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主力艦隊は海賊船です(5)

 お願いごとがあって訪れたエドガーの部屋では、浅黒い肌の壮年の男が、こちらを値踏みするかのような目をして座っている。


(驚いた、お祖父様の顔が広いとは知っていたけれど・・・・・・。)


 どうやら祖父の話によれば、彼が「荒くれ者のホーキンス」で噂の海賊船の船長らしい。


(でも、普通、海賊とまで知り合いだとは思わないわよね・・・・・・。)


 しかし、祖父が「噂ほどおっかない奴ではない」と言った通り、凄みはあるものの、語り口調は気さくな雰囲気で、ホーキンス船長自体はサムが船乗りになっていたら、こんな感じになったのかもと思わせるような男だった。


「いやあ、これは本当、詐欺だろ。エドガーの親父さんの孫娘って言ったら、こう、もっと筋肉ムキムキの子を想像するよ? 普通。」


 フランシスがこめかみに青筋を立てて「お前、本当にいい加減にしろよ?」と返せば、「いや、だってよう」と口をとがらせる。


「英傑の孫娘がこんなに華奢で、可愛らしくってさ。まるで妖精みたいじゃん? エドガーの親父さんが猫っ可愛がりするわけだよ。」


 うんうん、と頷いたあと、そうだと言わんばかりに手を打つと「見た目、二十歳前ってところかな? 船乗りの嫁さんになる気はないか? うちの若い奴らが引っ張りだこして喜ぶぞ?」とニッと歯を見せて笑う。それにはフランシスが頭に来たのだろう、無言でゲンコツを落とすと「いい加減にしろ」と怒鳴った。


「なんだよ、兄貴。俺は大真面目だぜ? こんな可愛い嬢ちゃんが、見た目とは裏腹にあの駆逐作戦。何、そのギャップ。痺れちゃうだろう?」


 そして、「ああ、でも、弱っちい奴にはやれないな。うちの若い衆を従えて、女海賊っていうのも粋ってもんじゃないか? ねえ、親父さん」と一息に言い、エドガーを見る。

 しかし、エドガーは「そうは問屋が卸さないだろう。のう、ギル坊?」と声を掛ける。


「そうですね、それは頂けません。」


 不意に頭の上から聞こえてきた声に見上げると、すぐ背後にギルバートが立っていて、エリザベスのことを引き寄せ、「あいにく彼女は僕の白百合姫なんですよ」とニコリとした。


「あ? 誰だ、あんた?」


 ジョンの口の利き方にフランシスが頭を抱える。ギルバートは怒鳴ろうとするフランシスに軽く手を挙げて制すると、「お初にお目にかかります、ホーキンス船長。ギルバート=ブラッドレイ=エルガーと申します。エリザベス嬢と婚約している者です」と挨拶した。


 ◇


 エドガーの書斎に六人もいると、さすがに手狭になったこともあり、少し広い部屋に場所を移す。


「すみません、ギルバート様。」

「何だよ、兄貴、急にヘコヘコして。」

「馬鹿野郎、俺の雇用主だ。」

「雇用主ぃ?」


 ギルバートは、別に線が細すぎるわけではないのだが、いかんせん、がっしりとしたフランシスの隣にいると細く見えるのだろう。


「こんなヒョロっこい坊ちゃんが?」

「ばッ!? お前、ギルバート様はエラルド公国の公世子になる方なんだぞッ?!」

「それが何だって言うんだ? 男は腕っ節だ。いざって時、その細っこい腕じゃ、守れんだろ?」

「あのなあ・・・・・・ッ!!」


 すると、ギルバートは「そうですね、腕っ節は大切です」と言い出す。


「ただ、権力や人心掌握もまた力の一つ。そうは思いませんか? ホーキンス船長。」

「俺は口先だけで、ふんぞり返っている奴は嫌いだ。兄貴の雇用主らしいが、俺は態度を改めるつもりはないぞ?」

「なッ?! ジョンッ!!」


 フランシスが声を荒らげたが、ギルバートはそれを制して「構いませんよ」と答える。


「ホーキンス船長のおっしゃる通り、僕はあなたの前で何の力を示せていませんから。ただ、僕はエドガー様が認めてくださったリジーの婚約者ですので、その点だけはご理解ください。他の男に彼女を奪われるのだけは我慢ならない。」

