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宵闇の練習曲  作者: 由希
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ガライド編 第十二話

 緊張と共に、エレノアの部屋の前に立つ。無意識に握り締めた掌の中に、汗が溜まっていくのが解る。

 何度も、何度も深呼吸をする。覚悟を決めて部屋を出てきた筈なのに、いざとなるとなかなか行動に移す勇気が出なかった。


 ――俺は、今から、エレノアにプロポーズする。


 切欠は、父が倒れたという知らせだ。元々俺は、父の歳がいってから産まれた子供。いつこうなっても、おかしくはなかった。

 それと、俺達自身を取り巻く状況の変化。例えこの知らせがなくとも、三人での自由な旅はもう望めそうになかった。


 『竜殺し』ガライド。それが今の俺の、世間での通り名。


 今から半月ほど前、俺達三人はエヴァスターという国で最強の魔物、ドラゴンと遭遇した。同行した冒険者達に多大な犠牲を出しながらも、俺達は何とかドラゴンを倒し、生き長らえる事が出来た。

 エヴァスターは俺達を英雄にしたかったようだったが、それを望まない俺達は急ぎ国を離れた。それで総てが終わる、その筈だった。


 だが人の噂が広がるのは、俺達の想像よりずっと早かった。


 伝説のドラゴンを倒した三人の英雄。どこに行っても、俺達はそう呼ばれるようになった。

 こんな状態では、とても自由な旅なんて出来やしない。このまま旅を強硬するのもグランドラに戻って家督を継ぐのも、俺にはもう似たようなものに思えた。

 だがここで問題になるのがエレノアだ。どちらを選んでも、エレノアには不自由を強いる事になる。

 俺はエレノアには、自由に生きて欲しかった。だからエレノアをサークに任せ、俺一人だけがグランドラに戻る事も考えた。

 サークとエレノアだけならば、少しは自由も効くようになるだろう。今ほど騒がれる事はない筈だ。

 だが――本能が訴えかける。お前は本当にそれでいいのかと。後悔はしないのかと。

 一人で考えていても、とても結論は出そうになかった。だから俺は胸の内を、サークに明かす事にした。

 するとサークはこう言った。俺のいる場所がエレノアにとっての世界だと。

 その言葉に背中を押され、今、こうして俺はここにいる。本当にエレノアが、サークの言ったように思ってくれていたなら――。


 しつこいぐらい繰り返した深呼吸を止め、扉をノックしようと腕を上げる。しかしプルプルと震える腕は、なかなか最後の一歩を踏み出す事が出来ない。

 ええい、勇気を出せ、ガライド! いつからお前はこんな意気地のない男になった!

 そう自分に発破をかけ、今度こそ腕を大きく振り上げると。


「きゃっ!」

「うわっ!?」


 俺がノックするより前に、急に扉が開いた。中にいた人物――エレノアが、俺を見て驚きの声を上げる。


「い、いたんですかガライド!?」

「あ、ああ……どこかに出かけるのか?」

「いえ、その……丁度あなたに会いに行こうかと」

「俺に?」


 思いがけないエレノアの返事に、目を丸くする。……エレノアが、俺に、用事?


