アバターを選んでみた
ゲームに接続するとすぐ、オーケストラのワクワクするような音楽が耳に飛び込み、オープニング映像が目の前に広がった。しかしこの映像、手書きの静止画が次々と現れて、横に斜めにとスクロールしているだけ。手抜きみたいなこの演出、ちっとも面白くない。音楽は素敵なんだけど。
一応、描かれている人物の衣装や町の景観から、地中海、北海、アフリカ、新大陸、インド洋、東南アジア、東アジアの七つの海域にある港町を順番に紹介しているのはわかるけど、一回見ればいいや。なんだか、大半のプレーヤーがこのオープニング映像をすっ飛ばすことを想定して、手が込んだ作りになっていない気がしてきた。
港町の紹介が一通り終わると、音楽が止んで画面が真っ暗になった。それから、「Now Loading...」の白い文字が画面中央に現れて、左側から一文字ずつピコピコ跳ねているのを繰り返し見せられる。何これ、ダッサ……。
10秒ほどすると、モワワーンと人の姿が正面に現れた。その人物は、体格のいい髭ずらで強面の男性。ボサボサ頭で冒険者っぽくもあり盗賊っぽくもありという感じ。服は革製で、ブーツを履き、上から下まで全部茶色。さっきの夕食の色彩を彷彿とさせる。
それから、人物の周りに姿見の枠のようなもの、その両側に栗色のクローゼット、その奥に木の壁という具合に次々と闇から浮かび上がってきた。どこに照明があるのかわからないけど、薄暗い部屋の中で人物やクローゼットなどがスポットライトを浴びて浮かび上がっている感じね。
こんな男性にゲームを案内されるなんて、めっちゃむさ苦しいなぁと思っていたら、右斜め上から女性の声で「このアバターにしますか?」って聞こえてきた。
思わず「えっ!?」って声を上げると、その男性が口を開いて驚いたような顔をしている。何この人、なんで驚いているんだろうと思って、試しに右手を挙げると向こうは左手を挙げる。ニッと笑うと、向こうも口角をつり上げる。首を傾げると、逆向きに傾げる。やっとわかった。正面にいる男性は、姿見に映る自分のアバターなのだ。
もちろん「いいえ」と答える。スカーレットなのだから、少なくとも赤髪の女性と心に決めていた。だから、そのアバターが出てくるまで「いいえ」と言い続ける。当然でしょ。
でも、意に反して、出てくるのは男性ばかり。たいてい厳ついし、意地悪そうだし、ニヒルだし。何なのこれ。
中には聖職者っぽいのも、少年っぽいのも出てくる。時折、申し訳程度に、冒険者風の女性が挟まれる。一瞬いいかなと思って頭から爪先まで眺めるものの、ずっとこのアバターでいるのかと思うと、微妙なのばかり。
こうして、決まらないまま時間がどんどん過ぎていく。外れくじを引き続けるのも、そろそろ飽きてきた。
どこかで妥協しようかなと思い始めた頃、自分の顔にそっくりのアバターが現れた。しかも、お嬢様みたいな白いドレスを着ている。このゲームをコントロールしているCPUが、AIを使って「だったら、自分の顔でよくない?」って提案してきたのだろう。もちろん、却下。
ならばと、今度はCPUがイケメンを出してきた。これにはドキッとさせられた。
そろそろ選択も疲れてきたのでこの辺で手を打とうかと思ったけど、ココに「スカーレット」って言ってしまった以上、男がスカーレットを名乗っては腹を抱えて笑われるに違いない。泣く泣く「いいえ」と告げると、今度は黒髪で和服の美女が現れた。なんだ、こんな良いのを隠していたんじゃんと思って、次を期待しつつ「いいえ」と答えると――、
ついに現れました! 赤髪ロングヘアの女性が!
髪の毛の色に反応して、思わず「はい!」と答えてしまった。確定を知らせる電子音が鳴り響いて「これで確定します」と声を聞いてから、容姿をじっくりと見た。普通、逆よね。いかに慌てていたかがよくわかるわ。
顔はやや丸顔で、目は琥珀色。一言で表現すると「可愛い」。ボキャブラリーなさすぎって笑わないでね。
目がぱっちりしていて、アニメのキャラにいそう。可愛いけど、密かに闘志を燃やしている感じ。これは、腰の下まで届く長さの、燃えるような赤い髪がそう思わせるのだろう。
背丈は、今までの男性のアバターより低め。さっきの少年よりは、やや高め。150センチ台前半かしら。
深い藍色の軍服の上から、金の刺繍のある白いコートを、袖を通さずに羽織り、長めの茶色い皮ブーツを履いている。うん、格好いい。
ニッと笑うと、向こうも笑う。敬礼の格好をすると、同じポーズを取る。
嬉しい! これが私のアバターだ!
