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閑話:宰相閣下のハードな半日

 エルガー公爵家の長男で、父のバイロン伯爵の爵位を名乗っているブライアンは、このグニシア王国の宰相である。

 父がその位に在任中は弱冠にしてその補佐役を行い、数々の国難を乗り越えて早十年。壮年にして宰相の官位を預かり、既に二年が経ったところだった。

 と言うのも、父のエルガー公爵が五年ほど前に起きた謎の疫病と、一昨年の夏に起こった水害でさすがに心身ともに疲労が溜まったのか、「もう嫌だッ! お前代わりにやってくれッ!」と言い出し、不貞腐れた事が一端にある。


 父の「もう嫌だ」で辞められる宰相職と言うのもどうかと思うが、父の持つ経済的なネットワークを思えば、国王陛下も余り強く言えなかったようで「重責となって申し訳ないが、若い意見も取り入れていきたい。宰相をやってはくれまいか?」と言う一言で、ブライアンは押し付けられるようにして宰相職を引き受けることになってしまった。

 そんなブライアン=W=エルガーの一日は早く、日の出の頃には目を覚まし、早くから登庁して、まずは新聞に目を通す。

 とはいえ、今日の内容も、弟のギルバートこと、ギルとエリザベス嬢の婚約の話の続きで、「愛の逃避行劇の末、エルガー公爵も認めざるを得なくなった」だとか、「月光の貴公子の知られざる熱意」だとか書かれている。


 ひとまずウィンザー伯爵家との一件は、自領の関税の操作一つで収まったようで、ギルの悪友の一人、フィリップ=C=ウィンザーによる祝辞が大手新聞社に掲載されると、その後はイザベラ嬢が修道女となった件は、吹き飛んでしまった。


(ひとまず新聞は、完全に我が家寄りに舵を大きく切ったみたいだな・・・・・・。)


 エリザベスに関して、婚約発表前に飛び交っていた「魔性の女」といった表現は、すっかりなりを潜めた。

 今日の記事では「国の南部で起こった水害の被災地の続報」として、「ドレスを売り払っても、被災者支援をしていた心優しいご令嬢」と褒めそやしており、あからさまに彼女を持ち上げる事にしたのが目に見える。

 しかし、一度付いた「男を手玉に取る悪女」という印象はなかなかに根強いようで、新聞(表向き)は表現を変化させたとはいえ、ゴシップ誌の方にも目を通せば、こちらは相変わらず噂が独り歩きしていた。


 男性向けのものには「男を誑かす絶世の美女」説やら、反対に「心優しき聖女」説、また、ニッチな需要としては「()()()」説が飛び交っている。

 また、逆に女性向けのものは「スペンサー家直伝、男を落とすテクニック」だの「エリザベス嬢の華麗なるお茶会テクニック」だのと、彼女にかこつけてやりたい放題な記事も乗っているものの、その多くは小説『白百合姫の恋物語』を取り上げていて、二人の出会いから駆け落ち、婚約発表に至るまでをエンターテイメントに昇華しようとし始めている。


(こういう手合いは、本当、ステファニーは得意だな・・・・・・。)


 印象操作について相談先をギルバートではなく、ステファニーにしたのは正解だったらしい。


 徐々にではあるが、エリザベスの悪評は抑えられて、逆に健気で、愛らしい、シンデレラストーリーの主人公として彼女の姿が世情に浸透し始めている。


(あとは、あの小説に沿って、婚約式や結婚式で仲睦まじさを見せつけでもすれば上手くいくだろう。)


 平穏まではもう少しだ。


 そうして、ブライアンは日課になっているニュースチェックをし、これまた、日課になっているブラックコーヒーを口にする。


 次に目を通すのは、ギルバートからの報告書。


 と言っても、最近、こちらについては「エリザベスについての身辺調査」から「いかに彼女が可愛く、そして、魅力的なのか」についての話に変わってきていて「ノロケか!」とツッコミを入れたくなる。


 一応、王太子の側近から離れた分を請け負う代わりに、手伝うように依頼した行政補佐業務の方の書類も帰ってきてはいるが、普段のギルバートの執務量を考えると申し訳程度だ。


 儀典関連の統括に近い立場をこなしてきていたから、オリバー王子の誤字脱字の多い書類よりは読みやすく、内容もわかりやすい。


 だが、この「最近は小説『白百合姫の恋物語』のエピソードを実践してみる。頬を染めて恥じらうから可愛い」とか書いてあるのを見ると、結論「弟が婚約者にメロメロだ」という所に帰着してしまうからため息が漏れた。


(二人に面識が出来て、まだそんなに経っていないはずなのになあ。)


 何なら国王陛下の王命で義務的な婚約になり、弟に皺寄せが行くのは悪いなとさえ思っていたのに、それまで浮ついた話ひとつない弟がここまで夢中になるとは思わなかったから意外でならない。


 エリザベス嬢に会ったことのある母と妹も口を揃えて、「もう、すっごい可愛い子なの。あれはね、着飾らせたら妖精みたいになるわ!」と、新しい着せ替え人形を見つけたように騒いでいたから見た目は可愛いのだろうけれど、弟の性格を考えるに、弟の婚約者はそれだけではない魅力があるのだろう。


(「ドレスを売り払って被災地支援」が本当なら、確かに立派だと思うが・・・・・・。)


 果たして、魔性の女なのか、妖精なのか、その正体がなんであれ、「実際に自分の目で見てみないとなるまいな」と思う。そして、それはその他の書類の山を片付けた頃、久々に顔を見せた父も同意見のようだった。


