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宵闇の練習曲  作者: 由希
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ガライド編 最終話

「あなた、何を見ていらっしゃるんですか?」


 自室で昔の思い出に浸っていると不意にそんな声がして、俺は顔を上げた。するとそこでは、いつの間にかエレノアがにこやかに俺を見つめていた。


「あ、ああ、エレノア、いつからそこに?」

「ついさっきです。あなたったら、部屋の外から声をお掛けしたのに気付かないんですもの」


 どうやら随分と思考に入り込んでいたらしい。クスクスと笑うエレノアに、少し恥ずかしくなった。


「その絵……クラウスが描いた絵ですね」


 ふと俺の手元に視線を落とし、エレノアが呟く。そこには幼いタッチで描かれた、家族三人の肖像があった。


「ああ。あれからもう十一年か」

「あの子とずっと家族として過ごす夢……叶いませんでしたね」


 懐かしい絵をじっと見つめながら、エレノアの目に悲しみの色が宿る。俺もまた絵に視線を落とし、色褪せたその表面をそっと撫でる。


 ――あの子は知ってしまった。自分の出自も。俺達が、実の親でない事も。


 明かすしかなかった。あの子が選んだ道を貫かせる為には。このグランドラが往く道を正し、不毛な戦争を終わらせるという目的を果たすには。

 ずっと親子でいたかった。だが運命は、それを許さなかったのだ。


 あの夜。あの子とサーク、そしてその仲間達の足を止めるべく、領内に大勢の魔物の放たれた運命の夜。

 俺はあの子に道を作る為に、真実を告げた。自分がクラウスではなく、クラウディオであるという真実を。

 そしてあの子達をこの領から逃がし、領民達と共に何とか魔物の大群を掃討した。被害が少なからず出た事は、領民達に本当に申し訳なく思う。

 それから程なくして、グランドラは一切の戦闘行為を停止した。あの子は上手くやったのだ。俺のした事は、無駄ではなかった。

 そしてそれは――あの子が「クラウス・アウスバッハ」から「クラウディオ・アルペトラ・グランドラ」に戻った事を意味していると俺は思ったのだ。


「きっと、もう会う事はないのだろうな……クラウスに」


 俺の呟いた言葉に、エレノアの顔から笑顔が消える。そのまま、部屋の中に沈黙が下りた。

 脳裏に浮かぶのは、あの子と共に過ごした十四年間。俺達は、いい親ではなかったかもしれない。それでもあの子を、人一倍愛してきた。

 どんなに焦がれても、もう戻らない日々。それでも、それでも俺は、あの子の事を忘れるなど――。


「旦那様、旦那様!」


 その時、大声を上げながらレミールが部屋に入ってきた。普段礼儀正しいレミールには珍しくノックもなく、酷く慌てた様子だ。


「どうした、レミール」


 静かにレミールに問うと、レミールは一旦小さく息を整えた。そして、俺達にとっては驚愕の一言を、告げた。


「クラウス坊っちゃまとサーク様が、たった今、お戻りになられました!」



「ただいま戻りました、父上、母上」


 知らせを受け急いで出迎えに来た俺達に、開口一番クラウスはそう言った。その顔には、幼い頃のような溌剌はつらつとした笑みが浮かんでいる。


「クラウス……何故。お前は……」


 王弟クラウディオとして生きる事を、選んだんじゃないのか。そう口から出かかった言葉は、結局声にはならなかった。


「おいおい、二人して何驚いてんだ? 単に息子が自分の家に帰ってきただけだろうが」


 そんな俺達を見て、サークがからかうように笑う。まるで、俺達の反応を見越していたかのようだ。


「……父上、母上」


 クラウスが、一歩前に歩み出る。その顔には、若干の緊張が見て取れた。


「この十六年間、僕はお二人を本当の両親と信じて過ごしてきました。そしてそれは今なお、変わる事はありません」


 しっかりと自分の想いを語るクラウスの顔に陰はなく。俺達といなかった二年間の間の成長を、強く感じさせた。


「僕はもう大人です。ですから自分の居場所は自分で決めます。僕の居場所は……愛する父上と母上がいる、このアウスバッハ家です」


 その言葉に、目頭が一気に熱くなる。隣のエレノアを見ると、その目からは既に涙が溢れていた。


「だから僕を、これからも……父上と母上の子供でいさせて下さい」

「……クラウスっ……!」


 そう柔らかな微笑みを浮かべるクラウスにエレノアが駆け寄り、思い切り抱き締めた。俺も抑え切れない涙を隠さずに、クラウスに近付く。


「ええ、ええ! もう手放すものですか! あなたは私の子よ、クラウス!」

「ちょっ……苦しいです母上! 父上も母上を止めて下さい!」

「……クラウス」


 エレノアの熱い包容を受けて困り顔をするクラウスに、両手を伸ばす。そしてその体を、エレノアごと包み込んだ。


「よく……よく帰ってきてくれた。……お帰り、クラウス」

「……はい。ただいま、父上」

「……ったく。ホント家族に対しては不器用な親子だぜ」


 離れたところで苦笑する、サークの言葉が心地好い。家族。俺達は今、本当の家族になれたのかもしれない。

 例え、血の繋がりがなくても。魂は、絆は、こんなにも深く繋がっている。

 こんなにもいとおしい、妻と子に巡り会えた事に感謝を。そして願わくば――。


 ――更に子の代、孫の代まで、この幸せがどこまでも続いていかん事を。






fin

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