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宵闇の練習曲  作者: 由希
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マルモ編 第三話

 その日私は、温かい水、というものに初めて触れた。


 女達についていった私は、やがて煙の立ち上る妙な水場に辿り着いた。その脇に私を立たせ、あっという間に服を脱がせると女達は桶を持ち、水場から水を汲み上げた。


「まずはよく体を洗いませんと。こんなにフケと垢だらけではすぐにお湯が汚れてしまいます」

「わたくし達が、あなたを王族の前に立つのに相応しい姿にして差し上げます」


 そうよく解らない事を口にしながら、女達は桶の水を頭から私に浴びせる。冷たさを覚悟し身をすくませた私だったが、全身を包んだ感覚は全く真逆のものだった。


「……!?」


 その感覚に驚いた私は、思わず大きく目を開ける。途端に前髪から垂れた滴が目に入り、視界を濁らせた。


 それは水の筈なのに、全身にじわりと染みていくような温かさだった。


「まあ、目を開けてはいけませんよ」

「汚れたお湯が目に入ってしまいますからね。気合を入れて綺麗に致しますから、暫く目は閉じていて下さいな」

「ま、待って、この水は何だ!? 凄く温かい!」


 温かい水を私の頭に掛けながら二人がかりで髪を洗い始める女達に、私は慌てて問い掛ける。すると女達の手が、ピタリと止まった。


「……まさか、この歳でお湯を知らないなんて……」

「貧民街とは、何て恐ろしい所なのかしら……」

「くれぐれも王族の不興を買って、ここでの仕事を失わないようにしなきゃ……」


 目を開けていられなくなって固く閉じた私の耳に、そうボソボソと話し声が聞こえる。何を言っているのかはよく理解出来なかったが、どうやらあまり愉快な内容ではないらしい事だけは感じ取れた。


「……これはお湯という、水を火で温めたものでございますよ、お嬢様。体を洗い終わりましたら、ゆっくりと中に浸かって体を温めるとよろしいでしょう」


 やがて女達の一人がそう言って、再び私の髪を四つの手が洗い始めた。最低限手櫛で髪はとかすようにはしていたのだが、それでも絡まった箇所が多いのか時々髪を引っ張られるような痛みを覚える。

 そうして漸く髪が洗い終わると、今度は全身を何か固いもので擦られた。まるで無理矢理体を削り取るような痛みに、私は反射的に悲鳴を上げる。


「い……痛い痛い痛い!」

「我慢なさって下さい……ここまで固くこびりついてしまうと、相当力を入れなければ垢が落ちません故!」

「垢まみれの者を王族のお部屋にお通ししたとあっては、わたくし共何を言われますか!」


 けれど女達はそう言って、全身を擦る手を止めようとはしない。どれくらいの間そうしていたのか、やっと女達が手を止めてくれた時には、全身がすっかりヒリヒリとした痛みに覆われていた。


「ふう……終わりました」

「綺麗になってみると、なかなか可愛らしいお嬢様です事」

「お嬢様、もう目を開けてもよろしいですよ」


 そう言われて、ずっと目を閉じたままだった自分に気付く。恐る恐る目を開けた私は、まず目に入ってきた自分の肌に驚いた。


 そこには少し赤く腫れ上がってはいたが、垢一つない白い綺麗な肌があった。


「……」


 思わず、マジマジと自分の体を見てしまう。こんな自分の体は、産まれてから今まで見た事がなかった。


「さて、後はよく体を温めましょう」

「お嬢様へのおもてなしに不備があっては、わたくし共どうなるか解りません」


 いつまでも飽きる事なく自分の体を見続ける私を、女達が数人がかりで持ち上げそのまま水場へと連れていく。そして水場の中へと、ゆっくりと私の体を沈めた。


「……!」


 途端に全身を包んだ先程以上の熱に、体がぶるりと震える。この温かい水にも少しは慣れたつもりでも、完全に全身を包まれるとやはりどうにも落ち着かない感じがした。


「温かいですか? お嬢様」

「きちんと肩までお浸かりなさいませ。芯まで温まりませんよ」

「う、うん……」


 どうしていいか解らず、ただ女達にされるがままになる私。落ち着かないのは、ただ水が温かいからだけじゃない。


 言葉だけは優しい女達の私を見る目がとても冷たい事に、目を開いて気付いてしまったから。


 私の事が嫌いなら、何故私に優しくするのか。理由は一つしか思い浮かばなかった。エンデュミオンがそうするように言ったからだ。

 エンデュミオンは、一体何者なのか。温かい水に身を委ねながら、私は今更のようにそんな事を考え始めた。

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