「親父さんが認めた?」


 見れば、フランシス同様、エドガーもリチャードも頭が痛そうにジョンを見る。


「すまんのう、ギル坊。」

「何だよ、親父さんまで。」

「リジーがここに居られるのは、ギル坊が権力と人心掌握でキースやグレイ侯爵を押さえ込んでくれたからじゃ。」


 すると、ジョンの態度は少し軟化して「あれか、エルガー公爵家の次男坊って言うのがあんたの事か?」と言い出す。


「まあ、エルガー公爵家の次男坊ではありますね。」

「そうか、あんたが・・・・・・。」


 そう言って膝を打つと「まあ、話くらいは聞いてやる」と言い、「海賊同士にも情報はあるんだ、あんたの言う権力や人心掌握も確かに力のひとつだしな」と話す。


「・・・・・・で? 何だって公爵家の坊ちゃんが、エドガーの親父さんの孫娘なんて見初めたんだい? 確かに嬢ちゃんは可愛いが、お貴族社会にはもっと家柄としても魅力的なご令嬢達がいそうなもんだけど。」


 すると、それまでエドガーは我慢していたのだろう「はあ」と大きくため息を吐くと、「ジョンをグレッグの所に置いておいたのは不味かったかもしれんのう。暴走癖がグレッグに似てきたわい」と言う。それにはジョンはムッとした表情になった。


「あんな空気の読めない親父さんフリーク。俺はもう少しまともだぜ?」

「まともな奴だったら、私掠船の船長なんぞやっとらんじゃろ。」

「そうですね。」

「ちょッ、何その『自分はまともです』って顔ッ! フランの兄貴だって、昔はやりたい放題だったじゃないか。」

「昔はな。だが、俺は続けたいとは思わなかったから足を洗った。今は年相応に分別があるつもりだぞ。」


 それを聞くとジョンは「ケッ」と嫌な顔をして「『分別がある』って言うやつほど、まともじゃないって言ってるだろう?」と言い、「キースの奴がいいためしだ」と言い放つ。


「あの陰険野郎。親父さんの前や兄貴の前では猫被っててよ。今頃、化けの皮が剥がれたみたいだけど、あいつの性根が曲がってんのは昔っからだぜ?」


 そう言ってジョンは「俺は何遍も言ったぞ? あいつと取っ組み合いの喧嘩になった時に! あいつは選民主義の塊みたいな奴なんだよ」と話す。


「あいつ、俺に向かって『お前みたいな庶民と一緒にするな、自分は貴族の息子なんだ』ってせせら笑ってきて、俺みたいなのに目をかけて男爵位で燻っている親父さんと違って、自分はのし上がり、いずれは伯爵になるんだって言いやがったんだ。」


 それから「俺はグレッグの暴走癖は許せるが、あいつの底意地の悪さは許せねえ」と吐き捨てる。


「お貴族様を優遇するのが分別だって言うなら俺は願い下げだ。了見が狭いって言われても、俺は俺の尺度で物事を判断する。」


 先程までジョンを窘めていたフランシスが黙り込む。ジョンはそんなフランシスをじろりと睨み上げた。


「兄貴も船乗りだったんだから分かるだろう? 海じゃ自分の物差しが全てだ。親父さんがさっさか勘当してりゃ、嬢ちゃんが窮地に陥ることもなかったろう?」

「ジョン、黙って聞いてりゃ好き勝手に言いやがって・・・・・・ッ。」

「・・・・・・フラン、そう怒るな。耳が痛い話じゃが、ジョンの言う通りじゃ。キースが舞い戻ってきたのを防ぎきれなかったのは儂の落ち度じゃろう。だが、ジョンよ、一つ弁明させて貰えるなら、キースの息子であるネイサンも儂の血を分けた孫なんじゃよ。」


