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宵闇の練習曲  作者: 由希
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ガライド編 第十八話

 エレノアと共に、呪い師のいる客室に入る。呪い師は、扉に向かい合う位置のソファーで姿勢良く座っていた。


「あなたが、私に会いたいと仰った領主様ですか?」


 俺を見るなり、呪い師はそう言った。薄いヴェールで口元を覆っている為顔立ちはよく解らないが、声を聞く限りでは女性のようだった。


「ああ。ガライドという。こちらは妻のエレノアだ」

「どうぞお掛けになって下さい。立ちながらする話でもないでしょう」


 まるで自分が部屋の主であるかのように、呪い師が椅子を勧める。呪い師とは皆こういうものなのかと思いながら、俺はエレノアと共に呪い師の向かいのソファーに座った。


「さて……それで私に何用でしょうか?」

「ああ、実は……妻との間に新たな子が出来なくてな。エルフであるあなたになら何か原因は解らないかと思い、こうしてお呼び立てした次第だ」

「ふむ、生まれつき生命の精霊の加護の弱い方などもいますが……奥様、お手をお借りしてよろしいですか?」


 呪い師に促され、エレノアが手を差し出す。その手を呪い師は両手でそっと包み込み、少しの間目を閉じた。


「……奥様。奥様は一度、子を流されていますね」

「!!」


 やがて目を開けた呪い師は、開口一番そう言った。その指摘にエレノアの顔、そして俺の顔からも血の気が引く。

 何故ならそれは、ごく限られた者しか知る事のない事実だからだ。世間的には、クラウスを産んだのはエレノアという事になっているのだから。


「ご安心下さい、お客様の個人的な情報を言い触らす真似は決していたしませんので。……ですが」


 俺達の懸念を読み取ったのか、呪い師がそう言って首を横に振る。しかしその直後、どこか憐憫の籠った眼差しでこう続けた。


「一度子を流すと、生命の精霊の加護が失われてしまう事があるのです。……奥様の体からは、生命の精霊の加護が感じられません」

「……待て。それでは……エレノアは……」

「……奥様の体はもう二度と、子を宿す事はないでしょう」


 ……金槌で頭を殴られたような衝撃が、俺を襲った。それじゃあ……俺とエレノアの血を引いた子を授かる事は、もう二度と叶わないのか?

 呆然と、エレノアに視線を移す。エレノアの顔は青を通り越し土気色になり、目からは光が消え失せていた。


「どうにか……どうにかならないのか。加護を戻す事は……」

「生命の精霊は唯一、精霊語に応じない精霊。残念ですが……」


 悲しげに首を振る呪い師の言葉を、俺は絶望の面持ちで聞いていた。



「……」


 呪い師が帰った後も、エレノアはずっと口を開かなかった。当然だ。俺でさえショックなのだから、二度と子を成せないと知った当人の絶望がいかばかりのものなのか、俺には計り知れない。


「……エレノア」


 そんなエレノアを見ていられなくて声をかけるが、続く言葉が出てこない。……俺は、何て無力なんだ。


「……あなた」


 不意に、エレノアが口を開く。その顔は未だ、土気色をしたままだった。


「何だ? エレノア」

「私を、離縁して下さい」

「!!」


 唐突なその言葉に、エレノアをまじまじと見る。エレノアの表情は、酷く思い詰めたものだった。


「何を言うんだ、エレノア」

「私はもう、あなたの子供を産んで差し上げる事が出来ません。それは、妻としての役目を果たせないのと同じ事。どうか私と別れて、新しく後添えをめとって下さい」


 そう言ったエレノアの顔はとても悲愴的で、真剣だった。そんなエレノアを、思わず俺は強く抱き寄せる。


「……っ!」

「それだけは断る。エレノア、俺の妻は生涯お前ただ一人だ。お前以外の女を妻になど、一度足りとも考えた事はない」

「あなた……でも……」


 腕の中のエレノアは震えるが、俺の腕を拒む様子はない。俺はそこに、更に畳み掛ける。


「それに俺達にはクラウスがいる。俺にはそれで十分だ。あんなにお前を慕っているクラウスを、お前は置いていけるのか!?」

「クラウ、ス……クラウス……私……」


 ――ドサッ。


「!!」


 その時部屋の外から、何かが落ちる音が聞こえた。俺は反射的にエレノアから離れると急ぎ部屋の入口に向かって扉を開ける。


「……ちちうえ……」

「クラウス……! 何故ここに……!」


 そこには、大きな目を限界まで見開いて立ち尽くすクラウスがいた。エレノアもクラウスに気付いたらしく、すぐにこちらにやって来る。


「ちちうえとははうえに……かいたえをおみせしようと……ははうえ……いなくなってしまうのですか……? ぼくが、だめなこだから……?」

「クラウス……いいえ、そんな事……」

「ぼく……もっとがんばりますから……ははうえのこにふさわしくなりますからっ……だがらっ……ぐすっ、いなぐならないでっ……!」

「ああ……ああ、クラウス!」


 遂に涙を零し始めたクラウスを、エレノアが強く抱き締めた。その目からはクラウスと同じように、大粒の涙が溢れている。


「お母さんはどこにも行ったりしないわ、クラウス。あなたを置いて、どこにも行けるものですかっ……!」

「うえっ、ひっ……ははうえぇ……っ!」


 互いに涙を流しながら、抱き合う二人。そんな二人を見つめていると、不意に、床に転がるクレヨンとその側に落ちた絵が目に入った。

 身を屈め、絵を拾い上げる。そこに描かれていたのは、俺とエレノアとおぼしき男女と恐らくはクラウスだろう小さな子供が、皆で笑い合っている姿だった。

 ――そうだ。誰に何と言われようと、この二人が、エレノアとクラウスが俺の家族だ。

 この大切な家族を守る為なら、俺は何だって出来る。――何だって!


「クラウス……大好きよ、クラウス……!」

「ははうえ……ははうえぇ……!」


 二人の愛しい家族を見つめながら、俺は、静かにそう決意した。

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