 ◇


「いやあ、あのギルバートが婚約とはねえ。年月の流れは早いもんだ。ブライアンもすっかり宰相姿が板についたようだし。」

「似たような事、私の結婚式にも話してましたよね?」


 そう言って、宰相の執務室内で、応接用で用意されたロココ調のソファーに腰掛け、暢気に紅茶を飲んでいるのは父のルーカス=A=エルガーだ。


 ブライアンは王太子殿下が捌ききれなかった儀典関係の書類に追われていたこともあり、鼻歌でも歌い出しそうなルーカスの様子にやや苛立ちながら、「今日は国王陛下に謁見でいらしたのでしょう? こちらで油を売っていてもよろしいのですか?」と、つっけんどんに訊ねた。


「ああ、それを考えて、早めに家を出たからね。あと一時間くらいは平気さ。それに自分が宰相をしていた頃はこの部屋でこんな風にのんびり過ごすことも出来なかったしね。」


 そう言いながら、旧知のメイドにもう一杯お茶のおかわりをお強請りをまでして、暇潰しに渡したギルバートの報告書に目を通して楽しそうにしている。

 今はちょうど、今日の朝、受け取ったばかりの書簡に目を通しているようだった。


「いやあ、それにしても、ギルバートはあれだね、これはもう、ゾッコンだねえ。ブライアンはこんな楽しい報告書を毎日読んでいたのかい?」

「ええ・・・・・・。婚約を公にすると説明するタイミングで『エリザベス嬢の観察日記はもう必要ない』というのを逸しまして。一昨日、ようやく課題と称して、別の話に気を逸らしたところです。」


 その話を聞くとルーカスは「ぷはぁッ!」と噴き出し、「それは随分と難儀したねえ」と腹を抱えて笑う。


「『恋は盲目』とはよく言われるけれど、あの子がこんな風に惚気けるとはねえ。ステフが監修したとかいう小説よりも売れそうだよね。」


 そう言ってくつくつ喉を鳴らして笑う姿はいつになく「父親らしい顔」をしている。


「そんな事をしたら、ギルバートが笑顔で何をしでかすことか。あいつは母さんと同じで怒らせたらおっかないですよ?」

「全くだな。これはここだけの話にしておいてくれ。」


 そう言って、目尻の涙を拭う父の様子に、これはきっとずうっと揶揄(からか)われるんだろうなと思うと、弟が若干不憫になる。

 ブライアンは肩を竦めると「それに難儀していると言えば、どちらかと言えばオリバー王太子殿下のほうですね」と話題を変える。


「オリバー王太子? 王太子殿下がまた何かしたのかい?」

「いいえ、逆です。あれやこれやと公務から逃げ回ってるんですよ。」

「ああ、ギルはオリーに甘かったからねえ。」

「ええ、あまりに逃げ出すので、昨日『君のお姉さんが隠されていた王女だと公表し、ギルバートを王配として据えても、我が家としては構わないのだ』と話したので、今日は大人しく机に向かっているようですが。」

「それはまた随分と心胆寒からしめる発言だね。」

「オリバーは肝だけは据わっていますから、それくらい言わないと伝わらないんですよ。」


 きりのいいところで手を止めると「いい加減、ギルバート離れして王太子殿下としての自覚を持ってもらわねば」と書類をまとめて処理済みの箱に移す。


「・・・・・・ところで、こっちの封を切っていないのは読まなくて良いのかい?」

「封を切ってない分ですか?」


 そう言われて、ルーカスが手にした封書が、昼前に受け取ったギルバートからの親書だと思い至る。


「ああ! 後で読もうと思って、そのままにしていた分ですね。父上も続きが気になるでしょうから、今、目を通しましょう。」


 そう言って封を開けると、中からは宿題代わりに送っておいた課税金の算出結果とともに、一昨年の水害以降の南部地方での鉄鉱石と穀物の取り引きについての報告書が出てくる。

 色々と資料を送ったのが、一昨日で二週間くらいかかるだろうと踏んでいたのに、ほぼ即日で資料を読み解き、計算して返してきたのかと思いながら目を通せば、ブライアンは読み進めていく内に顔色を変えた。


「どうした? 何かあったのか?」

「父さん・・・・・・、これ・・・・・・。」


 読んだ端からルーカスに手紙を手渡し、回し読みを勧めると、ルーカスも斜め読みをして、宰相として在任中によく見せていたのと同じように険しい表情に変わった。


「証拠もあるのか?」

「はい、同封されてきています。」


 ルーカスはブライアンに手渡された書類を見ると低く唸り出す。


「まさか、これから謁見って時に、こんなものを読むとは思わなかったな。この日付、まだ私の在任中の話だ。お前に咎が行かないように、これは私から国王陛下にお伝えしよう。」

「しかし、その後、この不正に気が付かなかったのは私の落ち度です。同席させていただけませんか?」

「ああ、もちろん構わない。あと、二十分だが、この当時、ハミルトン伯爵領を担当した税務官は特定できるか?」

「正直、厳しいですね。ですが、明日の今頃までには洗い出せましょう。」

「それであれば、まあ、陛下もご納得くださるだろう。」


 そして、二人してギルバートが纏めた報告書と考察を読みながら、手元にある資料に、さらに当時の資料を足して、裏付けを強化する。まるで昔のようにして、謁見の時間ギリギリまでバタバタとした。


「それしても、このきっかけがエリザベス嬢とはな。」


 玉座の間に入る前に、ポツリとルーカスが口にする。


「お前が言った王配の話、陛下の御心によっては有り得る話になりかねん。王太子殿下とギルバートを対立させるようなこと、ゆめゆめ引き起こすなよ。」

「心得ました。」


 そう言うと、ギルバートの報告書を胸に抱えたまま大扉を押し開く。

 二人は玉座の間の中に消えた。

お兄ちゃん&ようやくギルバートのパパこと、エルガー公爵が初出です。(名前だけでなかなか出てこんかったなあ。)



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