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恋は人を臆病にする(2)

 そんな朝をエリントン子爵領で迎えた日の午後、エリザベスは目の前で繰り広げられている売り込み合戦に「もう、勘弁して」とため息が出そうだった。


 公爵家の馴染みの仕立て屋とやらは、一体、何店舗あるのだろう。もう、かれこれ十店舗分は見ただろうか。

 次々と「婚約式に着るための白百合のドレスはぜひ当店にお任せ下さい」と、プレゼンされる。

 しかも、それだけでなく普段のお茶会用や夜会用など、カラードレスまで次々と持ち込まれて、正直、目が回る。


 赤。青。黄色。桃色。橙色。

 それでも夥しい数のドレスと()()し、エリザベスがようやく三店舗のドレスに絞ったところでガチャリとドアが開いた。


「中に入っても?」


 ギルバートが恐る恐ると言った様子で尋ねてくるから「どうぞ」と答える。中に入ってきたギルバートに「いかがですか?」と尋ねられたから、エリザベスは商人たちの顔を見ながら「まだ決めかねてたところですわ」と肩を竦めて見せた。


 いずれも豪奢なドレスながら、品があり、着飾った彼と並んでも見栄えがしそうなものばかり。細やかな刺繍が入っていたり、繊細なレースで、襞の多く入ったフリルが施されていたり、どれも金額が高そうだ。


「気に入るデザインはありませんか?」


 首を傾げるギルバートに、首を横に振る。


「そうじゃないわ。どれも甲乙つけ難いくらい素晴らしいドレスなの。」


 どの店舗も白百合のドレスは選んでくれるだけで名誉な事だから、お代は要らないと言うし、それじゃあ、ほかのドレスを見せて欲しいと言った結果、こんな事態だ。


「旦那様ッ! 若奥様のその美しい髪色にはこの桃色のフリルが使われたドレスがお似合いかと。」

「あ、抜け駆けはずるいですよッ! 弊社はギルバート坊っちゃまの幼少の頃から御用達。夫婦で合わせられるなら、先日お買い求め下さった服と揃いのドレスの方がいいに決まってますッ!」

「何を仰るッ! 若奥様の美しい碧玉色の瞳。その大粒のエメラルドのような透明さを表現するには、この総レースのドレスですよ!」


 そのどれもが魅力的で、三つの店までは頑張って絞ったものの、更にどの店舗で買うか決めかねている。そう告げるとギルバートは「なんだそんな事」と笑った。


「じゃあ、ここからここまで頂くよ。」

「へッ?!」

「どれもリジーに似合いそうだし、迷っているならみんな買えばいい。」


 ギルバートがニコリとして言うと、どの仕立て屋もあんぐりとし、それからその場で小躍りしかねない勢いでドレスを搬入し始めた。


 いやいや、そんなにドレスばかりあっても身体は一つだよ? それに流行だって変わることもあるし。

 そうやんわり伝えたのだが「それもそうだね、ドレスに合わせてアクセサリーや靴なんかもいるよね。ああ、でも『流行』はリジーが来た服が流行になるし、気にしなくていいと思うよ」と斜め上の回答が返ってくる。


「アフターケアも相談に乗ってくれるだろう?」


 ギルバートが尋ねれば、どの店舗も大きく頷き「もし、お気になる点があれば、馳せ参じます」と口を揃える。


 ギルバートがニコリとして「ほらね」と笑い、次に同じようにしてやってきた宝石商達にも「大きめのを幾つかと、普段使い出来そうな愛らしいものを見せてくれる?」と言いながら次々とアクセサリーを買っていくから、エリザベスはあんぐりとしてしまった。


 えーと、公爵家ではこういうものなの?


 そう思ってレベッカを見たけれど、レベッカも放心状態になっている所を見ると、これが「爆買い」であるのは間違いないらしい。エリザベスはギルバートが「その大きめのエメラルドもひとつ追加で貰えるかな?」と言ったところで彼の袖を引いた。


「わ、私、そんなにお金を持ってないんですけど・・・・・・。」


 心配になって囁けば「大丈夫。もちろんプレゼントするよ」と楽しげに笑う。


「今まで自分にはお金の使いどころがなかったからね。たまには『ぱあッ』と使おうかなと思ってさ。」


 そう言って続いてきた靴職人にも同じような対応するから、エリザベスはその金銭感覚の差に困惑してしまった。


「でも、白百合のドレスは? 結局、絞りきれなかったんですが・・・・・・。」


 すると、ギルバートは「え? それも、三着作って、お色直しすれば良くない?」とか言い出す。


「どうせ、何回かに分けて婚約式をするだろうし、それに、姉さんはよく『ドレスは戦闘服だって』言っているよ? あと『男の甲斐性は、自分好みのドレスを好きな女性に着せられる事だ』ともね。」


 そうウインクまで交えて、茶目っ気たっぷりに笑うギルバートの様子に商人や職人たちは目を丸くする。一方、邸のメイド達は目のやりどころに困ってか、天井の方を眺めており、こちらを見て見ぬふりで通すらしい。