 それを聞くとエリザベスの表情は曇り、しょんぼりとする。


「儂とて五年前には選ばねばならぬと思っておった。だが、ネイサンはまだ三つで可愛い盛りだったからのう。それに今回とて断腸の思いで邸を出たんじゃよ? グレッグの庇護がなければ、今頃、キースとパトリシアに毒を盛られて消されていたであろうからな。」


 ギルバートは黙ったまま、状況を静観していたが、エリザベスが唇を噛み締めた事に気がつくと、エリザベスの手をそっと握る。

 リチャードも「旦那様」と声を掛けると、「お嬢様の前ですよ」と口を開いた。


「リジー、お前さんのせいじゃないぞ? 邸を出たのは儂の意思じゃ。」


 エドガーが申し訳なさそうに言い淀み、その声にジョンもエリザベスの表情を見る。

 そして、その辛そうな表情を見ると、バツが悪そうにして眉尻を下げた。


「すまねえ、俺の言葉が過ぎた。親父さんも嬢ちゃんも、キースとは少なからず血が繋がってるんだよな。割り切れない思いもあるよな。」


 そして、ジョンはゴホンって咳払いを一つすると「あー、もう、やめだ、やめだ。ほかの話にしようぜ?」とあからさまに話題を変えてくる。フランシスは「お前なあ」と声を低くして唸った。


「そうは言ってもよ、俺に味方しろ、スパニアの大艦隊と戦えって言ってもさ、どうやって戦力差を埋めるんだ? 話を聞く限り、船の確保ができてないだろう?」

「ええ、ホーキンス船長のおっしゃる通りです。船も水夫も何もかも足りない。」


 ギルバートはそう言うと「だから、僕と取引して頂けませんか?」と訊ねた。


「取引?」

「ええ、交易証を出されているのは辺境伯と伺っています。確か上納金は15%だとか。」

「ああ。そうだが・・・・・・。」

「僕と取引をしてくれるなら、上納金は10%で良いですよ。それにエラルドの交易証も発行して貰えるように調整しましょう。」

「そんな事をすれば辺境伯と喧嘩にならないか?」

「その辺りは昨日のうちに取り決めしておきました。だから、今日、あなたを呼んで頂いたんです。」


 ギルバートがニコリとすれば、ジョンは「上手い話には裏がある」と言うと「何が望みだ?」と苦々しげに訊ねた。


「望みは三つ。」


 上納する品についてはエリザベスの望みに従うこと、海戦の際にはフランシスの指揮下に入り力を貸すこと、そして、船のメンテナンスを受け入れること。


「随分、ヘンテコな取引条件だな?」

「ですが、ホーキンス船長にとって、悪い話ではないでしょう?」

「ああ、フランの兄貴の指示に従うのは慣れているし、船のメンテナンスを受けるのも構わない。気になるのは嬢ちゃんの望みだが、金貨か宝石ってところか? 嬢ちゃん、あんたの海賊になってやる。何が望みだ?」

「・・・・・・私の海賊?」

「ああ、金銀財宝なんでもいいぞ?」


 すると、エリザベスはニコリとし「いいえ、私の海賊さん」と親しみを込めて呼び掛けた。


「私が欲しいものは、香辛料と紅茶だわ。」

「香辛料と紅茶?」

「ええ、スパニアからの供給が途絶えたら、それらは値段が上がってしまうでしょう?」


 出来ればサトウキビや植物油も欲しいところだと話せば、ジョンは片眉を上げる。


「もちろん金貨や宝石も、無いよりはあった方がいいわ。けれど、どちらかと言えば、スパニアやネーデル抜きで物品をやり取り出来る貿易経路とその交渉相手が欲しいの。出来ればオスマーンの、特にエジプト辺りの商人と交渉できる方がいいのだけれど。あの辺りを根城にしている方、いらっしゃらない?」

