主力艦隊は海賊船です(4)
辺境伯領での日々は命を脅かされない点で心穏やかで、スペンサー領のお邸のような懐かしさの点でどこか懐かしく、エドガーは「このままずっと過ごせれば良いのに」と思ってしまった。
「旦那様、エリザベスお嬢様よりお願いがあると・・・・・・。」
「リジーが改まって頼み事とは怖いのう。」
「ええ、エリザベスお嬢様が時間を取って欲しいという時は、肝を潰す話ばかりですからねえ。」
リチャードはそう言いつつも「心臓のことを考えれば先にお話を聞くことも出来ますが、如何なさいますか?」と訊ねる。
「愚問じゃのう。儂が可愛いリジーの頼みを誰かに先に聞かせると思うのか?」
「いいえ。一応、お伺いしたまでです。トムにいって、気付け用にブランデーでも用意しておいて貰います。」
「ふむ。あと、もし可能なら、ギル坊も呼んで欲しいのう。あの子はルーカスと違って、緩衝材になってくれるからのう。」
泣き言を言うエドガーに、リチャードは「分かりました、聞いておきましょう」と目を細め、「エドガー様はエリントン卿のことをお気に召していらっしゃるんですねえ」と笑った。
「そうじゃのう。あの子はルーカスの子とは思えぬほど、根が優しい子じゃ。」
「ルーカス様も旦那様にもベアトリス様にも親身になって下さっていますのに。」
「リチャード、あやつのは『親身』とは違うぞ? あやつの親切には『裏』があるし、見返りも求められる。それゆえ、信用ならんのよ。」
ベアトリスを助けてくれたのは確かだし、自分やエリザベスが今、辛うじて無事なのも、ルーカスが尽力したからだとは分かっているし、感謝もしている。
「だが、何かにつけて、エリザベスをうちの息子の嫁にくれと言うやつじゃよ? 信用ならんかったのさ。」
だが、実際にギルバートに会い、話を交わしてみれば、確かに親の贔屓目を差っ引いてみても「いい子」であり、特にエリザベスを大事にしようとするギルバートを見てしまったら、もうダメだった。
「結局、ルーカスの手のひらの上にいる気はするが、その辺りの気持ちも汲んでくれる『同志』と言ったら良いのかのう。」
エリザベスの自由な発想に翻弄されている様子も見ると、微笑ましく、ますます親近感が湧く。
「それにのう? ルーカスの思惑かもしれんが、あの子に初めてあった日に『エリザベス嬢のお祖父様』と言われたのが存外嬉しくてのう。」
エドガーが「ああいう息子や孫が欲しかった」と言えば、リチャードも「それには激しく同意します」と頷く。
「思えば、うちには問題児ばかりですからねえ。」
「・・・・・・うむ。血を分けた実の息子や孫たちのことが、一番、頭が痛いのう。キースは言わずもがな、ネイサンも根がひねくれておるし。」
そう言って、深く書斎の椅子に凭れて「あやつらのことを考えるのはやめだ、やめだ」と首を振る。
「リジーが幸せになるなら、それで良いとしたんじゃ。キースはもう良い年齢だ。儂が責任を持つ年齢でもない。」
そうは言いつつも、まだ抜けない棘のように気掛かりなのは変わらない。リチャードはエドガーの気持ちを慮りながら「もう一人の問題児が参りますよ」と告げた。
「ジョンがプリムスの港から、旦那様が戻られたと知って、大喜びでこちらに向かっているそうです。」
「フランの奴が嫌な顔をしていたのう。」
「トムが昨日は管を巻いて大変だったと言っておりましたよ。辺境伯も旦那様もお人が悪い。」
「何、懐かしい顔触れが集まると分かったからな。フランがいるのにジョンを呼ばない理由があるまい? 何せ世界を一周してきた相棒同士だ。呼ばねば向こうが拗ねる。」
エドガーはそう言って口の端を上げ、「そう言えば、ギル坊が例の話を受け入れるとは思わなかったのう」と顎を触る。
「それについては、トムから報告が来ましたが、エリザベスお嬢様に感化されたご様子との事でしたよ。」
「リジーに?」
「ええ、ネーデルを狙ってスパニアが大艦隊で攻めてくるから、大砲を積んだ小型船で狙い撃ちして沈めよう。と、その話を最初にし始めたのはエリザベスお嬢様だったそうですよ。」
