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リアルな町の光景

 扉の外へ出ると、熱気と喧噪が一気に襲ってきた。目の前に広がるのは、三階建ての石造りの建物に囲まれた広場。市場が開かれているのか、屋台がずらりと並び、商品が山のように積まれて売られている。


 今ちょうど、右の頬をヒュウと潮風が撫でていった。風の来る方へ目をやると、広場から外へ出る通りの向こうにチラッと海のようなものが見える。それにしても、風圧と磯の香りまで再現しているなんて、驚きだ。これぞフルダイブ型VRMMORPGの醍醐味であるが、リアリティが半端ない。


 見上げると空はコバルト色で、刷毛で描いたような白雲がたなびく。もしかして、あの雲まで動いているのだろうかと思い、眩しさを堪えてジッと見つめていたが、さすがに動いていなかった。今に動くぞと思うと動くような気もしたが、結局静止画とわかって残念。雲の動きまでシミュレーションするには、ゲームとしては――実際はGPUとしては――かなりヘビーなのだろう。


 雲の間からカッと照りつける太陽の下で、オープニングの映像で見た服装の人々がたくさん行き交い、客を呼ぶ声や値段を交渉する声が溢れている。ただし、聞こえてくる言葉はちんぷんかんぷんなので、そういう声だろうと仕草で想像したのだが。


 雲は動いていなかったが、人々はみんなが思い思いに動いている。ゲームでよくここまでたくさんの人物――実際はオブジェクト――を同時に動かせるものだと感動する。きっと、大航海時代にはこういう光景が見られたのだろうと納得してしまうほどのリアルな光景だ。これを動画にしてオープニングで見せれば、少しは目を留めるプレーヤーもいただろうにと思う。アンケートがあれば、改善項目の一つとして挙げておきたい


 振り返ると、いつの間にか扉が閉まっていた。先ほどの部屋へ戻ることがあるかも知れないので、一応周囲も含めて建物の外観を覚えておく。両隣は商売をしているお店なのか、左に獅子の紋章っぽい看板と右に猫の看板があるので、これを目印にしよう。


 今更ながら、さっきのクローゼットの中に何が入っていたのか気になってきた。ココは、「開けられるところは、とにかく開けるのがRPGの鉄則さ」と言ってたけど、さすがにこれ以上待たせるのは悪いと思い、戻るのを諦めた。偉いでしょ?


 さて、今すぐ銀行へ向かいたいのだが、地図がないことに気づいた。まさかと思い、人差し指を動かして先ほどの設定画面を再表示させたが、「宮殿」「交易所」「酒場」「市場」「カジノ」「造船所」「出港所」「世界地図」という新しいメニューが出てきただけで、町の地図はなかった。


 さあ、いよいよ市場を行き交う人々――Non Player Character、いわゆるNPC――に話しかけないといけないようだ。言葉が通じるのかしら?


 ここで、さきほどのメニューにあった「市場」という項目が気になってきた。市場らしい場所の真ん中にいて「市場」をタップすると、何が起こるのか?


 私の好奇心がこのメニューをタップさせた。すると、一瞬にして違う光景が現れた。でも、目をこらすと、直前まで見ていた屋台を違う角度から見ていることに気づく。


 まさかと思って後ろを振り返ると、遠くに海が見えた。なるほど。部屋から出て最初に右方向に見た、広場から外へ出る道に私は立っているのだ。ヒュウと吹く潮風に背中を押され、私は画面を閉じて市場へ足を踏み入れた。


 試しに、魚を売っている店で品定めをしている優しそうな男性に「あのー」って声をかけてみた。すると、彼はこちらへ笑顔を向けて「ああ、港に行きたいのかい?」って日本語で問いかけてきた。周りがちんぷんかんぷんの言葉なのに、プレーヤーの問いかけには日本語で答えてくれる。私の姿を見て第2外国語を使ってくれたのか? この親切にはホッとしたが、私は首を横に振った。


「いいえ、銀行に――」


「そしたら、こっちさ。付いてきな」


 彼は親指を立てて左の方へ向け、ウィンクをする。この動きが滑らか。もしかして、この人、NPCではなくてプレーヤーのアバター? その見分け方を後でココに聞いておこう。


 早足の彼の背中を追い、いろいろ雑多な匂いが混じる中、大勢の人を掻き分けて進んでいくと、「Banco」という看板のある建物が近づいてきた。綴りが「Bank」に似ているから、銀行のことだろう。案の定、「ここだよ」って彼が看板を指差す。


「ありがとう。あのー……プレーヤーの方ですか?」


「良い旅を」


 私の質問を無視して去って行く彼の後ろ姿を見ながら「やっぱ、NPCよね」と独り言をつぶやいた私は、もう一度看板を見上げ、頑丈そうな扉に一歩進み出た。しかし、自動ドアみたいには開かない。ゲームだと、普通、建物に近づくだけで勝手に開くので、それを期待していたのだが甘かった。私は扉に右手を当て、体重を乗せてグッと押した。しかし、ビクともしない。


「押しても駄目なら引いてみな――って」


 黒く錆びたような取っ手に手をかけて、グイッと力一杯引く。と、突然、中から「わわわっ!」と声がして人が転がり出てきた。


 ドスン!


「キャッ!!」


 私は、体当たりしてきたその人を抱え込みながら、後ろ向きに倒れた。

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