと言うだけで良いだろう。


(いや、そうじゃない・・・・・・。)


 挨拶の握手をしてきた時のギルバートは、明らかにこっちを警戒していたし、「エリザベスがお世話になっているようで」と、あからさまに()()もしてきた。それなのにエスコートを変わってくれだなんて言い出した事が不自然に思える。


「月光の貴公子か・・・・・・。噂に違わず、色男だな。苦労するんじゃないか?」


 エリザベスの傍に立ち、からかい半分に声を掛けてみる。今日は(はす)に構えてないと、『ギルバートの婚約者の令嬢』としてのエリザベスとはまだ上手い距離感が掴めなかった。

 ストロベリーブロンドの髪も、細い肩も、何一つ、自分の知っている『エリザベス』とは違わないのに、知らぬ間に自分の手からすり抜けて、他人の婚約者(ギルバートのもの)になってしまった事が口惜しい。


(ああ、悔しかったのか・・・・・・。)


 少しカーブを描く木道を進んでいくギルバートの背中を眺めて、自分がひどく嫉妬していることに気が付く。


(俺だって、あんな風に生まれたかった。)


 国一番の公爵家の令息で、国王陛下の覚えも良く、王太子殿下の右腕。『月光の貴公子』として社交界を賑わせていて、それだけで婚約者候補は多数いるだろうに。


(なんで、よりによってリジーと婚約なんだ。)


 キャロラインやステファニーの手前もあったから先程は腹の奥底に怒りを沈めたものの、「権力と財力、その上、色男で、評判も良いとか、天は二物を与えないんじゃなかったのか?」と罵ってしまいたくなる。


(リジーの事をろくに知らないだろうに。)


 ましてや、エリザベスは自分にとって幼馴染であり、また、デビュタントでもパートナーを務めた程の仲だ。「責任もってお前が娶れ」と言われたなら、自分の気持ちなど二の次に彼女にプロポーズをする覚悟だってとうの昔に出来ていたのに。


(リジーだって、こんな事がなければ、あんないけ好かないやつの所には嫁がなくていいはずだ。)


 父からスペンサー家で起こった事の顛末と、エリザベスの身の安全も兼ねてエルガー公爵家と縁付くことになった話は聞いたものの、エスコートを他人任せにするギルバートの態度が気に食わない。


(本当、鼻持ちならない奴・・・・・・。)


 確かに絵物語から抜け出たような色男ではあるが、エリザベスはそう言うのに熱を上げるような性格ではないし、現に嫌味を口にしても無反応だ。

 きっとエリザベスのことだから、「決められた事」としてこの政略的な婚約を「仕方のないこと」として流れに任せることを受け入れているのだろう。

 けれど、ノアはそんなエリザベスの煮え切らない態度も歯がゆくて、つい「このまま、本気でアイツと結婚するつもりか?」と詰問していた。


「ギルバート、だっけか? 男友達として忠告するけど、あいつの異名は『氷輪』だぞ? もっぱら愛想なしの冷血漢で通っている。政略結婚するのは止められないにせよ、本当にあいつでいいのか?」


 こんな事を言った日には、リジーは「そういう事を言っても仕方ないでしょう?」と反論してくるのだが、その時のエリザベスはまるで蝋人形か何かのようにして返答はなく、ギルバートを見つめたまま微動だにしなかった。


「リジー、無視するなよ?」


 いや、違う。エリザベスのすぐ近くに来て分かったが、彼女の肩は小刻みに震えている。

 ノアはようやくエリザベスが平然としていたのではなく、ショックを受けて言葉を失っているのだと気が付く。


「おい、リジー、どうした?」


 こちらの声など全く届いていないかのように、エリザベスは苦しげな表情で足元の悪い木道を、あやつり人形が操られるているかのようにして、今来た道を歩み出し、ギルバートの姿を追い始める。


「ちょッ、リジー、どこに行く気だよ? 危ないぞ?」


 そう呼びかけたもののエリザベスは、ふらふらとしながらも歩みを止めない。代わりに自分の声に気がついたのか、ギルバートがこちらをちらりと振り返った。


(何だ・・・・・・?)


 ギルバートが血相を変えて駆け寄ってくる。


「リジーッ!!」


 と、エリザベスが身体をくの字に折り曲げ、突然、膝から崩れ落ちる。


(ちょ・・・・・・ッ?!)


 慌てて手を伸ばしたものの、その指先は僅かにドレスの端に掠っただけで、身体を支えるのは間に合わない。そして、その倒れた方向に気がついて、ノアもサッと血の気が引いた。


(落ちる――ッ!!)


 エリザベスの体はこのままだと木道から逸れて怪我をする。


 ダン――ッ!!


 一際、大きな音に驚きつつ、目の前を何か黒い影が横切ったなと思ったら、次の瞬間、エリザベスの身体はこちらに向きを変えていて、慌てて抱き止める。

 しかし、支えきれなくて尻もちを付きながら受け止めると、その音よりも少し早く、近くからもっと派手な音がした。


(な、んだ・・・・・・?!)