それを聞いたギルバートとアルバートが各々に動き、アルバートは大砲と砲弾を、ギルバートは船と無煙火薬の調達を請け負ったらしい。
「では、グレッグの奴はエリントン卿が考案したと思っているが・・・・・・。」
「ええ、いつものごとく、エリザベスお嬢様です、旦那様。」
エドガーはそれを聞くと「リジーはダンスの才よりも軍を率いる才があるというわけじゃな」と困り顔になる。
「しかも、後援しているのが錚々たる面々です。」
ヴェールズ公国の大公殿下、エラルド公国の公世子も兼ねているギルバート、次期ボイル公爵となるアルバート、王の耳としてグニシア王国中に情報網を持つウィンザー伯爵家の嫡男のフィリップ。
その他にもエリザベスの考えに味方するであろう人は多く、おそらく王太子殿下のオリバーの勢力を凌ぐだろう。
「・・・・・・それがグレッグにバレたら、些か、まずいことになりそうだのう。」
「ええ、辺境伯のことですから、エリザベスお嬢様の考案と知ったら、エリザベスお嬢様を『救国の乙女こそ、王位継承権に相応しい』とか言って担ぎ上げるでしょう。そして、それを見越してギルバート様は、エリザベスお嬢様が考案だと知られないように前に出られたのだと思います。」
エリザベスを矢面に立てて、王位争いに巻き込まないように。
「ボイル公爵家やウィンザー伯爵家はどうなんじゃ?」
「両家ともに本家の方はエルガー公爵家の牽制効いていますからすぐには動けないかと。そして、ご子息のアルバート様やフィリップ様はエリザベスお嬢様をいたくお気に召している様子で、ギルバート様が一つリードしておりますが三つ巴の様相になってきているらしいです。」
エドガーはふむと一息吐くと「なかなかどうして、リジーは統率力があるのう」とぼやく。
「フランシスはギル坊についたし、トムはリジーにつけるつもりだったが、これにジョンが加わると・・・・・・。」
「はい、ご懸念通り、些か過剰戦力となりましょう。」
しかし、スパニアの大群を前にすると考えるとそうも言っていらない。
と、コンとドアを鳴らす音がして、ドアを開けると、そこには日に焼けて浅黒い肌をした男が立っていて、「よ、リチャード。久しぶり!」と片手を上げて挨拶した。
◇
「お主、仮にも領主の邸じゃぞ? もう少し身なりを何とか出来なかったのか?」
「えー、これでも風呂はいって、一張羅着てきたんですがね。ちゃんと今日は酒も控えてきたんですぜ?」
エドガーを前にすると下っ端気質が前に出るのか、「荒くれ者のホーキンス」で知られるジョンも借りてきた猫のように大人しくなっていた。
「それにしても、エドガーの親父さんも、フランの兄貴も。山に引っ込んじまって、俺だけ置いてきぼりとか酷くないっすか?」
「儂は付いてくるか聞いたぞ? 海から離れられんと言ったのはそっちじゃろ?」
「いやだって、親父さんが本気で山に引っ込むとか思わないじゃないっすか。残ってくれれば良かったのに。」
「たわけ。土地持ち領主を任命されたのに、領地に赴任しない者がおるものか。」
三十年近く経っているとは思えない気軽さでエドガーがジョンをあしらっていると、急いたような足音がして「ジョンがこちらにお邪魔していると伺いました」とフランシスが顔を見せる。
「よ、兄貴。老けたなーッ!」
「よ、じゃねーよッ! お前、何してんだ?」
「何って、遊びに来たんよ? 親父さんと兄貴が帰ってきたって聞いてさ。山はやっぱり居心地悪いだろう?」
ジョンとフランシスが騒ぎ始めると、リチャードはコホンと咳払いをし、「二人ともいい大人なんですから」と咎める。
エドガーはそんな三人の様子を見ると、カカッと喉を鳴らして笑ってしまった。
「お主らは本当に変わらんなあ。」
「そんなことないっすよ? ほら、見てくださいよ、この力こぶッ! 昔みたいに腕相撲では負けませんで?」
「ジョン、大海賊が七十になる爺さま相手に勝っても威張れんよ?」
「じゃあ、やらないんですかい? 恒例の腕相撲大会・・・・・・。」
「今、やったら、儂のか弱い腕が折れるわい。」
「えー。せっかく楽しみにしてたのに。」
「そう言うのはフランとやるんじゃな。」