「まあ、いるな。だが、紅茶はともあれ、胡椒は向こうでも入手困難だな。かわりにクローブやシナモン辺りなら交易出来るだろうが。」

「胡椒はやっぱり難しい?」

「『輸入』って意味ではな。だが、そっちはスパニアから私掠すれば問題ないだろう。あいつら、俺らを盗人呼ばわりするが、あいつらこそ、色んなところを襲っては片っ端から奪っている奴らだからな。二、三隻、商船を拿捕すれば、胡椒を載せてる船もあるだろうさ。そいつは沈めないで奪ってくればいい。」


 奪ってくればいい――。

 けれども、それにはエリザベスが表情を再び曇らせた。


「私からも条件を追加しても?」

「条件次第だな。」

「私掠するにせよ、出来るなら、故意に人を殺さないで欲しいの。命乞いしてくる者たちまで殺したくないの。」

「嬢ちゃんは優しいな。だが、それが禍根を産むことになって被害が拡大する場合もあるぞ?」

「でも、その優しさのおかげで、私はギリギリ生きてきたの。生き残るチャンスは誰にでも平等に与えられるべきだと思うわ。」


 海賊相手に何を言っているんだと言われそうな話だが「気が引ける」と言えば、ジョンは「やっぱりエドガーの親父さんの孫娘だなあ」と言っただけで反対はしなかった。


「なあ、ジョン。お前の船団の他に、同じような交渉に乗ってくれそうなところはあるか?」

「んー? 同じ条件でって言うなら、二、三、あてはある。船のメンテナンス付きって言えば、だいたいが首を縦に振ると思うが、嬢ちゃんの望みは少しずつずらした方がいい。オスマーン以外にも交易先はあるし、どこどこのって指定がなければ油も砂糖ももう少し安く手に入るだろう。」


 ジョンの答えにフランシスも「それはそうだな」と頷く。


「・・・・・・あと、軍船をいくつか新造し、代わりに古い船を火船に回そうと思っている。油や松ヤニは食用と言わず、大量に手に入れたい。」

「げ、普通、火船って言ったら、小舟をぶつけるんじゃないのか?」

「相手はでかいんだぞ? 小舟なんかで燃えないだろう?」


 ジョンが「だが、燃やすのが大変だろう?」と苦々しげに言えば、「だから、言ってるんだろうが」と堂々巡りになる。

 ギルバートはそんな二人のやり取りにくすりと笑うと、「フラン、そこまでしなくてもよく燃やせますよ」と答えた。


「油よりも揮発性のアルコールの方が早く火がつきます。それに新型の爆薬を併用しようと思っているんです。」

「爆薬?」

「ええ、戦力差は歴然ですから、少しでもその戦力差を埋めるようにしないといけませんからね。」


 そして、「『蟻のひと噛み、巨象を倒す』を体現せねば」と酷薄な笑みを浮かべる。


「ガレー船同士で攻城戦のようにして戦うには、我らは船も足りませんし、大型の大砲もありませんから、スパニアに敵わないでしょう。ですが、何も同じ土俵で戦う必要は無いんでしょう?」


 そして、エリザベスがアルバートの前で話したのと同じように「小回りの利き、機動力のある船で、地の利を活かして戦えば戦局は大きく変わろう」と話す。


「想像してみてくださいよ、ホーキンス船長。狭い海峡だというのに、大きな船が犇めく姿を。そして、小回りの利く船で相手方を翻弄し、船底に穴を開けて沈めていく爽快さを。」


 ギルバートは「とどめは相手を風下に追い立てた上で行う火船攻撃」と言う。


「頭を叩けば、後は烏合の衆。沈み掛けの船からお宝を私掠するのも差し支えありませんし、カーラル湾の方で潜んでおいて裏から回るようにして、補給船を後ろから襲うことも出来ましょう。」


 ギルバートが「攻城戦のような戦いに持ち込まれないよう、じわじわと戦力を削ぐことを目的とするんです」と言えば、ジョンは「なるほど、兄貴を雇用するだけの胆力はあるようだな」と口にし、確認するようにフランシスをちらりと見たあと、「いいぜ、その話、乗ってやるよ」と歯を見せて笑った。

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