「あの、それであなたは?」

「ああ、俺も、君に用があって来た」

「なら中へどうぞ。立ち話も何ですから」


 エレノアが体をずらし、俺を招き入れる態勢を取る。俺は溢れる唾を飲み込みながら、彼女の言葉に応じる事にした。

 俺が部屋に入ると、エレノアが後ろ手に扉を閉める。そしてエレノアはベッドに、俺は部屋の椅子にそれぞれ腰掛けた。


「それで……俺に用と言うのは?」

「いえ、先にあなたから仰って下さい。私に用があったのでしょう?」

「俺は後でいい。先にお前の……」

「いいえ、あなたの方こそ先に……」


 暫くの間、相手に先に用を言うよう互いに譲り合うやりとりが続く。これでは埒が開かないと、先に切り出す事にしたのは俺の方だった。


「グランドラに……故郷に帰る事にした」

「……そうですか。きっとそうなさるんじゃないかと思ってました」

「それで……その、その前にお前に言いたい事があるんだが……」


 エレノアが、静かな目で俺を見つめる。その視線を真っ向から受け止め、俺は遂にその言葉を口にした。


「俺と結婚してくれないか、エレノア」

「……!」

「ずっと前から、初めて会った時からお前の事が好きだった。俺と一緒にグランドラに来て欲しい」


 俺の言葉に、エレノアの目が大きく見開かれる。その目は見る間に潤み出し、今にも泣き出しそうに震える。

 ……もしかして、泣くほど嫌だったのだろうか。そう思った俺は、慌てて言葉を付け加えた。


「いやっ、強制じゃないんだ。勿論嫌なら断ってくれていい。俺はエレノアの意思を尊重……」

「やっと言ってくれたんですね、ガライド!」

「え?」


 ところが、俺の言葉はそんな声に遮られて。それに呆気に取られているとエレノアが俺に駆け寄り、勢い良く抱き付いてきた。


「エ、エレノア?」

「嬉しい……ずっとこの日を待ってたんですよ。三年間ずっと!」


 突然の行動に戸惑う俺に、エレノアは涙を流しながらそう言って笑った。その笑顔に、不意にいつかのサークの言葉が思い出される。


『エレノアは、お前のものになる日を心待ちにしてると思うぜ』


(そう、か。俺は)


 ――ずっと、エレノアの事を待たせてしまっていたんだな。


「……すまなかった、エレノア」

「本当です! もし好意を寄せているのが私だけだったらって不安になる事もしょっちゅうだったんですからね!? あんなさらい方をしておいて、三年の間ずっと何もなしなんですもの! 私、好き合っている男女が何をするか知らないほど無知じゃありません!」

「そ、そうなのか?」


 俺がたじろぎながら言うと、エレノアは「そうです!」と言って頬を膨らませてしまった。……まさかエレノアが、そこまで俺との仲について考えてくれているとは思ってもみなかった。


「あんまりにも何もないから、これでも私、必死であなたにアピールしてたんですよ。なのにあなたったら全然気付いてくれなくて!」

「は、ははは……」


 それは本当にすまない事をした。そう言えば昔先輩冒険者に、「お前は女性関係になると途端に鈍感になる」と言われた事もあった。俺みたいなのを、きっと朴念仁と言うのだろう。

 暫くそうして怒った素振りを見せていたエレノアだったが、不意にまた真剣な表情に戻った。その涙で揺らめく金色の瞳が、堪らなく綺麗だと俺は思った。


「だから私、このまま黙っていたら二度とあなたと会えなくなると思って……自分から言うつもりだったんです。あなたについていかせて下さいって」

「しかし……本当にいいのか? 俺の身分はお前も知っているだろう。もし俺の妻になれば、今までのように自由に世界を巡る事なんて……」

「いいんです。だって……」


 一度言葉を切り、エレノアが微笑む。柔らかな手が俺の頬に触れ、温かく包み込む。


「私にとっての世界は、あなた。あなたのいる場所が、私の世界ですから」


 そのまま二人、ただお互いを見つめ合う。どのくらいそうしていただろう。やがて俺は、小さな笑い声を漏らした。


「……何で笑うんですか」

「いや、すまない。サークが言っていたんだ、お前は絶対にそう言うと。本当にその通りになったなと思って」

「まあ、サークが?」


 俺の言葉に、エレノアが目を瞬かせる。そしてその一拍後、真っ赤になりながらまた頬を膨らませた。


「酷いですサークったら! 人が用意していた決め台詞を先取りするなんて!」

「はは……だが、あいつがそう背中を押してくれたお陰で、俺はお前に告白する勇気が持てたんだ」

「サークは口も態度も悪いけど、本当は優しい子ですから」

「あいつが聞いたら全力で否定するだろうけどな」


 二人穏やかに笑い合い、けれど、その笑いは同時に止まる。――自分が、エレノアが何を求めているか、もう言葉にしなくても解っていた。


「――愛している、エレノア」

「私も……愛しています、ガライド」


 二人の唇が、徐々に近付いていく。拒む理由など、ある筈もなかった。

 そして、俺達は――。


 二人にとって初めての、そして新たな二人の関係の始まりの口付けを交わした。

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