 しかも、それはギルバートが、私の髪をひと房とって、口付けてきた時も変わらない。


 うん、本当によく教育されたメイドさんたちだね。


(何だろう・・・・・・、やけにギルバート様の糖度が増した気がする・・・・・・。)


 いや、今朝の時点で離宮の時よりもやや糖度高めだったかもしれない。

 アンに案内されて食堂に入った時も、ギルバートは食事を取らずに私を待ってくれていたのだから。


「おはよう、リジー。よく眠れた?」

「え、ええ。」

「本当に? こっちに来て顔をよく見せて。」


 あの時は心配されているのだと思って気にとめなかったけど、思い返してみれば、朝の食事前の会話にしてはこの辺りから既に甘さ増量をし始めていて、椅子から立ち上がったと思ったら、おでこ同士で熱を計られていた。


「うーん、熱は無いみたいだけれど、まだ休み足りないって感じだね。ここはいずれ君の(ホーム)になるんだから気兼ねしなくていい。あとでお昼寝でもする?」

「ホーム?」

「そうだよ。昨日はひどく疲れていそうだったから、今日、説明しようかと思っていたんだ。」


 そう言うとギルバートはこの地が「エリントン子爵邸」であることや、父親のルーカスから管理を預かっている邸なのだと話す。


「エルガー公爵領は広い。元々のエルガー公爵領の他、隣接するバイロン、エリントンの地も管轄しているからね。」


 そして、そんな大地主の貴族ゆえ、ルーカス一人で全ての土地を見て回るには限界があり、公爵家や侯爵家には特例としてその子供たちにその土地を代行して治める許可を貰っているのだという。


「そんなわけで、父さん、母さん、姉さんは本邸に、兄さんと奥さんはバイロンの別邸に居るんだよ。ここは長く別荘扱いだったんだけど、王城に近いし、領地の中では一番スペンサー男爵領にも近いし、リジーが暮らすには良い立地でしょう?」


 いや、そんな超お買い得物件だよと言われても、すぐには事態を飲み込めない。


「・・・・・・ええっと、つまり、ここはギルバート様のお邸ということでしょうか?」

「僕に『様』も敬語も要らないよ? まあ、でも、そうだね。僕の邸には違いない。だから、君はこの邸の『女主人』だ。」


 そう言われても、このお邸はどれくらいの価値があるのだろう。豪奢な調度品が所狭しと置かれていて、壁紙から家具に至るまでどれも一級品なのは見て取れる。

 一方、ギルバートはエリザベスの顔がますます強ばったことに眉根を少し寄せると「やはり客室は眠りにくかった?」と訊ねた。


「本当は、この邸に連れてくるのは主寝室の手入れをしてからと思っていたんだけど、例の事が発覚しただろう? かと言って、僕の部屋じゃ気を張るだろうと思ったから客室に通したんだけど。」

「いえ、そんなことはないですッ! 凄くよく眠れました。」

「そう? それなら良かった。ああ、『女主人』と言っても邸の管理をしろとか言わないよ?」


 聞けば、この邸の切り盛りは筆頭執事のハロルドと女中頭(ハウスキーパー)のミセス・ラッセルが行っていて、その運営資金はこの地の租税もあるが、主には王宮からギルバートに出されている給金で運営しているらしい。

 領地経営の面では、季節ごとにチェックして適宜、口を挟んではいるものの、邸の中のことなど細々としたところはハロルドとミセス・ラッセルにお任せしてしまっており、必要に応じて簡単な模様替えや庭の手入れをして貰っている程度なのだという。


「だから、急にあれこれしなくても大丈夫。もちろん君の好みに合わせたいって言うならお任せするけど。あ、きちんと先達(せんだち)もいるし、自慢じゃないけど、僕が引き受けてからの五年、今までずっと黒字経営してるよ。だから、リジーの暮らしやすいように過ごせば問題ない。」


 って、そう言っていた癖に――ッ!!

 いきなり大散財してくれたので、思わず頭の中で金額を算出する。

 有名デザイナーの作品やカラット数の大きい宝石だったから、相場のそれとはかけ離れているかもしれない。だが、一般的なドレスや宝石の金額にざっくり換算したところで、スペンサー家の一ヶ月分か、下手すれば二ヶ月分の散財を一日でしたのは確かだから嫌な汗が出てくる。

