ゲームの初歩を教わった
まず、アバターを決定した時点で職業――軍人、商人、冒険者など――が決まっているので、それに応じた行動をしなければならない。イヤならさっきの部屋へ戻り、アバターの選択からやり直すことになる。もちろん、レベルなどのスキル属性はリセットされ、所持金も獲得したアイテムも没収される。なお、あの部屋は拠点にしかなく、しかもしょっちゅう使うわけではないので、隠し部屋みたいに分かりにくくしているらしい。
私は軍人のアバターを選んだようなので、海賊討伐、敵対国の船舶の略奪がミッション。レベルアップしないと海軍に所属できないので、しばらくは国から略奪の免許をもらった私掠船という個人の船の扱いになるとのこと。なお、敵対国なら他プレーヤーの船を襲うことも出来る。でも、相手はCPUの方が恨みを残さないのでよいと思う。それが私とおなじプレーヤーだったら、お互いイヤな思いをするし。
――だって、もし襲った相手がたまたまリアルで身近にいる人だったりして、自分の正体がバレたとしたら……。
ゲームを始める前は、漠然と、交易でお金儲けをしながらレベルを上げ、先輩に「見所のある艦長だ」と注目されて声をかけてもらおうと思っていた。しかし、軍人では商人のスキルが低いとのことで、交易でバンバンお金儲けする夢は消えた。こうなったら、海軍に採用されてトップクラスになるくらい強くなって、その力を認めてくれた先輩に引き抜いてもらうしかない。
リアルの世界ではのんびりまったりが好きな私。それが、ゲームの世界では海賊まがいの行為をやって世界を駆け巡る。うーん。柄に合わないけど、大丈夫かなぁ。
――そもそも演技派でもない私が、正反対の性格を演じられるのかが心配。
シャルロットの話を上の空で聞いていたら、「ちょっとスキル見せて」と声をかけられて我に返った。指で設定画面を表示させて彼女に見せると、ため息をつかれた。
「何、運をこんなに上げてんの? 統率か射撃を上げれば良かったのに」
「だってほら、そのおかげで所持金がこんなでしょ?」
「えっ? ……まあ、いきなり金貨5万はラッキーだとは思うけど」
「じゃあ、そっちのを見せてよ」
すると、彼女は画面を表示させ、私へ自慢げに見せる。
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名前:シャルロット 職業:商人 誕生日:1月1日
国籍:ポルトガル 拠点:リスボン
所持金:61,570
LV:5 HP:100 運:50
統率:105 操船:112 戦闘:75 剣術:70 射撃:72 測量:95
見張り:80 交渉:110 攪乱:65 魅了:95 交易:127 探索:92
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先にゲームをプレイしているのでレベルを上げているのは当然とは言え、所持金は私の額を越え、スキルも軒並み上がっているのがちょっと悔しい。私が画面を消すと、彼女も消した。
「ここまで行くのは、それほど難しくないよ。ポルト、セウタ、マデイラ、ラバト、カディスの港を順繰りに回って交易品を売り飛ばすのを繰り返せばいいし。僕だって、それでここまで来たし」
「へー」
「あっ、300年くらいの歴史がごちゃ混ぜになっているから、交易品も船も港も同時に存在しない組み合わせがあるけど気にしないで」
そう言われても、西洋の歴史はそこまで詳しくないので、普通に受け入れてしまうと思う。
「黒船みたいのも出てきたりして?」
「そこまで新しいのは出てこないよ。18世紀くらいまでの帆船のみ」
「と言われてもわからないけど。ねえ、お勧めの船を教えて? 軍人だから強いのがいいなぁ」
「だったら、ガレオンか戦列艦だね」
「鮮烈――艦?」
「その言い方、違うのを想像していると思うけど、戦争の戦に行列の列。戦闘専用の船さ。最終的には船団を戦列艦で固めるんだね」
私は、戦列艦よりもガレオンという言葉の響きに魅了された。スカーレットだから、紅のガレオンなんていいかも。
紺碧の海を紅のガレオンが駆け巡る。その舳先の上で仁王立ちする私は、腕組みをして水平線を見つめる。風を受けて真っ赤なロングヘアとコートが大きくなびく。うん、いいかも。
「なんか、遠い目になってるけど、大丈夫」
シャルロットが、私の顔を覗き込んでそう言った。再び我に返った私は、彼女の方へ慌てて顔を向ける。
「あっ、ごめん。これから、ガレオンを買いに行きたいんだけど」
「あのねぇ……。そんなレベルじゃ無理無理。10以上ないと動かせないよ。それ以前に1隻10万かかるし、大砲とかのフル装備に数十万とかかかるし。しかも改造に日数かかるし」
「うっ、めまいが……」
額に手を当てる私。笑う彼女は、言葉を続けた。
「小型船から地道に稼いで中型船に乗り換え、さらに儲けて大型船のガレオンに乗り換えるんだね。それと、予備の船も買って、交易の合間に整備して、拠点のドックに預けておく」
「予備?」
「そう。敵とかに船を沈められたら、すぐに船団を編成したいじゃん。サッとドックから出せるようにしておくと時間の節約にもなって便利だよ。もし、逃げ帰った時に船を買って整備してたら、時間がかかって編成するまで何日もかかるから」
「マジですか……」
頭を抱える私。彼女はそんな私の肩をポンポンと叩く。
「一度やればわかるよ。それと――」
「まだあるの?」
彼女は、いったん呆れ顔になってから苦笑いした。
「下調べをしてないのかい? 船は一人では動かせないし、船員が腹ぺこでも動かせないんだよ。まず船員を集め、船に水と食糧と弾薬と修理用の資材も積まないとね。航海中、嵐で破損することもあるし。それと、船員には毎月給料を払う。そうしないと逃げていく」
「さすがに海の上では逃げないでしょう?」
「なんだか、ブラックな艦長だな。ところがね、太平洋のど真ん中でも船員は逃げていくのだよ」
「泳いで?」
「消えるというのが正しい。とにかく、やることが一杯だよ」
「多過ぎだよ……。頭がいっぱいになってきた」
「でも、会長に会いたいんでしょ?」
シャルロットは私の背中をバシバシと叩いた。そうだ。何のためにここに来たのか。言われるまでもない。
「うん、頑張る! 千里の道も一歩から!」
私は立ち上がってガッツポーズを取る。すると、彼女は「それ、海だから千海里かもね」と笑いながら立ち上がり、「ちなみに、1海里は1,852メートル」と補足する。
「画面のメニューに『造船所』があったでしょ? そこをタップすると造船所へ一足飛びにいいける。ワープするみたいにね。こんな中世の世界で未来みたいな行動が出来て不思議だけど」
「確かに」
「で、そこへ行って、おやじさんから新品の船を買って、装備も追加してもらえばいい。ただし、これには何日もかかる。その時間を節約するなら、他プレーヤーが追加装備済みで売り払った中古品が――あればだけど――それを買えばいい」
「ほうほう」
「実はもう一つクイックモードってのがあって、それを使うとおやじさんとの交渉を画面上だけで出来る。会話はテキスト文でね。でも、これって、PCでプレイするのと何も変わらないんだよねぇ。それなのに、ほとんどの人がこれでちゃっちゃか進めている」
「学生もお勤めの人も、時間がないからじゃない?」
「せっかくVRなんだから、VRらしさを楽しまなくちゃ。こーみ――ごめん、スカーレットはどうする?」
「うーん……。やってみて、たるかったらクイックモードにする」
「じゃ、道案内するよ。レッツらゴー!」
彼女は、進行方向へ右手の拳を突き出して歩み始めた。私も彼女の後に従った。
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