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宵闇の練習曲  作者: 由希
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ガライド編 第六話

 ――その後、俺達以外にも野次馬が集まり始めた事で、集まった僧達は渋々消火活動を開始した。自分達の家に燃え移ったら堪らないとでも思ったのか、野次馬達の一部もそれを手伝った。

 エレノアは、その姿を見つけた僧達によってすぐにどこかに連れていかれた。行方は気になったが、解ったところで今はどうする事も出来なかった。

 漸く街外れの火が収まったのは、夜明け近くになっての事だった。生存者はゼロ。……思った通りだった。

 焼け跡から運び出された遺体は皆、大人か子供かしか解らないほど黒焦げになっていた。あの温かな笑顔の面影は、どこにも残っていなかった。

 たった一度。たった一度会っただけの人達だ。それでも俺の胸には、後悔の念が渦巻いていた。

 彼らに出来る事は、本当に何もなかったのか――。そんな事を、考えずにはいられなかった。

 胸に大きなしこりを残したまま、その日一日は過ぎていった――。



「……それでは、此度の火災で不幸にも亡くなった死者達に祈りを捧げましょう。太陽神ファレーラよ、哀れな魂達にどうか神のお導きを……」


 翌日。ファレーラ教主導の元、街を上げての大規模な鎮魂祭が行われた。大神殿の前に集まった人々の前で、年老いた司教が祈りの言葉を読み上げる。

 ……白々しい。総てお前達がやった事だろう。こんなものは、近隣諸国や他国から来た滞在者に向けての体面に過ぎない。

 他の住民達も、恐らくは薄々察してはいるのだ。今回の火災を起こしたのが誰なのか。

 それでも、声を上げる者は誰一人としていない。何故なら彼らにとっても、街外れの住民達は厄介者であったから――。


「……ではここで、皆に重要な発表をしようと思う」


 と、急に司教がそう話題を切り替えた。その言葉に、周囲が俄かにざわつき出す。

 このタイミングで重大発表だと? ……嫌な予感がする。


「此度の火災が起きたのは、司教たる私の信心が不足しての事。よって本日をもって職を退き、新たな司教を立てようと思う。我がファレーラ教を導く新たな司教となるは……『聖女』エレノア!」


 司教の告げた名に、周囲が一斉に沸いた。まるで、今が鎮魂祭の最中だという事を忘れたかのように。

 ――やられた! 奴ら、ここまで計算に入れて街外れを焼き払ったんだ!

 エレノアから逃げ場を無くし、体よく教団のトップに据える。エレノアの才能と人望を、とことん利用し尽くす為に!


「『聖女』エレノアは本日は体調が優れぬ故、正式な継承の儀は明日の明朝執り行う。皆、どうかファレーラ教の新たな門出を祝ってやって欲しい」

「勿論です! 司教様!」

「エレノア様万歳! ファレーラ教万歳!」


 ますます沸き上がる民衆の声を聞きながら俺は、ある一つの決意を固めていた。



 夜の闇に紛れるように、足音を極力殺しながら早足で歩く。辺りはシンと静まり返り、俺以外の人影は見られない。

 見上げた空はよく晴れていた昼から一転、どんよりと厚い雲に覆われていた。もしかしたら、雨が降りだすかもしれない。

 星明かりのない今夜は、姿を隠しながら歩くには絶好の夜。この偶然に、俺は故郷で信望されている天空神ウルガルに深く感謝した。

 幾つもの路地を抜け、俺はやがて目的地に辿り着く。闇夜の中、明々とした松明に照らされ浮かび上がる大きなシルエット――ファレーラ教の大神殿。


 今夜、俺は――エレノアをここからさらっていく。


 エレノアは確かに芯の強い女性だ。だが同時に、まだ若い女の子でもある。

 逃げ場を奪われ、司教としての重責を課される。ひび割れた心は、きっともういつ壊れてしまってもおかしくない。

 そんなエレノアを、俺は見たくはない。それに託された。エレノアを心より慕う、今はもうこの世にいない彼らに。「エレノアを頼む」――と。


 彼女の心を守る為なら――何を敵に回そうとも怖くはない!


 大神殿の入口を見る。入口には槍を持った僧兵が二人が、それぞれ両脇に立って番をしている。

 どうにかして入口から離れたところまでおびき寄せるか? ――否。奴らには是非、増援を呼びに・・・・・・行って貰おう・・・・・・

 大股に、大神殿の入口へと向けて歩き出す。番の二人もこちらに気付いたようで、槍をこちらに向けながら口を開く。


「何だ貴様は? 街の者ではないな、巡礼者か?」

「もう司教様はお休みだ、用があるならまた明日……」


 その言葉が終わる前に、俺は手にした杖を右側の僧兵に向ける。そして静かに、開放の言葉を唱えた。


「……『我が内に眠る力よ、雷に変わりて敵を撃て』」

「なっ!?」


 致死量の雷が、瞬く間に僧兵を飲み込む。僧兵は全身からブスブスと黒い煙を上げ、その場に倒れ伏した。


「……うう、うわああああああああああっ!!」


 残されたもう一人の僧兵が、悲鳴を上げながら神殿内に駆け込んでいく。恐らくは報告と、増援の要請の為だろう。

 これでいい・・・・・。騒ぎが大きくなる事こそ、俺の望み。


 さあ、存分に暴れようか。

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