 しかし、ギルバートはそんな事を気にする様子もなく、次々と商談を成立させて「では、今後ともよろしくね」と商人たちや仕立て屋達を見送る。

 エリザベスは呆然としてしまった。


 ◇


 そして、それからさらに三十分ほどした現在。部屋の片付けは、アンとレベッカに任せて、エリザベスはギルバートと長椅子に腰を下ろしてお茶を楽しんでいた。


「浮かない顔をして、どうかした?」

「いえ、あんなにたくさん。プレゼントとして頂くには些か量が多いように感じてしまって・・・・・・。」

「んー? そう? でも、きっとすぐに入りようになるよ。ねえ、アン。今はどれくらいの招待状が来ているのかな?」


 ギルバートが訊ねると、アンは「近々開催のものですと百通くらいでしょうか?」とか言い出す。


 百通――。


 そう言って、お茶会やら夜会の招待状をレベッカが持ってこさせたが、その量を見ると「ああ、やっぱりドレスは端から端までいるのかもしれない」と苦々しく感じた。


「そんなに固まらないでよ、リジー。全部に出る必要はないんだから。噂を聞き付けて表舞台に引っ張り出したいだけさ。」


 ギルバートはくすくすと笑うと、アンから招待状の束を受け取る。


「そうなんですか?」

「うん、だから、安心してね。どれどれ・・・・・・、うん、ここら辺は必要なし。行くとしたらこのあたりかなあ。」


 さすが餅は餅屋。

 王城で若年にも関わらず王太子殿下の参加する儀典関連を捌いていただけある。

 あれよあれよという間に、「問題外」「要断りの返信」「リスケ希望」「出席」と分けていき、手元に残したのは四つだけだった。

 ちなみに「行かなくてもいい」と言われた分は、かなり錚々たる面々からのお誘いだと言うのに、多くは「問題外」か「要断りの返信」に入っている。


「あの、本当に四つだけでいいの?」

「ああ、大丈夫だよ。僕らの事は両家が認めていて、婚約式も基本、内輪でやるつもりだって通達してるからね。準備期間での招待は良識ある者なら外して当然。」


 むしろ婚約式の日取りよりも前に、華々しいお誘いが来るとしたら、それは返信すら無視していいレベルだという。


「そもそも相手への気遣いがない。こういうのは出かけて言っても、有益な事はなくて、ゴシップな話ばっかりさ。」


 しかし、そういう割には、手元に残っているキャロルからのお誘いは、婚約式の日取りの前になっている。


「それなのに、キャロルのお茶会は出ていいの?」

「ああ、構わないよ。コックス子爵家には()()を僕らに求める権利がある。同席しろと言うなら、僕も都合をつけて出席するよ。」


 いくら国王陛下やエルガー公爵家からの申し出があり、立場的に受けざるを得ない状況だったからと言っても、コックス子爵家としては「大事な息子の婚約者候補」を横からかっ攫われたことには変わらない。

 婚約式前に事情説明しに来いと言うなら、確かに受けざるを得ない話だろう。


「分かったわ。キャロルには当日の参加者についても確認してみます。同席を求められるようならお願いしますね。」

「うん。頼むよ。」


 その他どうしても外せないのは三つ。いずれも婚約式の後に参加する予定のものだが、キャロルのものは除いて、三つにまで絞られたのは驚いた。

 ひとつは、第一王妃主催のお茶会。これは言わずもがな、エルガー公爵家側に顔見せしておくためのお茶会になると聞かされる。

 それから、ウィンザー伯爵家主催の晩餐会。これはフィリップへの御礼と、あわよくば、日和見主義なウィンザー家をこちら側へ引き摺りこむためのもの。

 そして、最後は隣国ヴェールズ公国の大使を招いて行われる夜会。


「ヴェールズ公国の大使ですか?」

「うん、例の報告書の結果なんだけどね、南部地方だけでなく、食糧支援や物資支援の他、ヴェールズ公国との関税も控え、復興支援の技術者の派遣が決定したんだ。」

「それでヴェールズ公国の大使と親睦を兼ねての夜会?」

「そう。」


 表向きは人道的な判断として発表したものの、もちろん真実は大使を通してヴェールズ公国の大公にも伝わっており、二人の名も知られているとギルバートは話す。


「つまり、絶対に参加、という事ですね。」

「ああ、むしろ参加できないともなれば、ヴェールズ公国に来いと言ってきそうな雰囲気だったんで、ここで手を打っておきたいな。うっかりヴェールズ公国に赴いて、僕が殺されたりでもしたら、リジーが大公妃にされるなんて悪夢も有り得るし。」


 また、穏当ではない返答がきて、目を瞬かせせれば「エルガー家の周りは、存外、敵だらけなんですよ」と笑った。

 今はこの国の政治、経済、文化、ありとあらゆるものにエルガー家が影響を及ぼせる状態だが、驕れる者久しからず、各々がそれぞれの方面で陣取りゲームをして、必死に牙城を護っている状態らしい。


「ヴェールズ公国はそのうちのひとつ。彼らは元エラルド公女の伯母が第一王妃、そして、母がエルガー家の公爵夫人をしている事がおもしろくないんですよ。」


 そう言えば、第二王妃として収まっているアレクサンドラ妃はヴェールズ公国の公女の母の血を引いた先代のボイル公爵のご令嬢だ。


「しかし、今回、ヴェールズの大公殿下は僕と君に大きな借りができてしまった。」


 ノーランド王国とボイル公爵家傘下の貴族の怪しい動き。

 ヴェールズ公国と親しくしているボイル公爵家の派閥のもとで、第三勢力と制御しきれていない勢力が育ちつつあるとなれば、ヴェールズ公国としても黙って静観とは行かないわけで。


「リジー、ご心配には及びませんよ? この夜会でヴェールズ公国の大使は完膚無きまでに叩きのめすつもりなので。彼は存外気弱なんで、大公殿下ご本人でも出て来ない限り、僕の方に有利に働くでしょう。」


 そう言うとギルバートはいつになくいい笑顔になった。

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