ガライド編 第十七話
「クラウス、調子はどうだ?」
「あ……ちちうえ!」
部屋の扉をノックし、中に入る。それに反応し、机に向かっていたクラウスがバッと顔を上げた。
机に近付き、広げられた本を見る。それはクラウスの歳の子供が読むとは思えない、難しい内容のものだった。
「随分難しい本を読んでいるな。絵本とか、もっと簡単な本の方がいいのではないか?」
「いいんです! はやくちちうえのような、りっぱなおとなになりたいから!」
「……そうか」
手を伸ばし、クラウスの頭を撫でる。クラウスは嬉しそうに、幼い大きな目を細めた。
クラウスが産まれて、五年の月日が流れた。
クラウスが俺達夫婦の子ではない事に、気付く者はいなかった。クラウスの髪と瞳の色が、俺達夫婦のものと同じだった事も幸いした。
クラウスは実に勤勉で、聡明な子だった。悪い噂しか聞く事のない現国王の血を引いているとは思えないくらいに。
すくすくと元気に育っていくクラウスの成長を、俺もエレノアも喜んだ。俺達の間に血の繋がりはなかったが、そんな事は関係ないと思えるほど今はクラウスがいとおしかった。
だが、それだけに怖かった。俺達が実の親ではないと、クラウスに知れてしまう事が。
知れてしまえば、俺達はクラウスの親でいられなくなる。その事が――たまらなく、怖かった。
「勉強は、辛くはないか?」
「つらくありません! ぼくはちちうえのむすこですから!」
俺の問いに、健気に笑顔で答えるクラウス。だが、俺は知っている。
周囲がクラウスに寄せる期待は、幼子が背負うには重すぎるほどに大きい。教育係が俺の幼い頃を知っている高齢の者ばかりというのが、よりそれを増長させている。
お父上のような男に。お父上に出来たのだから、ご子息も出来る筈。
そう教育係達が言っているのを耳にしたのも、一度や二度ではない。俺のいないところでまだ幼いクラウスにどのような重圧が向けられているのか、俺には知る術がない。
――クラウスは勤勉で、聡明だ。五歳の子供には似つかわしくないほど。
そうさせてしまったのは、俺達大人だ。俺達のせいで、クラウスは普通の子供より早く大人にならざるを得なかった。
俺もエレノアも、クラウスにはもっと伸び伸びと、子供らしく日々を過ごして欲しかった。だが俺達がそう言うと、クラウスはかぶりを振ってこう言うのだ。
『ちちうえとははうえのことしてふさわしいにんげんになるのが、いまぼくのいちばんしたいことです』
クラウス自身にそう言われてしまっては、もう俺達には何も言えなかった。ここで無理矢理勉学を止めさせるのは、それこそ親のエゴだ。
それならせめて、クラウスの負担を少しでも減らせれば……。そう思った俺達は、第二子を作るべく励んだ。弟か妹が増えれば、クラウスだけが気を張る必要はなくなるのではないかと思ったのだ。
しかし――どんなに励んでも、エレノアが新たな子を宿す兆候は全くなかった。それは年単位で続き、俺もエレノアも不安を抱くようになっていった。
そんな時、このグランドラにエルフの呪い師が訪れているという噂を耳にした。エルフは精霊の存在を感じ取る事が出来る。もしかしたら、エレノアの体に何が起きているのか解るかもしれない。
その呪い師は今日、こちらの招致に応じこの屋敷に来る事になっている。そろそろ着く頃合いの筈だが……。
「旦那様、いらっしゃいますか?」
と、不意に扉をノックする音と、レミールの声が室内に響く。俺は顔だけを振り向かせ、レミールに声をかける。
「ああ。どうした、レミール?」
「例の呪い師がお見えになりました。ひとまず客室にお通ししましたが」
「そうか、解った。エレノアを連れてすぐ行く」
俺が応えると、レミールの足音は部屋の前から遠ざかっていった。するとクラウスが、おずおずといった様子で口を開く。
「ちちうえ、おきゃくさまですか?」
「ああ。少し行ってくる。勉学に励むのもいいが、時には休めよ」
「はい。ありがとうございます、ちちうえ」
最後にもう一度クラウスの頭を一撫でし、俺はクラウスから離れた。そして、クラウスの部屋を後にする。
――どうかいい結果が出てくれと、心の底から願いながら。