まさかこのコート、軍服にくっついていないかと思って脱いでみると、ちゃんと脱げる。そのときに空気が動き、布がすれる音が聞こえた。これ、マジでリアル。
手に持ったコートは、重量を感じる。持ち上げてみると、ハンガーに掛かった形を保つ形状記憶みたいな服ではなく、ちゃんとダランと垂れ下がり、それっぽいシワが出来る。形の決まったオブジェクトで表現するのではなく、持ち方によって変形するのだから、ゲームでこの懲りようは凄い。
軍服には金モールの肩章がある。海軍将校かしら。でも、階級はわからず、単なる装飾の可能性もあるので、ココに自慢しないでおこう。知ったかぶりは笑われる。
ちょっと気取って腰を振ってみる。クルリと回転してみると、赤髪が遠心力でフワッとなびく。「イェー」って声を出して両腕を上げてポーズを取ってみる。フフン、いい感じ。
お次はコートを小脇に抱え、胸元を見てボタンに指をかける。すると、ちゃんとボタンが外せる。もしかして、この服、脱げるの? 中はどうなっているのかしら……。
第2ボタンまで外して、この先どうしようかとドキドキしていると、例の女性の声で「そろそろ名前とスキル属性その他を決めていただいてよろしいでしょうか?」と聞こえてきた。今までの行動が全部見られていたかと思うと、頭にカーッと血が上る。すると、姿見に映る自分のアバターも耳と頬が赤くなった。あのー、そこまで再現しなくていいんですけど。
早くココ――ゲームの世界ではシャルロット――に会いたいので、スキルは適当に決めて欲しいけど、一応は確認しておこう。まずは女性の問いかけに「はい」と答えると、胸の高さにA4横サイズくらいの明るい画面が宙に浮くように出現し、「一つだけ数値を上げてください。上げると他が下がりますから注意してください」と声が聞こえてきた。
さっそく「名前はスカーレット」と告げると、自動的に名前欄へ文字が入力された。「小海原 睦海」って言ったらどうなったかしら? AIでも変換できないと思うので、誤変換が楽しめたかも。なお、誕生日は手続きの時に、認証用ってことで適当に入れた日付だ。
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名前:スカーレット 職業:軍人 誕生日:2月29日
国籍:未設定 拠点:未設定
所持金:0
LV:1 HP:100 運:50
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以下、いろいろあったけど、迷わず「運」の文字をクリックし、ポップアップで表示されたスライダーバーを目一杯右にずらす。そこから下の数値がみるみる下がっていくが、経験を積めばおそらく……たぶん……きっと……上がるだろうから構わない。
結局、運以下は次のようになった。それぞれが今後のゲームにどんな影響を与えるのかはよくわからないが、運が悪いよりはいいと思う。
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LV:1 HP:100 運:100
統率:70 操船:65 戦闘:120 剣術:108 射撃:60 測量:58
見張り:62 交渉:75 攪乱:55 魅了:88 交易:35 探索:48
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ざっと数値を見た後、「決定」ボタンを探すため指でスワイプすると、「拠点選択」というボタンが目に付いた。ココにリスボンの銀行を指定されたので、ボタンをタップして表示された世界地図のポルトガル付近をピンチアウトし、出現した「リスボン」をポンと選択する。
それから「戻る」ボタンで拠点を確認すると「リスボン」になっていて、国籍は「ポルトガル」になっていた。ポルトガル人でスカーレット? 国とミスマッチの名前みたいだけど、ま、いっか。
次に「所持金決定」というボタンがあったのでタップすると、いきなり「金貨50,000枚」と表示され、画面の中央に花火の映像が映った。おめでとうございますって雰囲気。ほら、やっぱり運を上げて正解ね。
最後は「次回からオープニング画面をスキップする」にチェックを入れて「決定」ボタンをタップ。すると、画面が消え、後ろでギーッと扉が開く音がした。振り返ると、開かれた扉から眩しい光が差し込み、ガヤガヤと声が聞こえてくる。私は袖を通さずにコートを羽織って、肩を怒らせるように扉をくぐった。