海洋系VRMMORPGに誘われた
また始まった、ココの何とも唐突なお誘い。今度は何事、と頭の中でつぶやく私は、机の上に額を置いたまま、入力履歴からいつもの文章を拾って返信する。
『何で?』
『だって、お近づきになりたいんでしょ?』
主語がない。まあ、なんとなくわかるが、念のため打ち込んでみる。
『先輩と?』
『それ以外に、誰と?』
『先輩と海洋なんたらと、どういう関係?』
『会長が最近はまってるゲームがあるの、知ってる?』
ココの言う会長とは、湖透先輩のこと。生徒会長なので、そう呼んでいる。
『知らない』
『なんと、毎夜インしている海洋系のVRMMORPGがあるんだって』
この一文に目が見開き、指の動きが止まる。
いやいや、その手には乗らないぞ。どう考えても、湖透先輩というニンジンを目の前にぶら下げられている。これで私がすぐに乗ってくるのを笑うのだろう。
とは思ったものの、気になる。とっても気になる。
釣られまい、食いつきたい、と心が振り子のように揺れて指が上下していると、ココに書き込まれた。
『他の役員もインしてるんだって』
それはどうでもいいから、スルーする。
『うちもインしてるんだけど』
悪いけど、これもスルー。
『聞いてよ。超リアルで超面白いから』
はいはい。いつもの「超」ね。前回、別件でこれに釣られて懲りた私は、指の動きを再開させる。
『こないだだって、超ついて、そうでもなかった』
『いや、今度はマジですごいって。ホントに』
ため息をついて無視していたら、続けざまに2つ書き込まれた。
『会長と直にお話しできるよ』『そんなチャンス、リアルではなかなかないでしょ?』
(直にお話が!? そんなチャンスが!?)
次の瞬間、湖透先輩の笑顔がパッと目に浮かんだ。まるでカメラでズームアップしたかのように。それから、そのカメラが後ろへスーッと引きながら反時計回りに回転していき、私と先輩の二人だけで向かい合う場面になった。
こうなると、もうドキドキが止まらない。私は机から額を剥がし、スマホを持って体を起こし、画面の上で指を忙しく動かす。
『ホントに会えるの?』
『インすればね』
『どうやったら会えるの? VRMMORPGでしょ? めっちゃ、人いるんでしょ?』
そう。Virtual Reality Massively Multiplayer Onlineっていうくらいだから、ゲーム内でどんだけ人がひしめいていることやら。それなのに、ココが何を根拠に『会える』と言うのだろう?
『手がかり、つかんだんだ』
『SPのガードが堅いのに、どうやって?』
『生徒会室で役員どもがゲームの話で盛り上がっているところを立ち聞き』
『まさか、ココが?』
『いやいや、又聞き。詳しく聞きたい?』
『当然』
『情報筋によると、ゲーム内で会長が地方艦隊編成のため、見所ある艦長を探してるんだって。採用されれば、側近になれるかもよ』
『マジで!?』
『今その話が広まってて、うちの学校で、インしてレベル上げにいそしむ連中が増えたって』
私は椅子を引いて座り直し、背筋を伸ばした。すると、その反応を待っていたかのように、ココが書き込んだ。
『おっと。乗り気になったね?』
『確認だけど、そのゲームのタイトルって、最近はやりのグランド・デクヴェルトよね?』
『もちろん』
グランド・デクヴェルト。海洋系のVRMMORPGとして最近公開されたゲームで、いわゆる「大航海時代」をテーマにしたもの。ネットの広告で中世ヨーロッパの街並みとか帆船とかイケメンの絵を見たことがある。
市販のVRMMO用のヘッドギアを装着するだけで、ゲームの世界に自分が――もちろん、アバターの姿で――入り込め、五感がかなり忠実に再現され、バーチャルとは思えない冒険や交易や海戦を行いながらゲームを進めていく。……って、メーカーの広告に書いてあったような。
『鼻息荒いよ』
『レベルが上がったら、先輩に直に会って、募集してるの聞きましたって言えばいいの?』
『もしかして、リアルに会って売り込もうとしてる?』
『いけない?』
『あのねぇ、盗み聞きがバレるよ』
『あっ』
『探しているのは、あくまでバーチャルでの話。ゲーム内で、見所ある艦長に会長自らが声をかけるんだって。だから、レベル上げして有名になって、会長のお目にかなうように頑張るのさ』
『それ、ホントは、お眼鏡にかなうじゃない?』
『会長、眼鏡かけてないよ』
『レベル上げかぁ。頑張らないと!』
『応援するよ。手取り足取り、あーんなこともこーんなことも』
『それ、なんか変』
『いーじゃん、言葉なんてフィーリング』
『先輩は、いつもどの港にいるの?』
『何、まさか、待ち伏せ?』
『だめ?』
『こーみなら、ゲーム内でもずっと待っていそうで怖い』
『でも、って何よ』
『それ、時間の無駄だよ。会長の船は神出鬼没ってやつで、あっちこっちの港に出入りしているらしい。もしかして、海賊かもよ』
『それは絶対ない』
『こーみの恋は真実をも曇らせる』
前もそんなこと言われた。一瞬で書き込まれたので、ココも入力履歴から書き込んだようだ。この見せカードは、拾わないことにする。すると、期待するリアクションがないので業を煮やした彼女が、しばらくして2つ書き込んできた。
『いずれにしても、レベル上げ頑張るんだね』『会長を探すんじゃなく、向こうからこーみを探してやってくるのを待つ。その方が格好いいじゃん』
これは、拾っておく。
『そうだね!』
『じゃあ、さっそくやろうよ』
『広告に載ってたイケメン、出てくる?』
『もちろん。史実とは全く違う顔だけどね』
『やるやる!』
『なんだ、イケメンに反応したんかい。会長はどーでもいいんだ』
『どーでもよくない!!!』
『はいはい。じゃ、インして合流しよ』
『いつ?』
『今夜8時でどう?』
『今持っている高速Wi-Fi対応のワイヤレスヘッドギアで出来る? 最新ゲームだとファームアップとかあるみたいだけど』
『こないだのヘッドギアでしょう? あれはアップ必須だね』
『了解』
『電波環境にもよるけど最大1時間かかるから。そっからは、ゲーム落とすのは簡単。手続き楽勝』
『料金は?』
『14日間無料。気に入ったら、月額1,000円でデータ引き継いで延長可。オプションは機能ごとに月額200円』
『やっす! そのかわり、港でネットショッピングの広告を見せられるとか?』
『ないない。それじゃ景観台無し。期間限定のキャンペーンが延長されているだけ』
『わかった。じゃ、8時』
私は顔を上げ、彼女と目を合わせて軽く頷いた。それから、ウキウキする気分で同好会の部屋へ行って、いつものようにみんなでクッキーと紅茶を楽しんだ後、スキップするように帰宅した。