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宵闇の練習曲  作者: 由希
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ガライド編 第十四話

 女性が目覚めたという知らせを執事のレミールから聞いたのは、女性を発見してから三日後の事だった。俺は政務があるので時々しか様子を見に行けなかったが、エレノアは相手が同じ妊婦というのもあったのだろう、使用人達が止めるのも聞かずに付きっきりで女性の看病をしていた。

 部屋の扉をノックしてから、中に入る。ベッドの傍らではエレノアが椅子に座り、こちらを振り返っていた。


「あなた」

「エレノア、代わろう。少し休め」

「ですが……」


 案の定難色を示したエレノアの肩を、後ろからそっと抱く。そして、優しく諭すように続けた。


「その優しさが俺は好きだが、今はお前も大事な時期だ。お腹の子に、何かあったらどうする。少しは休まないと、元気な子は産めないぞ」

「……はい。解りました、あなた。あなたもお忙しいのですから、無理はなさらずに」


 心から納得した訳ではないのだろうが想いは伝わったのだろう、エレノアは小さく頷き大人しく席を立った。最後に「アルペトラさん、お大事に」とベッドの女性に声をかけ部屋を出るエレノアを見送ると、俺はエレノアの座っていた椅子に腰掛ける。

 女性はまだ体を起こす気力もないようで、目は開いているものの体はベッドに横たえられたままだった。酷くやつれた顔は、女性の経験してきた苦労を物語っているようだ。


「あの……すみません、こんな姿で……今起きますから……」

「いや、いい。自分の楽な姿勢でいてくれ」


 気力を振り絞り起き上がろうとする女性を手で制する。女性は俺の言葉に一旦体の力を抜くと、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。


「あの……奥様から聞きました。ここはアウスバッハ領……なんですよね?」

「そうだ。ここはグランドラ国自治区、アウスバッハ領だ」

「……良かった。やっと辿り着けた……」


 俺が頷くと、女性の表情に安堵の色が広がった。そして幾分かリラックスした様子で頭を下げる。


「助けて頂いて、本当にありがとうございます。私はアルペトラと申します」

「私はガライド・アウスバッハ。若輩ながら、このアウスバッハ領の領主を務めさせて貰っている」

「領主様……!? そんな、領主様に助けて頂くなんて何て恐れ多い……!」


 しかし返した俺の名乗りに、アルペトラと名乗った女性はすっかり恐縮してしまう。俺はそんなアルペトラに、内心の申し訳なさを悟られないようにして言う。


「そんなに恐縮しないでくれ。私は確かに領主ではあるが、その地位を笠に着るような真似は好まない」

「は、はい……」

「だが領主の責任として、これからあなたに幾つか質問をさせて貰う。構わないか?」


 そう聞くと、女性は小さく頷いた。俺は一つ咳払いをすると、形式的な質問を開始した。


「まず、あなたはどこから来た?」

「王都……サルトルートからです」

「あなた一人でか?」

「はい」

「目的は?」

「……」


 三つ目の質問に、それまでは淀みなく答えていたアルペトラの言葉が止まる。暫しの沈黙。やがてアルペトラは目を伏せ、こう答えた。


「……この子と二人、幸せに生きられる場所を探して来ました」

「……」


 その答えに、今度は俺が沈黙する。沈黙の中、彼女の言葉の意味を出来る限り推測する。

 まず彼女は、貧民街に暮らしていた者ではない。彼女の身に付けていた衣服は色褪せ擦り切れてはいたが、元はそれなりに上等であったと思える物だった。

 だからと言って、貴族の血に連なる者でもないだろう。そのような身分の者が子を身籠ったまま姿を消したとなれば、大騒ぎにならない筈がない。

 となると可能性が高いのは、貴族の使用人かはたまた妾か。それが主人の子を宿し、正妻に疎まれ王都を追われたという辺りが妥当な線だろう。


「……何故、このアウスバッハ領でならそれが出来ると思った?」

「私の……信頼出来る友人が言っていたんです。ここはこの国の中でも、格差が少ないと言われている土地だと。それで頼ってきました」


 そこまで聞くと、俺は一つ大きく息を吐いた。今この領は、外部からそう見られているという訳か。

 このアウスバッハ領が自治区を名乗っていられるのは、中央に大きな影響を与える事はないと判断されているからだ。もしそれが覆されれば、今までのように自由にはやっていけなくなるだろう。

 この辺りは、今後の課題になりそうだ。領が豊かになるよう励みつつ、中央からの圧力をどうかわすか。


 とは言え、今は目の前の問題からだ。彼女を――アルペトラをどうするか。

 受け入れる事に、リスクがない訳ではない。この領が中央から流れてきた者を受け入れたと知れれば、今後同じようなケースが度々起こる可能性もある。そうなれば中央の目が厳しくなるのは勿論、元々の領民との軋轢も生まれるかもしれない。

 そこまでの責任を、俺は負えるのか。総てを守れるだけの度量が俺にあるのか――。


 改めて、アルペトラを見る。今その顔には、不安が色濃く広がっている。

 彼女を不安にさせているのは、俺だ。俺が、何も言わないからだ。

 俺は――。


「……住居は、すぐには用意出来ない。それに、あなたの体調の事もある。無事あなたの子が産まれ、体調が整うまではこの屋敷で生活して貰う。それで構わないか?」

「……!」


 そうだ。何を迷う事がある。

 困っている者は、決して見捨てない。その信念を貫いてきたからこそ、今の俺が在る。

 出来るかではない、やるんだ。やろうと思わなければ、何だって出来はしない――!


「はい……ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 俺の出した結論に、アルペトラの目から涙が溢れた。それはとても美しい涙だと、俺は思った。

 こうしてアルペトラは、この屋敷に共に住む事になったのだった。

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