 物音に驚いたのだろう、近くの梢に止まっていた鳥達がバササッと音を立てて飛んでいく。

 しばらくノアはその鳥の姿を追って呆けていたが、木道の近くからガタガタと音がして、沈痛な声色で「リジーは無事か?」と問われて我に返った。


「あ、ああ、怪我はしてないと思う。」


 呆気に取られたまま、何とかそう答えたが、矢車草の花壇に突っ込んだギルバートの方は、大惨事の状態で、高そうな上着は泥と土、それから矢車草の花びらで汚れ、頬も草の葉で切ったのだろう。若干、血が滲んでいた。


「リジー、返事をしてくれ。」


 しかし、自分の答えには返事をせず、花壇から這い出るようにして木道に戻ってくると、「リジー」と、汚れるのも構わずに跪いて声を掛けてくる。その言葉にノアも胸元のエリザベスの様子を見れば、顔色はまだ青く、表情は虚ろなままだった。


 身体は小刻みに震え、呼吸も早く浅い。


 そして、その様子にノアは「ああ、あの時と同じ症状だ」と気が付く。五年前、スペンサー家の部屋に閉じ込められて「助けて」と縋り付いてきた時と――。


 一方、ギルバートは着ていてた上着を脱ぎ捨てると、エリザベスが汚れないように気をつけて、まるで壊れ物でも抱くように苦しそうな彼女を抱きかかえる。


「すまない、邸に案内してくれないか。彼女を少し休ませたい。」


 さすが『月光の貴公子』と持て囃されるだけあると思うべきか、その姿には男のノアの目からしても、一瞬、惚れ惚れとして見えて、反応が遅れる。


「どちらへ向かえばいい?」

「あ、ああ、こっちだ・・・・・・。」


 ノアは狼狽しつつ、立ち上がり、そのまま急ぎ足で木道を進むと、キャロラインとステファニーの二人も血相を変えて近付いてきた。


「ちょっと、ノアッ?! なんか凄い音がしてたけど、一体、どうしたのッ?!」

「リジーが急に倒れたんだ。例の症状だと思う。」

「いまさら、例の症状? まあ、いいわ。分かった。それなら、ひとまず邸で休ませましょう。」


 そして、急ぎ足で庭を抜けて、邸に案内すると、エリザベスを客室へと運び入れる。


「ちょっと、キャロル、リジーは大丈夫なの?」

「ええ、ご安心ください。リジーの命に別状はないですから。あれは呼吸の仕方を忘れちゃってるだけなんです。」

「呼吸の仕方を忘れる?」

「ええ、そう。少し服を緩めて、落ち着かせてあげれば良くなります。だから、男性陣には少し外に出ていて貰いたいのだけれど・・・・・・。」

「あ、ああ、分かった・・・・・・。」


 ギルバートが名残惜しそうにする横で、ノアはキャロルに「医者も呼んだし、グレイスに水を運ぶように声を掛けておいた。俺も外に出てるよ」と答える。


「あら、珍しく完璧ね。」


 そう言ってにこりとすると、キャロルは心配そうにしているステファニーにも「大丈夫。こっちが慌てちゃだめなの」と話しながら、部屋の中に戻っていく。

 そして、ドアがパタンと閉まると、ノアは一緒に部屋を追い出されたギルバートを一瞥した。


(あんなにショックを受けるだなんて・・・・・・。)


 エリザベスがあの状態に陥ったきっかけは分からない。だが、そのきっかけを与えたに違いないギルバートは、ただ客室のドアを心配そうに見つめている。


「・・・・・・ちょっと良いか?」

「・・・・・・何?」

「さっき、あの小路で何があった?」


 相手は公爵家。敵対したいわけじゃない。

 そう思っていても、エリザベスの様子を見ると、怒りが声色に滲み出てしまい、威嚇するような声色になってしまう。


「何も。少し話をしていただけだ。」

「何の話をしてたんだって言ってるんだ?」


 それにはギルバートもカチンと来たのだろう、同じく苛立ちを露わに睨んでくる。


「何故、そんな事を君に言わなきゃならない?」

「ああなった原因があんたなら、これ以上、リジーに近付けさせるわけにはいかないからだ。」


 その言葉にギルバートの目がいよいよ据わる。


「コックス子爵のご子息。君にそんな事を制限する権利はないだろう?」

「権利? ああ、そんなものはないな。だが、こっちも鳶に油揚げを奪われたって揶揄される身の上だ。だが、今更、リジーを巡ってもうひとつ噂が立とうが、公爵家に盾突いたと父さんに勘当されようが知ったこっちゃない。」


 ああ、そうだ、知ったこっちゃない。


 政経・文化共に牽引する、国一番の権力者の家門だろうがなんだろうが。エリザベスを傷つける奴は何人たりとも許せない。


 ノアはギルバートに詰め寄った。


「俺はリジーを傷付ける奴は許さない。リジーはあんたを好きで寄ってくる女どもとは違うんだッ!」


 王命だか何だか知らないが、エリザベスが追い詰められて、また苦しむような事になるのではと思うと胸が引きされそうになる。


「あいつがどれだけ我慢を強いられてきたか、何でも持っているあんたに分かるか? いつだって苦しんできて。やっとここ一年くらいなんだぞ? あいつが笑えるようになったのは。」


 それを聞くとギルバートはまるで波が引いていくようにして、睨みつけてきていたのから、傷に塩を塗られたかのような辛そうな表情に変わる。


「あいつのこと、よく知らない癖にッ! 王命だかなんだか知らないけどな。リジーの気持ちを踏みにじらないでくれ。」


 ギルバートはノアの言葉に眉根を寄せて、苦しげな表情になる。そして、二、三度、口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返してから、「そうだね」と答えた。


「僕は彼女のことをよく知らない。彼女はきっと君の所に戻りたがるだろう。」


 ギルバートはそう告げると「少し外の空気を吸ってくる」と言って、去っていった。

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