二人の掛け合いを聞きながら、フランシスは「腕相撲なんて、俺もやらないですからね?」とツッコミを入れた。
「・・・・・・じゃあ、二人の顔を見たし、満足もしたから帰るかな。」
「は? それだけで来たのか?」
「おうよ、それ以外になんか用があるのか?」
すると、フランシスは口を閉ざし、代わりにエドガーの顔をちらりと見る。エドガーはそれを受け入れるようにして頷くと、フランシスは「折り入って頼みがある、味方についてくれ」と話す。
「味方?」
「ああ、このままだとエドガー様の孫娘のエリザベス様の命が危ういんだ。」
「孫娘? 親父さん、孫娘とかいたんですが?」
「ああ、儂の自慢の孫娘じゃよ。」
ジョンは「親父さんのお孫さんじゃ、ごついのかな?」と笑う。フランシスが「おい、ふざけるのも大概にしろ」と言って叱ると「おお、怖ッ!」と首を竦める。
「でも、海賊の俺が味方って何をすればいいんで?」
「なに、いつもと大して変わらん。スパニアの艦隊相手にひと暴れしてほしいってだけさ。」
「げ。」
「げ、とは何だよ?」
「いや、普通、こうなるっしょ? エドガーの親父さんの孫娘の命が狙われて、味方しろって言われて、それの相手がスパニアの無敵艦隊ってどういう話の流れだよ?」
すると、フランシスは「気になるか?」とニヤリとする。
「あ、やっぱいい。それ、聞くとヤバいやつなんだろう。」
「遠慮するな、俺とお前の仲だろう?」
「き、聞かなかったことにしても?」
「それがなあ、辺境伯も関わることなんだ。」
「うわ、それ、断れないやつだ。」
「諦めろ。スパニアの奴らへの積年の恨み、たっぷりと利子付きで晴らしに行こう、な?」
ジョンはフランシスに押し切られるような形で「やればいいんでしょ、やれば」と答えたが、その直後に「マジかあ、うわあ、聞きたくなかったあ」と悶絶する。
フランシスはジョンが観念したのを確認すると、エドガーに目配せして許諾を取り「順を追って説明するから、よく聞けよ」と、今までの経緯を掻い摘んで説明し始める。
それでもその説明は日の高いうちから始まって、ジョンが事態を把握した頃にはすっかり日が傾いていた。
「・・・・・・で、だ。冒頭のスパニアの艦隊駆逐作戦の話になる。樽材が既に集められ始めている。早めに叩かないと、北と南と同時に挟み撃ちにされかねない。」
「なるほどねえ・・・・・・。」
そのために小型化した大砲を積んだガレオン船を操縦する者が必要であり、水夫たちを雇いたいと話す。
「まあ、理屈は分かったが、その考え、兄貴の考えじゃないんだろ? 親父さんやリチャードが黙っているところを見ると、親父さんの考えでもない。こういうのは考案者が頭下げる話じゃないのか?」
「ジョン・・・・・・。」
「まあ、お偉いさんが決めたことなんだろうけどよ、割を食うのはいつだって庶民なんだ。スパニアが来たら自衛はするし、結果としてそっちの思惑通りになるかもしれない。だが、やるなら自分たちの船でやる。」
ジョンがそう答えたところで、話を聞いていたエドガーは「お偉いさんの考案だったら良かったんじゃがのう」と遠い目をする。
そして、コンコンとノックする音にリチャードがドアを開けると「お祖父様?」とエリザベスが顔を覗かせた。
「あら、お客様でしたのね。後ほどの方がよろしいでしょうか?」
柔らかなシフォンのドレスを身に纏ったエリザベスは、髪を三つ編みにして片側に垂らしていて、小首を傾げる。
「いや、ちょうど良いところに来た。ジョン、孫娘のエリザベスだ。リジー、そっちはジョン=ホーキンス。強面だが、昔馴染みでの。噂ほどおっかない奴ではない。」
ジョンは目を丸くして「この可愛い子ちゃんが孫娘?」と言ってエドガーを見て、次にキョトンとするエリザベスを見る。
「・・・・・・それと理由あってグレッグには伏せておいて欲しいんじゃがのう、今回の対スパニア駆逐作戦の立案者は、このリジーなんじゃ。」
それを聞くとジョンはフランシスを見て、彼が頷くと「マジかよ」と顔を引き攣らせる。
「色々と詐欺じゃね?」
ジョンは椅子に凭れるようにして天井を仰いだ。