閑話:ステファニーからの書簡
親愛なるキャロルへ
さわやかな風が吹く季節となりました。だいぶ夏めいてきましたが、いかがお過ごしかしら?
この間のお茶会のお誘いもありがとう。とても楽しい時間を過ごせました。また、お誘い下さいね。
さて、お茶会の際に「引き合せられなくて残念」と言っていた例の彼女だけれど、一昨々日、ギルが連れてきてくれました。
キャロルにも話には聞いていたけれど、羨ましいくらいにふわふわのストロベリーブロンドで、本当にお人形さんみたいな子だったわ。
私も「え? 本当にこの子があの厳ついスペンサー前男爵の孫娘?!」と思ったもの。
あなたから話を事前に聞いてなかったら、「弟が前男爵にドッキリでも仕掛けられてる?」って本気で疑うところだったわ。
なお、巷を騒がしている二人の駆け落ち騒動は、近日中には決着をつける予定のようなので、キャロルがこの手紙を受け取る頃には、もしかしたら二人の婚約が承認されているかもしれないわ。
そんなわけで、気立てのいいノアには悪いけれど、身を引いてあげてほしいとお伝えください。前にノアが鼻の下を伸ばしていたモイラ家のシャロルかエイミーあたり、上手く顔繋ぎしてあげるからって!
あと、キャロルが心配していた、猫っかぶりのギルの様子だけど、どうやら彼女の前ではご心配に及ばなかったみたい。
普段はあちこち氷漬けにしていく冷徹非道さはどこへやら、彼女の前では「激甘シロップのかかったかき氷」って感じで崩れかかってました。
今日なんか、私宛てに荷物を送ってきたから喜んで開けたのに、そのほとんどが彼女向けのプレゼントで「姉さんのは一枚だけだから」ですって! 私の扱い、酷くない? (そんなわけで、ギルが戻ってきたらシメるつもり。)
ああ、あなたと彼女と私。三人でゆっくりお茶会でもしながら、あれこれとおしゃべりがしたいのに。(例えば、ギルとノアの悪口でも肴にして。)
でも、このシーズン中にこのゴタゴタが終わるか、少し心配しています。
こればっかりはお話に伺った、あの侯爵様の動向次第だろうから。
次にお会い出来るのは、お茶会の前にギルと彼女の婚約式になるかもね。異議申し立ては方々で起きそうだから、今から気合いをいれておきます。
キャロルを招けるくらい、朗らかな式になればいいのだけれど、あとはうちのギルの力量次第ね。その節はまたお力添えを願うと思うので、どうぞよろしく。
では、もうすぐ夏本番。体調を崩さぬようご自愛くださいね。また、お目に掛かる機会、楽しみにしています。
たくさんのいいことがありますように。
王暦XXX年5月吉日
ステファニー=A=エルガー
◇
ステファニーは封蝋を施すと、侍女にコックス子爵家へ使いを出すように話す。
それから山のように届いたドレスとジュエリーを見て、ため息を吐いた。
(まるで初孫を喜ぶおじいちゃんみたいね。)
ただ、そのどれも確かにリジーに似合いそうなのは確かで、彼女には似合わないものが各届け物の中に一点混じっていたから、それが自分に向けての賄賂だということが、ありありと分かった。
ドレス自体がカジュアル路線だから、普段着用か、お忍び用か、私的なお茶会用といったところだけれど、他の手持ちのものと組み合わせれば、まあ、それなりに着られなくもない。
(本当、ノアには悪いけれど・・・・・・。)
ギルバートの身分やら、このぞっこんぶりを見たら引かざるを得ない状態だろう。
(でも、コックス子爵家としては面白くないはなしだろうし・・・・・・。)
コックス子爵家にとっては「大事に養殖していた魚を食べ頃になったら逃げられた」といった状態なのだ。あの手紙もきちんとキャロルに届くのか少しばかり心配だった。
(モイラ家のシャロルかエイミーに顔繋ぎしてあげたとしても、ノアの気持ちがリジーに向いていると厄介よね・・・・・・。)
家格はノアの父親のコックス子爵よりモイラ家の方が上だから、縁談の顔繋ぎをすると言えば、少しは納得しそうだけれど、当人同士の相性というものがある。こっちが良かれと思って顔繋ぎしても、心が伴わなければ上手くいかない事も多いのだ。
(本当、次々と問題が山積みになっていくわ・・・・・・。)
キャロルに「知り合いの女の子の事で折り入って相談がある」と言われた時は、ここまで公爵家総出で巻き込まれる話だとは思っていなかった。呑気に「あのギルがノアの婚約者候補に横恋慕?!」とか、自分の弟の初ゴシップに胸躍らせたあの時の自分を呪いたい。
彼女の伯父のスペンサー現男爵、その後ろに控えるのはグレイ侯爵。
キャロルの父のコックス子爵は比較的エルガー家寄りとはいえ、中立派貴族だから、今回上手く立ち回らないと、コックス子爵まで敵に回すことになる。しかも、社交界の暗黙の了解で、ギルバートの婚約者候補と見なされていたウィンザー伯爵令嬢のイザベラ嬢のことも考えてあげないとならない。
(中立派の貴族って、本当、中立じゃないから困るわ・・・・・・。)
リジーのお祖父様の英傑エドガー=スペンサーは、自身の影響力から中立派を貫いていた人だが、どうやらその息子はボイル家寄りなようだし、ウィンザー家も父親はエルガー家との繋がりを得ようとしているものの、息子のフィリップはボイル家寄りだと言われている。
(ノアの事はキャロルに釘を指したけど、それも確約されているわけじゃないし、グレイ侯爵が抑えられたのだもの、ボイル公爵家が一枚噛んでたらアルバートを差し向けて対抗してきそうよね・・・・・・。ああ、でも、イザベラ嬢のこともあるから、ウィンザー伯爵家のフィリップも黙っていなそう。それにあの王太子殿下は空気を読まずに場を引っ掻き回して来そうだし・・・・・・。)
ざっと考えついただけでも、ギルバートの恋敵の多さと、エリザベスが周りに与える影響力に苦笑いが込み上げてくる。
(今年のシーズンが平穏無事に終わる気が、全くしないわ・・・・・・。)
そもそも、こんなスキャンダラスな婚約を宰相であり、バイロン卿でもある兄のブライアンが反対しなかった理由が分からない。こういう派閥争いのバランスが崩れるようなこと、兄が一番に口出ししてきそうなものなのに、今回の婚約に不思議なくらいに押し黙っている。
(それにお父様もだんまりだし・・・・・・。)
父のルーカスにしても、隠居して兄に宰相職を譲ったとはいえ、領地経営と国外との貿易に辣腕を奮っているのだから、本来ならこんなスキャンダルは嫌うに違いない。
けれど、あの情に絆されそうにもない父と兄が、この問題山積みの弟の婚約を受け入れる気になっている。
(まだ、私が気がついていない何かがあって、お父様やお兄様はこの婚約を受け入れた?)
あの父や兄が唯唯諾諾と従うのは、国王陛下か、英傑エドガー=スペンサーのなせるわざか?
いずれにせよ、この婚約は国の中枢さえも揺るがす事態なのだろう。
「ねえ、メアリー、リジーの乳母のアンを呼んできて頂戴。」
「エリザベス様の?」
「ええ、ギルが私宛に送ってきたギルからのプレゼントだけど、離宮に届けさせるわけにはいかないからって、彼女の分も纏めてこっちに送ってきたみたいなの。」
「まあ、あのギルバート坊っちゃまが、ご家族以外の女性に自分名義で贈り物を?」
「そう、あのギルが、ね。」
メアリーは古参の侍女な事もあり、「それは随分と珍しい事もあるのですね」と笑う。
「私が向こうにお待ちしましょうか?」
「そうね、でも、量が量だし、アンと話して、サムも寄越して貰った方がいいわよ?」
「そんなにあるのですか?」
「ええ、私へのプレゼントなんか、ほんのひと握り。山のようなドレスも靴も、アクセサリーも。殆どが彼女向けよ。」
ステファニーが「私を配達中継地にするなんて失礼しちゃうでしょ?」と言うから、メアリーは目を細めて「また随分と、ギルバート坊っちゃまはエリザベス様にご執心でいらっしゃるのですね」と笑った。
「そうなのよ、だからこそ、エリザベス嬢のことをよく知っているアンとサムを、こちら側に引き入れておかなきゃと思ってね。」
「アンとサムを・・・・・・?」
「ええ、アンはリジーの乳母なんですって。リジーが絶大な信頼を置いている一人。先日、サムが油を売りに来たから、お茶を出してあげたら、『差し障りのない範囲に限る』といって教えてくれた内のひとつだわ。」
あの日だって、サムが油を売りに来ているのをアンが知らないはずがない。それに、サムも口が軽そうに見えて、スペンサー家での出来事についてはかなり口が固かった。
「あちらも『エルガー家が本当にエリザベス嬢にとって本当に嫁がせていいところなのか』とか、ギルバートの思惑を探りに来てる感じだったし。」
だからこそ、この山のようなプレゼントと、添えられていたメッセージカードを見せてやりたい。
ギルバートは本気で彼女を好いているのだ、と。
そして、それが今シーズン、タウンハウスに閉じ籠もらざるを得なくなった自分の勤めだ。
父と兄は政財界を、母は社交界を抑えこむつもりなら、自分に出来るのはアンとサムを味方につけることと、他の家の動向を客観視して次の手を考えることだ。
それゆえ、ステファニーはメアリーに状況を掻い摘んで話すと「だから、メアリーも協力して」と話した。
「二人の婚約式はエルガー公爵家として成功させなくてはならないミッションみたいなの。お父様もお兄様も何も言わないけれど、リジーは扇で言うなら、ちょうどその要のような子だわ。」
彼女の動向によって、複数の可能性が増えていく。
「彼女にはうちのギルを選んでもらわなくては。失敗すれば、リジーの評判もだけれど、我が家の凋落に関わってくる問題なんだと思うの。」
ステファニーは決意する。
この婚約、そして、この結婚は、必ず成功させなくてはならない、と。
「この国一番の功臣の公爵家の凋落ですか?」
「ええ、そうよ。リジーを敵方の派閥の家や、日和見の中立派の者に取られてはならないのよ。」
そして、メアリーに「少し考えてみて。新しいスペンサー男爵がグレイ侯爵と懇意にしていると知られて、彼女とグレイ侯爵の婚約が実現したら世間はどう見ると思う?」と促す。
いままで中立派を貫いてきてくれた家門が片方に偏る。そうなれば、絶妙に均衡を保ってきたボイル家とエルガー家の派閥争いは大きく変動する。
「このまま、英傑エドガー=スペンサーの猫っ可愛がりしている秘蔵っ子の孫娘が、婿取りをするのでも、中立派に嫁ぐのでもなく、グレイ侯爵に嫁いだなら、周りの者は英傑の家門がボイル家の一派に軍配をあげたと判断するでしょう?」
そうなれば、いかに今まで父や兄が政財界を牛耳ってきたとはいえ、少しでも不満に思っていたものは、中立派を抜けてボイル家の派閥へと変化しかねない。
「そして、それを避けたいのは、かの英傑エドガー=スペンサーも同じはず。」
現国王陛下に厚い寵を受けて、騎士の身分から男爵位に位をあげた程なのに、国王陛下に忠誠を誓うがごとく、どちらの派閥にも与しなかったエドガーが、ボイル家寄りの、しかも、可愛がっている孫娘を身売り同然で嫁がせるなんて話を許すはずがあるまい。
彼女のお祖父様はギルバートが味方に引き込んだようだが、同じようにして自分はコックス子爵家を抑えておく必要がある。
「協力者はできるだけ多く集めて、大切にしなくてはならないわ。敵は多くってよ。」
ステファニーの言葉にメアリーには深く頭を垂れる。そして、「御心のままに」と言うと部屋を後にした。
ステファニーと言うとアメリカンな名前ですが、
「ステフ」と言いたいが為に無理やりねじ込みました←。
ネーミングセンス、なんかズレてないか?
と思う方も多いかもしれませんが、
「ファンタジー!」と思ってください←酷。